Creator's Blog,record of the Designer's thinking

フィールドワークの映像、ドローイングとマーケティング手法を用いた小説、エッセイで、撮り、描き、書いてます。

PEN LIFE1577. 首里城

2018年11月20日 | Okinawa

 現代において復元されたとはいえ那覇の街に浮かぶ世界遺産首里城建築群は美しい。第二次世界大戦で焼失したとはいえ、それまでは建築群が現存していたから写真も図面も残されていたのであり、それは本当に復元されたのであって、想像復元とは水準が違う。1406年から1879年まで尚氏一族が君臨し首里王府が形成され、沖縄固有の世界が広がっていた。

 1372年に浦添グスク王が同時の明に入貢と歴史には記載されており、このあたりが中国に、沖縄は中国領土だと言わしめる要因があるのだろう。もちろん1606年に薩摩が琉球に侵攻してきたので、その後は日本の支配下に置かれており、そして1945年以降アメリカの支配下となり、その後日本に返還されて現在に至るという少し複雑な歴史がある。そのために沖縄県民の意識は歴史以上に複雑なのだろう。

 そんなわけで1972年まで沖縄はアメリカ統治時代が続いた。だから今でもアメリカ文化の名残が沖縄には残っている。当時の米軍住宅は、そのままウチナー達の店になり、それ自体が小さな集客スポットだ。

 さらには、アメリカ製ソファーが日本本土と比べれば格段に安いと聞いた。それも綺麗な彩りでセンスが良い。そして米軍関係者が滞在中に購入したソファーが中古で破格の価格で売られていると聞く。ソファーが厚く幅広なので座り心地と寝心地がとてもよいそうだ。ならばいずれ見に行こう。見に行くだけなんだけど。

 さてさて那覇空港でアメリカのハンバーグ屋a&wに立ち寄った。びっしり具がはいったハンバーグはマックよりはるかに旨い。TheA&Wバーガーがいつも売り切れなのは悲しいのだが。今は街中から置き土産としてのアメリカの文化ぐらいしかないが、それでも米軍基地はガンと居座っている沖縄である。

 首里城に話を戻そう。首里城を訪れるのは薄暮の頃がよさそうだ。観光客のいない静かな空間が首里王朝の空気を少しは感じさせてくれそうだ。夕方西(いり)のアザナに上がり那覇の街の夕焼けを期待したが少し期待外れだった。明日は天気が悪そうだ。

 今回久しぶりにフィールド調査用機材であるオリンパスE-M1MK2を持参した。ローバスフィルターがないこともあり、ブログラムが進化したためか綺麗な画像だ。へぇーーっ、進化していたんだ。それにしても手持ち0.5秒とはあきれるぐらいの設定だが手振れ補正機能のおかげて画像はぶれていない。オリンパスの手振れ補正機能は強力だ。フィールド調査では万事これ1台でよいのだが、つまりデジタル機材は映りすぎるんですね。そんなわけでニコンF3+MD4も持参していた。

 

 

西(いり)のアザナから

 

首里城奉神門

 

守礼門

 

 

西(いり)のアザナ

 

那覇市首里

OLYMPUS E-M1MK2、M.ZUIKO DG 12-100mm/F4.0

ISO3200, 焦点100mm,露出補正-1.7,f/5.6,1/13 、

ISO3200, 焦点66mm,露出補正+0.3,f/6.3,1/5

ISO3200, 焦点12mm,露出補正-0.7,f/6.3,0.5s

ISO3200, 焦点24mm,露出補正-2,f/5.6,1/30

ISO3200, 焦点92mm,露出補正-1.3,f/6.3,1/200

 

コメント
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