「ギュスターヴ・モロー展 前期展示」 Bunkamura ザ・ミュージアム 8/14

Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷区道玄坂)
「ギュスターヴ・モロー展 -フランス国立ギュスターヴ・モロー美術館所蔵- 」
8/9~9/11(前期)
9/13~10/23(後期) 

モロー自身のアトリエでもある、フランス国立モロー美術館の所蔵品によって構成された展覧会です。展示期間が前期と後期に分かれていますが、メインとなる油彩画はほぼ通して展示され、水彩や素描などが約半分づつ並べられます。まずは前期展示です。

私にとって印象深いモローとは、やはり上野の西洋美術館にある「牢獄のサロメ」(1973~76)です。哀愁を帯びたサロメの表情と、描き抜かれた繊細な衣装、そして牢獄の薄暗く湿っぽい雰囲気と、全体の堅牢な構図感。いつ見ても素晴らしい作品だと思うですが、今回のモロー展でも、サロメをテーマにした作品が多数展示されています。もちろん、その中では「出現」(1876年)があまりにも圧倒的です。この展覧会で最もインパクトのある作品かもしれません。

「出現」は、モロー独特の「サロメ」物語観による、サロメとヨハネの出会いを極めて衝撃的に描いた作品です。神々しささえ感じさせるサロメの鋭い視線の先には、閃光の中に「出現」したヨハネの生首が、サロメを見下しながら浮かび上がります。サロメの片腕はヨハネの方向へピンと力強く伸ばされていて、まるでサロメ自身がヨハネを召還したようです。流れるようなサロメの立ち姿と、彼女が纏う透明感のある衣装、そしてヨハネの生首から滴る血の生々しさなど、どれもがとても繊細に描かれている作品ですが、さらに見るべき点は、背景に描かれた「彫り」のような白い線描でしょうか。これは、幾分漠然とした印象さえ与える背景の油彩の塗りを引き締め、サロメとヨハネの間で繰り広げられる物語を引き立てます。白い線は後から描かれたそうですが、これは作品の重要な要素です。有るか無いかで大変に印象が異なるでしょう。

ところで、モローの多くの作品を見て一つ気になった点があります。それは、油彩画の塗りの仕上がりです。一枚の絵の中に、丁寧に仕上げている部分と、どこか中途半端な印象を与える部分に落差があって、全体としての完成度はどうなのかと思ってしまう作品がありました。(もちろん、これは見方によって大きく分かれるかもしれません。)ですから、私としては、そうした油彩画よりも、細かいデッサンと美しい色がバランス良く調和していた水彩画の方に軍配を挙げたいと思います。モローの幻想的な作風は、柔らかい水彩の表現に、より丁寧に見られていたのではないでしょうか。

その点で私が最も素晴らしいと思ったのは、水彩とグワッシュで仕上げられた「ケンタウロスに運ばせる死せる詩人」(1890年)です。穏やかな死顔を見せる詩人を抱きかかえたケンタウロスの憂鬱な表情。二人は一体どのような関係にあったのでしょう。水彩とグワッシュを合わせることで豊かな質感を見せた、夕陽やケンタウロスの足元の描写や、二人の背後に広がる深い青みを帯びた白い大空も魅力的です。とても小さな作品でしたが、すっと惹き込まれるものがありました。

展示は時系列に並んでいるのではなく、「神々の世界」や「サロメ」、または「詩人たちの世界」などテーマ別に構成されています。私はどちらかと言うと「サロメ」と「聖書の世界」など、後半部分の展示作品に魅力を感じましたが、ギリシャ神話から多くの題材がとられた前半部分の作品も、モローの豊かな詩情と空想力には驚かされます。水彩やペン画などは後期展示で多く入れ替わります。もう一度行くつもりです。
コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )