1月の古本屋は豊作である。各家庭で年末に大掃除した際に処分した本が書棚に並ぶからだ。3,300円もする『スティグリッツ 入門経済学 第2版(INTORODUCTORY ECONOMICS)』(
J・E・スティグリッツ 東洋経済新報社 1999年)や1,800円した『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す(MAKING GLOBALIZATION WORK)』(ジョセフ・E・スティグリッツ 徳間書店 2006年)がそれぞれ100円。
おかげで、いろいろ20冊以上も買い込んでしまった(嫁もしないくせに!)。スティグリッツは日本に関係のあるところをパラ読みしているくらいだが(たぶん、ツー読に終わるだろ。「ツーように、スティグリッツは云っておる」と使うわけだ)。ついでに買った、このいかにも安手な造りの本がおもしろかったので、ご紹介する。
『アメリカ、中国、そして日本経済はこうなる』(日下 公人 vs 三橋 貴明 WAC)
パッと見、この本の最大の取り柄は、2010年4月発行という新しさだろう。経済トピックを扱う本なら最新刊がベターはご承知だろうが、この本の長所は、最新知識が盛られているというところにはない。明日の企画会議には役立たないが、明日の新聞やTVの経済報道を読みこなし、将来の自分の経済生活を考えるのには、とても役立つはずだ。
「日本を代表するエコノミストと超人気ネットエコノミストが、日本と世界経済の今後を予測する!」と本の帯にはあるが、
日下公人と
三橋貴明が語り合うのは、過去と現在の日本経済の姿である。昭和44年(1969)生まれ、42歳の三橋が現在を解説し、昭和5年(1930)生まれ、80歳の日下が過去から説き起こす構成である。
役員OBと若手課長。名誉教授とかつての指導学生。そんな二人が、経済評論家の通説やマスコミの俗説を排し、あるいは有力な経済学説の限界を指摘しながら、日本経済の過不足を語り合っている。対談だが、放談に流れないのは、三橋が用意したアメリカや日本の経済を俯瞰する図表に基づいて話しているからだ(スタッフを使わず、ネットを中心にデータを集めているという、一人シンクタンク三橋に日下は感心している)。
祖父と孫ほどの年齢の差以上に、三橋は大先輩エコノミストである日下に敬意を払いながら、愚直に問いを繰り返し、食い下がる。日下は三橋の指摘に同意はしても同感はせず、同意に至る道筋の違いを押さえようとする。そして二人が本当に語り合いたいことに近づいていく。貨幣経済と非貨幣経済、あるいは非貨幣的福祉について。経済活動と一体を成していて、経済を超える根源的な社会と人間の成り立ちについて。
たぶん、スティグリッツの本には書いてない知見と認識だろう。一時間で読める本ですが、読み終えても古本屋には売り払わず、新聞記事やTV報道に接するたびに、該当個所を読み返して、経済トピックと自らの経済生活との関係を参照する手助けに置いておきたい好著。本棚の飾りとしてはスティグリッツでしょうが、付箋の数では逆転するはずです。「世界経済において、日本は一人勝ち」「それでも、日米中三角経済の主役は日本だ!」の一部を以下、抜粋。
いまのアメリカ経済を支えているのは公的資金だけ(第2章から)
(いまのアメリカ経済を支えでいるのは、公的資金注入の政府支出だけで、いずれ財政支出ができなくなり、行き詰まるという三橋の解説を受けて)。
日下 だから、二番底、三番底はあるに決まっでいる。私がそう言うと、みんなが情けない顔するから、「底を打ったとき回復するのは日本が一番早い」と言っでいます。
つまり、いまの世の中には、景気刺激策は存在しないんです。なぜかと言えば、「景気刺激策というのがある」とケインズが言ったとき、あるいは日本でも高橋是清がそう言ったときの国民には、中流階級および中流へ上がろうという人がたくさんいた。
つまり、未来を信じて勤勉に努力する人がたくさんいた。したがっで、中流がなくなった国に景気刺激はあり得ないということです。
三橋 日下先生がおっしゃっているのは、政府が支出した分は、たしかに増えるが、それが波及するかどうかという部分の問題ですね。
中流がいなくて上と下だけしかいない社会では、その相乗効果が表れないと。
日下 そうなんです。国会で菅直人は、いま成長戦略を策定中だと答弁したが、それに続けて、これまで自民党がつくったいくつもの成長戦略は一つも効果がなかったと言い、また、それを再検討中だと言ったのはおかしかった。
むしろ、もう成長戟略はない時代だと言えば簡単だった。そして非貨幣的福祉で日本は世界最高の成長を達成中と言えば、新しかった。
ところで、アメリカで所得分布で、ジニ係数(注・所得格差などを分析する際に使われる指標。0と1の間の数値となるが、数値が大きければ大きいぼど(1にちかいほど)格差が大きく、数値が小さいほど(0に近いほど)、格差が小さいことを表す)が、どうとか言われているが、ジニ係数が大きくなったら、もうケインズはダメ、サミュエルソンもダメと、なぜいわないのか。
コタツ注1 2000年の主要国のジニ係数は、日本(0.314)、米国(0.357)、英国(0.326)、フランス(0.273)、デンマーク(0.225)、OECD平均(0.310)で、日本は、米国、英国についで3位にランク。
http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/34de3572d1043cf5c28c760557d7e246
コタツ注2 一方、中国のジニ係数は、2006年には0.496にまで上昇している
http://www.excite.co.jp/News/china/20090521/Recordchina_20090521006.html
国内債権は所得移転にすぎない(第4章から)
三橋 先生、話を戻しますが、それでは赤字国債の発行はダメなんですか。
日下 そんな議論は昭和ひと桁のとき、すでにアメリカにある。それを勉強していないのがおかしい。そんな怠け者の学生が経済学用語を、私に向かって使うのは、失礼だ(笑)と、ひと言で言えばそうなるわけ。
マスグレイブ(リチャード・アーベル・マスグレイブ。1910~2007年。ドイツの財政学者、ハーバード大学名誉教授。主著『The Theory of Public Financ(財政理論)』(1959)を読んできたかどうか、となる。
すると、いまの学生は「英語は読めません」と言う。大学生は教養学部で必須で第二外国語まで習うはずで、「英語を読めません」という言い訳は立たない。
だから英語でも日本語でもよいから、マスグレイブの本を読んでください。
三橋 いや、それはわかりますよ。たしかに、いまの若者がダメだと言われるのも、過去から見たらいまがダメだと。
それはわかりますが、それは若者のほうからすれば受け入れられなくて、どうせわれわれがおじいさんになって、そのときの若者に同じこと言うんですよ。そんなことはわかっているので、「それで財政赤字は結局いいんですか、ダメなんですか」というのが聞きたいんです。
日下 だから、そこでマスグレイブには「こう書いてあった」という話に入るわけだ。
三橋 何って書いてあるんですか。
日下 三橋さんの言うのと同じ。
三橋 同じとは?
日下 国内向け国債の発行は所得移転にすぎない。そのときに国債を買える人が得をする。
三橋 もちろんそうですね。
日下 その人は将来にわたって配当をもらう。要するに行きどころのない金に対して国家が利息を払ってくれるんだから。
三橋 そういうことですね。
日下 金持ち優遇改革である。後世代の人が利息を損する。だから所得移転であると。
三橋 そのとおりというか、ほとんど贈与ですよね。
日下 に近いわけだ。
三橋 贈与に近いですよね。
日下 だから、マスグレイブは、国内の金持ちと貧乏人の間の所得移転にすぎないから、それをアメリカ全体が借金国に転落したというのはおかしいと言っている。
三橋 それだけなんですか。でも、いまの日本も当時のアメリカと同じことで騒いでいるじゃないですか。進歩しないですね。
日下 みんなが進歩していないから三橋さんが儲けているんだよ(笑)。だいたい、マスグレイブを知らないで銀行の調査部長をやったり経済評論家として「財政赤字はいかん」と言っているのがいる。
三橋 それは経済学の話でなく、本来であれば、お金の流れを追えばわかりますよね。
日下 そうです。 まあ、ここまで遡れば言いたいことがいっぱいあって、そういう英語も読めないのを使って国際業務に進出するとは、マヌケなアホたんばかりの日本経済ですね。
(たぶん、続く)
敬称略