おぢのニセコ山暮らし

山暮らしと世間のあれこれを書き綴ります

「人生50年」かぁ

2005年10月31日 | Weblog
                           (札幌駅前)


秋は一年で一番嫌な季節だが、最も嫌なのがこれから雪が降るまで。
日は短くてトットと暗くなり、枯葉はハラハラ舞い落ちる。
「最後のひと葉」じゃないが、気分はドンドン落ち込んじゃう。

そんな嫌~な時季、微熱が治まったと思ったら、今度はジンマシンだ。
あちこち痒くて、痒くて。
抗ヒスタミン剤を買ってしのいでおる。

薬は良く効き、服用するとスゥーと症状が治まる。
それにしても、ストレスなのか、更年期障害なのか、困ったもんじゃね。

かつては「人生50年」とか言っておったから、もうとっくに死んでるころか。
これ考えりゃ、あちこちガタがくるのはやむなし、ってことだね。

とはいえ、まだまだ人生楽しいことがありそうだ。
騙し騙しで、ずるずると生きてやるわい!!




教師と地雷除去

2005年10月30日 | Weblog
               (初冠雪したニセコアンヌプリ)


土曜の午後からニセコへ。
どうせ日曜の午後には札幌へ戻るのだが、こちらに来ないと、どうにも落ち着かない。
改めて、ここが終の棲家と思った次第。

日曜日、ニセコアンヌプリの山頂付近が雪に覆われた。
初冠雪だ、いよいよ待ちかねた季節が目前に迫っておる。
ちょっとワクワクじゃ。
それでも朝の気温は、プラスの2~3度とまだまだ暖かい。
残念っ!!

午前中、うだうだゴロゴロ過ごして、午後は札幌へ。
いつものようにババのご機嫌伺い。
とても機嫌が良く、痛みも吐き気もない様子、持参したゴマ団子を美味そうに食べた。

喋ることはというと、前にも増して訳わからんようになってきた。
それでもご機嫌良いのが、親不孝息子には、なにより。
このまま痛みや吐き気をコントロールしていただき、夢うつつで逝かせてやりたい。

ジムに行く前、いただいたカボチャを届けに旧友I宅へ。
Iは、例によって、馬券片手にTV見ながらゴロゴロしておった。
つい半月前まで、教職へ意欲を見せておったIだが、きょうは一転、辞めると言い出した。
まぁ、金に不自由はなさそうだし、年金受け取る65歳まで、うだうだ遊ぶのも人生。

なにせ、働くといっても、まったく潰しがきかんのが教師。
何するのか、したいのか、聞いたところ「これまでの愚行を反省し、ボランティアでもして社会のお役に立ちたい」とか。
至極真っ当なことを言っておった。
驚くじゃぁないの、あんまりまともでさぁ、、、

さらに問いただすと、
「世界平和に貢献するため、カンボジアで地雷除去作業でもしようかと思って…」
いきなりカンボジアかい!!
「その前に1年ぐらい、シルクロードにも行きたいし、オーロラも見てみたいし、アンデスのマチュピチも見ておきたい」とか。

ススキノで遊ぶわけでもない、せいぜい近所の焼き鳥屋で慎ましく飲むだけゆえ、金もたいして使わんだろう。
人生を深く反省し、「地雷除去で平和に貢献」ってのもいいかもね。


VHSとベータ

2005年10月28日 | Weblog
 


金曜日の夜というのに、札幌におる。
あすはちょいと出社せねばなんのよ。
年に何度もない、週末ススキノの夜じゃ。
で、いつもの焼き鳥屋で飲んじゃった。

報道によると、日本ビクターが欧州でのビデオ機器生産から撤退するという。
06年1月末をめどにドイツの製造拠点の操業を停止するのだそうだ。

かなり前だけど、かのNHKさまの大番組「プロジェクトX」は、「VHSの勝利」を涙と感動もんで謳い上げておった。
画質ではるかにVHSを凌駕しておったソニーのベータ方式だが、ビクター、松下連合に敗れた。
これを例のパターンで盛り上げた。
もちろん、盛り上げに一役買ったのは北海道出身の歌姫おば。

ところが、これ、そんな美談ではない。
ベータ方式は明らかに優れた画質だった。
欠点は録画時間が短かったことぐらいか。

そこでビクター・松下連合は考えたね。
系列販売店(当時はナショナルのお店がごっちゃりあった)に、とある映像ソフトを提供した。
ようはVHSを買うと付いてくるお宝映像だ。

これ実は、当時のAV界の巨匠・代々木忠監督がAVの女王・愛染恭子主演で作った裏ビデオ。
VHSを買うと、もれなく付いてきた。
これが大当たり!!
ほどなくVHSとベータの戦いは終止符を打った。
勝負の行方は、ご承知の通り。
「技術のソニー」が「関西商人」に敗れた瞬間だった。

ある経済アナリストはこの件について、松下電器広報に真偽を確かめたそうだ。
で、回答は「否定も肯定もせず」だったそうな。

家電業界ではいま、DVD方式をめぐって同様のバトルが繰り広げられておる。
さて、こんどはどんな「からめ手」が出てくるのか、来ないのか。

さて、どちらの方式が勝つのか楽しみだけど、この先何年後かに面白い話が聞こえてくると、もっと楽しいね。

ちなみに旧友Sは、当時のベータ方式の最上機種をお買い上げになり、いまも悔しい思いをしておるそうな。

ご苦労さんです、ナマンダー、ナマンダー




株と阪神

2005年10月26日 | Weblog
             (真駒内アイスアリーナから藻岩山を望む)


ニッポン国民は、資本主義を選択しておる。
したがって、株とのお付き合いはあたりまえ、のはずだが、株と聞くだけで胡散臭い目で見る人が、いまだにおる。

ギャンブルと一緒だ、という人までいる。
残念ながら、競馬、競輪、パチンコで家建てた人の話は聞かないが、株でビル建てた人はゴロゴロおる。
とはいえ、大儲けする人がいれば、大損する人もいる。

株とのお付き合いが20年を超えるおぢもバブル、ITバブルとコテンパンにやられた。
かつてオランダでは、チューリップの球根1個が、家1軒と同じ値段まで跳ね上がった。
文字通りのバブルだった。
わがニッポン国でも、日経平均株価が4万円近くまで跳ね上がった経験を持つ。
それが、小泉政権下で7千円台にまで下落した。

上にも下にも行き過ぎるのが資本主義とはいえ、これ、下げすぎじゃ。
いまようやくそれが戻りつつある。
たぶんしばらくは上がり続けるだろうね。

ニッポン人はあまりに預貯金に偏りすぎ、という見方がある。
かつて株や投資信託を買っておるのは、金持ちばかり。
いまはネットを通じて、多くの若者が株を売り買いしておる。

だからってわけでもないが、学校で株についてキチンと教えていい。
米国並みに小学校で教えろとは言わないが、高校なら教えていいはずだ。
いまをときめく村上ファンドの村上世彰氏は、小学生のころ父親から「もう小遣いは、やらん」と言われて、かわりに貰った100万円で株を始めたのだそうだ。

この人、いろいろ批判は浴びておるが、言ってることはしごくまともだ。
タイガースの株が上場したら、こりゃ応援にも身が入る。
第一、親会社の「宣伝費」呼ばわりされておる球団だって、選手だって、気合入れてやらんと株主に見放される。

選手にストックオプション(会社に貢献した人に報酬として、自社株式を購入する権利を会社が認めること、だね)与えてやれば、もっとやる気が出る。

少なくとも、ホリエモンのフジテレビや三木谷氏のTBS乗っ取りよりもストンと落ちる。
もちろん、ホリエモンも三木谷氏も別に悪いことしてるわけではないがね。

でもなにやら世間は胡散臭い目で見ておる。
まだこのお国は成熟しておらん。


初雪の便り

2005年10月25日 | Weblog
                           (真駒内駅前)

けさは一気に冷え込んだ。
稚内や旭川などでは初雪が観測された。
札幌は雪こそ降らんかったけど、きのうとはうって変わって晩秋の趣じゃ。

通勤途中、メンコな女子高生がスカートひらひらさせながら、チャリで登校しておった。
なにやらパンツがちらちら見える。
ところがじゃ、見えて嬉しいパンツとはちょと違う。

紺か黒のすっげーダサ~いパンツ。
聞くところによると、これ「見せパン」というのだそうだ。
見せたいパンツではない。
見せていいパンツのようだ。

見せていいパンツまで穿いて、短いスカートにしたいのだ。
その方が「かわいい」らしい。
って、アホか!!おぢたち中高年の、そこはかとない「すけべゴコロ」を台無しにしてくれるじゃないのぉ、、、

見せていいなら、もっとドッキリするパンツにしていただきたい。
寝た子が起きるような…
ところがそういうパンツは「しょーぶパンツ」とかいって、ようは「一発決めるとき」に穿くのだそうだ。

一発決めるって、これあんちゃんのセリフだろ!?
時代はえらいことになっておる。
「逆ナン」とか称して、おねーちゃんが男を逆にナンパするのに驚いておったら、いまや勝負パンツを乙女が穿く時代なのだ。

いい時代なのか、悪い時代なのか、これ、はっきりしておる。
勝負パンツ穿いたおねーちゃんがわんさかやってくる男にとっては、とってもいい時代。
さっぱり来ないヤツにとってはワルい時代ってことだ。

そんなこんなで、おぢにとってはさっぱりいい時代ではないね。
一度でいいから、勝負パンツまとったおねーちゃんにぐるり囲まれてデレデレしてみたいもの。

この先考えられるってのは、寝たきりベッドで、ぐるり介護のねーちゃんに囲まれて、「じーちゃん、寝たきりなのにエッチねぇ」とか言われるのが精一杯。

男の老後ってのは、さっぱり楽しくならんのねぇ…



あすは初雪?

2005年10月24日 | Weblog
                          (先週末の羊蹄)

10月も下旬というのに、なんだか暖かい。
これ、道産子おぢにはどうにも居心地悪い。
びゅーびゅー北風が吹いてくれんと、しっくりこない。
などと言っておったら、明日の天気予報は「初雪」もあり、とか。
待ってました!!

1ヵ月以上続いた微熱も、どうやら治まった。
皆さんにご心配かけて…って、誰も心配しておらんか。
してないね。
本人はなんだかんだ言って、ほっとしておる。
あれこれ忙しい一日だったけど、熱がないは助かるね。
ありがたや、ありがたや。

高校の同期に呼びかけた「映画づくり」は、まださっぱり盛り上がっておらん。
おぢの頭にあるのは大昔の映画「黄金の七人」とか「スティング」か。
最近で言えば「オーシャンズ11、12」。
ようするに、主役級がごっちゃり居て、大掛かりな詐欺とか金庫破り。

中年のあれこれプロが集まって、一つの目標に向かっていろいろ企む。
これに加えて恋と裏切りと暴力、エトセトラ…
考えるだけで、何か楽しいねぇ。

人生楽しく生きるには、恋も愛も金も必要かしらんけど、それより仲間とわいわい楽しむような、そんなちょいとしたことが一番大切かもしらんね。



さよならをもう一度

2005年10月23日 | Weblog

山の紅葉はすでに終わり、里がみごとに色づいた。
穏やかな日曜日じゃったね。

午後、札幌へ。
いつものようにババのご機嫌伺い。
点滴を受け、寝込んでおったので、ドキッとした。
看護師によると嘔吐が続いたことから、栄養の補給とか。

吐き気のせいかサッパリ元気がない。
「もう85だし、あんたに迷惑かけられないしねぇ」とすっかり弱気だ。
返答に困る。

かと思えば、「前にいた病院、何て言ったかねぇ」。
「○○病院かい?それとも○○病院かい?」とおぢ。
「それじゃなくて、あのぉ××病院さ」
「それって、ここの病院でしょ」とおぢ。

ボケが進行したのか、モルヒネのせいか、どうやら近所の病院にいると思い込んでおる。
おぢの説明でも、まるで納得しておらん。
「ボケてきたのかねぇ」と自分の額をさすっておった。

で、「手、見せて」。
手を差し出すと、さすりながらこう言った。
「借金返せないで、土方でもやってるかと思ったけど、このやわい手じゃ違うね~」。

不肖の息子をいまも心配しておる。
目頭が熱くなるのをぐっとこらえ、「来週、また来るから」と言って、逃げ帰った。

60年代の名作「さよならをもう一度」をご存知か?
バーグマンが若い男と別れ、車で走り出す。
涙が溢れ、思わずワイパーを動かしてしまう有名なシーンだ。

病院の帰り、ハンドルを握りながら、ふと思い出した。



日本破れたり

2005年10月22日 | Weblog

昨夜からの雨も昼過ぎには上がり、穏やかな秋の一日となった。
相変わらずカメムシには泣かされておるけどね。

このところの昼食のお決まりはドームの中華「再来軒」。
美味しいし、何より価格がリーズナブル。
デザートの杏仁豆腐も嬉しい。

再来軒はこの春オープン。
それ以来、成り行きを注目しておったが、どうやら軌道に乗った様子。
客のほとんどは、地元と周辺のようだ。
サラリーマンのおぢには良く判らんけど、観光地でも地元の人々に愛される飲食店ってのは、売り上げ確保の大事なポイントかもね。
安くてうまい、これ、庶民の味方に違いない。

午後からはサッカー中継をうだうだ見ておった。
J2の札幌VS山形だ。
面白いのは山形選手の胸のロゴが「はえぬき」、札幌は「白い恋人」。
かたやブランド米、かたや北海道が誇る観光土産なのだ。
そのローカル具合、なんかとってもよろしいのぉ。

試合を横目に、今月号の文藝春秋「日本破れたり-あの戦争になぜ負けたのか」を斜め読み。
サブタイトルの「二十世紀ニッポン最大の失敗を最高のメンバーが論じ尽くす」に惹かれちゃった。
お暇なおぢ、おばも読んでいただきたいが、若者にもお勧めじゃね。

討論をまとめただけに読みやすい、わかりやすい。
当時の軍部、政治家こぞってどんだけアホタレだったかが良くわかる。
あまりに指導者たちがアホタレで、あの戦争で亡くなった方々を想うと、あまりに悲しい。
腹立ってくるね。

前にも書いたけど、おぢたち世代は、戦争を知らない世代といわれた。
実際、なぁ~んにも知らんと改めて思い知った。
読み終わっての感想は「500へぇ」。
戦争に関していえば、若い方たちはおぢよりさらに知らんわけで、「靖国参拝」どうのこうのという前に、ぜひお読みくだされ。

映画、つくったろやないかい!!

2005年10月21日 | Weblog
                       (写真は朝の札幌真駒内)


雪虫がわんさか、わんさか飛んでおる。
札幌の街は、もうまもなく雪の季節じゃ。
おぢにとっては「待ってましたの季節」でござる。

ただこの雪虫が、身体のあっちこっちにくっつくは、口に入るはで、あ~うっとおしい。
ニセコのカメムシといい、秋は虫の季節なのね。

昨夜はススキノの焼き鳥「福鳥」で、旧友Sとすっかり盛り上がった。
で、ブログもお休み。
スマンこってす。
ハツ、鳥皮、ブタ精、ホタテなどなどにビール、酒ごっちゃり。
ほぼへべれけ。

で、なんとはなく「映画つくるべぇ」ってな話になった。
そういえば、おぢは高校時代、映画研究部で映画をつくっておった。
このS主演で「○高無常 男の残雪」とかいうおバカな映画。

いやぁ、思い出しただけで発熱しちゃうほどの恥ずかしさだ。
他にも2本作った。
当時のことゆえ8ミリじゃ。
8ミリといっても、ビデオじゃないよ、フィルムなのさ。

高校同期の皆さんに声かけて、脚本から完成まで3年から4年。
脚本どうする、おれ気に入らんだのなんだの、誰が主演だ、どこでロケだ、で、こりゃしばらく楽しめる。
第一、あれこれの打ち合わせのたび、酒が美味いね。

そういえば、破天荒教師Iも「映画つくるべ」と言っておった。
元々東映ヤクザ映画ファンのSは、すでにヤクザ映画と決めて、すでに役に入っておる。
怖いの~いくらなんでも気が早い。

さて、どっから手をつけたもんか。
とりあえず、高校同期のHP掲示板で脚本募集だ。
これから数年、なんか面白いことになりそうじゃ。

それにしても、出演がおぢ、おばばかりじゃつまらん。
十代、二十代のメンコイねーちゃんも探し出し、出演交渉せねばねぇ、、
このあたりが一番楽しそうゆえ、おぢの専任といたします。

おねーちゃんに声かけるのも大義名分あればこそ。
こりゃ楽しくなってきたぞぉ。



パッチギ

2005年10月19日 | Weblog
                          (写真は先週の羊蹄)


映画「パッチギ」の舞台は、1968年の京都。
この68年、おぢも高校生じゃった。
だから、あの懐かしい曲「イムジン河」が流れてくるだけで涙もんだ。

物語は、在日朝鮮人高校生と日本の高校生の確執が縦軸。
これに青春の恋物語が絡み合う。
つまりは「ロメオとジュリエット」。
っていうか「ウエストサイド・ストーリー」に近いかねぇ。

当時、札幌に居たおぢには、確執の方はようわからんけど、「時代の空気」は当時をきっちり描いておる。
懐かしくて、ジ~ンときた。

あのころの雰囲気をしっかり出しておるのが、オダギリ・ジョーが演じていた役だね。
こういう人、あのころ確実にいた。
ギター抱えてフォークソングを歌い、ふっと外国行っちゃうヤツ。
で、帰ってきたらすっかりヒッピースタイル。
初期のニセコ移住者たちもこんな人たちだったような気がします。

映画で散々繰り返される政治的なメッセージは気に入らんかったけど、当時の空気は確かにあんなもんだった。
71年ごろだったろか、旧友Oのいた京都の某大学寮に1ヵ月あまり居候したことがあった。
当時は、赤軍派が京都戦争、大阪戦争を叫んでおる頃じゃった。
寮では、みんな朝方まで酒を飲んで大騒ぎしておった。

ただ、近づいてはダメな場所があった。
「なんでよ?」とおぢ。
「あっちはやばいんだって、いま爆弾作ってるんだから」と旧友O。
正直ビビッた。

寮の庭には大麻がごっちゃり植えてあった。
夜はどこからともなくインドの楽器シタールの音色が聞こえ、タバコとは違う香りが漂っておった。

岡林信康の、「友よ」だったか「山谷ブルース」を作詞したというおっちゃんがいた。
おっちゃんといっても、25~26歳だったろうか。
この人、翌年の夏に園芸店のトラックで北海道に来た。
カラだったトラックは、帰りには草が満載されておった。
草はもちろん大麻だ。
「これなら目立たんやろ」とあっけらからんと言っておった。

いまでは考えられん、とんでもない時代だった。
とはいえ、映画のエンドロール見ながら、おぢは郷愁で胸いっぱいになっちゃった。
ぢぢぃは涙腺が弱い。
それにしても、いまの若者たちは、この映画をどう見るんかねぇ。
1968年、おぢは確かに青春しておった。


妖しいメール

2005年10月18日 | Weblog


世間がロッテVSソフトバンクの大決戦で大騒ぎをしておる頃、おぢは「スウィングガールズ」のDVDを見ておった。
スウィングガールズは、「ウォーターボーイズ」の矢口史靖監督の作品で、女子のジャズバンド・バージョンだ。

「爽やかな青春ジャズ物語」につき、最後はおぢもウルウル。
いがったなぁ。
ご推薦のヨン様おばさまに感謝じゃね。

こういうほのぼの映画は大変よろしい。
しかし、こういう役に竹中直人はよく似合うのぉ。
他人とは思えん惨めさじゃ。

今夜はこれと一緒に借りてきた「パッチギ」。
井筒さんには期待しとります。
楽しみ、楽しみ。

で、話はゴロンと変わるけど、ここんとこ、怪しいメールがごっちゃり届く。
「奈々子(●^o^●)です」
「遅くなりました。青木です。」
「本日より開放しました。」
…とかなんとかのタイトルでおます。

こんなのも来た。
「電車の中でギリ×2 ○○○しませんか??」ってタイトル。
「この感覚かなりヤバイ!!この快感☆一度味わったら病み付きに!!!見た目はどこでも見かけるような、ごく普通の女子大生*OL*人妻達*・・・ですが、彼女達の巧みなテク&プレーは一度体験したらもう虜になる!あなたも是非、電車プレーを体験してみては??」

いやぁ、ちょっと覗いてみたくなるではないのぉ。
だがしかし、おぢは心を鬼にして、クリックしないのだ。
あとでウン万円の請求が来るかも知らんからねぇ。
下半身を、もそもそさせてる場合ではないのよ。

しかしねぇ、これが二十代だったら、どうじゃろねぇ~
なんたって「巧みなテク&プレーは一度体験したら…」に「電車プレーを体験」だぁ!!
いやぁ、なんか、やらしいんでないかい。

好きだなぁ、こういうの。
これ書いてる人、けっこう楽しんでると思うけど…
どうじゃろ?

とはいえ、迷惑、嫌がらせ、脅迫メールはなんとかならんもんじゃろか…



カメの季節

2005年10月17日 | Weblog


「夏は雑草との闘い、冬は雪との闘い」と言ったのは、ご近所のSぢぃさん80歳。
それに加えて、「春と秋はカメムシとの闘い」がある。
トホホなシーズンが、また来ちゃったぜぃ。

毎年10月のいまごろ、西日がポカポカ当たる窓辺には、カメムシ様がごっちゃりやって来る。
その数、数百匹からそれ以上。
それがどっからともなく、うじゃうじゃ家に入り込む。
で、ブンブン飛び回る。
建物にコーキングするなどあれこれ試してみたが、どもこもならん。

金曜の夜、疲れきって、たどり着けば、床一面びっしりカメなのじゃ。
ストーブ炊けば、それが元気になって飛ぶわけさ。
これ、掃除機などで吸ってはいけません。
臭くて、臭くて、しばらく掃除機は使い物になりませんのよ。

で、ほうきとちり取りの出番。
ガサゴソかき集めて、ストーブで燃やすのだ。
なにせ、家のあちこちで越冬して、春にはまたお出ましになる。

いろいろ調べたが、ど~にもならん。
真冬になって、部屋が暖まると、少しづづとはいえ、またもやお出ましになる。

春は春で、また出てくる。
これも燃やしちゃう。
秋には家族を連れて帰ってくると言うんだもんね。
家族連れは困るのよ。

そこで、この地に家を建てる皆さまにアドバイス。
(1)日当たりのよい西日の入る窓はシッカリしたサッシがよろしい。
(2)できるなら、林に囲まれた家が良い。
(3)つまり、周囲の林は切らないのが正解。
といったところでしょうかねぇ。

おぢの小屋の前にも、かつては国鉄の防風林が生い茂っておったそうで、その頃はカメの来襲はなかったと聞いた。
いまでは、あいつら、ここを我が家と思っておる。
家賃も払わずにだ、こんにゃろぉ!!

カメはカメでもわがカメは(カメの後ろに頭がつくの)、このところさっぱりお出ましにならん。
「こらぁ、なんとかせんかい!!」と両足の付け根あたりに怒鳴ってみても、返事はない。
あっちのカメとこっちのカメに悩まされる今日この頃じゃ。
もっともあっちのカメはストーブ炊けば、元気になるけど、こっちは寝たきり老人。
返せ!!青春、ムダ打ちした報いかなぁ~

フーゾクの逆襲!?

神仙沼

2005年10月16日 | Weblog

紅葉狩りのこのシーズン、「神仙沼」がなかなか良い。
で、久々に訪れた。
道道66号線の標高800メートルのこのあたりは、紅葉もすでに終盤。
観光客がごっちゃり居て、賑やかしい。
この時季にしては、日差しも暖かく、吹く風もそう冷たくはない。
1時間あまりの散策は、のんびり爽やかで、楽しめた。

帰り道、「グローブ」でお茶。
ここはお茶すると1時間ネット利用が無料。
で、あちゃこちゃネット検索。
ついでながら当ブログを見ようとしたら、あれっ、ブックマークしてあるでないのぉ。

どなたかこのブログのファンかいなぁ、とも思ったが、おぢ自身が以前ここに来たとき「お気に入り」に勝手に追加したかも知らん。
ずうずうしいことで、スンマセン。

そして、これまた久々に「いこいの村」でゆったり温泉。
他の温泉施設が満車状態だったのに比べ、空いておった。
1時間あまりゴロゴロ、うだうだ。

夕食はいこいの村の近くにある「唐火七」へ。
当ブログに来ていただいた共同経営者の「ニセコ親父」さんに、お店にお邪魔する約束をしたこともあって、お訪ねしたわけ。

お店は共同経営者の方の親族が建てたものを、自力で改造したという素朴なもの。
なかなか良い雰囲気だね。
特注という年季の入った薪ストーブもステキだ。
イケメン、長身の30代の好青年お二人の経営ゆえ、こりゃ若いおねーちゃんがこぞってくるに違いない。
なにせ「恋するビストロ」なのだ。
羨ましいのぉ。

「シェフのこだわりサラダ」とお勧めの「マグロと山芋のごま風味」それに「カモの自家製燻製」、ビール、焼酎などをいただいて、二人で3500円なり。
安くて美味しかった。
送迎サービスもあるとのことで、これから時々利用させていただきます。

ただ、ニセコ親父さんに「いやぁ、髭面のおっさんイメージしてたんですけど」とかなんとか言われちゃった。

ようするにかなりのぢぢぃをイメージしておったらしく、若づくりでスマンこってす。
わけわからんブログ書いてると、誤解をされるのね。
まぁね、エロいおぢには違いないけどさ。

そんなこんなの良い土曜の一日じゃった。
元気で健康な若者を見て、ほっと嬉しくなりました。

道路公団民営化の実態とは

2005年10月14日 | Weblog


微熱が続き、正直ビビッておったが、同じような症状のお方が北海道内のあちこちにいるらしいことがわかった。
風邪なのか、何なのかさっぱりわからんけれど、妙にホッとしておる。
いい歳こいて、気が弱いのよ、でへっ。

さて、きょうは10月1日に民営化された道路公団のお話じゃ。
お暇な人だけ読むようにね。


道路公団の借金は合わせて40兆円あるという。
とんでもない額だ。
この借金の返済スケジュールはというと、なんとまぁ45年もの長期だという。
いま生きておる関係者が、みんな死んだ後じゃ。
つまりは、だれも責任取らないチョー無責任なことになっておる。

民営化の過程にも問題があったね。
官僚と業者の抵抗が強くて、どもこもならんかった。
猪瀬直樹氏らが参加した委員会も分裂して大混乱だった。

このとき、小泉あんちゃんはこの委員会に丸投げしたまんま。
放りっぱなし!!何一つ方針を示さなかった。
リーダーシップなんぞ、どこへやら。
丸投げで傍観者を気取っておった。
噴飯モノじゃ。

国鉄民営化の際、当時の中曽根総理はさっぱり動かぬ国鉄幹部の首を全部すげ替え、きっちり、やった。
あまりに対象的だ。

民営化会社の会長には、民間人が登用されたけれど、こいつは橋梁談合の企業から起用されておる。
おかしくないか?
民間企業なら誰でもいいってもんじゃない、談合やってた企業から来る会長って何?って話だ。

こんなこと許す小泉あんちゃんよう、あんたの言う「改革」って何?
こんなの総理大臣の「鶴の一声」で首挿げ替えることできるだろうが。
選挙では、あちこち刺客立てたんじゃないの、やっつけるためにさ。
ひどいもんだね。

民営化して会社がよくなるには、コスト意識を持った経営者が経営にあたるかどうかだ。
だけど実態は、どうじゃろ。
民営各社の経営陣は、天下った官僚出身者がほとんどで、民間と同じコスト意識で経営するなど、とても無理じゃ。

だってさぁ、官僚はコストや採算性を意識した仕事など、これまで一度もしたことないだよなぁ。
これが出来てりゃ、この国がこんな大赤字国になるはずない。

東大出とか、そういう問題じゃないね。
いくら東大出たって、したことないことは、できんもんね。

民営化の目的は、無駄な道路を作らないことと、もし道路をつくるならより効率的に作るということにあった。
実態はというと、「新直轄方式」と称して、国と自治体がそれぞれ建設費を負担して、道路をこれまで通りつくる。

効率的な道路建設だって、コスト削減をどう進めるのか、さっぱり見えてこない。
法案では、「道路料金には利潤を含めない」とわけわかんないことになっていて、経営改善のためのインセンティブなど働くわけがない。

コスト高を料金に直に反映しちゃうことも可能なんで、ファミリー企業への発注条件は当然のことながら甘くなるわなぁ。
ファミリー企業は引き続き大もうけじゃ。
効率的な道路建設など夢のまた夢。

そんなこんなで「建設コストの効率化」ひとつとっても、監督する立場の国土交通省の官僚が天下りすることが可能なので、どもこもならん。

道路公団民営化は、「お粗末」の一席で終了じゃ。
アホくさっ。


君は立花隆を読んだかね?

2005年10月13日 | Weblog


立花隆氏がブログで「新・世界一の借金王 小泉デフレ政権の正体」と題して、以下のように書いておる。
一部引用しますね。


「『これができないようだったら、これから必要になってくるもっと大きな改革の何ができますか』と、小泉首相はこの選挙で何度も叫んだはずだ。

実際、年金改革、医療改革、三位一体改革(国と地方の税財政改革)など、やりかけの改革はいろいろあれど、すべて中途半端なままに終わっており、これまで最後までやりとげたという改革は、事実上なきに等しい。」

~中略~

「では、小泉首相の任期中に肝心の大目的である財政改革、財政再建のほうはどうなったかというと、全く達成されていない。

財政再建の第一歩であるはずの『プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の回復』(財政の単年度黒字化)という目的ですら、最近では、2010年以降という遠い目的にされてしまっている。

ということは、それまでは財政赤字が続くということである。そしてすでに約800兆円にまでふくれあがっている累積赤字(現発行国債累積額)がさらに積み上がっていくということである。」

~中略~

「『入るをふやす』ための手段は結局、『増税する』か、『経済を成長させて、税の自然増収をはかる』かのどちらかしかない。

そして、増税となったら消費税増税以外の選択はないはずである。それなのに、小泉首相は『自分の任期中は消費税増税は絶対にしない』と明言して、増税に言及することすらいっさい避けてきた。

要するに、小泉首相は改革を何度も何度も叫びながら、根本問題に正面から向きあおうとはせず、一貫して逃げてきたのである。」

~中略~

「このような待ったなしの異常事態に直面しているというのに、小泉首相はなおも人気取りのために逃げの姿勢に徹しつづけ、それでいて、見せかけだけは、『改革』の騎士のごとき風を装いつづけてきた。

このような小泉首相の政治姿勢は、ズルを通りこして、ほとんど詐欺かペテンの域にまで達しているといっていいだろう。」



我が意を得たり、言い得て妙、とはこのこと。
さすがに立花隆さんは、小泉あんちゃんのボケカス本質を喝破しておる。
一部を抜粋したけれど、よい子はきちんと読むのが良いね。

もっとも、小泉小劇場のド派手な演出ぶりに「気づいたら踊ってた」皆さんもそろそろ目が覚めてきたはず。
これから小泉あんちゃんが何をするのか、しないのか、冷静にしっかり見とかなあきまへん。

とはいっても、政界はすでに「ポスト小泉、いったいどうなる」、に向いておる。
残りのあと1年、ご支援された皆さんの期待にどう応えるのかね。

何もしなくても、歴史には名を残すだろう。
ただし、究極のポピュリスト(大衆迎合主義者)でケンカ上手な政治家としてね。