《余録・12.25》:江戸の下町文化の中心だった東京・深川の生まれ…
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《余録・12.25》:江戸の下町文化の中心だった東京・深川の生まれ…
江戸の下町文化の中心だった東京・深川の生まれ。青年期には「故郷、出自などは捨て去りたいと思っていた」。「米問屋に生まれた自分など卑小な江戸の市民文化の端くれ」とみなしていたからだ
▲アフリカや欧州を足掛け20年近く彷徨(ほうこう)した末に気持ちが変わった。母の長唄の声や川の匂いなど幼時の記憶に吸い寄せられるように故郷に改めて向かい合いたくなった
▲90歳で亡くなった文化人類学者の川田順造さん。仏留学で大家、レビストロースに師事し、西アフリカのブルキナファソに暮らすモシ族の研究を延べ9年半も現地で続けた。そんな経験から生まれた考え方が「文化の三角測量」
▲文化を他の2点から測れば覚めた目で立体的に捉えることができる。モシ族の研究をまとめた出世作「無文字社会の歴史」。文化勲章につながった「口頭伝承論」では「むしろ文字を必要としなかった社会」と言い直した
▲日本への視線も外国経験を踏まえたものになった。東京大空襲時は千葉に転居していたが、親族が犠牲になった。8月15日には戦没者らが祭られる靖国神社、千鳥ケ淵、東京都慰霊堂でフィールドワークを行い「日本を問い直す」作業を続けた
▲「自分の属する文化だけを絶対視して他を断罪したり、偏見からおとしめたりする愚かしさを、これからの地球に生きる私たちは、何としても克服しなければならない」。SNSが隆盛し、自国第一主義が広がる世界。客観的な視座を保つためにも「三角測量」の知恵を引き継ぎたい。
元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【余録】 2024年12月25日 02:05:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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