『湯気の向こうから』が、名筆研究会の機関誌『名筆』11月号の「後記」に取り上げられています。
その『湯気の向こうから』ですが、西宮図書館に収蔵されています。
先日まで貸し出されていましたが、今は帰って来ているみたいです。
興味のある人はお読みください。
今村欣史の本。 『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。
今なら本屋さんで買えます。宮脇書店ダイエー西宮店(浜松原町)のノンフィクションのコーナーに有ります。
『湯気の向こうから』が、名筆研究会の機関誌『名筆』11月号の「後記」に取り上げられています。
その『湯気の向こうから』ですが、西宮図書館に収蔵されています。
先日まで貸し出されていましたが、今は帰って来ているみたいです。
興味のある人はお読みください。
今村欣史の本。 『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。
今なら本屋さんで買えます。宮脇書店ダイエー西宮店(浜松原町)のノンフィクションのコーナーに有ります。
「兵庫県現代詩協会 会報」56号が届きました。
7月に出した拙著『湯気の向こうから』の評を会長の時里二郎氏が書いてくださっています。
過分のお言葉、ありがとうございます。
『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。 今なら本屋さんでも買えます。宮脇書店ダイエー西宮店(浜松原町)のノンフィクションのコーナーに有ります。
東北宮城でパントマイムや道化師などのパフォーマーンス活動を展開しておられる森文子さんが、そのHPで拙著『湯気の向こうから』を紹介して下さいました。ありがとうございます。身の縮む思いをしております。
『湯気の向こうから』に誤植があることは以前にその原因と共に書いた。
その後もう一か所見つかった。その原因も先のと同じだった。
もう一度そのことを書いておこう。
「香をうつつ」の項、43ページ。
ページの中ほどの短歌の「大傾斜」とあるのは「大斜面」の間違い。
その原因。
元の写真を確かめてみたが「大斜面」となっている。
そして発表した『六甲』2017年7月号は?
あれ「大斜面」になっている。正しい。
どこで間違ったのか?というわけだ。
で、今回本にした元の原稿、すなわち印刷屋さんに送ったデータは?
「大傾斜」になっている。ここで間違っている。なんで?
このデータは元の『六甲』の印刷屋さんにも送ったもののはず。なぜだ?
考えられるのは、印刷屋さんからゲラが送られてきた時に、その間違いにわたしが気づき、電話かメールで修正をお願いしたのだ。
その時、PCの中にある元の原稿も直しておかなければならないのに怠った。
こんな時、大抵はすぐに直しておくのだが、その時に、本にする計画もなかったからだろう。
その怠ったままのデータを今回の本に使ってしまったということだ。
そしてもう一か所。
「夢遊」の項の168ページ。
6行目の「無遊」。もちろんこれは「夢遊」の間違い。
原因はこれも先の「大傾斜」と同じだった。
ということで、元の『六甲』には正しく記載されている。
まったくおかしなことで、普通は連載で間違いがあって、本にするときに正すもの。
逆のことをしてしまっていたというわけだ。
残念だが、まあそれほど罪の重い誤植ではないのが救いかな。
少し残っていた、わたしの初めての随想集『湯気の向こうから』がこのところバタバタと旅立って行きました。
お買い上げいただいた皆様ありがとうございました。
数冊残ってますが、これはどうしてもの時のために置いておこうと思っています。
『完本・コーヒーカップの耳』これはまだ残部があるようです。発行部数が桁違いですからね。
電子書籍にもなってます。ちょっとずつ印税が入ってます。ありがとうございます。
今朝、ちょっとした用で古書店「街の草」さんの加納さんに電話した。
その件とは別に加納さんに言われた。
「一カ所誤植が」と。『湯気の向こうから』のこと。
富田砕花さんの「香をうつつ」の項。
「短歌が並んでいるが、下の句の最後「大傾斜」と「大斜面」の二種類になってます」と。
調べてみた。確かに最初に上げたのには末尾が「大傾斜」となっており、ほかのは「大斜面」になっている。
元の写真を確かめてみた。
「大斜面」となっている。
そして発表した『六甲』2017年7月号は?
あれ「大斜面」になっている。
どこで間違ったのか?
で、今回本にした元の原稿、すなわち印刷屋さんに送ったデータは?
「大傾斜」になっている。ここで間違っている。なんで?
このデータは元の『六甲』の印刷屋さんにも送ったもののはず。
なぜだ?
考えられるのは、印刷屋さんからゲラが送られてきた時に、その間違いにわたしが気づき、電話で修正をお願いしたのだ。
その時、PCの中にある元の原稿も直しておかなければならないのに怠った。
こんな時、大抵はすぐに直しておくのだが。
その時に、本にする計画もなかったからだろう。
その怠ったままのデータを今回の本に使ってしまったということだ。
しかし、加納さん、よく見つけましたね。さすがです。
もしも増刷することがあるなら修正してもらおう。