☆ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像(Tumma Kristus)
そうか、この演出は『こころに剣士を』のクラウス・ハロなのか。なんか、わかるわ。
イリヤ・レーピンっていうロシアの画家は知らなかったんだけど、なるほど、聖画を描くときには画家という存在はもはや超越してしまってひとりの信仰心のある人間ということから署名をしないんだっていう美術館の推測はなんとなく納得するわ。
なんといっても、マッティ・バイの音楽がいい。単調にも感じるピアノ主体の曲なんだけど、この静かさが画面によく合ってる。こういう外連味の無い曲は好いよね。
ヘイッキ・ノウシアイネンっていうヘルシンキ出身の俳優さんも、地味ながら好い感じだ。いかにも古美術商って雰囲気がよく出てる。
ただまあ思うのは、古美術商とかはとくにそうなのかもしれないけど、がらくたばかり買い集めて、結局、まったく売れずに増えていくのは借金だけで、それも年を取ってくると余計に商い下手になる。客に対して強く出られないのは老いもあるし性格もあるけど、なんといっても、客が金持ちだと卑屈になる。これはどんな商売でもそうだ。
この映画では、家庭がそうだ。ひとり娘は夫と離婚して子供をひとりで育ててきた。父親には絶望しっぱなしで、最後の最後にいたって孫から金を借りるを知っては父親には悲しみいっぱいの軽蔑を感じる。すべては貧乏が原因なんだよね。こういうのは辛いな。最後の友達の古美術商の証言と、孫アモス・ブロテルスの名画を見つけたんだっていう叫びに溜飲は下げるけどね。