迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

「偲姿―オモカゲ―」14

2010-02-17 12:08:48 | 戯作
楽屋へ戻ると、琴音さんがやはりマスクをしたまま立っていて、一人一人に「今日はスミマセンでした…」と謝っていました。

もちろんわたしにも謝りましたけど、さっきのようにわたしの目を見ることはありませんでした。

自分のミスとはいえ、役を高島陽也にとられたことを不服に思っていることは明らかでした。

そんななか、杏子さんはやけに上機嫌でしてね、楽屋へ戻るなり、今日のわたしの“活躍”を褒めちぎりだしたんです。

「急な代役だったからどうかと思ってたけど、あそこまで堂々とやってのけるんだからねぇ…。やっぱウチの劇団で鍛えられてるだけはあるわねぇ。いよいよこれからが楽しみになってきたわぁ…」

イヤでしたよ。

代役としての責なんて果たせていないことは、タレント崩れ四人組のシラーっとした表情を見るまでもなく自分が一番よくわかっていましたし、それに杏子さんはただ琴音さんへの当て付けに言っているのであって、本心でそんなことを思っているわけではないことは、その空虚で声高な調子からもはっきりとわかりましたし。

今日の立場が立場なだけに何も言えないで、イラッとした思いをグッと堪えている様子の琴音さんを見るにつけ、二人の間のバトルにわたしを引っ張り込まないでほしい、とわたしは杏子さんを鬱陶しく思いました。

みんなが自分の話しに一向に乗ってこない意味を悟れないのか、杏子さんは一瞬アレ?みたいな表情をしましたけど、そこはさすが劇団公認のKYオバサン、すぐに気を取り直して、更にはこんなことを口にしたんです。

「ねぇ座長、ハルちゃんもだいぶウチの芝居にも慣れてきたことだし、今月から芸名に“飛鳥”姓を名乗らせて、正式にウチの座員にしたらどうかしら?」

その瞬間の琴音さんの、杏子さんへの目つきといったら…。

もし視線が人を刺し殺すものだったら、かつて寝屋川鴎(ねやがわ かもめ)と名乗る映画女優だった、今は大衆演劇役者の生田杏子は、宮城県は志波姫文化会館の楽屋で、あえなく即死でしたよ。

わたしだって、はぁ…っ!?ですよ。

この旅芝居の劇団に“参加”するのはもはや今月限り、いつまでもいるつもりなんてサラサラないし、それに“飛鳥”なんて、そんなのココの世界だけでしか通用しないモノでしょ。

この、狭い世界でしか。

そんなKYオバサンの飛躍しすぎの発言に、更にシラケた空気となりかけたこの場を見事に換気したのは、

「やっぱ舞踊ショーやんないと、祝儀入んねぇなぁ。オイみんな、今日の飲み代どうしよっか…?」

と言う座長の、間一髪の全く関係のない一言でした。


〈続〉
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