ボクの知り合いの画家は、若い頃牛ばかり描いていた。なぜそうなのかは、尋ねたことがない。彼は、牛の絵を売って、自らの画業の資にしていた。
今度ボクは、馬の絵を見た。この前、日曜美術館を見ていたら、今年6月に放映された番組の再放送があった。
神田日勝という33歳で亡くなった画家の絵、馬の絵だ。
その絵は、サラブレッドのような競走馬ではない。農耕に従事している、足ががっしりとした馬だ。ボクはその絵を見て、大地にしっかと生きる人の目に映った馬だと思った。「開拓の馬」という絵だ。馬の眼は優しい。馬とともに働き、そして描く神田日勝という人間との関係がそこに表れている気がした。「同志」を見つめる眼である。
そしてもう一つ印象に残った絵がある。「室内風景」。おそらく自分自身を描いたのだろうとボクは思うが、その背景、新聞紙が貼られている。1970年の作品だ。
ボクは、この1970年の作品であることに留意したい。
神田は、ただ単に北海道で農業をしながら絵を描いていたのではないと思う。この時代の社会的な動向を注視していたのではないか。東京など都市では、ある種の「乱」が起きていた。そうした「時代」(背景の新聞にそれがこめられているのでは?)に「ある」(生きる)自分を描いたのではないだろうか。
彼は、流動的な社会を見つめながら、「抵抗」を志向していたのではないか。
彼が1969年に書いた文は、それを推測させる。
生命の痕跡 ――― 神田日勝
≪1969(昭和44年)6月18日≫ 北海タイムス掲載
利潤の追求と合理主義の徹底という現代社会の流れのなかで人間が真に主体性のある生き方をすることは、きわめてむずかしい時代になってきた。
今や人間の存在理由は、個々の内部にはなく巨大な社会のメカニズムを構成する一兵卒として、好むと好まざるとにかかわらず、 不安やあせりを内包したまま、無表情に一定のイズムに向かって押し流されてゆく。
そこには、主体的な個性とか抵抗は、全く許されない。現代コマーシャリズムの尺度に合わされた無個性な思考と、 生活を営む画一的な人々の悲しい行進なのだ。
そして自分がまぎれもなく、その悲しい群衆のなかのひとりであることを認識するとき、たまらない無力感に陥る。 われわれの創造活動は真の人間復活を目指した、現状況へのささやかな抵抗かもしれない。 いや抵抗というよりは、むなしいヒステリックなあがきとでもいうべきか。あの白いキャンパスは己の心の内側をのぞきこむ場所であり、 己の卑小さを気づき絶望にうちひしがれる場所でもあるのだ。 だから私にとってキャンパスは、絶望的に広く、不気味なまでに深い不思議な空間に思えてならない。
私はこの不思議な空間を通して、社会の実態を見つめ、人間の本質を考え、己の俗悪さを分析してゆきたい。
己の卑小さをトコトン知るところから、我々の創造活動は出発するのだ。あの真っ白なキャンパスの上にたしかな生命の痕跡を残したい。
http://kandanissho.com/study/
彼の絵をみることができる。ある種の力をもって迫ってくる絵が多い。残念ながら、「開拓の馬」の絵はない。
http://kandanissho.com/
今度ボクは、馬の絵を見た。この前、日曜美術館を見ていたら、今年6月に放映された番組の再放送があった。
神田日勝という33歳で亡くなった画家の絵、馬の絵だ。
その絵は、サラブレッドのような競走馬ではない。農耕に従事している、足ががっしりとした馬だ。ボクはその絵を見て、大地にしっかと生きる人の目に映った馬だと思った。「開拓の馬」という絵だ。馬の眼は優しい。馬とともに働き、そして描く神田日勝という人間との関係がそこに表れている気がした。「同志」を見つめる眼である。
そしてもう一つ印象に残った絵がある。「室内風景」。おそらく自分自身を描いたのだろうとボクは思うが、その背景、新聞紙が貼られている。1970年の作品だ。
ボクは、この1970年の作品であることに留意したい。
神田は、ただ単に北海道で農業をしながら絵を描いていたのではないと思う。この時代の社会的な動向を注視していたのではないか。東京など都市では、ある種の「乱」が起きていた。そうした「時代」(背景の新聞にそれがこめられているのでは?)に「ある」(生きる)自分を描いたのではないだろうか。
彼は、流動的な社会を見つめながら、「抵抗」を志向していたのではないか。
彼が1969年に書いた文は、それを推測させる。
生命の痕跡 ――― 神田日勝
≪1969(昭和44年)6月18日≫ 北海タイムス掲載
利潤の追求と合理主義の徹底という現代社会の流れのなかで人間が真に主体性のある生き方をすることは、きわめてむずかしい時代になってきた。
今や人間の存在理由は、個々の内部にはなく巨大な社会のメカニズムを構成する一兵卒として、好むと好まざるとにかかわらず、 不安やあせりを内包したまま、無表情に一定のイズムに向かって押し流されてゆく。
そこには、主体的な個性とか抵抗は、全く許されない。現代コマーシャリズムの尺度に合わされた無個性な思考と、 生活を営む画一的な人々の悲しい行進なのだ。
そして自分がまぎれもなく、その悲しい群衆のなかのひとりであることを認識するとき、たまらない無力感に陥る。 われわれの創造活動は真の人間復活を目指した、現状況へのささやかな抵抗かもしれない。 いや抵抗というよりは、むなしいヒステリックなあがきとでもいうべきか。あの白いキャンパスは己の心の内側をのぞきこむ場所であり、 己の卑小さを気づき絶望にうちひしがれる場所でもあるのだ。 だから私にとってキャンパスは、絶望的に広く、不気味なまでに深い不思議な空間に思えてならない。
私はこの不思議な空間を通して、社会の実態を見つめ、人間の本質を考え、己の俗悪さを分析してゆきたい。
己の卑小さをトコトン知るところから、我々の創造活動は出発するのだ。あの真っ白なキャンパスの上にたしかな生命の痕跡を残したい。
http://kandanissho.com/study/
彼の絵をみることができる。ある種の力をもって迫ってくる絵が多い。残念ながら、「開拓の馬」の絵はない。
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