自転車ひとり旅★

自転車大好きなTVディレクター日記。

さよなら父っつぁん。

2020年02月08日 06時34分41秒 | チャリダー★



自転車の本場のレースに来ています
山間の村々が完全に道路封鎖され
何十台ものチームバスが所狭しと並んでいます



自分的には 今回のレースの山場は
モト(バイク)にも乗っての撮影
ヨーロッパの トップ選手たちが集うステージレースで
モトから撮影できるチャンスなんて
2度とないかもしれない





モトは主催者が信頼できるドライバーを用意してくれます
審判車両や 撮影モトが行儀悪ければ
そのレースの評判が落ちるので
主催者はダメなモトドライバーに頼むわけはありません
我々が独自にドライバーを探すよりも安心なのです





まず スタート地点にずらりと並ぶのは
警察モト
日本でいう白バイだ


この警察モトの働きっぷりといったら素晴らしいもので
封鎖された道路を 選手たちに先行してギュンギュン飛ばし
間違って入って来てしまった車を停めて誘導したり
交差点の前で黄旗を振ったり
中央分離帯の手前で注意喚起したり
とにかく臨機応変 自由自在にコース上を走り回っている


そして常に笑顔だ
このイベントをサポートすることは
警官たちにとって誇りであるに違いない



「オリンピックだからって 何でもできるとは思うなよ」
と威張りちらし 道路の使用許可を全く出さない
どこかの国の警察とは大違いだ




さて
私が乗るモトバイクはこちら





1200CCのBMW
これは期待できるぞ

しかし
ドライバーを見て もっと驚いた





ツールドフランスにも何度も
モトドライバーとして参加したというご老人だった


しかも年齢は
82歳!


大丈夫なのか?


命を預ける相手なので
主催者が選んでくれたのだから
大丈夫なのだろうと 思うことにした


ジェントルマンかつひょうきんで明るくていらっしゃる
名前を知らないので とりあえず「とっつぁん」と呼ぶことにした


とっつぁんは 元は警察官で
もちろん青バイポリス出身
引退後はこうして国中の自転車レースで
ボランティアとして走っているという


しかしとっつぁんはフランス語しか話せない
果たして無事 撮影の指示が出せるのか?
「大丈夫だ 撮れるときに撮らせてあげるから わっはっは」と
とっつぁんは笑って 親指をぐっと突き出した





でかいレンズ付きカメラをぶら下げるのは
サイクルフォトグラファーの田中苑子さん
苑子さんの担当ドライバーが私に
英語でしゃべりかけて来た

「知ってるか? あのとっつぁん80歳なんだぜ。すげえよな。
 今年でこのレースから引退なんだ。最後のお仕事ってことさ」


まじか…
とっつぁんのラストランの相棒が
この私とは


良い仕事になりますように………









レースが始まった



とっつぁんは一生懸命フランス語で話しかけてくるが
私はフランス語はからっきしなので ほとんどわからない
たまに分かる単語と とっつぁんの身振りで判断する


とっつぁん「(何か言ってる)」
私「はー!?」
とっつぁん「俺はこのレースの前方を任せられている。後ろには下がれないんだ」
私「はーはー」
とっつぁん「交差点があったら停まって交通整理もする。 だから自由に撮るのは難しいぞ」
私「はー……」
とっつぁん「今日の審判は頭悪いやつだから 撮影には厳しいんだ。こんな太った馬鹿野郎さ」
私「はっはっは」



弱ったことに 運転中に身振り手振りをするとき
たまに両手放しをするのには参ったが
怖がっても仕方ないので 見て見ぬ振りをした(笑)





とっつぁんが言うことに私が反応しているぶんには
平和なのだが
こちらの言いたいことは 全く通じなかった
撮りたい選手を指差して 横から撮りたいと伝えようとしても
ギューン! と飛ばして前に行ってしまう
全てはとっつぁんの判断で
選手たちの横に行ける瞬間があれば横に行く


とはいえ
言葉が通じない割には 最低限の映像は撮れた
さすが長きにわたって モトドライバーをして来ただけのことはある


しかしやはり82歳だ
ついのんびり走ってしまい 選手たちに追いつかれ
気がついたら選手がモトの後ろで笑っていることもしばしばだった




1日目 2日目と 過ごすうちに
撮影は難しいと言っていたとっつぁんが
徐々に撮影のために頑張ってくれるようになった


自転車レースの撮影で 一番難しいのは
選手に近づくことは 空気抵抗を低減してしまうためNGであること
(選手の前方10mを走ると空気抵抗は10%減るという)
真面目なドライバーは 選手の前方50m以上離れたまま
絶対に近づいてくれない
よしんばドライバーが違反覚悟で近づいたとしても
車に乗った審判員に無線で怒られる


とっつぁんは少ないチャンスを見逃さず
まさに違反ギリギリの位置どりで 目当ての選手を撮らせてくれた
見ている審判員も笑顔で撮影許可を出してくれたのは
この国のレース界に貢献して来たとっつぁんの
人徳であったのかもしれない



とっつぁんは 頑張った時には親指を突き出して
「Bon?(良かったか?)」と聞いて来る
私も親指を突き出して「Bon! Bon!」と応えた





そして とっつぁんの最後のお仕事は
幕を閉じた





握手をして 精一杯の心をこめて
「メルシーボークー(ありがとうございます)」と 何度も伝えた



とっつぁんには きっと2度と会えないだろう
たとえ10年後にこの村に来られたとしても
とっつぁんは多分もういない



とっつぁん どうかお元気で
言葉は通じないし たまに選手に笑われたけど
あなたとご一緒できて 私は幸せ者でした


次はきっと 来世でお目にかかりましょう