ありのままを語れる力




時代に対する消極的言説によって 社会を持続できないものにして 新しい時代を招くのも方法かもしれないが その間の犠牲をどう考えたら良いだろう? 積極的な知恵は 生活者一人一人が持ってはいないか。ありのままを語れる力が知恵を生かし 犠牲を減ずると思う。

     

    
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消極的な風潮



人間を中心にした生き方や競争社会と共生・協力を背景にした言動や感情は同じではない。

   それは 政治の政策であれ芸術文化だけではなく 個人的な(愛)も同じだろう。

   歌や芝居 お笑いや社会への言説にも通じないか。

     テレビ等のメディアは 前者を背景にしたものが多いように感じる。
    時代に対しネガティブ(消極的)な感じで むしろ 子供の頃の方にアクティブ(積極的)なものを感じるのは 歳のせいだけだろうか?

     特に気障りなのは 枝葉末節をお笑い歌の即物的に対象にし 広がりを感じないものが多い。
     
      

    
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時代遅れ



   今、ちょんまげをして刀を差して 町を歩いたら チンドン屋と間違えられるかもしれない。

    200年も前なら 町行く人たちは道をあけてくれただろう。
    
  同じ事でも時代によって意味は違ってくる。 

       工業によって国が富む時代があった。

   現在はどうなっているだろう? 将来はどうなるだろう?

      半分時代遅れのチンドン屋をやっているような気がする。

  高学歴社会や エリートや リーダーは  大丈夫? 錯覚していない?
   

      
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補助線




   出来るだけ大きな視野で出来るだけ小さな変化をも捉える。 

    しかも 万象を統合して認識出来ることが理想ではある。

     現状をそんな理想に照らすとどう言うことになるかな? 
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大統領選挙が教えるもの


第2次世界大戦後の70年は 弱肉強食の世界的な経済戦争の感がしないでもない。
  
  その観点からすると 世界の覇者アメリカの大統領選挙は その戦争の行き詰まりにも見える。

   世界の経済戦争が行き詰まっているのだから 戦争を止めれば良いだけなのだが そこに思いは至らない。
   
   戦争のリーダーを選ぶ選挙が品のよくないワイドショのようだ。 

    経済戦争から 真に攻撃されてるのは 地球自然。

    70年前 日本は敗戦によって 相互の関係を自覚したように 今度は 人類が自然との相互関係を知ることになる。

    大統領選挙が行く先を暗示してくれるところまで来た。明示するのは私たちの仕事。

   消極的には現体制の弱体化への言葉や政策 積極的には持続可能な自然との共生社会に向けた言葉や政策が役割を果たす。

     アベノミクスは消極的な役割を十分果たしている。
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