浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

空疎

2019-09-25 15:16:57 | その他
 今日の『東京新聞』、斎藤実奈子さんの「本音のコラム」。小泉某の無内容な空疎発言をとりあげている。

 私はテレビニュースを、yahooでみているが、どのテレビ局も小泉某の動きを好意的に伝えているようだ。それも付きっきりで。私はそれを見ているわけではない。小泉某をみる時間はもったいないからその表題を見るだけだ。

 小泉某は、メディアに注目されているが、そこで発言することばは、何の意味も無い空虚この上ないものばかりだという。そうだろう、そうだろう。彼の顔には、知性は感じられないからだ。

 父親の七光りをバックに、それ故にメディアに注目されるが故に、それだけで満足している人物だ。

 テレビメディアが追い続けるのも理解できる。テレビメディアと小泉某の共通点は、「空疎」であるからだ。しかしその「空疎」を、人びとも見ていて、それだけで小泉某に期待してしまうのだから、人びとも「空疎」なのかもしれない。きっとそうなのだろう。

 だいたいにして、「空疎」な首相をいただいている日本国である。それだけでもう十分だ。きっとバカにされているのだろうな。


 
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告訴

2019-09-25 06:46:48 | 近現代史
 プロレタリア作家・小林多喜二は、1933年2月20日に、特高警察による拷問で殺された。

 この虐殺について、特高警察の1人はこう語っている。

 小林多喜二が築地署で拷問により殺されたことについて、「まずいことだという声はなかったのですか」という質問に対して、当時特高であった宮下弘は答える(『特高の回想 ある時代の証言』田畑書店、1978年)。

 「拷問で殺したとはおもっていませんよ。殺したというんじゃない。死なせたわけですわね。むろんそれはまずいことですよ。死なせてしまったんですから。いいことをしたというようなことはぜんぜんない、まずいことです。大失敗です。しかし、部内で責任がどうこうということはなかった。誰が責任をとる、追及されるという事柄ではなかった。」

 支配権力を支える者たちは、今でもそうだが、法的に追及されない。近代日本は、そして現代日本においても、「法治国家」であったことはないからである。

 『朝日新聞』が昨日、「小林多喜二の拷問死、試みた特高告訴 遺族が弁護士に依頼、司法記録に」という記事を公表した。

 「蟹工船」で知られるプロレタリア作家、小林多喜二(1903~33)が治安維持法違反容疑で逮捕され、警視庁築地署で拷問死した後、遺族が特高警察を告訴しようとしていたことが分かった。多喜二研究者の荻野富士夫・小樽商科大学名誉教授(日本近現代史)が、多喜二と関係のあった弁護士を取り調べた公判前の予審記録からみつけた。告訴は実現しなかったが、厳しい思想弾圧の時代に拷問死をめぐって遺族が抵抗を試みようとした一端が明らかになった。

弁護士団は告訴に向けて遺体解剖を3カ所の大学病院に頼んだが、いずれも解剖されなかった。荻野さんは、特高が告訴を阻むために病院側に圧力をかけたとみて、「こうした記録は敗戦時、ほとんど焼却処分され、極めて貴重な資料だ。告訴できれば同法運用に欠かせなかった暴力的取り調べに一定の歯止めがかかった可能性はある」と指摘する。

 近代刑法史に詳しい内田博文・九州大名誉教授は「戦時下、為政者は暴力を合法化してきたが、拷問死までは合法化できなかった。為政者が行ったのは事実を隠蔽(いんぺい)し、責任追及を妨げることで、今回の記録はその一端を明らかにしている」と話している。


 内田氏のコメントと宮下の発言がマッチしている。

 支配権力につながる者については誰も責任を負わない、負わせないという方針があったのだ。
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