届いた「図書」8月号を読んでいて驚いた。
こんな詩が載っていた。
猫が歩いている
俺の心が歩いてゐるのだ (猫)
高橋新吉の詩である。
たった二行だが、手触り感がある。
この詩は、詩を学ぶほどのものなら常識なのだろう。
が、わたしは知らなかった。不勉強ですねえ。
これまで高橋新吉の詩集を読んだことがない。
娘の出産がいつあるかわからないので、お昼のお食事を用意していない。
なので常連さんのお食事客は来店されないが、今日は見かけないお二人がお食事に。
定食はできませんが、ということで、チャーハンとカレーライスにして頂いた。
お聞きすると、日本盛で会議があって来られた外部のお客さん。
日本盛のある営業さんに「あそこが美味しい」と聞いて来たのだと。
「はい、以前は美味しかったのですがねえ」とわたし。
もう日本盛の営業さんが来られなくなって久しい。
そりゃそうだ、土日祭月と休みたい時が休みの店なんてねえ。
でも何でうちの店を推薦されたのだろうか?
その人も事情をご存知ないのだろうな。
江口節さんから「叢生」187号をお贈り頂いた。
シンプルな詩誌である。
読むのに負担がない。
これは江口さんの「空」
比喩が適度で読みやすい。
ぶっ飛ぶような比喩が面白い詩もあるが、わたしはこれぐらいがいい。
鳥だって 飛ぶのは大変なんです
ダチョウやクイナは飛ぶのをやめた
これにはハッとさせられた。そう言われてみれば本当だ。
読者の読みに任せるような詩。
それぞれが想像して読めばいい、そんな詩。
作者には作者の想いがあるのだろうが。
他にわたしが好きな詩人、佐山啓さん。まだお会いしたことはないが、なにかフィーリングが合う感じ。
いいですねえ!自分を客観視して鋭い。そこにユーモアの味付けがあって。
こんなん大好きです。
次に書くもののために、午後から須磨寺に行く予定をしていた。
ところが雨。
大した雨ではなかったが、写真を撮りたかったので中止にした。
撮りたかった写真の一つはこれ。
ある人のブログより拝借。山本周五郎の文学碑。
裏にも文字が彫られているということだが、ネット上では見つけられなかった。
取材というほど大層なものではないが、ちょっと参考にウロウロしてみたかった。
また改めて行こう。
ここには尾崎放哉の句碑もある。
また、足立巻一先生の葬儀が行われたお寺でもある。
あの時はスゴイ参会者だった。
新聞報道では1500人と。
芸能人でも政治家でもないのによくあれだけの人が訪れたものである。
池にこぼれ落ちんばかりだったのを思い出す。
もうすぐ、先生の命日がやってくる。
高校野球の兵庫県予選決勝戦の終盤をTVで観た。
素晴らしい熱戦だった。再三、高校生らしいファインプレーがあって感動した。
昨日、西脇工業の試合を観たので何となく西脇を応援していた。公立校ということもあるし、エースが一人で投げ抜いていて昨日の終盤は疲労困憊の感があったのでなおさら。
そのエースが今日も投げていた。すごいですね、高校生。一晩で元気を取り戻すのだ。
見た感じも性格の良さそうな子だった。
インタビューを受けておられた監督さんも感じのいい人だった。
とかく高校野球の監督さんは偉そうにしている人が多い気がする。
あるいは、インタビューの時だけやさしそうにして、練習などでは体罰も辞せずなんだろうな、という感じの人が多い。しかし、この西脇の監督さんは実際にやさしそうだ。
そして、この西脇工の校歌の作詞者が富田砕花さん。
これで甲子園で富田砕花さんの詩が流れるのだ。
昔は勝った時だけしか流れなかったが、今は試合の途中にどちらの校歌も流れるようになってますよね。
高校野球兵庫県大会、今日は準決勝でした。
第一試合は東洋大姫路と報徳学園。
第二試合は育英高校と西脇工業。
結果は、
東洋大姫路と西脇工業で明日決勝戦が行われることになりました。
さきほど西脇工業の校歌が流れたのですが、作詞者が富田砕花さんでした。
ということは、
もし報徳学園が勝っていたなら、富田砕花作詞の校歌を持つ学校同士の決戦になっているところでした。
昨夜は「小墓圓満地蔵尊」の集まりを「輪」で行った。
8月24日の地蔵盆祭りに向けての相談。
この隣保の世話人会(18軒)でお祭りをするのだが、そのうち11人が参加。
約一時間、段取りを話し合う。
もうこんなに大層な地蔵祭りを行っているところはなくなって来ている。
昔は路地のあちこちで提灯をぶら下げて、子どもたちが群がっていたものだが、世話をする人がいなくなってしまったのだ。
わたしたちもいつまで続けられるか?
約3年半前に始めたこのブログだが、無料設定だったので容量が限られていた。
ほぼ使用しつくして、残り僅かになっていた。
よそのブログに引っ越ししようかとも考えたが、やはりこのブログが使いやすい。
で、最近、有料に変更しようとしたのだが、それがなかなか上手くいかない。
困っていたところへPCお助けマンのA居さんが来られて、手伝って下さり、無事に乗りかえられました。
最も安い、月300円コースにしました。
これで安心です。今までのペースでアップして行っても、あと15年ぐらいは容量が持つ。
今朝の神戸新聞の記事。
岩田さんはほぼわたしと同い年だったかな?いい感じに年を重ねてはりますねえ。
この個展、見に行きたいが会期が28日までと。
ちょっとムリやなあ。残念。もっと早く告知して下さったらいいのに。
この人の版画、うちの店にも飾ってます。
1988年製作。
もう二十何年か前に購入したもの。
この岩田さんも宮崎修二朗翁と縁がある人。
昔、西宮の「宮っ子」の立て上げに力を注がれたのが宮崎翁だが、その翁の編集により草創期にこんなシリーズを岩田さんは担当しておられます。
http://miyakko.nishi.or.jp/MIYAKKO-SYSTEM/Found_Page?find_year=1982&gou=26&areacd=0&page=2
「宮っ子」1982年1月号です。
この時、わたし岩田さんにお会い出来なかった。用海まで来て下さっていたのに。
以来、今もまだご挨拶したことありません。宮崎翁は「岩田君はあなたと似た感じの人」とおっしゃって下さっていたのだが。恐れ多いです。
※ 調べたら岩田さんはわたしより4歳も年下だった。
珍しいお客様が次々と見えた。
先ず、若松っちゃん。
二年ぶりぐらいかな?かなり体重は増えた様子。
『コーヒーカップの耳』の中の「亮介」のお父ちゃんである。
無類にやさしい人。
女性にもてるはずだ。
彼の人生はなかなかのもの。
一度ゆっくりと聞いてみたいものだ。
・
次に見えたのが、西宮市役所の公園緑地課の薗頭淳一さん。
住江町のお地蔵さんを小墓に移転する話でちょっと前に電話で相談をして来られた人。
面白いですね。90年ほど前に、小墓から一体のお地蔵さんが住江に移転し、近々帰ってこられることになったのだ。
ドラマチックなエピソードがある。
いずれ何かに書きます。
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次は西宮郷土資料館の細木ひとみさん。
お地蔵さんのことと、一心組(大峰行者講)のことを聞かせてほしいと。
わたしも年を重ねたものだ。わたしでないと誰も知らない話が増えたのだ。