コタツ評論

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おい、吉田

2013-07-10 23:40:00 | 3・11大震災
3.11の原発事故の際し、東電福島第一原子力発電所所長として陣頭指揮をとっていた吉田昌郎氏が食道がんにより亡くなったと発表された。TVのニュースでは、吉田氏の在りし日の姿として、事故当時の東京の東電本店会議室と福島第一原発の吉田氏の緊迫したやりとりが放映された。

「おい、吉田、ベントはやっているのか!」
「はいはい、やってます、やってます」


といった、東京本店のTV会議室に居並ぶ数十人の上司たちから、次々に指示や質問、確認が浴びせられ、現場の吉田氏が必死にそれに答えている様子だった。



「緊迫したやりとり」と前記したが、印象としてはそうではなかったことを想い出した。てんでんばらばら、思いつきの指示や質問、確認を投げつけられているように思えた。その印象があながち的外れではなかったことは、当時の管首相の福島第一原発緊急視察で明らかになった。この一件については、管元首相に毀誉褒貶があるが、いまも変わらぬ疑問は、首相対応が吉田所長に押しつけられたことだ。

「想定外」の事態に、現場の対応に追われている指揮官に、事故のブリーフィングをさせたのである。いわば火事現場で消火作業の指揮をとる消防隊長に、解説を強いるようなものだ。菅元首相の強引な「政治主導」と結びつけてこの件を批判する向きがあるが、それ以前に、多少でも会社組織やその指揮命令系統を知る人間なら、これは現場ではなく上層部が対応すべき事柄だとわかるはずだ。

少なくとも、吉田所長以外の者が首相に同行して、現在進行中の事故対応を妨げず、吉田所長の負担をできるだけ軽くするのが第一くらい、誰でもわかることなはず。「なんで私が首相の対応まで・・・」とさすがに吉田所長も漏らしたというが、下手をすれば、首都圏壊滅の恐れがあった大事故に際しても、首脳陣の無為と無責任、危機意識の乏しさを露呈させたとみた。

55歳になる現場のトップをつかまえて、「おい、吉田」と呼び捨てにする上司は、よほどの人物なのだろう。「豪放磊落」で「親分肌」という社内評価なのかもしれない。ならば、まず首相の視察を止める、あるいはそれができなければ同行して、首相の追及の矢面に立つ。それが上司の組織の道理というものだろう。

しかし、上司の誰もそうはしなかったようだ。もちろん、その理由はいくらでもある。なにより、事故現場のことは吉田所長がいちばん知っている、首相を納得させられるのは彼しかいない。「おい、吉田、頼むぞ」と。しかし、そこでは時々刻々変化して寸秒も目を離せぬはずの事故対応は眼中になく、「首相をなだめる」という自らと会社の保身が優先している。

たぶん吉田氏は福島第一原発の事故対応に、心身ともに消耗して病を重くしたのだろうと誰でも思う。ある意味で、吉田氏は福島第一原発事故を一身に背負い、また背負わざるを得なかった。では、「おい、吉田」と安全な東京の本店会議室から、指示や質問、確認を浴びせていた、当時も今も「無名」の吉田氏の上司たち、首脳陣の面々はどのように、事故責任を背負った、背負っているのだろうか。

東京電力の社長とか何人か、本当に刑務所へ行くべきだと思う」のは村上春樹ばかりではない。吉田昌郎氏のご冥福をお祈りする。

(敬称略)