コタツ評論

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水曜日の子ども

2013-07-20 22:04:00 | 音楽
長年、探していた曲をようやくみつけました。チャ~チャ~ララン チャララン チャララン♪という出だしのメロディしか覚えていなくて、曲名がわかりませんでした。しかし、最初に聴いたときのことは、はっきり覚えています。我が家にステレオセットがやってきた日でした。



当時、ステレオセットを買うとLPレコードがおまけについてきたものです。そのなかの一曲でした。ステレオセットがやってきた日から1週間ほど、その映画音楽を特集したストリングスのLPレコードをくりかえし聴きました。我が家にはほかにレコードがなかったのです。レコードもなく、つまり音楽愛好趣味もないのに、タンスをどかさねば入らないほどデカいステレオセットを買うなんて、いまから思えば理解に苦しむ消費行動です。しかし、当時は誰しもそんなものだったのです。

レコードを買えばいいと思うでしょうが、LPレコードはとても高価でした。子どもの小遣いでは手が届きません。ほどなくシングル盤のEPレコードを買ったのですが、その一枚は何度も聴いたので覚えています。ナンシー・シナトラの「シュガータウンは恋の町」です。低俗です。ラジオで聴き知ったのでしょうが、恥ずかしながらジャケ買いです。しかし、くりかえすけれど、当時は誰しもそんなものだったのです。

隣の町工場のラジオや商店街のスピーカーからは、橋幸夫や舟木一夫や三田明や春日八郎や三橋美智也の歌が流れていました。大田区蒲田に住む少年にとって、音楽とは歌謡曲のことでした。ひきかえ、ステレオセットのおまけについてきた映画音楽のLPは、流麗なメロディを甘美な弦楽が奏でて魅惑的でした。

いまから思えば、ポール・モーリアとかマントバーニといったBGM専用の楽団によるものでしたが、とても上品で洗練された演奏に聴こえたのです。ワインといえば、正月には子どもにも許される赤玉ポートワインのことでした。ウィスキーといえば、いちばん高くて上等なのはジョニ赤でした。くりかえすけれど、当時は誰しもそんなものでした。物事はいまよりずっと単純でした。

さて、チャ~チャ~ララン チャララン チャララン♪ ですが、ときおり、Youtubeの映画音楽動画を検索しては行き当たりばったりに聴いて、ようやく昨夜ヒットしたのです。「さらばベルリンの灯 Wednesday's Child」でした。

Matt Monro


「さらばベルリンの灯」という映画は未見ですが、若きマックス・フォン・シドーが出演していて、わるくなさそうです。原題の Wednesday's Child がわからなかったが、レイ・コニフ・シンガーズの歌詞付きをみつけました。

Ray Conniff - Wednesday's Child (with lyrics)


かわいそうな子どもの歌なのだなと見当をつけて Google検索をしてみると、曜日を覚えるための数え歌が元になっているらしい。欧米では誰しも知っているポピュラーな歌のようです。

Monday's Child

Monday's child is fair of face,
Tuesday's child is full of grace,
Wednesday's child is full of woe,
Thursday's child has far to go,
Friday's child is loving and giving,
Saturday's child works hard for a living,
But the child who is born on the Sabbath Day
Is bonny and blithe and good and gay.

「さらばベルリンの灯」でも Wednesday's child is full of woe がそのまま使われています。woe は悲哀、Sabbath Day は Sunday のことです。作曲は2011年に亡くなった映画音楽の巨匠ジョン・バリー。「007」のテーマや「野生のエルザ」などで知られますが、ジョン・バリー屈指の名曲といえば、可憐なミア・ファーローが印象的だった「フォロー・ミー」でしょう。

John Barry - Follow Me! (AKA The Public Eye)


ちなみに、ヒゲの中年男はイスラエルの名優トポルです。ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の主人公、テヴィエが当たり役として有名でした。BSでは海外紀行番組が多いのですが、せめてこの「フォロー・ミー」の1/10も映像が物語ってくれればと思います。ミア・ファーローの1/100も、立ち姿や歩く姿が自然に美しければと思います。「おいひー」とか「ステキ!」や「おじさんは、ここで何してるんですか?」といった「レポート」はいりません。今時は誰しもそんなものです。何気ない仕草やちょっとした笑顔で表現できないものでしょうか。

(敬称略)
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復唱せよ

2013-07-20 14:32:00 | 政治
いっとき、浅田次郎はよく読んだ。「蒼穹の昴」の頃までか。巡回している植草ブログに浅田次郎の文章が紹介されていた。「もうひとりの私から、イラクへと向う部下へ」と題するものだ。

浅田次郎は三島由紀夫の自決に衝撃を受け、大学入試をやめて自衛隊に入隊した、と繰り返し語っている。その自衛隊を「卒業」後、「度胸千両」の業界に足を踏み入れるが、「相棒」が射殺されたのを契機に足を洗い、職を転々とした後ブティックの経営を生業とした。かたわら文学賞に落とされながらも小説を書き続け、ついに念願の直木賞を受賞してからは、現代物から中国歴史物、時代小説まで意欲的な長編を次々に発表して、当代の流行作家になった。

「もうひとりの私から」とは、自衛官を続けていれば古参の下士官となっていただろう「もうひとりの私」から、かつて19歳の新米自衛官だった「もうひとりの私」へ告げるものだろう。

「いいか。俺は昔の戦で死んだ大勢の先輩たちと、ほんとうの日本国になりかわっておまえに命ずる。やつらの望んだ半長靴を、人間の血で汚すな。われらが日章旗を、人間の血で穢すな。誰がなんと言おうと、俺たちは人類史上例をみない、栄光の戦わざる軍人である。復唱せよ。」




「心を安んじ 命を立てん」
http://moon.ap.teacup.com/chijin/694.html

(敬称略)
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国会か、国家以下!

2013-07-20 07:40:00 | 政治
あくまで私見に過ぎないが、日本の「嫌韓」と韓国の「反日」を比べてみると、「国家レベル(含むマスコミ)」では、あきらかに韓国がひどく日本はかなりマシ。ネット上の「国民」レベルではやや韓国がマシ。「市民」レベルでは、かなり韓国の方がマシ。というか、日本では日韓関係について、「市民」レベルの発言がきわめて少ない。

公平の観点からいえば、市民>国民>国家となるから、将来の可能性は、韓国>日本といわざるを得ない。国家以下、あるいは超国家の「ネット民」については、日韓どちらも変わらずひどい。いうまでもないが、国民市民ネット民はそれぞれ単色ではなく、個人にそれぞれが含まれ、理性や感情といった分光器(プリズム)によって表出される(ウソ)。

日韓関係の問題とは、韓国の国民市民の場合、日本国政府や「一部右翼勢力」を批難して、日本国民や市民への評価は分けているのに対し、日本の国民市民には韓国と韓国民を総じて嫌悪する傾向が強まっていることに思える。この傾向は、ネット民を比べれば、容易に判断できるものだ。つまり、日本人は他国への敬意を失いつつあるのではないか。

と前置きが長いが、韓国の学術と技能が向上してるぞというニュース。

やはり“技術大国”の韓国、技能五輪国際大会で18回目の優勝
http://japanese.joins.com/article/608/173608.html

国際物理オリンピアード、韓国3回目の総合1位
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130716-00000013-cnippou-kr

他国への敬意を失った日本というのは、もしかすると日本史上はじめてのことではないだろうか。他者に敬意を払わない人間と置き換えてみれば、そりゃまずいなと誰でもわかるはずなのだが。


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