いつも起床する時間の僅か二分前に、電話着信で起こされた。
たとえちょっとでも、予定より早い時間に叩き起こされるのって、一日が始まっていきなり損をさせられたような気分になる。
相手はバイト先の事務所。
復旧したから、やっぱり全員出て来い、かな…?
予想はハズレ。
昨日の強風で屋根が激しく損傷したため、倉庫内の在庫品も全てダメになり、早期の復旧は絶望的、
『…それで大変に申し訳ないんだけど、とりあえず解雇ってことにさせてもらいたいんですよねぇ』
お話しの半ばで、察しはついていましたよ。
今日から無職(くいっぱぐれ)ということですか。
一ヶ月以内には復旧させる予定ですので、その際は優先的に改めて雇用と考えています、というありがたい言葉に対しては、
「ご縁がありましたら、その時はまたよろしくお願いします」
と丁寧にお答え申し上げて、気持ちは次なるバイト探しへ。
ったく、なんて結末だい。
半月も在籍していないで、またシゴト探しかよ。
その時、ふっと頭に浮かんだのは、山内晴哉の顔。
彼と会うことは、もう無いな…。
人は、出会いと別れの繰り返し。
出逢うために別れ、別れるために出逢う。
カーテンを開けると、昨日の天災が嘘であったかのような、見事な晴天。
なんであれ、こういう天気の日に、部屋に閉じ籠っているのは勿体ない。
スケッチブックを鞄に入れて、とりあえず外出。
そうだ、昨日までのバイト現場の様子を見に行ってやろう。
どれくらいヒドイことになったのやら…。
クビにしてくれたお礼に、見届けておいてやろうじゃないの。
屋根は“損傷”どころの騒ぎではなかった。
屋根そのものが、吹き飛んでいた。
所詮薄い鉄板でしかないそれは、国道を隔てた向こうの団地の公園に、紙をクシャクシャにしたような状態で落下していた。
当然、公園はKEEPOUTのトラテープが張られて、立入禁止。
屋根を剥がされた物流倉庫は、壁が落ちていたり窓が割れていたり、まさに暴動に遭った後のような有様。
つい昨日までここでバイトしていたことが、嘘のような光景となっていた。
こんな状態で、よく事務所の電話が使えたものだ。
なるほど、これでは仕事にならないわ…。
ヤードには、赤色回転灯をONにしたままの救急車。
怪我人が出たのかしら?
付近には、カメラを構えたが取材陣がウロウロ、上空にはお仲間のヘリコプター。
たぶん、いまの様子を生中継でもしているのだろう。
僕は国道を渡って反対側の歩道に立つと、カバンからスケッチブックを取り出して、倉庫の有様をサッとスケッチすることにした。
ケータイかスマホで写真撮りゃいいだろ、と思った人は、絵師になれないね。
そこで目に映ったものを直接紙に写し取らなければ、生きた絵は描けやしないのだ。
僕は、魂のない絵なんて、イヤだね。
大かた描き上げて、よし撤収だと思った時、背後に誰かが立っているのを感じたので振り向くと、
「そんなとこで、ナニしてんの?」
山内晴哉だった。
「昨日ぶりだな。あれから、ちゃんと帰れた?」
「はい…」
面食らう僕などお構いなしに、彼はスケッチブックを覗き見て、
「はぁ?なに描いてんの?」
僕はスケッチブックをすぐさま閉じた。
「まあ、いいじゃないですか。なんでもありません」
「変わってんな。そういう絵ェ描く趣味してんわけ?」
「いや…」
ここで再び山内晴哉に会うとは、全くの想定外。
彼も、現場の様子を野次馬しに来たクチだろうか?
「はは。なんかヘンなやつ」
山内晴哉ならではの、愛嬌のあるスマイル。「ここ、クビになったろ」
「はい」
「俺も今朝、急に言われてさ。そんで、ロッカーに入れてた私物とか取りに来たんたけど、あの様子じゃ無理っぽいしな…。で、近江さんも同じ用事?」
「いや、そうでは…」
「まさか、わざわざ絵ェ描くためだけに来たとか?」
「……」
山内晴哉はマジ!と爆笑した。
そして急に笑いを引っ込めると、
「どんなの描いてんの?見せろよ」
と片手を出した。
「いや、そんな…」
「いいだろ」
彼は僕の手からスケッチブックを引ったくった。
そしてパラパラとめくる。
「あっ、返して下さい…!」
彼は当然、冷やかしの言葉を吐くだろうと思っていた。
ところが、僕のスケッチを見る彼の瞳(め)は、真剣だった。
ページをめくる手の動きがだんだんとゆっくりになり、やがて、
「あ、これ。いいね…」
と、ある一枚を指さした。
「どれ、ですか…?」
それは、あの志波姫町の神社で、“たかしま はるや”さんをスケッチしたものだった。
〈続〉
たとえちょっとでも、予定より早い時間に叩き起こされるのって、一日が始まっていきなり損をさせられたような気分になる。
相手はバイト先の事務所。
復旧したから、やっぱり全員出て来い、かな…?
予想はハズレ。
昨日の強風で屋根が激しく損傷したため、倉庫内の在庫品も全てダメになり、早期の復旧は絶望的、
『…それで大変に申し訳ないんだけど、とりあえず解雇ってことにさせてもらいたいんですよねぇ』
お話しの半ばで、察しはついていましたよ。
今日から無職(くいっぱぐれ)ということですか。
一ヶ月以内には復旧させる予定ですので、その際は優先的に改めて雇用と考えています、というありがたい言葉に対しては、
「ご縁がありましたら、その時はまたよろしくお願いします」
と丁寧にお答え申し上げて、気持ちは次なるバイト探しへ。
ったく、なんて結末だい。
半月も在籍していないで、またシゴト探しかよ。
その時、ふっと頭に浮かんだのは、山内晴哉の顔。
彼と会うことは、もう無いな…。
人は、出会いと別れの繰り返し。
出逢うために別れ、別れるために出逢う。
カーテンを開けると、昨日の天災が嘘であったかのような、見事な晴天。
なんであれ、こういう天気の日に、部屋に閉じ籠っているのは勿体ない。
スケッチブックを鞄に入れて、とりあえず外出。
そうだ、昨日までのバイト現場の様子を見に行ってやろう。
どれくらいヒドイことになったのやら…。
クビにしてくれたお礼に、見届けておいてやろうじゃないの。
屋根は“損傷”どころの騒ぎではなかった。
屋根そのものが、吹き飛んでいた。
所詮薄い鉄板でしかないそれは、国道を隔てた向こうの団地の公園に、紙をクシャクシャにしたような状態で落下していた。
当然、公園はKEEPOUTのトラテープが張られて、立入禁止。
屋根を剥がされた物流倉庫は、壁が落ちていたり窓が割れていたり、まさに暴動に遭った後のような有様。
つい昨日までここでバイトしていたことが、嘘のような光景となっていた。
こんな状態で、よく事務所の電話が使えたものだ。
なるほど、これでは仕事にならないわ…。
ヤードには、赤色回転灯をONにしたままの救急車。
怪我人が出たのかしら?
付近には、カメラを構えたが取材陣がウロウロ、上空にはお仲間のヘリコプター。
たぶん、いまの様子を生中継でもしているのだろう。
僕は国道を渡って反対側の歩道に立つと、カバンからスケッチブックを取り出して、倉庫の有様をサッとスケッチすることにした。
ケータイかスマホで写真撮りゃいいだろ、と思った人は、絵師になれないね。
そこで目に映ったものを直接紙に写し取らなければ、生きた絵は描けやしないのだ。
僕は、魂のない絵なんて、イヤだね。
大かた描き上げて、よし撤収だと思った時、背後に誰かが立っているのを感じたので振り向くと、
「そんなとこで、ナニしてんの?」
山内晴哉だった。
「昨日ぶりだな。あれから、ちゃんと帰れた?」
「はい…」
面食らう僕などお構いなしに、彼はスケッチブックを覗き見て、
「はぁ?なに描いてんの?」
僕はスケッチブックをすぐさま閉じた。
「まあ、いいじゃないですか。なんでもありません」
「変わってんな。そういう絵ェ描く趣味してんわけ?」
「いや…」
ここで再び山内晴哉に会うとは、全くの想定外。
彼も、現場の様子を野次馬しに来たクチだろうか?
「はは。なんかヘンなやつ」
山内晴哉ならではの、愛嬌のあるスマイル。「ここ、クビになったろ」
「はい」
「俺も今朝、急に言われてさ。そんで、ロッカーに入れてた私物とか取りに来たんたけど、あの様子じゃ無理っぽいしな…。で、近江さんも同じ用事?」
「いや、そうでは…」
「まさか、わざわざ絵ェ描くためだけに来たとか?」
「……」
山内晴哉はマジ!と爆笑した。
そして急に笑いを引っ込めると、
「どんなの描いてんの?見せろよ」
と片手を出した。
「いや、そんな…」
「いいだろ」
彼は僕の手からスケッチブックを引ったくった。
そしてパラパラとめくる。
「あっ、返して下さい…!」
彼は当然、冷やかしの言葉を吐くだろうと思っていた。
ところが、僕のスケッチを見る彼の瞳(め)は、真剣だった。
ページをめくる手の動きがだんだんとゆっくりになり、やがて、
「あ、これ。いいね…」
と、ある一枚を指さした。
「どれ、ですか…?」
それは、あの志波姫町の神社で、“たかしま はるや”さんをスケッチしたものだった。
〈続〉