「村井正誠・その仕事展」 世田谷美術館 8/27

世田谷美術館(世田谷区砧公園)
「村井正誠・その仕事展 -色彩とかたち、日常の風景- 」
4/29~8/28(会期終了)

「日本の抽象表現を拓いたパイオニアの一人」(美術館パンフレットより。)という村井正誠(1905~1999)の回顧展です。村井の作品の多くは、彼自身の遺志によってこの世田谷美術館に寄贈されたそうで、この展覧会は、美術館の「収蔵品展」として位置付けられています。大きな油彩画から、様々な素材によるオブジェまで、村井の多彩な芸術表現に触れることの出来る、コンパクトながらも大変に優れた展覧会だと思いました。

村井の作品は「抽象表現」ということで、当然ながら、様々な色や形の組み合わせによる、平面、または立体の表現がメインとなるわけですが、そのどれもが人肌を思わせるような温もりがあって、画面に配された幾何学的な線や面も、不思議と無機質になることがありません。カンヴァスでは、白地の上に、青や赤などの原色による面が直線的に置かれたり、時には交わったりしていますが、そこには揺らぎがあり、まるで手彫り版画のような味わいがありました。

油彩画には、どこかカンディンスキーを思わせるような表現がありますが、カンディンスキーの画面構成が、切れ味鋭い躍動感があるのに対して、村井のそれはもっと自由度が高く伸びやかで、厳格さをあまり見せません。人の顔の微笑みのように見えるものや、小鳥をモチーフにしたような可愛らしい作品、または「もの派」的な静謐感のある作品まで、それぞれに深い味わいがあります。また、カンヴァスからまず目に飛び込んでくる配色も、一見鮮やかに見えますが、決して光り過ぎることなく、あくまでも抑制的です。白も、真っ白というよりも黒みを帯びた表現で、他の色と共鳴するかのようでした。

画面の中の形として気になったのは、白や黒で描かれた「円」です。いくつかの作品では、この円が画面構成上、とても重要な要素を占めているように見えます。見る側の視点をまず円へ集めて、画面の揺らぎをこの円で保ち、全体として提示する。抽象的でありながらも、人や動物など、どこか具体的な何かに見えるのは、この円そのものが、目のような働きを持っているからなのでしょうか。

「大覚寺」(1992年)と名付けられた晩年の作品では、それまでの表現がより穏やかで緩やかになっている様が見て取れます。色はさらに渋く「和」をイメージさせ、面や線も大きく太くなり、全体に強い剛胆さを与えます。それはまるで、一定の様式はあるにしろ、庭木や池など、様々な要素をランダムに混ぜながら、全体としては緩い一本の糸で結ばれているような日本庭園の美しさを連想させました。大きな石や玉砂利、それにこんもりとした植え込み。作品からはそのような風景が浮かび上ります。

素材に木やブロンズが使われたオブジェは、色が配されていない分、平面作品の表現を補うような、形としての面白さが見られます。木製のものは純粋に形の動きを、そしてブロンズの方は、金属特有の重々しい質感を利用した強い存在感を見せていたのではないでしょうか。ブロンズ製のオブジェ「自画像」(1985年)も、幾何学的な切り口で構成されながら、やはり平面で見せたような可愛気な雰囲気を漂わせています。ザラッとした鈍く光るブロンズの素材が、こうも優しく見えてくるとは思いませんでした。

村井の回顧展は、この美術館の他にも、神奈川県立近代美術館や大原美術館などで開催されたことがあるそうです。私としては、全く初めて見知った作家だったのですが、とてもすんなりと入り込むことの出来る世界がありました。
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