三田の詩人、今猿人さんからお贈りいただきました。
16ページと薄い冊子ですが、力量のある詩人が揃っておられて(7人)読みごたえがありました。
この発想に感心しました。《遺伝子に組み込まれたものは/取り外せないから/考えるだけ 無駄で》。この三行、「理屈」ではありますが、わたしには視点が新鮮でした。
発想の意外性といえばこの人、今猿人さん。
「最高の蛙」 最後の一行でちょっとずっこけそうになりましたが。
楽しませていただきました。今さんありがとうございます。
三田の詩人、今猿人さんからお贈りいただきました。
16ページと薄い冊子ですが、力量のある詩人が揃っておられて(7人)読みごたえがありました。
この発想に感心しました。《遺伝子に組み込まれたものは/取り外せないから/考えるだけ 無駄で》。この三行、「理屈」ではありますが、わたしには視点が新鮮でした。
発想の意外性といえばこの人、今猿人さん。
「最高の蛙」 最後の一行でちょっとずっこけそうになりましたが。
楽しませていただきました。今さんありがとうございます。
午後、大阪まで。
学校から帰って来たfumiはジャックと戯れ。仲良しです。
帰りは日暮れてしまいました。
国道43号、梅花交差点。
大きな交差点です。
ここを右折して上で合流するのですが、加速車線が短いので気を使います。
ここは佃交差点。パチンコ屋のネオンがケバイです。
この交差点は気を付けなければなりません。
チョーチンアンコウが潜んでます。餌を見つけると「う~~~♪」と言って食いついてきます。
よく食われているのを見かけます。下り坂になっていて、つい信号の変わり目に。
『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。 今なら宮脇書店ダイエー西宮店(浜松原町)でお買い求めできます。ノンフィクションのコーナーに有ります。
『宮っ子』11月号が出ました。
これの用海版「たちばなし」のコーナーは信行寺ご住職の四夷法顕様が担当で、今号は
「負ける練習」と題して書いておられます。https://miyakko-nishi.com/MIYAKKO-SYSTEM/Found_Page?area_reference=area_reference&areacd=25&find_year=2024&gou=388&page=3
将棋の谷川名人の言葉《負けが決まったときは「負けました」と口にしなければなりません。》が引かれています。
このこと、わたしも子ども将棋教室で必ず言います。
「相撲やボクシングやほかの競技は行司さんや審判などが勝負を宣言しますが、将棋はそうではありません。もう負けだと解った時点で、「負けました」と頭を下げ自ら負けを宣言するのです。これは辛いことです。将棋の王様は自分の分身です。それが叩かれたり蹴られたり終には追い詰められて身動きできなくなるのです。そんな悔しいことはありません。惨めになる時もあります。逆転負けの悔しい時もあります。でも、自分で負けを認めなければなりません。悔しくて悔しくて辛いことです。それを潔く認める。将来、人生の中でこれは必ず生かされます」などと。
法顕さんも書いておられます。
《「負けを認める」ことは、弱さを認めることではなく、成長の第一歩だからです。》と。
12月8日の用海公民館での将棋教室には、この法顕さんの記事のコピーを用意して子どもたちに配ってやることにします。
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芦屋の詩人、山下徹さんからお贈りいただきました。
『芦屋芸術』二十一号です。
山下さんの個人誌ですが、200ページ近くもの重厚感のある本です。
今年、これが第三集目とのこと。精力的です。
主に詩が載っていますが、山下さんお一人の作品ではなく、寄稿者が何人かおられます。
今号は、山中従子、津田文子、牧田榮子、野間明子、鍋谷未久美、スミレ、榎本三知子の各位。
それで半分以上のページを割いてます。
山中さんは詩と散文でした。「ある古民家で」は散文。想像を加えた話ですが、リアルでした。
津田さん、庶民的な詩を書いて下さいます。特に「玉子焼き」は良かったです。
詩を6編寄稿しておられる牧田榮子さんに驚きました。
この人のこと、以前このブログに書いたことが何度かあります。
その最初。「牧田榮子さんという詩人」。
奇遇でした。「ア・テンポ」という同人誌でも読ませて頂いてますが、ここでお会い出来るとは。
わたしでも理解できる詩を書いて下さいます。
「投函」という詩の中にこんなことが、《出した筈の茶封筒が夕刊や広告紙に混じっている/「住所に見当たりません」/これ見よがし斜めに特大ハンコ/あらあら 宛名番地の数字がひとつ足りない》
これ、わたしも経験があります。広島の友人に出した年賀状の宛名番地が一番違いで戻ってきたことが。
野間さんの「夢の踵」の冒頭。《血の踵はどこまでもつづく//どういう意味だろう/遠いたれかから預かった言葉なのだが/ここだけ残して/滲んでしまった》
なにが始まるのか興味津々とさせられます。
鍋谷さんの「ぼた姫」が面白かったです。大阪弁の使い方が上手いもんです。田辺聖子さんを彷彿とさせました。
楽しい物語でした。
スミレさんの詩「もう一度 母に」の亡くなったお母さんに寄り添った詩、感動的でした。
榎本さんの散文「メイント・モリ」はお父さんへの想い。その臨終への立ち合い。よく描き切られました。
山下さんの「アルファさん 三十一夜」 「第二夜」《結局、誰にもわかってもらえないことがあるのだと思う。そして、それでいいのだと思う。自分ひとりだけのこと。》もの書く者の覚悟ですね。
「第二十六夜」《自分がエライと思って書いている文章なんて糞くらえ、》印象的!
山下さん、いつもありがとうございます。
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『花の生涯』(舟橋聖一著)上下を読み終えました。
今度はこれ。玉岡かおるさんの『帆神』。
これも長編です。
読み始めましたが、『花の生涯』の舟橋聖一さんとは、文体が大いに違います。
ま、時代も違いますけど。
それにしても、舟橋さんのを読んだ後では、玉岡さんの文章は柔らかく感じます。
文体を楽しむのも読書の醍醐味でしょうか。
この二つの物語、実はあることで関連があるのです。
そのこと「六甲」12月号に書く予定です。
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一昨日行った「茉莉亜まり展」ーことのはことたまーは、本当に凄かった。
何百点の作品が、いろんな表現法で展示されていて、それはそれはスケールの大きなものだった。
https://blog.goo.ne.jp/coffeecup0816/e/dd08118ff0edb47835dad792daae3b47
しかも静謐でありながら華やか。
でも恐い。そんな作品群。
中でも恐かったのはこれ。
薬瓶のような小さなガラス瓶の中に閉じ込められている句。
虫メガネが置かれている。それで「見よ」というわけだ。
わたしは覗きかけて止めた。危険を察知したのだ。
中にはきっと劇薬が入っているのだと思って。
なん十個も並んでいる。
これは恐ろしいでしょ。
以下は、ビンの中の句ではありません。色紙などに書かれているもの。
〇 闇ならば裂けよ雨なら降りしきれ
〇 銅鏡の獣引き連れわが戦
〇 果ての果てのあかるい水の流る果て
〇 月の道奈落の先の岬より
〇 旋律のしずかに続く星ひとつ
〇 さんざんは降ったこれより花の中
〇 蟲ピンをみずから抜いて揚羽去る (わたしこれ好きでした。)
あの小さなガラス瓶の中にはどんな劇薬が入っていたのだろうか?あるいは爆薬?あの虫メガネで焦点を当てると爆発するに違いない。
一見の価値ありです。
尼信会館の「茉莉亜まり展」に行ってきました。
昨日の夕方、西の空を写そうとスマホを向けると、
「QRコードを読み取りました」と出たんです。
え?と思ったのですが、「アプリを起動しますか?」を無視しました。
後で、起動して見れば良かったと思いました。どんなところへつながったのでしょうかねえ?
まさか西方浄土?
その時の写真です。
テレビで野球のドラフト会議を見ていた。
関大の金丸夢斗選手が中日に。
彼のお父さんが甲子園の高校野球の審判だったのが野球へのきっかけだったと。
甲子園球場でお父さんの審判ぶりをお母さんと見ている映像が流れて、お父さんのジャッジに二人で拍手し、
「審判に拍手してるの俺らだけやで」と。これがおかしかった。
右、お父さんです。
そうなんです。審判は誰にも見られてないのです。
わたしにこんな聞き書き詩があります。審判をしておられた人の科白です。
詩集『コーヒーカップの耳』より。
「野球の審判はいっつも誰にも見られとらん…」。
この100ページほどもある川柳誌に載っている何百の句から、「これっ!」と思える句を探すのが楽しみです。
今号からは先にも上げましたが、次の二句。
先に『現代川柳』第11号の中からわたしの好きな川柳を上げましたが、
その中でも特に好きなのをもう一度、数を絞って。
スリッパもなんとなくある右左 小川敦子
はみだした煎餅の耳シャンとする 岡村ひろ子
ぐちぐちとタワシ相手に今日のこと 黒川佳津子
お変わりなくいつも通りの不整脈 近藤ゆかり
耳鳴りか三途の川の音だろか 上藤多織
朝昼晩死ぬほど薬飲んでいる 道家えい子
わいわいと父さんこぼし鍵をかけ 木戸利枝
走り梅雨 初めて俺といいし子に 林かずき
割るまではスイカ甘いかわからない 林富子
シンバルの音だけを待つ演奏会 根垣万里子
太字の句、秀逸です。わたしの独断ですが。何百と載っている中からこんなのを見つけるのが醍醐味です。