ボクは民生委員を務めている。前任者が病気になったのでやって欲しいと頼まれらからだ。「世のため人のため」を標榜しているボクとしては、これは引き受けざるを得ないと思って引き受けたが、しかしいろいろな壁に突き当たり、あまりのひどさに公開質問状を出したり、区役所と喧嘩したり・・・民生委員を続ける気持ちは失せ、11月で退任する。民生委員の位置や仕事についていろいろ書きたいことはあるが、それは後回しにして、今日は疲労について書く。
わが町内にも、一人暮らしの老人が増えている。一人を除き、すべて女性である。ボクは毎月一回、「元気ですか」と一軒一軒訪問して、いろいろな話しをする。するといっても、ほとんどが聞き役である。病気の話しがもっとも多いが、愚痴、親戚との争いなど、話しの中味は多様である。
一人暮らしの場合、積極的に公民館の教養講座に出たり、友人と交流したり、孫の面倒を見たり、忙しくしている人がいる反面、ほとんど人と話す機会がない人もいる。だから民生委員が訪問して話しを聞くというのは、とても大切なことだ。話す人がいないと、脳も活性化しないから、いわゆる「ぼけ」という症状もでてくるだろう。
民生委員として会話する場合、相手が元気ならばこちらも疲れない。会話も弾むというものだ。ところが、病弱で精神が弱っていると、どうしても後ろ向きの話しとなる。そういう人に対しては、激励したりするのだが、しかしこちらもかなり疲れる。後ろ向きの話しを長い間聞いていると、どうしても疲労感を覚え、話しを早く切り上げたくなるが、一生懸命に話されていると、それもできない。
民生委員は元気でないと務まらない。エネルギーを与えるためには、こちらがエネルギッシュでないといけないからだ。
しかし、昨日は、ひどく疲労感を覚えた。
地域に、老人たちが集い、四方山話ができるような施設やそういう集いができないものかと思う。
健康でいてほしいから、元気な老人たちが話しあう場が欲しい。ただ、そういうところに参加したくないという人もいるから難しい。