都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「特別公開 横山大観 生々流転」 東京国立近代美術館
東京国立近代美術館(千代田区北の丸公園3-1)
「特別公開 横山大観 生々流転」
1/2-3/4
今年の特別公開は充実しています。全長40mにも及ぶ名作「生々流転」(1923)が一挙公開されているだけでなく、大観の他の作品4、5点と合わせて特別ギャラリーが設けられているのです。さながらミニ大観展の様相を呈していました。
「生々流転」については以前も触れたことがあるので繰り返しませんが、ともかくあれほど長大な画面の中に殆ど弛緩した部分が見られない素晴らしい作品です。線描を一切排し、墨の濃淡だけで描かれたいわゆる「朦朧体」の技法が、深い山から始まり地を駆け抜け、そして天へと昇っていく自然と生命の物語を極めて幻想的に表現しています。もちろん圧巻なのは、龍が波間より出現し巨大な渦へと消えていく最後の場面でしょう。全てが消え去った後の白の平穏は、一番初めに登場した山にかかる白い靄と共通します。天に帰った万物は、自然や生き物を潤わし、そして活力を与えようと、再び山より降りてきているのです。まさに流転です。
「年に一度の特別公開 横山大観『生々流転』前半」
「年に一度の特別公開 横山大観『生々流転』後半」
(一昨年前に、一度拝見しています。)
「生々流転」の他では「南溟の夜」(1944)が絶品でした。星屑の瞬く空と波打つ海、そして海に洗われる森が渾然一体となって描かれています。海から空へと連なり行く色のグラデーションはもちろんのこと、立体感に溢れた白波と、波や霧に飲まれて朧げに佇む木立の描写が何とも絶妙です。星に夢を願い、深い奥行きを見せる大海原に無限を感じ、森に迫る波に自然の逞しさを思う。私が拝見した大観の中でも、一、二を争うほどに美しい作品かと感じました。これは名品です。
「生々流転」については会期末までの展示ですが、その他の作品については展示替えがあります。以下をご参照下さい。
*出品作品
通期展示(1/2-3/4)
「生々流転」/「或る日の太平洋」
前期(1/2-2/4)
「観音」/「満ち来る朝潮」/「南溟の夜」
後期(2/6-3/4)
「菊慈童」/「東山」/「春風万里乃濤」
常設展示のチケットで観覧可能です。3月4日まで開催されています。(1/3鑑賞)
「特別公開 横山大観 生々流転」
1/2-3/4
今年の特別公開は充実しています。全長40mにも及ぶ名作「生々流転」(1923)が一挙公開されているだけでなく、大観の他の作品4、5点と合わせて特別ギャラリーが設けられているのです。さながらミニ大観展の様相を呈していました。
「生々流転」については以前も触れたことがあるので繰り返しませんが、ともかくあれほど長大な画面の中に殆ど弛緩した部分が見られない素晴らしい作品です。線描を一切排し、墨の濃淡だけで描かれたいわゆる「朦朧体」の技法が、深い山から始まり地を駆け抜け、そして天へと昇っていく自然と生命の物語を極めて幻想的に表現しています。もちろん圧巻なのは、龍が波間より出現し巨大な渦へと消えていく最後の場面でしょう。全てが消え去った後の白の平穏は、一番初めに登場した山にかかる白い靄と共通します。天に帰った万物は、自然や生き物を潤わし、そして活力を与えようと、再び山より降りてきているのです。まさに流転です。
「年に一度の特別公開 横山大観『生々流転』前半」
「年に一度の特別公開 横山大観『生々流転』後半」
(一昨年前に、一度拝見しています。)
「生々流転」の他では「南溟の夜」(1944)が絶品でした。星屑の瞬く空と波打つ海、そして海に洗われる森が渾然一体となって描かれています。海から空へと連なり行く色のグラデーションはもちろんのこと、立体感に溢れた白波と、波や霧に飲まれて朧げに佇む木立の描写が何とも絶妙です。星に夢を願い、深い奥行きを見せる大海原に無限を感じ、森に迫る波に自然の逞しさを思う。私が拝見した大観の中でも、一、二を争うほどに美しい作品かと感じました。これは名品です。
「生々流転」については会期末までの展示ですが、その他の作品については展示替えがあります。以下をご参照下さい。
*出品作品
通期展示(1/2-3/4)
「生々流転」/「或る日の太平洋」
前期(1/2-2/4)
「観音」/「満ち来る朝潮」/「南溟の夜」
後期(2/6-3/4)
「菊慈童」/「東山」/「春風万里乃濤」
常設展示のチケットで観覧可能です。3月4日まで開催されています。(1/3鑑賞)
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