世の中の見える世界から見えない世界まで思いっきり。特に、子供、教育、不登校、自閉症等 情緒に関心あり
天まで届け
新しい芽
氏名は忘れたが 若い女性カメラマン 安田 ○○子さんが東北の震災被害者を撮っているドキュメントが放映されていた。
被害者の気持ちに副った取材姿勢に 心が揺さぶられた。
その時、頭に浮かんだ風景である。
ひょっとして 被害者は東北だけでなく 日本中に 被害者は シリアの難民だけでなく 世界中に
安田さんに習って 自分はどう振る舞えば良いのだろう?
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宿題☻
田舎育ちの私は 今も都会暮らしが苦手だ。 南国の人が雪道を歩くのが苦手なように 慣れないことは難しい。
自転車も泳ぎも同じかな。
世の有識者が 知識を得ていた分 自然との付き合いが少なくなるのは仕方がない。
ただ、大自然があってはじめて人や社会が存在している(出来る)大原則を体得するにはそれなりの経験が必要だろう。
しかも、その経験が途絶えるとその能力や感覚は 萎える厄介物。
高学歴化している現代、政治や経済をはじめとした歴史的な社会的行き詰まり状態に陥っている現状は
現代人が 社会存立の大原則を忘れたか 体得できないでいるからに他ならない。
幼児から老人までの生涯教育(学習)や学問や研究などを含めた文化活動の全分野において
大自然との基本的な関係をふまえた系統的な取り組みが必要になっているのではないか と思う。
(これが私のトランさんから世界に発せられた「宿題」の答えだが、トランプさんも出来ないでもがいてる。☻)
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我も珍しい生き物か?
一時の繁栄のために地球を壊し負の遺産を子孫に残しながら 賢そうな顔して美しいこと言っている生き物が 他にいんるだろうか?
あまり聞いたことが無い。
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必要な学力と教育
恐らく(学力)や偏差値が高く高学歴と思しき学識経験者や政治家などの話には (勉強が忙しくて仕方ないかもしれないが) 自然>人>社会 の基本的な関係の認識や自然感覚の乏しさを感じることが多い。
どなたもこの当たり前すぎるこの知識は持っているだろうが 重要さを認識が不足して判断出来ず言葉にならない。
この人たちによって情報が広がり社会が動けば 今日のように行き詰まるのは 当然で 放ってはおけないトランプ氏もおぼつかない世界的課題だろう。
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最後の仮設実験
まだ 経験していないから 確かなことは言えないが…
自死 餓死 武力紛争下における死 事故死 など明らかな不慮の死を簡単に受け入れられるとは思わないが、 それなりに年を取り 病で死
ぬのは不幸な事だろうか? と思わないでもない。
家族にどうしても気がかりなことがあれば難しい気もするが わが身に置き換えても今は 特別暗くはならない。
ショックを受けふさぎこむ話を聞くことはあっても にこやかに逝った話は聞いたことが無い。
先のことは分からないが 何かやれそうな気がしないでもない。 歌を歌いながら何回もトレーニング?だけは積んできたし
書置きも山ほど してきた… 最後の仮設実験は 成功するか? 面白そうでもある。
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合わせるものが違う
連日 社会問題の断片が多種報道され続けている。
社会全体が 体の内外にある自然を壊しているのだから 不安が高じ 社会的問題が発生するのはむしろ当然で健全な感覚かもしれない。
このまま 人が社会に合わせる世にあっては 解決の道程は遠く、早く自然に合わせることを取り戻したいものだ。
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立場によって変わる
「見ざる 聞かざる 言わざる」の日光の三ザルは庶民の(処世訓)だそうだが 、逆に支配者は「見せず 聞かせず 言わせず」と考えるのが
(常識)かもしれない。
《 結局 私たちは「見えず 聞こえず 言えず」の中で(自由)を漫喫しながら 「ここは何処? 私は誰?」の疑問が残る。》
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文化と統治の変化
温暖化をはじめ世界経済の行き詰まりやテロや難民 拡がる社会不安の中で
世界は一見 ナショナリズムが台頭しているかに見える。しかし、国境を越えた動きや変化がもたらす 大きなグローバリゼーションの流れは
変わらないだろう。
本質的には グローバルに存在する多様な文化と一元的な統治のすり合わせ過程で生じる必然的ではあるが一時的な現象だろうと思う。
(もちろん10年単位の話ではあるが)
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「あったことをありのままに」本当に教えてきたか?
(自己中)とまでは言わないが、日本中心の情報が多い。
しかし、世界は日本を中心に回っていないから 天動説のような 日本中心の情報には、世界的なローカル色の強さを感じることが少なくなく、【見当違い】も目につく。
TPP・アベノミクス・安全保障など 一見、世界を先取りしているかのような政策を掲げ それを支え応援するマスコミ報道だが
問題は その結果 どうなっているか が問われないままでいる。
確かに情報を持たない私たちはそれに従うのみだが 情報と現状や個々人の生活実態とのズレは大きくなっているのではないだろうか。
一人一人が 自分の暮らしにしっかり目を向ける大切さを 改めて感じている。「あったことをありのままに」である。
(改めて【自然・人・社会】の基本的な関係を教えて来なかったことを悔やんでいるが、この基本的な関係を熟知していたら この行き詰まったような社会であっても バカなことをせず 希望は見失わないで済むはずだ。)
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時は冬
「小さい秋」を歌っていたら はや12月
アメリカが世界に向け ガラガラポンを やったような区切りの年か
目を醒まし とかしたミルクを見るように ぼんやりしながらざわついている
こうして 冬を迎える
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