迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

陰陽-カゲヒナタ-14

2012-05-14 18:49:25 | 戯作
いつも起床する時間の僅か二分前に、電話着信で起こされた。

たとえちょっとでも、予定より早い時間に叩き起こされるのって、一日が始まっていきなり損をさせられたような気分になる。


相手はバイト先の事務所。

復旧したから、やっぱり全員出て来い、かな…?


予想はハズレ。


昨日の強風で屋根が激しく損傷したため、倉庫内の在庫品も全てダメになり、早期の復旧は絶望的、

『…それで大変に申し訳ないんだけど、とりあえず解雇ってことにさせてもらいたいんですよねぇ』

お話しの半ばで、察しはついていましたよ。

今日から無職(くいっぱぐれ)ということですか。

一ヶ月以内には復旧させる予定ですので、その際は優先的に改めて雇用と考えています、というありがたい言葉に対しては、

「ご縁がありましたら、その時はまたよろしくお願いします」

と丁寧にお答え申し上げて、気持ちは次なるバイト探しへ。


ったく、なんて結末だい。

半月も在籍していないで、またシゴト探しかよ。


その時、ふっと頭に浮かんだのは、山内晴哉の顔。


彼と会うことは、もう無いな…。


人は、出会いと別れの繰り返し。

出逢うために別れ、別れるために出逢う。



カーテンを開けると、昨日の天災が嘘であったかのような、見事な晴天。


なんであれ、こういう天気の日に、部屋に閉じ籠っているのは勿体ない。


スケッチブックを鞄に入れて、とりあえず外出。


そうだ、昨日までのバイト現場の様子を見に行ってやろう。

どれくらいヒドイことになったのやら…。

クビにしてくれたお礼に、見届けておいてやろうじゃないの。





屋根は“損傷”どころの騒ぎではなかった。


屋根そのものが、吹き飛んでいた。


所詮薄い鉄板でしかないそれは、国道を隔てた向こうの団地の公園に、紙をクシャクシャにしたような状態で落下していた。

当然、公園はKEEPOUTのトラテープが張られて、立入禁止。


屋根を剥がされた物流倉庫は、壁が落ちていたり窓が割れていたり、まさに暴動に遭った後のような有様。
つい昨日までここでバイトしていたことが、嘘のような光景となっていた。


こんな状態で、よく事務所の電話が使えたものだ。

なるほど、これでは仕事にならないわ…。


ヤードには、赤色回転灯をONにしたままの救急車。

怪我人が出たのかしら?


付近には、カメラを構えたが取材陣がウロウロ、上空にはお仲間のヘリコプター。

たぶん、いまの様子を生中継でもしているのだろう。


僕は国道を渡って反対側の歩道に立つと、カバンからスケッチブックを取り出して、倉庫の有様をサッとスケッチすることにした。


ケータイかスマホで写真撮りゃいいだろ、と思った人は、絵師になれないね。

そこで目に映ったものを直接紙に写し取らなければ、生きた絵は描けやしないのだ。


僕は、魂のない絵なんて、イヤだね。


大かた描き上げて、よし撤収だと思った時、背後に誰かが立っているのを感じたので振り向くと、

「そんなとこで、ナニしてんの?」


山内晴哉だった。


「昨日ぶりだな。あれから、ちゃんと帰れた?」

「はい…」

面食らう僕などお構いなしに、彼はスケッチブックを覗き見て、

「はぁ?なに描いてんの?」

僕はスケッチブックをすぐさま閉じた。

「まあ、いいじゃないですか。なんでもありません」

「変わってんな。そういう絵ェ描く趣味してんわけ?」

「いや…」


ここで再び山内晴哉に会うとは、全くの想定外。

彼も、現場の様子を野次馬しに来たクチだろうか?


「はは。なんかヘンなやつ」

山内晴哉ならではの、愛嬌のあるスマイル。「ここ、クビになったろ」

「はい」

「俺も今朝、急に言われてさ。そんで、ロッカーに入れてた私物とか取りに来たんたけど、あの様子じゃ無理っぽいしな…。で、近江さんも同じ用事?」

「いや、そうでは…」

「まさか、わざわざ絵ェ描くためだけに来たとか?」

「……」

山内晴哉はマジ!と爆笑した。


そして急に笑いを引っ込めると、

「どんなの描いてんの?見せろよ」

と片手を出した。

「いや、そんな…」

「いいだろ」

彼は僕の手からスケッチブックを引ったくった。

そしてパラパラとめくる。

「あっ、返して下さい…!」

彼は当然、冷やかしの言葉を吐くだろうと思っていた。


ところが、僕のスケッチを見る彼の瞳(め)は、真剣だった。


ページをめくる手の動きがだんだんとゆっくりになり、やがて、

「あ、これ。いいね…」

と、ある一枚を指さした。

「どれ、ですか…?」


それは、あの志波姫町の神社で、“たかしま はるや”さんをスケッチしたものだった。







〈続〉
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