浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

小出さんのインタビュー 「原発事故は終わっていない」

2012-12-13 21:16:03 | 日記
 小出氏のインタビューは、下記のアドレスをクリック。


http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1498
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『世界』を読む

2012-12-13 20:40:46 | 日記
 今月号の『世界』の特集は、「旗印なき解散・総選挙」。その巻頭に山口二郎氏の論文がある。私はこの学者に対して、「政治改革」という名の小選挙区制度導入の時に旗振り役であったことを思い出すと、不信感を抱かざるを得ない。

 政治権力や政治家から声がかかると、いそいそとはせ参じて行くという、そういう姿が、この「忘却の政治ではなく、理想を追求する政治を」という論文にもある。

 山口氏は声をかけられると、かけてくれた人々に親近感を持ち、その人たちを「良きもの」として見たいという気持を持つようだ。社会科学者にとってそれはどうかと思うが、それもわからないではない。が、民主党を「中道左派政権」とみようとする姿勢には疑問を抱く。もちろん民主党の中の「中道左派」という書き方をしているから、民主党自体のすべてをそうみているわけではなかろうが、しかしその「中道左派」と呼ばれる人びとはほとんど民主党をでていったのではないか。またそれらしい政策で実際におこなわれたのは、高等学校授業料の無料化くらいだろう。

 山口氏は、今回の選挙で自民党などが勝利することを予想している。「選挙後の政権の枠組みは、自民、公明による保守中道連立の復活と自民と維新の会の右翼連立という二つのシナリオが考えられる。最悪の場合、自民と維新の右翼連合が、野党時代の鬱憤を晴らすがごとく、戦後民主主義に対して乱暴狼藉の限りを尽くすということも覚悟しておかなければならない」と書いているからだ。

 そこで山口氏は、「何より必要なのは、希望を棄てないことである」を繰り返す。おそらくこれは自分自身に語っているのだろう。希望を持てないような結果が予想されるから、よけいに自分自身を励まそうとしているかのようだ。

 だがたとえ山口氏が予想するとおりになっても、彼らは議席数と同じくらいの得票率はとれない。小選挙区制は、民意を切り捨てることによって雪崩のような変化を引き起こす。一選挙区に独りしか当選者がでないということは、それ以外の民意を完全に無視することになる。

 まさに山口氏の予想は、小選挙区制というもっとも悪質な選挙制度の結果として出現するのだ。その悪質な制度を導入したひとりは、山口氏である。

 山口くん、この責任をどう考えるのだね・・と尋ねたくなる。

 山口氏はさらに予想し、選挙民に行動を促す。

 「今回の総選挙の意義は、野田、前原など民主党の保守化を推進した第二世代の指導者に退場を迫ることにあるのだろう。そして、社会正義に基礎を置くエネルギー政策や社会保障政策を柱に、中道左派勢力を集めることが選挙後の課題となる。民主党が大敗しても、そのような作業を担える第三世代の政治家が生き残れば、右派連合の政治に対抗し、これを転換することは可能になる。民主党再生の鍵となる政治家を選別し、彼ら、彼女らを支援することが市民にできる戦い方の一つである」と。

 山口氏は、民主党がとにかく好きなのである。「民主党再生」にまだ期待を持っているからだ。民主党は、山口氏に声をかけてくれるからでもある。

 おそらくこの論文を執筆する時点では、日本未来の党はできていなかったのだろう。しかし「国民の生活が第一」や社民党などは存在している。山口氏は、これらの党には言及しない。「中道左派」ということばからすれば、少しは言及してもよいだろう。でもしない。おそらく声がかからなかったから、無視したのだろう。

 「民主党再生」は、おそらく、ない。山内氏が期待する「中道左派」は、ほとんど民主党内にはいない。私の選挙区の民主党は、自民党から出馬できなかったので民主党からでた、という者がほとんどだ。そういう輩は民主党内に残っている。

 『世界』が山口二郎氏ではなく、ほかの政治学者に書かせるようになれば、もっと正鵠を得た政治分析ができるだろう。

 今月号のこの「特集」は、選挙前であるのに、民主党議員へのインタビューが多い。

 私は、『世界』の立ち位置に疑問を持った。
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理性的な議論

2012-12-13 20:08:15 | 日記
 昔、といっても15年ほど前までは、メディア関係者にも勉強家がいた。しかし今は、ほとんどいない。本を読まないし、取材対象に関わることをいろいろ調べて書くということがない。

 以前、取材対象に関して驚くべき資料を集めて分析し、書いていた朝日新聞の記者は、退社して今は学者になっている。

 領土問題についても、理性的な学問的な裏付けを持ち、決して感情的でないような議論は、新聞やテレビからも出てこない。どちらかというと、扇情的な取り上げ方になっている。

 さて、12月号の『UP』という雑誌、東京大学出版会のPR誌であるが、これがなかなかいい。

 まず中国研究者の毛里和子氏による「尖閣の衝突と現代中国研究」である。中国を研究するためには、中国人研究者との共同作業が必要であるから、日中の対立は学問研究の発展においても阻害要因になる。したがって、尖閣をめぐって、あのような対立がおきることを望まない立場から、この問題について、毛里氏がいくつか論じている。

 ひとつは「愛国無罪」は間違っているということ。その通りである。「愛国」を理由としたものであっても、日本商店などへの暴力は当然「有罪」であるということだ。中国は、きちんと取り締まるべきなのである。

 第二は「どちらがより悪いか」であるが、毛里氏は「衝突のきっかけは日本が作ったようである」とする。これも同意する。石原のパフォーマンス的な行動が、現在の「尖閣」をめぐる対立に「加油」したのである。石原の責任はきわめて大である。
  毛里氏は、しかし中国側の「反撃」は「過剰である」とする。その背景には、2006年頃から変わり始めた中国の政策があり、「日本による「国有化」は「渡りに船」のチャンスだった」とする見方を指摘している。石原のパフォーマンスに始まる一連の動きは「利用」されたということになる。

 第三は、第二の点、「2006年頃」からの中国の変化があることをもう一度別の角度から指摘している。

 第四は、「反日」が「負の連鎖」を引き起こしているという指摘である。中国の行動が、まさに「日本の保守化と軍事化をもたらす」、さらに日本の「核武装」にもつながることを指摘している。「中国と友好的に」なりたいと考える日本を「反中国」へ、「軍事化」へ押しやっている、というのだ。

 結果的にそうなるだろうが、しかし中国はそういうことまで考えて強硬な姿勢を示しているのだろうと、ボクは思う。外交は、日本国内の研究者の意向を、おそらく忖度しないだろう。

 毛里氏らが刊行した『中国問題』(東大出版会)を読んで、勉強したいと思う。

 次に須藤靖氏の「不ケータイという不見識」はとても面白い。ゲラゲラ笑いながら読んだ。須藤氏は断固とした「不ケータイ」派のようだが、ボクはケータイをもっている。ボクがもつきっかけは、戦後補償裁判を起こした時、弁護士と連絡をとるためであった。

 また加藤陽子氏の「イギリスとイギリス人の存在感」も読み応えがある。『日英交流史』の4も読まなければ・・。

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