コタツ評論

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第1刷

2011-02-19 23:10:00 | ブックオフ本


新刊書も買うのだが、入手した本の8割は古本だ。古本買いの5割を占めるのが100円特価なのだが、100円特価本の奥付を読むと、たいていが第1刷である。「いちずり」と読み、初版と意味するところは同じ。増刷(ぞうさつと読み、ましずりとはいわない)されなかった本だ。大量に売れたか、あまり売れなかったか。いずれにしろ、100円特価本に流れてくるわけで、何かなるほどね、と思う。

もちろん、俺はシドニィ・シェルダンとか、『FBI心理分析官』とか、『マディソン郡の橋』といったベストセラー本には手を出さない。気取っているわけではなく、ベストセラーとは、みんなが買って読んで話題になっている、そのときに読まねば、ちっとも面白くないからだ。だから、たいていは、そんな本があったのかという、あまり売れなかった100円特価本を買う場合が多い。というわけで、この100円本にはちょっと驚いた次第。

2003年 4月25日 第 1刷発行 
2005年11月15日 第14刷発行

1刷当たり3000~5000部として、5~7万部は売っている計算になるから、ミリオンセラーといってよいが、なんとこれが初の短編小説集なんだそうだ。

『ボロボロになった人へ』(リリー・フランキー 幻冬舎)

文学賞をとったわけでもないのにこれほど売れるとは、リリー・フランキーとはたいした人気作家らしい。さっそく読んでみた。

大麻農家の花嫁
-大麻を栽培する農家へ嫁ごうとする娘の話。舅はカウンタックで野良へ行き、青山の紀伊国屋スーパーから空輸した食材で、オランダから出稼ぎに来た大麻栽培の職人たちと夕餉を囲む。

死刑
ー万引きも含めてあらゆる犯罪は死刑と定められた未来社会。裁判と弁護士は、死刑の方法を争うためにある。ギロチンや絞首刑は弁護側の大勝利。40人の幼児による金属バットの撲殺とか。

ねぎぼうず
-セックス依存症だった主婦が、行きずりにセックスした、一度だけの男に探し出されるが、どうしても思い出せなくて困っている。

おさびし島
ー都会生活に疲れたカメラマンが失踪を企て、何もない南の島に渡るが、そこには凪子というオサセの少女がいて、ちょっと働いて酒飲んでセックスして、という島の男になっていく。

Little baby nothing
ー何者にもなりたくなくて、何者にもなれない、若いだけのバカ者3人組が、ゴミ捨て場に捨てられていた美少女を拾ったことから、それぞれ変化していく。

ボロボロになった人へ
ー戦争でボロボロになったが、いまは爪が痛い兵士。

というような筋は、どうでもいい小説だった。「大麻農家の花嫁」「死刑」は、初期の筒井康隆の影響をうかがわせるブラックな哄笑と演劇的なセリフ回しは不発気味だが、まあ、「芸術は爆発だあ!」(@岡本太郎)とは無縁な緩さが持ち味かもしれない。なんとなく、すいすい読める。「だからなんなんだ」とは思わないから、読んでいる間は少し心地よい。読み終わっても、何も起こらないし、何も変わらず、何かを考えたりもしない。何かがあるとは思わないが、またこの人の小説が出たら、読んでみたい気がする。

小説としては、「Little baby nothing」の青春物語がもっともまとまっているが、実話雑誌の告白手記のような「ねぎぼうず」みたいなタッチが、この人らしい作品かと思う。生々しいようで生々しくない、関係しているようで関係していない、そんなセックスをしている女の姿形と表情を描いてほしい。全然違うが、とりあえず、平成の吉行淳之介ということで、期待しています。

(敬称略)