都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「スサノヲの到来」 DIC川村記念美術館
DIC川村記念美術館
「人と自然のあいだの精神と芸術 スサノヲの到来ーいのち、いかり、いのり」
1/24-3/22
DIC川村記念美術館で開催中の「人と自然のあいだの精神と芸術 スサノヲの到来ーいのち、いかり、いのり」を見てきました。
日本の古代神話に登場する神、スサノヲ。天の神から高天原(タカマノハラ)を追い出され、ヤマタノオロチを退治し、草薙の剣をアマテラスに献上。後に三種の神器とされます。またクシナダヒメを娶り、出雲の地に宮殿を建てた。そこで日本初の和歌をうたったと言われています。
「大地を揺るがし草木を枯らす荒ぶる魂と、和歌の始祖としての繊細な美意識を兼ね備えたスサノヲ」(*)
ずばり、古来より日本人の精神に働きかけてきた「スサノヲ的な表象」(*)を現代美術にまで広げて紹介する展覧会です。(*印はともに図録より)
「青面金剛像」 1712(正徳2)年 紙本着色 橋本倫蔵
出品数は膨大です。全260点にも及びます。それゆえか通常、常設展示として用いられているスペースも本企画展のために使われていました。(出品リスト)
序章:日本神話と縄文の神々
第1章:神話のなかのスサノヲ
第2章:スサノヲの変容
第3章:うたとスサノヲ
第4章:マレビトたちの祈りとうた
第5章:平田篤胤
第6章:スサノヲを生きた人々ー清らかないかり
第7章:スサノヲの予感
古代、土器にはじまり、まさに近年、最新の現代美術家の作品で終わる展覧会。スサノヲを見定めるアプローチは驚くほど多様です。私の力不足はさて置き、一つ一つの作品を本エントリで追っていくと率直なところキリがありません。
「深鉢突起破片」 縄文時代中期(BC3000~2000年) 京都造形芸術大学芸術館
とは言え、多角的なアプローチだからこそ、発見の多い内容でもあります。例えば冒頭の縄文土器、そこにもスサノヲの神の原型を見ます。パネルで紹介されている「蛇を戴く土偶」、良く見ると左目下に二本の線が刻まれていますが、これを「泣きいさちる神」であるスサノヲの流した涙と捉える解釈があるとか。また神話におけるスサノヲを民俗学的資料、ないしは絵画でも辿っていきます。出雲からやってきた「大社素盞嗚尊図」や「神須佐男之命」はともに木版です。スサノヲの姿が描かれています。
狩野時信「素戔嗚神」 江戸時代(17世紀) 絹本着色 出雲大社
さらに時代を超えて狩野時信や月岡芳年の描いたスサノヲも興味深いもの。芳年は「大日本名将鑑 素戔嗚尊」において、ちょうどクシナダヒメを救おうとするスサノヲを表しました。
スサノヲ観の変容も重要です。と言うのもスサノヲの役割を日本書紀ではツクヨミが果たす。彼の荒ぶる性格は牛頭大王にも変容しました。「牛頭天王半跏像」は平安期の作品です。中世よりスサノヲと同一神とされ、今も祀られています。口を見開き、憤怒の表情を見せる顔立ちが印象に残りました。
「飛白書金毘羅大権現神号」 江戸時代(18世紀半ば) 紙本墨書 橋本倫蔵
タカマノハラから追放されたスサノヲに、異界から来訪する「マレビト」を見たのは民俗学者の折口信夫です。「マレビト」とはいわゆる来訪神、各地をめぐっては時に災をもたらします。また巡礼者も一つのキーワードです。例えば木食知足、19世紀初頭に日本各地を巡礼しては、宗教活動を展開しました。各地で託宣文を残していますが、これが実に個性的です。まるで何物かの魂が取り憑いたかの如くの書体。呪術的とも言えるかもしれません。
その折口信夫とあわせ、田中正造、南方熊楠、平田篤胤の計4名が、「スサノヲ的な心情」(解説より)を生きた人物として取り上げられているのもポイントです。
南方熊楠「菌類彩色図譜 (F.2767)」 1921年11月6日 水彩、インク、紙 国立科学博物館
詳細に立ち入りませんが、彼らに通底する一つのキーワードとして「清らかないかり」があります。また植物学者の南方熊楠は、新種を見つける際、そのいくつかを幽霊が教えてくれたとも語っているそうです。折口信夫は怒りを発することが「神の本質」と捉えていました。
なおこの項、キャプションしかり、相当読ませます。スサノヲという括りでの展示、議論はあるやもしれませんが、こういう形で田中正造や南方熊楠が紹介されているとは思いませんでした。
ラストは「スサノヲの予感」、つまり現代美術における展開です。そしてこのセクションが全体の中でも相当の割合を占めています。
三鷹での回顧展の記憶が甦りました。牧島如鳩です。「龍ヶ澤大辯才天像」、暴風雨のために流失した社殿を再建した際に生じた奇蹟を描いた一枚です。如鳩一流の神仏、あるいはキリスト教が渾然一体と化したような独特の宗教観が滲み出ています。
藤山ハンの「黄泉の花嫁シリーズ」も強いインパクトを与える作品です。花嫁の姿はまるで死者の如くおどろおどろしい。冥界です。独学で絵を学んだ作家だそうです。
細密なテクスチャーに驚かされたのは黒須信雄です。線とも点とも付かぬ筆の痕跡が画面全体を覆います。その姿はまるで天を巡る雲のようでもあり、また何か魔物の放つオーラのようでもあります。平面から「気」が立ち上がりました。
色鉛筆を用いた岡田真宏の絵画も印象に残りました。麻紙にひたすら色鉛筆で線を引いては、深い色の階層を生み出す。幾重にも連なります。波のうねり、キャプションには「波動」ともありました。見ていると心が洗われるかのようです。
佐々木誠「夜久毛多都」 2013年 木彫、彩色 作家蔵
ほかにも瞑想的でありながら、造形には力強い佐々木誠の木彫や、四季の香りを取り込んでの栃木美保のインスタレーション、「まいか」なども興味を引くもの。現代美術のセレクト、率直なところかなり独特です。
いずれもこれらは「神的」なものと結びつき、縄文に通じる息吹を感じさせるものを取り上げたそうですが、スサノヲ観をさらに拡張して、いわゆるスピリチュアリティ的な展開をも見せています。何がスサノヲかということよりも、スサノヲの与える霊感とは何かを考えさせる契機となる。そうした展示と言えるかもしれません。
[スサノヲの到来 巡回予定]
足利市立美術館:2014年10月18日~12月23日 *終了
DIC川村記念美術館:2015年1月24日(土)~3月22日(日)
北海道立函館美術館:4月11日(土)~5月24日(日)
山寺芭蕉記念館(山形):6月4日(木)~7月21日(火)
渋谷区立松濤美術館:8月8日(土)~9月21日(月・祝)
若林奮「振動尺1-4」1979年 鉄、木、グアッシュ DIC川村記念美術館
©WAKABAYASHI STUDIO 2014
途中で一部、アメリカ現代美術のコレクションを挟んでの構成です。また若林奮の彫刻と縄文の石臼の邂逅、スサノヲからロスコルームへの流れなど、川村記念美術館だからこその展開も目を引きました。
巡回先である松濤の内省的な空間で見るスサノヲ展にも興味を引かれますが、今回の出品数からすると、松濤で同等の展示(少なくとも量の面において)が出来るかどうか分かりません。まずは佐倉まで足を運んで良かったと思いました。
なお今週末ならば同じく佐倉で話題の「大ニセモノ博覧会」(国立歴史民俗博物館)とのハシゴも可能です。
「大ニセモノ博覧会ー贋造と模倣の文化史」@国立歴史民俗博物館:3月10日(火)~5月6日(水・休)
一日一便限定ではありますが、川村から歴博を経由する無料の送迎バスもあります。スサノヲとニセモノをあわせ見るのも楽しいかもしれません。
[佐倉スサノヲ展+ニセモノ博バスツアー例]
「マイタウン・ダイレクトバス」(ICカード運賃1190円)
9:55 東京駅 → 11:02 DIC川村記念美術館
「DIC川村記念美術館送迎バス」(無料)
12:50 川村記念美術館 → 13:15 国立歴史民俗博物館
「マイタウン・ダイレクトバス」(ICカード運賃1190円)
15:00 国立歴史民俗博物館 → 16:41 東京駅
*歴博の滞在時間が短いので、帰りは徒歩で京成佐倉駅(約15分)へ出て、京成で帰京するのも良さそうです。
間もなく会期末です。3月22日まで開催されています。おすすめします。
「人と自然のあいだの精神と芸術 スサノヲの到来ーいのち、いかり、いのり」 DIC川村記念美術館(@kawamura_dic)
会期:1月24日(土)~3月22日(日)
休館:月曜日。
時間:9:30~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般1300(1100)円、学生・65歳以上1100(900)円、小・中・高生600(500)円。
*( )内は20名以上の団体。
住所:千葉県佐倉市坂戸631
交通:京成線京成佐倉駅、JR線佐倉駅下車。それぞれ南口より無料送迎バスにて30分と20分。東京駅八重洲北口より高速バス「マイタウン・ダイレクトバス佐倉ICルート」にて約1時間。(一日一往復)
「人と自然のあいだの精神と芸術 スサノヲの到来ーいのち、いかり、いのり」
1/24-3/22
DIC川村記念美術館で開催中の「人と自然のあいだの精神と芸術 スサノヲの到来ーいのち、いかり、いのり」を見てきました。
日本の古代神話に登場する神、スサノヲ。天の神から高天原(タカマノハラ)を追い出され、ヤマタノオロチを退治し、草薙の剣をアマテラスに献上。後に三種の神器とされます。またクシナダヒメを娶り、出雲の地に宮殿を建てた。そこで日本初の和歌をうたったと言われています。
「大地を揺るがし草木を枯らす荒ぶる魂と、和歌の始祖としての繊細な美意識を兼ね備えたスサノヲ」(*)
ずばり、古来より日本人の精神に働きかけてきた「スサノヲ的な表象」(*)を現代美術にまで広げて紹介する展覧会です。(*印はともに図録より)
「青面金剛像」 1712(正徳2)年 紙本着色 橋本倫蔵
出品数は膨大です。全260点にも及びます。それゆえか通常、常設展示として用いられているスペースも本企画展のために使われていました。(出品リスト)
序章:日本神話と縄文の神々
第1章:神話のなかのスサノヲ
第2章:スサノヲの変容
第3章:うたとスサノヲ
第4章:マレビトたちの祈りとうた
第5章:平田篤胤
第6章:スサノヲを生きた人々ー清らかないかり
第7章:スサノヲの予感
古代、土器にはじまり、まさに近年、最新の現代美術家の作品で終わる展覧会。スサノヲを見定めるアプローチは驚くほど多様です。私の力不足はさて置き、一つ一つの作品を本エントリで追っていくと率直なところキリがありません。
「深鉢突起破片」 縄文時代中期(BC3000~2000年) 京都造形芸術大学芸術館
とは言え、多角的なアプローチだからこそ、発見の多い内容でもあります。例えば冒頭の縄文土器、そこにもスサノヲの神の原型を見ます。パネルで紹介されている「蛇を戴く土偶」、良く見ると左目下に二本の線が刻まれていますが、これを「泣きいさちる神」であるスサノヲの流した涙と捉える解釈があるとか。また神話におけるスサノヲを民俗学的資料、ないしは絵画でも辿っていきます。出雲からやってきた「大社素盞嗚尊図」や「神須佐男之命」はともに木版です。スサノヲの姿が描かれています。
狩野時信「素戔嗚神」 江戸時代(17世紀) 絹本着色 出雲大社
さらに時代を超えて狩野時信や月岡芳年の描いたスサノヲも興味深いもの。芳年は「大日本名将鑑 素戔嗚尊」において、ちょうどクシナダヒメを救おうとするスサノヲを表しました。
スサノヲ観の変容も重要です。と言うのもスサノヲの役割を日本書紀ではツクヨミが果たす。彼の荒ぶる性格は牛頭大王にも変容しました。「牛頭天王半跏像」は平安期の作品です。中世よりスサノヲと同一神とされ、今も祀られています。口を見開き、憤怒の表情を見せる顔立ちが印象に残りました。
「飛白書金毘羅大権現神号」 江戸時代(18世紀半ば) 紙本墨書 橋本倫蔵
タカマノハラから追放されたスサノヲに、異界から来訪する「マレビト」を見たのは民俗学者の折口信夫です。「マレビト」とはいわゆる来訪神、各地をめぐっては時に災をもたらします。また巡礼者も一つのキーワードです。例えば木食知足、19世紀初頭に日本各地を巡礼しては、宗教活動を展開しました。各地で託宣文を残していますが、これが実に個性的です。まるで何物かの魂が取り憑いたかの如くの書体。呪術的とも言えるかもしれません。
その折口信夫とあわせ、田中正造、南方熊楠、平田篤胤の計4名が、「スサノヲ的な心情」(解説より)を生きた人物として取り上げられているのもポイントです。
南方熊楠「菌類彩色図譜 (F.2767)」 1921年11月6日 水彩、インク、紙 国立科学博物館
詳細に立ち入りませんが、彼らに通底する一つのキーワードとして「清らかないかり」があります。また植物学者の南方熊楠は、新種を見つける際、そのいくつかを幽霊が教えてくれたとも語っているそうです。折口信夫は怒りを発することが「神の本質」と捉えていました。
なおこの項、キャプションしかり、相当読ませます。スサノヲという括りでの展示、議論はあるやもしれませんが、こういう形で田中正造や南方熊楠が紹介されているとは思いませんでした。
ラストは「スサノヲの予感」、つまり現代美術における展開です。そしてこのセクションが全体の中でも相当の割合を占めています。
三鷹での回顧展の記憶が甦りました。牧島如鳩です。「龍ヶ澤大辯才天像」、暴風雨のために流失した社殿を再建した際に生じた奇蹟を描いた一枚です。如鳩一流の神仏、あるいはキリスト教が渾然一体と化したような独特の宗教観が滲み出ています。
藤山ハンの「黄泉の花嫁シリーズ」も強いインパクトを与える作品です。花嫁の姿はまるで死者の如くおどろおどろしい。冥界です。独学で絵を学んだ作家だそうです。
細密なテクスチャーに驚かされたのは黒須信雄です。線とも点とも付かぬ筆の痕跡が画面全体を覆います。その姿はまるで天を巡る雲のようでもあり、また何か魔物の放つオーラのようでもあります。平面から「気」が立ち上がりました。
色鉛筆を用いた岡田真宏の絵画も印象に残りました。麻紙にひたすら色鉛筆で線を引いては、深い色の階層を生み出す。幾重にも連なります。波のうねり、キャプションには「波動」ともありました。見ていると心が洗われるかのようです。
佐々木誠「夜久毛多都」 2013年 木彫、彩色 作家蔵
ほかにも瞑想的でありながら、造形には力強い佐々木誠の木彫や、四季の香りを取り込んでの栃木美保のインスタレーション、「まいか」なども興味を引くもの。現代美術のセレクト、率直なところかなり独特です。
いずれもこれらは「神的」なものと結びつき、縄文に通じる息吹を感じさせるものを取り上げたそうですが、スサノヲ観をさらに拡張して、いわゆるスピリチュアリティ的な展開をも見せています。何がスサノヲかということよりも、スサノヲの与える霊感とは何かを考えさせる契機となる。そうした展示と言えるかもしれません。
[スサノヲの到来 巡回予定]
足利市立美術館:2014年10月18日~12月23日 *終了
DIC川村記念美術館:2015年1月24日(土)~3月22日(日)
北海道立函館美術館:4月11日(土)~5月24日(日)
山寺芭蕉記念館(山形):6月4日(木)~7月21日(火)
渋谷区立松濤美術館:8月8日(土)~9月21日(月・祝)
若林奮「振動尺1-4」1979年 鉄、木、グアッシュ DIC川村記念美術館
©WAKABAYASHI STUDIO 2014
途中で一部、アメリカ現代美術のコレクションを挟んでの構成です。また若林奮の彫刻と縄文の石臼の邂逅、スサノヲからロスコルームへの流れなど、川村記念美術館だからこその展開も目を引きました。
巡回先である松濤の内省的な空間で見るスサノヲ展にも興味を引かれますが、今回の出品数からすると、松濤で同等の展示(少なくとも量の面において)が出来るかどうか分かりません。まずは佐倉まで足を運んで良かったと思いました。
なお今週末ならば同じく佐倉で話題の「大ニセモノ博覧会」(国立歴史民俗博物館)とのハシゴも可能です。
「大ニセモノ博覧会ー贋造と模倣の文化史」@国立歴史民俗博物館:3月10日(火)~5月6日(水・休)
一日一便限定ではありますが、川村から歴博を経由する無料の送迎バスもあります。スサノヲとニセモノをあわせ見るのも楽しいかもしれません。
[佐倉スサノヲ展+ニセモノ博バスツアー例]
「マイタウン・ダイレクトバス」(ICカード運賃1190円)
9:55 東京駅 → 11:02 DIC川村記念美術館
「DIC川村記念美術館送迎バス」(無料)
12:50 川村記念美術館 → 13:15 国立歴史民俗博物館
「マイタウン・ダイレクトバス」(ICカード運賃1190円)
15:00 国立歴史民俗博物館 → 16:41 東京駅
*歴博の滞在時間が短いので、帰りは徒歩で京成佐倉駅(約15分)へ出て、京成で帰京するのも良さそうです。
間もなく会期末です。3月22日まで開催されています。おすすめします。
「人と自然のあいだの精神と芸術 スサノヲの到来ーいのち、いかり、いのり」 DIC川村記念美術館(@kawamura_dic)
会期:1月24日(土)~3月22日(日)
休館:月曜日。
時間:9:30~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般1300(1100)円、学生・65歳以上1100(900)円、小・中・高生600(500)円。
*( )内は20名以上の団体。
住所:千葉県佐倉市坂戸631
交通:京成線京成佐倉駅、JR線佐倉駅下車。それぞれ南口より無料送迎バスにて30分と20分。東京駅八重洲北口より高速バス「マイタウン・ダイレクトバス佐倉ICルート」にて約1時間。(一日一往復)
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