浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

原発事故対策システムがあった!

2012-12-02 14:59:05 | 日記
 日本の技術はなかなかのもの。しかし、「原発事故は起きない」という呪文のもとに、技術は眠らされていた。

 次のインタビューを読んで欲しい。官僚は真実を言わず、無能な学者は官僚に祭り上げられ、みずからの無能を認識できない。

 しかし、在野の技術者には、本質を見抜く人がいる。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36651

http://jbpress.ismedia.jp/search/author/%E7%83%8F%E8%B3%80%E9%99%BD%20%E5%BC%98%E9%81%93
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【本】ロバート・ゲラー『日本人は知らない「地震予知」の正体』(双葉社)

2012-12-02 14:33:28 | 日記
 今日図書館から借りてきて、すぐに読了した。そんなに難しいことは書かれていない。著者は、東京大学理学部教授、地震学専攻である。

 結論は、「地震の予知はできない」ということだ。

 1962年、「地震予知 現状とその推進計画」がだされ、日本における地震予知が始まり、1965年には「地震予知研究計画」が実行に移され、以来3000億円が投下された。その間、地震予知は○○年にはできるようになる、といいながら、その目標年度はどんどん先に延ばされ、いまもって出来ていない。

 阪神淡路大震災も、東日本大震災も、それ以外の地震も一度たりとも予知できたためしがない。

 さすがに1995年、阪神淡路大震災以後、恥ずかしくなったのか、「予知」ということばが消えた。
 「地震予知推進本部」は、「地震調査研究推進本部」となり、「地震予知研究センター」は「地震調査研究センター」と改称された。

 そして同本部は、「地震調査研究」の結果、ハザードマップを作成した。ところが、危険だとされていた地域に大地震は起きず、安全地域とされていたところに大地震が起きている。2004年新潟中越地震、2007年新潟県中越沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震、そして2011年東日本大震災。

 地震研究者が、政府から多額の予算を獲得するために「地震予知調査計画」を作成し、その潤沢な予算を毎年獲得し続けている。

 「大きな地震は繰り返して起きる、大きな地震の前に確実に前兆現象がある」という前提は、科学的に証明されたものではない、という。

 日本列島は、どこでも大きな地震が起こる可能性があるのだ、東海、南海・・・と、太平洋岸だけに注意を向けるやりかたはおかしいと著者は言う。

 なかなか説得力がある本だ。日本は、何でも利権につながり、「地震予知」も例外ではない。

 1978年に大規模地震対策特別措置法ができて、東海地域に注目が集まっているが、全国を対象にした地震対策が必要である。

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総選挙について

2012-12-02 14:16:33 | 日記
 自公政権の悪政のおかげで、非正規労働者が大きく増え、格差を拡大していった。そして嘘つき民主党は、消費税増税に道を開いた。

 そしてその後に出てくる「維新」をはじめとした政党は、とても信用できない。

 そんななか、「日本未来の党」がでてきた。ここは、少しは信用できるかなと思っていたら、「未来の党」に合流した前国会議員のなかに、安全保障政策や憲法問題で、「維新」や自民党と同じようなことを言う人がいる。

 これは『赤旗』の記事。

日本未来の党の所属議員から改憲発言が相次いでいます。

 同党の東祥三前衆院議員は1日のBS朝日のテレビ番組で、戦力不保持を定めた憲法9条2項の改定について「海外に行けば自衛隊は軍隊だ。自衛隊を認めるならば、わかりやすくしたほうがいい」「自衛隊が軍隊であることを明記すればいい」と明文改憲を認める発言をしました。

 東氏は「国際平和と自衛のために国軍を持つ。これはネーミングの話ではない。2項の意味は、侵略戦争はいけないといっている。ただそれだけだ」と、海外での武力行使を容認するために改憲するという姿勢を示しました。これは、自民党の「国防軍」創設論と同じです。

 また、未来の党の松崎哲久前衆院議員は30日深夜のテレビ朝日系「朝まで生テレビ」で、海外での武力行使に道を開く集団的自衛権の行使について言及しました。中国と台湾で戦争が起こり、駆けつけた米軍が中国から攻撃された場合について、「もちろん反撃できるようにしなければいけない」と発言。「その方法が憲法解釈の変更ではなく、自民党がいうように改憲ではなくて、立法で安全保障基本法という法制でやる。いろいろな事態に想定できるような法律を事前につくっておく」と述べました。

 松崎氏の発言に対して、精神科医の香山リカ氏が「反撃、攻撃するときには必ず死者が出るし、相手を殺害する。そのことが、現行憲法のもとでなし崩しに許されて、憲法改正しないまま骨抜きになっていくことはとても危険だ」と批判すると、松崎氏は「なし崩しにならないように法律で決める」と述べました。

 松崎氏の主張は「憲法解釈の変更を認めない」としていますが、憲法の許さない集団的自衛権を立法で可能にし、その法律にあわせて内閣の憲法解釈を変更させることを目指すもので、結局、憲法解釈の変更です。実質的な9条改悪です。自民党がまとめている「国家安全保障基本法案」による立法・解釈改憲の構想と同じです。


http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-02/2012120202_05_1.html

 そこで、私は「日本未来の党」に、こういう政策でよいのか、現憲法に基づく平和外交を推進すべきだと意見を送った。

 下記に、「日本未来の党」のアドレスを記す。意見を送ってほしい。

info@nippon-mirai.jp
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【本】上丸洋一『原発とメディア』(朝日新聞出版)

2012-12-02 08:05:57 | 日記
 私は、小泉礼賛の社説を臆面もなく掲載したときから『朝日新聞』を購読していないが、幼少の頃から我が家にはいつも『朝日新聞』があった。

 その『朝日新聞』が、原発にどのような姿勢を示していたのかを点検する、それがこの本の内容である。

 『朝日新聞』は、昨年の3・11以降、社論を「脱原発」に転換した。それまでは、「イエス、バット」という姿勢、すなわち原発推進側に立ちながら、ときどきの事故などに対しては「安全」を訴えたりするというスタンスであった。

 「社論」の中心にいたのが岸田純之助。『朝日』を退社したあとは、原発関連の広報宣伝会社などで、「原発ムラ」からの論功行賞によりおそらく高額の報酬を食んでいたのだろう。

 しかし『朝日』には、それだけでなく、「イエス」路線を突っ走った部門があった。科学部である。そこのデスクであった木村繁、さらに『核燃料』などを精力的に取材した大熊由紀子が主要メンバーであった。常に原発推進派に身を置きながら、反原発を訴える者に対しては、高見からの高踏的な批判を繰り返していた。

 現在も同様であるが、『朝日』には正義感にあふれる記者もいた。彼らは「バット」を提起し続けた。しかし、それは地方版の扱いとなるなど、『朝日』全体のものにはならなかった。

 

 ところで、この本を読みながら、私自身も反省するべきだと思った。私は心情的にはずっと「反原発」ではいた。堀江邦夫氏の『原発ジプシー』も、発売されたときに読んではいたが、熱心に「反原発」の運動に参加したり、周囲の人びとにそれを積極的に伝えたりはしてこなかった。静岡県には浜岡原発があり、その建設の際には、大きな反対運動があったにもかかわらずである。そういう私自身のありかたが、3・11を招いてしまったのだという気持ちを、この本は生み出した。

 そして原子力艦「むつ」や、伊方原発訴訟など、その問題が起きたときにもっともっと広く問題化されなければならなかったと、読んでいて思ったことがある。これらは、福島原発事故に直線で結びつく。

 たとえば、「安全」だとされていた「むつ」は、運転と同時に放射能漏れを引き起こしたこと、その事件がおきたとき、原子力ムラの住人たちは隠蔽を図り、また誰も責任をとろうとはしなかったこと。

 中央構造線が走るところに建設した伊方原発。その建設を審査した原子力委員会原子炉安全専門審査会、わずか半年間、7回の会合で結論を出したこと。その会合には、9人の委員中、自身担当は全回欠席、ほかに6回欠席、5回欠席がそれぞれひとり、議事録なし。そしてその7回中、審査委員がひとりしか出席していないときもあったという。

 こうした杜撰な経過を経て、伊方原発は建設されたのだ。しかしこうした事実は、当時全国的に報道されてはいなかった。

 おそらくほかの原発も、いい加減な審査を経て建設されたのだろう。ということは、福島だけではなく、全国の原発は「危険」だということだ。

 「原子力ムラ」の住人たちに好きにやらせてきた私たちにも、一端の責任があるといえるのではないか。もちろん、そうした事実を知り、知らせようと思えば報道することができたマスメディアの責任は、より重いと言わざるを得ないだろう。さらにさらに、そうしたあり方を陰に陽に推進してきた原発推進の自民党には、大きな大きな責任がある。

 もう同じ過ちは繰り返してはいけない。

 『朝日』の原発報道を通して、戦後の原発認識の歴史が、この本では示される。緻密ではないが、その流れは十分に知ることが出来る。

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