浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

極悪の小選挙区制

2012-12-20 22:03:08 | 日記
 このブログでも、小選挙区制については厳しく論じているが、政治学者の五十嵐氏のブログが厳しく指摘しているので紹介する。

http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2012-12-20
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こういう事実を知っておこう

2012-12-20 21:59:54 | 日記
 『毎日新聞』の記事である。共同通信の配信である。これが日本の現実である。



賃金格差:働く母と男性、日本は先進国で最大 OECD
 2012年12月18日 10時51分

 子育てをしながら働く日本の女性は、男性との給与格差が先進国で最大−。先進34カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)が17日発表した報告書で、日本では働く母親が不利な労働環境に置かれていることが明らかになった。

 報告書は教育や労働条件などについて各国の男女間格差を比較。育児期に当たる25〜44歳のフルタイム労働者の給与(主に2008年)を調べた結果、日本では子どもがいる女性の場合、給与の中央値が男性よりも61%低く、データのある30カ国中、男女間の差が最も大きかった。30カ国の平均は22%。(共同)

.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

POSSE

2012-12-20 21:40:44 | 日記
購読している『POSSE』17号が届いた。若い人たちのための雇用問題を考えようという雑誌である。これについては以前に紹介したことがある。

 悪政の限りを尽くした自公政権が、「維新」の力も加えて復活するわけだから、雇用問題ももっともっと労働者の側に不利になるような圧力が増してくるだろう。自公政権が決して働く人のためにならないということをしっかりと自覚することが必要なのだが、残念ながらそれだけの自覚はないようだ。

 ボクのように仕事をやめた人間にとって、この雑誌は決して必要なものではないが、このブログを読む青年諸君には、幸せになって欲しいと思うが故に、こういう雑誌も読んで情報を提供しているのである。

 てっとり早く、皆さんがこの雑誌を読んでくれればいいのである。1冊1200円であるが、労働世界に入っていくための知識が、この雑誌には詰まっている。

 労働者の権利などをしっかり知らないところから、経営者からいいように使われるのである。社会全体が新自由主義的な政策が強化されているからこそ、みずからにいかなる権利が保障されているのかをしっておくことは大切なのだ。

 具体的に労働者としての問題に直面した時には、ボクに是非相談して欲しい。友人の弁護士が全国にいる。彼らは労働者の味方である。

 さてこの号の特集は、「生活保護はこう変えろ!!」である。売れている芸人の親が生活保護を受けているということが報道されてから、生活保護へのバッシングが強められた。自民党などは生活保護制度に対する攻撃を組織的にしてきたから、この制度もこれからどういうように変えられるか。ただでさえ、生活保護を受ける権利をもつ、生活に困っている人々がたくさんいるのに、実際生活保護を受けている人の数はきわめて少ないのだ。生活保護ぎりぎりの生活をしている母子家庭など、まったく余裕のない生活に耐えている。

 戦後最高の数だという報道もあったが、戦争直後の人口と比べてみれば、たいした数ではないのだが。これについてはいずれ詳しく記すことにする。

 生活保護が改悪される前に、どのように変えればよいのかを、憲法25条の視点から考えようとしたのが、この特集である。

 最初には、作家桐野夏生のインタビューがある。この作家の作品は読んだことがないから全く知らなかった。しかしこのインタビューでの桐野の問題意識は鮮明である。『OUT』とか『メタボラ』など、労働問題を扱っているそうだ。是非読んでみたいと思った。

 (つづく)

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

責任

2012-12-20 08:11:39 | 日記
 今度の総選挙は、論者をして「日本は戦争への道に踏み込んだ」を書かしめるにいたっている。書いた人は桂敬一、ジャーナリズムの研究者である。

http://jcj-daily.seesaa.net/article/308706657.html

 小選挙区制度が、いかに「極悪」の制度であるかを如実に示したのが、今回の選挙である。この選挙制度が国民の政治的意思を反映しない虚構の上に立つものであることは確かである。

 その虚構の上に、新しい自民党、公明党、「維新」による「極悪」政治がこれから行われるのであるが、だからといって今度の選挙において「責任」がないわけではない。「責任」を担いつつ、どのようにこの過酷な現実を打開するか。

 ボクたちのように、インターネットを駆使して、マスメディアの意図的な情報ではない情報を得ることは簡単にできるのだが、しかし多くの人は、そんなに簡単ではない。

 昔は、労働組合などがあって(「連合」などのように、権力の一翼を担う労働組合組織では、もちろんない。普通のあるべき労働組合のことをいうのだ)、そこから流される権力の流す情報ではない、異質な情報が存在した。しかし今、そうした回路はなく、権力側から流される情報だけが舞い上がっている。

 ボクたちは、マスメディアの流す意図的な欺瞞的な情報ではなく、真に民衆のための情報を伝えていくことを真剣に考えなければならない。

 来年は、関東大震災九〇年である。ということは、朝鮮人虐殺九〇年、大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺90年ということになる。

 大杉の書いたものに、「新しき世界の為めの新しい芸術」がある。民衆の芸術について書いたものであるが、これは芸術を情報に置き換えてもいいのではないかと思った。

 「民衆芸術は、其の第一条件として、それが娯楽である事」

 「民衆芸術は元気の源でなければならない」

 「民衆芸術は理知の為めの光明でなければならない」

 (これは「青空文庫」からコピーしたもの)

http://www.aozora.gr.jp/


 人々が楽しめる、元気の源になる、理知のための光明となる情報、これを流していかなければならない。現実が現実だから、そういうような情報は難しいと思われるかも知れないが、しかしいかなる時代であってもそういう情報は存在したであろう。なぜならそういう情報があったがために、独裁政権は倒され、抵抗は続けられたのだ。

 「責任」を担うということは、「極悪」の政治を推進しようとする「奴ら」の困るような情報を、積極的に流していくことだ。彼らにも必ず弱点がある。最大の弱点は、彼らも民衆の支持がなければ何もできないということなのである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする