“晴哉”と“はるや”の瞳(め)が、初めて逢う…。
「ああ、それですね…」
「これ、モデルとか、いんの?」
「まあ、一応…」
「カノジョ?」
「まさか…!」
「ふーん」
山内晴哉は再び、“たかしま はるや”さんへと視線を戻した。
彼が僕の作品に興味を持ってくれたらしいことは、ありがたかった。
いつか、「さんさ時雨」を口ずさんだ彼のことだ、少なからず和モノに関心があるのだろう。
でもその一方で、僕はちょっと不安に駆られた。
彼が、『この絵、俺にくれる気とかない?』と言ってきたらどうしよう、と。
彼の彼女を見つめる瞳(め)には、なにやらそれくらい“熱い”ものを感じたのだ。
だめだよ、あげられない。
それには、僕の大切な思い出が籠っているんだ…。
しかし、思い過ごしだったらしい。
山内晴哉はやがて、スケッチブック閉じて僕に返しながら、
「もしかして、画家になりたいとか?だとしたら、センスあんよ、あんた」
軽い言葉遣いとは裏腹に、山内晴哉の声には瞳と同じ、真剣さが感じられた。
その言葉は、素直に受け止めて良い気がした。
「ありがとうございます…」
「頑張んな。ま、昨日も言ったけど、実力と運とは別モノだけどな」
「ははは…」
「これから、どうすんの?」
「まあ、今日は暇になってしまったんで…」
「ゴメン、そうじゃなくて、これからの収入のこと」
「あ、そちら…。そうですねえ、適当にまた何か見つけますよ」
「適当に、か…。ま、短い間だったけど、元気でな」
そう言って片手を上げながら、僕に背中を向けて歩き出した山内晴哉の姿には、なぜか深い孤独感が滲んでいるように見えた。
それは、宮嶋翔がごくプライベートの時に、一瞬だけふっと見せることがある、あの雰囲気とよく似ていた…。
それから一週間後、僕は都心のシーサイドにそびえる一流ホテルの、洗い場にいた。
宴会場やレストランから下がってくる食器類を一手に引き受けて、大型食器洗浄機にかける、ただそれだけ。
下がってくるお皿には当然食べ残しなんかもあったりして、それをスキを見てつまみ食いしたりと、なかなか“おいしい”バイトではあった。
でも、メンバーは殆どがオバサンで、男性はごく少数派、二十代に至っては僕一人だけだった。
そういう現場は必然的に、オバサンたちが幅を利かせるようになる。
カバが直立してユニホームを着たような姿の彼女たちの我が物顔ぶりには、僕もいささかストレスを感じて、とりあえず最初の給料を貰ったら辞めようと思っていた。
なるほど、これではあちこちの求人情報誌に毎週募集広告が載るワケだ…。
『近江さんに是非お渡ししたい本があるのですが、近いうちお会い出来ませんか?』
と云う馬川朋美からのメールでの誘いに、
『では明後日あたりでどうですか?』
と早々に応じることにしたのは、“同じ年代の女性”に会うことで、少しでも気分転換したいというか、ストレスを解消したいみたいな、いま思えばちょっと(イヤかなり?)ヤバイ精神状態おかれていたから…、と思う。
バイト先のホテルからそう遠くない、同じシーサイドエリアに先月オープンしたばかりの、複合商業ビル。
ここのエントランスで、彼女と待ち合わせをした。
向こうの方にバイト現場が見えるような所で会うのは気が進まなかったけれど、ここへ行ってみたいと言う彼女のたっての希望だったので、仕方なく。
とりあえず、十二階の飲食エリアにあるコーヒーショップへ入ることにした。
“係員がご案内しますのでお待ち下さい”
の案内札に従って、入った所で立っていると、
「お待たせいたしました、いらっしゃいませ…」
と姿を見せたのは、
「!」
なんてベタすぎる展開なんだろう!
と、読者の冷ややかな笑いが、今から目に浮かぶ。
もうわかるでしょ?
現れたウエイターは、山内晴哉だった。
小洒落たユニホームを着て。
髪型もバッチリ。
おもいっきり、イマドキのイケメン君。
こんなところで再会!?
ところが。
ビックリ仰天の僕に対して、山内晴哉の方は、
「二名様ですか?こちらのお席へご案内いたします」
と、表情一つ変えることなく、まるで僕のことなんて知りません、といった雰囲気で、席へ案内した。
ちょっとくらい、何か反応があってもよさそうなのに。
一度別れてしまえば、後はもうアカの他人同士、ってことか。
なんだか薄情なもんだ。
僕たちが席に着くと、そのウエイター君はごくごくマニュアル通りに水の入ったグラスとメニューを置いて、
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さいませ」
と、礼をしてさがって行った。
馬川朋美は彼の後ろ姿をちょっと目で追ってから僕の方を見て、
「近江さん、あの人と知り合い?」
と訊ねた。
「いいや」
僕はキッパリと言った。
聞こえるわけがないけれど、山内晴哉に聞かせてやるつもりで。
「そう。なんかさっき入口で、あのウエイター見てビックリしたみたいだったから…」
「ああ。一瞬知り合いにそっくりに見えたから…。でも、全然知らないヒト」
そうだ、そうだとも。
「他人の空似、ね。世の中にはそっくりさんが、二人だか三人だかいるって云うし。あ、それで何にします?」
二人ともコーヒー、ということになり、「すみませ~ん」と声を掛けると、再び山内晴哉…、の“そっくりサン”が現れて、オーダーを取って行った。
もちろん、今度はこちらも無視(シカト)だ。
〈続〉
「ああ、それですね…」
「これ、モデルとか、いんの?」
「まあ、一応…」
「カノジョ?」
「まさか…!」
「ふーん」
山内晴哉は再び、“たかしま はるや”さんへと視線を戻した。
彼が僕の作品に興味を持ってくれたらしいことは、ありがたかった。
いつか、「さんさ時雨」を口ずさんだ彼のことだ、少なからず和モノに関心があるのだろう。
でもその一方で、僕はちょっと不安に駆られた。
彼が、『この絵、俺にくれる気とかない?』と言ってきたらどうしよう、と。
彼の彼女を見つめる瞳(め)には、なにやらそれくらい“熱い”ものを感じたのだ。
だめだよ、あげられない。
それには、僕の大切な思い出が籠っているんだ…。
しかし、思い過ごしだったらしい。
山内晴哉はやがて、スケッチブック閉じて僕に返しながら、
「もしかして、画家になりたいとか?だとしたら、センスあんよ、あんた」
軽い言葉遣いとは裏腹に、山内晴哉の声には瞳と同じ、真剣さが感じられた。
その言葉は、素直に受け止めて良い気がした。
「ありがとうございます…」
「頑張んな。ま、昨日も言ったけど、実力と運とは別モノだけどな」
「ははは…」
「これから、どうすんの?」
「まあ、今日は暇になってしまったんで…」
「ゴメン、そうじゃなくて、これからの収入のこと」
「あ、そちら…。そうですねえ、適当にまた何か見つけますよ」
「適当に、か…。ま、短い間だったけど、元気でな」
そう言って片手を上げながら、僕に背中を向けて歩き出した山内晴哉の姿には、なぜか深い孤独感が滲んでいるように見えた。
それは、宮嶋翔がごくプライベートの時に、一瞬だけふっと見せることがある、あの雰囲気とよく似ていた…。
それから一週間後、僕は都心のシーサイドにそびえる一流ホテルの、洗い場にいた。
宴会場やレストランから下がってくる食器類を一手に引き受けて、大型食器洗浄機にかける、ただそれだけ。
下がってくるお皿には当然食べ残しなんかもあったりして、それをスキを見てつまみ食いしたりと、なかなか“おいしい”バイトではあった。
でも、メンバーは殆どがオバサンで、男性はごく少数派、二十代に至っては僕一人だけだった。
そういう現場は必然的に、オバサンたちが幅を利かせるようになる。
カバが直立してユニホームを着たような姿の彼女たちの我が物顔ぶりには、僕もいささかストレスを感じて、とりあえず最初の給料を貰ったら辞めようと思っていた。
なるほど、これではあちこちの求人情報誌に毎週募集広告が載るワケだ…。
『近江さんに是非お渡ししたい本があるのですが、近いうちお会い出来ませんか?』
と云う馬川朋美からのメールでの誘いに、
『では明後日あたりでどうですか?』
と早々に応じることにしたのは、“同じ年代の女性”に会うことで、少しでも気分転換したいというか、ストレスを解消したいみたいな、いま思えばちょっと(イヤかなり?)ヤバイ精神状態おかれていたから…、と思う。
バイト先のホテルからそう遠くない、同じシーサイドエリアに先月オープンしたばかりの、複合商業ビル。
ここのエントランスで、彼女と待ち合わせをした。
向こうの方にバイト現場が見えるような所で会うのは気が進まなかったけれど、ここへ行ってみたいと言う彼女のたっての希望だったので、仕方なく。
とりあえず、十二階の飲食エリアにあるコーヒーショップへ入ることにした。
“係員がご案内しますのでお待ち下さい”
の案内札に従って、入った所で立っていると、
「お待たせいたしました、いらっしゃいませ…」
と姿を見せたのは、
「!」
なんてベタすぎる展開なんだろう!
と、読者の冷ややかな笑いが、今から目に浮かぶ。
もうわかるでしょ?
現れたウエイターは、山内晴哉だった。
小洒落たユニホームを着て。
髪型もバッチリ。
おもいっきり、イマドキのイケメン君。
こんなところで再会!?
ところが。
ビックリ仰天の僕に対して、山内晴哉の方は、
「二名様ですか?こちらのお席へご案内いたします」
と、表情一つ変えることなく、まるで僕のことなんて知りません、といった雰囲気で、席へ案内した。
ちょっとくらい、何か反応があってもよさそうなのに。
一度別れてしまえば、後はもうアカの他人同士、ってことか。
なんだか薄情なもんだ。
僕たちが席に着くと、そのウエイター君はごくごくマニュアル通りに水の入ったグラスとメニューを置いて、
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さいませ」
と、礼をしてさがって行った。
馬川朋美は彼の後ろ姿をちょっと目で追ってから僕の方を見て、
「近江さん、あの人と知り合い?」
と訊ねた。
「いいや」
僕はキッパリと言った。
聞こえるわけがないけれど、山内晴哉に聞かせてやるつもりで。
「そう。なんかさっき入口で、あのウエイター見てビックリしたみたいだったから…」
「ああ。一瞬知り合いにそっくりに見えたから…。でも、全然知らないヒト」
そうだ、そうだとも。
「他人の空似、ね。世の中にはそっくりさんが、二人だか三人だかいるって云うし。あ、それで何にします?」
二人ともコーヒー、ということになり、「すみませ~ん」と声を掛けると、再び山内晴哉…、の“そっくりサン”が現れて、オーダーを取って行った。
もちろん、今度はこちらも無視(シカト)だ。
〈続〉