歌舞伎座の前に立てられた、今月の芝居らしき繪看板を見て、おや、と足を停める。
赤いキモノに金色の烏帽子をのせた、三番叟に扮してゐるらしい役者の手にした扇の繪柄が、引っ掛かったのである。
單純に見れば、能の修羅物で敗将の靈が用ゐる「負修羅扇」の繪柄と、似てゐる。
これは“波に日の入り”とか云って、赤い日輪は波に沈む夕陽を表はしたものであり、三番叟のやうな祝ひモノには似つかはしくないのではないか……?
修羅扇にはもう一種、勝将が用ゐる「勝修羅扇」──“松に日の出”の繪柄があるのだが、能では三曲しか使はれないので、あまり知られてゐないかもしれない。
三番叟で負け戰さの扇を用ゐてゐることを知らないのか、或ひはわざとさうしてゐるのか、しょせん“かぶきもの”のやることではあり、私のやうな知ったかぶりの皮肉屋がゴチャゴチャ宣ふことでもないのだらうが、ただ「ヘタなことは出来ないもんだ……」とは思ふのである。