どこの家でも一つや二つ"お宝”があるもんだ。わが家にも1863年(文久3年)
に撮った祖父の写真がある。ちょんまげに羽織袴、腰に大刀と小刀と二本さし
た写真である。徳川幕府直藩の武士だった祖父が横浜の写真館で撮ったも
ので、扇子には撮影時の36歳という年齢も記されている。30数年前までは、
そのガラスの原版もあったが、残念なことに紛失してしまった。
”月とスッポン”だが、先日、国立博物館で頂戴した「大徳川展」の出品目録を
見て、よくぞ、これほどまでの"お宝”が現在まで保存されていたのか、改めて
将軍家の威力を知った。もちろん、徳川家関係者の歴代の努力の賜物があっ
てのことだが、300年にわたる平和な時代が幸いしているのも事実だ。
出品目録をみると数々の国宝や重要美術品がある。将軍家のことだから貴重
な書画、陶磁器、太刀、甲冑などがあるのは当然だが、その中に混じって、16、
17世紀のハサミ、鉛筆、日光東照宮造営時の大工道具なども保存されていた
のが興味深かった。
わが家は、幸い関東大震災、東京の空襲にもあわず、比較的昔のものが残っ
ていてよいのだが、父と僕のサラリーマン二代の転勤、引越しで紛失してしま
ったものが多い。都会の集合住宅では、スペースの関係で"お宝”の保存は難
しい。昨年来、僕は僅かに家に残っていた”ガラクタ”の"お宝”を関係の博物
舘や資料館に保存をお願いしている。やはり個人の力では"お宝”の保存は極
めて難しいからだ。
に撮った祖父の写真がある。ちょんまげに羽織袴、腰に大刀と小刀と二本さし
た写真である。徳川幕府直藩の武士だった祖父が横浜の写真館で撮ったも
ので、扇子には撮影時の36歳という年齢も記されている。30数年前までは、
そのガラスの原版もあったが、残念なことに紛失してしまった。
”月とスッポン”だが、先日、国立博物館で頂戴した「大徳川展」の出品目録を
見て、よくぞ、これほどまでの"お宝”が現在まで保存されていたのか、改めて
将軍家の威力を知った。もちろん、徳川家関係者の歴代の努力の賜物があっ
てのことだが、300年にわたる平和な時代が幸いしているのも事実だ。
出品目録をみると数々の国宝や重要美術品がある。将軍家のことだから貴重
な書画、陶磁器、太刀、甲冑などがあるのは当然だが、その中に混じって、16、
17世紀のハサミ、鉛筆、日光東照宮造営時の大工道具なども保存されていた
のが興味深かった。
わが家は、幸い関東大震災、東京の空襲にもあわず、比較的昔のものが残っ
ていてよいのだが、父と僕のサラリーマン二代の転勤、引越しで紛失してしま
ったものが多い。都会の集合住宅では、スペースの関係で"お宝”の保存は難
しい。昨年来、僕は僅かに家に残っていた”ガラクタ”の"お宝”を関係の博物
舘や資料館に保存をお願いしている。やはり個人の力では"お宝”の保存は極
めて難しいからだ。