私がポップス/ロックに目覚めたのは1975年。最初はジョン・デンバーやビーチ・ボーイズの歌うアメリカの青い空に憧れたが、キッスとエアロスミスでハードロックにハマった。1977年親の転勤で金沢から練馬へ引っ越して以来毎週末吉祥寺へ自転車で通い雑誌広告を頼りにレコード店を探し歩いた。「レコード舎」「芽瑠璃堂」「ジョージ」「Disk Inn」など多くのレコード店があったが、特に良く通ったのは「ジョージア」とその支店「ジョージアJr.」だった。「Player」誌で紹介されていたゴジラ・レコードの最初の2枚のミラーズ「衝撃X」とMr. Kite「共犯者」を見たのはジョージアJr.だったし、大阪のVanity Recordsから出たアーント・サリーのLPを手にしたはジョージアだった。そのどれも購入しなかったことを何度後悔したことだろう。ゴジラ・レコードではツネマツマサトシ、FLESH、ミラーズの2ndシングルを購入した。日本の自主制作盤以外に英米はもちろん、それ以外の国のプログレや前衛音楽、フリージャズなど未知のレコードが満載で夢の迷宮のような空間だった。
吉祥寺マイナーや荻窪ロフトへライヴを観に行くようになった1979年、ジョージアの後藤美孝さんがPASS RECORDSをスタート。同年8月に出たフリクションのデビューEPのジャケットには青と黄色の2色があり、青の方がカッコいいな、と思いつつ何故か黄色い方を買った。ジョージアJr.の店員からヘッドホンで聴くと最高ですよ、とアドバイスされたのを覚えている。
1980年PASS RECORDSはトリオ・レコードから配給されることになり、3月にPhew+坂本龍一「終曲」突然段ボール「ホワイト・マン」ボーイズ ボーイズ「MONKEY MONKEY」の3枚のシングルを発表。4月にはフリクションのデビュー・アルバム「軋轢」とシングル「ピストル」。メジャー配給を得たことで音楽雑誌にも大きく取り上げられるようになり、特にフリクションは東京ロッカーズの中核バンドであると共に坂本龍一プロデュースということで大きな注目を集めた。
8月にグンジョーガクレヨンの45回転デビュー・アルバム「gunjogacrayon」を発表。11月に「PASS LIVE」として突然段ボールとグンジョーガクレヨンのカップリング2枚組EPを発表。その頃高校の友人と一緒に法政大学学生会館大ホールでグンジョーガクレヨンを観た。共演はP-Model。テクノポップと呼ばれたP-Modelの予想外に攻撃的なパンク・サウンドにも驚いたが、もっと衝撃を受けたのはグンジョーガクレヨンだった。ヴォーカルの園田游さんの予測不可能なパフォーマンスとギタリスト組原正さんのギャング・オブ・フォーのアンディ・ギルを思わせるカミソリ・ギター。音楽的にはパンクではなく実験的な前衛ロック。とても印象的だったので翌日「PASS LIVE」を購入、目にしたライヴ通りのアブストラクトなサウンドが気に入り何度も繰り返し聴いた。
1981年にPASS RECORDSが活動休止しグンジョーの名前を聞くこともなく忘れてかけていた頃にDisk UnionのDIWレーベルから「2nd Album」がリリースされた。ロックの範疇に留まっていた1stから大きく逸脱し、フリージャズを凌駕する即興演奏が収められていた。数年前に灰野さんの紹介で知り合った園田さんは「「2nd Album」がロック誌以外の雑誌で評価されたことがとても嬉しかった」と話してくれた。
グンジョーガクレヨンは1990年代半ばに自らの自主レーベルから3rd「群青」をリリース後、2009年まで活動を続け解散。組原さんは2007年に新生PASS RECORDSの第一弾としてソロ・アルバム「hyoi」を発表。
それから5年経った今年突然この2ndアルバムを発表。前作同様「inkuf」という謎めいたタイトルの2枚組である。全28曲収録、完全にひとりだけで作り上げた作品である。
不勉強にしてソロ1作目の「hyoi」は未聴であるが、資料によればコンピューターを使った作品であるらしい。今作ではコンピューターを排しギターだけによる演奏になっている。一聴して脳裏に浮かんだのはアメリカの前衛ギタリスト、ヘンリー・カイザーだった。1981年の2枚組LP「ALOHA」はギターの様々な実験的奏法を駆使した演奏が14曲収録され、ギターを抱え全身血塗れで微笑むカイザーの写真のジャケットのポップさもあり発売当時一部で話題になった。来日公演も開催され一体どのように音を奏でているのか興味を持ったギター/インプロ・ファンが押し掛けたものだ。
「inkuf」はギターによる実験音響という手法的にはカイザーに近いのだが、サウンドに着目するとシュトックハウゼンやクセナキス、湯浅譲二、一柳慧など現代音楽家の1960~70年代の電子音楽/ミュージック・コンクレートとの親和性に気が付く。これが1970年代にNHK電子音楽スタジオで録音された試作集としてEdition OMEGA POINTシリーズでリリースされても何の違和感もない。
組原さんはこの新作でギター演奏に付随する肉体性を悉く排除し、もはやギターであることすら否定したかったのではないだろうか。些か矛盾した表現だが、本作は"希代のギタリストによる存在を否定されたギターによるギター作品集"と呼んでみたい。
3年前解散したグンジョーガクレヨンが今年5月にオリジナル・メンバー3人により再結成された。
[5/30追記:組原さんにインタビューしたライターの松山晋也氏から『組原さん本人によると、一時的に集まって演奏することはあっても「再結成」ではなく、「完全に解散した」、とのことでした。僕も確認したんだけど、「再結成はしてない」と本人は断言してました。つか、たぶん、そういうことに関しては、あまり深く考えてないんだと思います。』とのこと。私の文章の意義自体をひと言で破壊する天然の二重否定。組原さん、大好きです!]
7月21日には「inkuf」リリース記念ライヴも開催される。存在を否定されたギターが実際にどのように鳴らされるのか興味は尽きない。
妄想の
中で奏でる
非在ギター
グンジョー再結成に加わらなかった園田游さんは毎月4~5回他の人のイベント・ライヴに呼ばれて踊っているとのこと。「踊り場があることに感謝」とのメッセージが届いた。