都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」 渋谷区立松濤美術館
渋谷区立松濤美術館
「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」
6/6~7/23
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渋谷区立松濤美術館で開催中の「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」を見てきました。
ロンドンを拠点に、人形アニメーションや映画、舞台美術などの分野で活動するクエイ兄弟。1947年、ペンシルベニアに一卵性双生児として生まれたスティーブン・クエイとティモシー・クエイは、フィラデルフィア芸術大学へ進学し、当初はイラストレーションを学びました。
そこで東欧の文化芸術に強い興味を覚えます。さらにロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに学び、アニメーション作品を制作するようになりました。
その学生時代のイラストレーションから展示は始まりました。「シュトックハウゼンを完璧に口笛で吹く服装倒錯者」からして奇異です。ピエロのような髪飾りをした男が一人、横向きになっています。線は極めて細く、まるでヴォルスの素描のようでした。手や顔の部分のみが細密です。そして喉元から昆虫が突き出し、口笛から音符が連なっていました。確かに倒錯的です。言い換えれば怪奇的とも呼べるかもしれません。
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「カフカの『夢』」 1970年
カフカの文学やヤナーチェクの音楽にもインスピレーションを受けています。うち一つが「カフカの『夢』」でした。肩に剣を差した男が家屋の玄関先を通り過ぎています。実に細やかな筆使いです。男の顔の髭はもちろん、建物の木目から光の陰影までを極めて写実的に表現しています。にも関わらず、実在感は希薄です。それこそ夢、幻を前にしているかのようでした。
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「楡の木の向こうからトランペットの音が」 1970年
70年代に制作された「黒の素描」シリーズはより幻想的とも呼べるかもしれません。素材は黒の鉛筆のみ。闇がほぼ全てを支配しています。「楡の木の向こうからトランペットの音が」に目を奪われました。真夜中のサッカー場で一人の男がボールを振り上げています。縦縞のユニフォームらしき服を着ていました。並木の向こうには古びた建造物も見えます。ほかに人の姿は皆無です。背景の黒は鉛筆の塗りつぶしでした。何と執拗なまでに黒、闇を表現されているのでしょうか。
「ベンチの上の分割された肉体」も生々しい。まさに人体が切断されて転がっています。語弊があるかもしれませんが、もはや猟奇的ですらありました。
1979年に最初のアニメーション、「人工の夜景ー欲望果てしなき者ども」を発表します。クエイ兄弟はアニメ制作において、「黒の素描」のモチーフを度々、再利用しました。ここでも「黒の素描」の「ラボネキュイエール城」を引用しています。こうした一連の素描こそクエイ兄弟の創作の原点とも呼べるのかもしれません。
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「ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋」 1984年
さて前半のイラストレーションやポスターに続くのが、クエイ兄弟を世に知らしめた人形アニメーション、そしてミュージックビデオやコマーシャルなどの映像作品でした。
ここで重要なのがデコールです。クエイ兄弟な撮影に際し、オブジェやパペットを少しずつ移動。1秒間に25コマという驚くべきスピードでコマ撮りしています。
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「ストリート・オブ・クロコダイル」 1986年
その舞台装置がデコールです。一例が「ストリート・オブ・クロコダイル」でした。見るも精緻です。細部の作り込みは並大抵ではありません。
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「ストリート・オブ・クロコダイル」 1986年
ただしデコールは何も映像の場面を忠実に再現したわけではありません。改めて作中の異なる時間や場面を一つの空間に落とし込んで表現しています。「ストリート・オブ・クロコダイル」は1986年にはカンヌ国際映画祭短編部門にノミネートされ、クエイ兄弟の代表作として評価されています。
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「ストリート・オブ・クロコダイル」(部分) 1986年
デコールはおおよそ10点ほどの出展です。中にはレンズ越しに覗き込むものもあります。すると像が歪むゆえか、より異世界を見ているような気持ちにさせられました。いずれにせよ映像のエッセンスが詰まっています。ハイライトと言っても差し支えありません。*ロビーの「ストリート・オブ・クロコダイル」のみ撮影が可能でした。
ラストは映像です。とはいえ、諸々と制約のある美術館のことです。いずれも抜粋での上映でした。全部で9本、時間にして20分程度です。「ブラザーズ・クエイ短編作品集」(角川より発売)の映像を引用していました。
素描や映像のほかにもコンサートのポスターやリーフレット、さらには若きクエイ兄弟が影響を受けたポーランドのポスターなども出ていました。実のところ私自身、クエイ兄弟の作品に接したのは初めてでしたが、思いがけないほど惹かれました。「カルト的人気」(解説より)があるというのにも頷かされます。
アジア初の本格的なクエイ兄弟の回顧展です。既に神奈川県立近代美術館葉山と三菱地所アルティアム(福岡)の会期を終え、ここ渋谷区立松濤美術館へと巡回してきました。以降の巡回はありません。
7月には同じく渋谷のイメージフォーラムにてクエイ兄弟の記念上映会が行われます。
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「ブラザーズ・クエイの世界」@イメージフォーラム
7月8日(土)〜7月28日(金)
計7プログラム、全30作品の上映です。クエイ兄弟展のチケットを持参すると、上映一般料金から200円引きになります。(上映会の半券を提示すると松濤美術館の観覧料が2割引。)展覧会と相互に楽しむのも良さそうです。
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心なしかいつもよりもより照明が落とされていたかもしれません。クエイ兄弟の時に陰鬱な世界は、どこか内省的で重厚な松濤のスペースにも良く似合っていました。
「クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム/求龍堂」
7月23日まで開催されています。おすすめします。
「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」 渋谷区立松濤美術館
会期:6月6日(火)~7月23日(日)
休館:6月12日(月)、19日(月)、26日(月)、7月3日(月)、10日(月)、18日(火)。
時間:10:00~18:00
*毎週金曜日は19時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1000(800)円、大学生800(640)円、高校生・65歳以上500(400)円、小中学生100(80)円。
*( )内は10名以上の団体、及び渋谷区民の入館料。
*渋谷区民は毎週金曜日が無料。
*土・日曜、休日は小中学生が無料。
場所:渋谷区松濤2-14-14
交通:京王井の頭線神泉駅から徒歩5分。JR線・東急東横線・東京メトロ銀座線、半蔵門線渋谷駅より徒歩15分。
「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」
6/6~7/23
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渋谷区立松濤美術館で開催中の「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」を見てきました。
ロンドンを拠点に、人形アニメーションや映画、舞台美術などの分野で活動するクエイ兄弟。1947年、ペンシルベニアに一卵性双生児として生まれたスティーブン・クエイとティモシー・クエイは、フィラデルフィア芸術大学へ進学し、当初はイラストレーションを学びました。
そこで東欧の文化芸術に強い興味を覚えます。さらにロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに学び、アニメーション作品を制作するようになりました。
その学生時代のイラストレーションから展示は始まりました。「シュトックハウゼンを完璧に口笛で吹く服装倒錯者」からして奇異です。ピエロのような髪飾りをした男が一人、横向きになっています。線は極めて細く、まるでヴォルスの素描のようでした。手や顔の部分のみが細密です。そして喉元から昆虫が突き出し、口笛から音符が連なっていました。確かに倒錯的です。言い換えれば怪奇的とも呼べるかもしれません。
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「カフカの『夢』」 1970年
カフカの文学やヤナーチェクの音楽にもインスピレーションを受けています。うち一つが「カフカの『夢』」でした。肩に剣を差した男が家屋の玄関先を通り過ぎています。実に細やかな筆使いです。男の顔の髭はもちろん、建物の木目から光の陰影までを極めて写実的に表現しています。にも関わらず、実在感は希薄です。それこそ夢、幻を前にしているかのようでした。
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「楡の木の向こうからトランペットの音が」 1970年
70年代に制作された「黒の素描」シリーズはより幻想的とも呼べるかもしれません。素材は黒の鉛筆のみ。闇がほぼ全てを支配しています。「楡の木の向こうからトランペットの音が」に目を奪われました。真夜中のサッカー場で一人の男がボールを振り上げています。縦縞のユニフォームらしき服を着ていました。並木の向こうには古びた建造物も見えます。ほかに人の姿は皆無です。背景の黒は鉛筆の塗りつぶしでした。何と執拗なまでに黒、闇を表現されているのでしょうか。
「ベンチの上の分割された肉体」も生々しい。まさに人体が切断されて転がっています。語弊があるかもしれませんが、もはや猟奇的ですらありました。
1979年に最初のアニメーション、「人工の夜景ー欲望果てしなき者ども」を発表します。クエイ兄弟はアニメ制作において、「黒の素描」のモチーフを度々、再利用しました。ここでも「黒の素描」の「ラボネキュイエール城」を引用しています。こうした一連の素描こそクエイ兄弟の創作の原点とも呼べるのかもしれません。
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「ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋」 1984年
さて前半のイラストレーションやポスターに続くのが、クエイ兄弟を世に知らしめた人形アニメーション、そしてミュージックビデオやコマーシャルなどの映像作品でした。
ここで重要なのがデコールです。クエイ兄弟な撮影に際し、オブジェやパペットを少しずつ移動。1秒間に25コマという驚くべきスピードでコマ撮りしています。
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「ストリート・オブ・クロコダイル」 1986年
その舞台装置がデコールです。一例が「ストリート・オブ・クロコダイル」でした。見るも精緻です。細部の作り込みは並大抵ではありません。
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「ストリート・オブ・クロコダイル」 1986年
ただしデコールは何も映像の場面を忠実に再現したわけではありません。改めて作中の異なる時間や場面を一つの空間に落とし込んで表現しています。「ストリート・オブ・クロコダイル」は1986年にはカンヌ国際映画祭短編部門にノミネートされ、クエイ兄弟の代表作として評価されています。
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「ストリート・オブ・クロコダイル」(部分) 1986年
デコールはおおよそ10点ほどの出展です。中にはレンズ越しに覗き込むものもあります。すると像が歪むゆえか、より異世界を見ているような気持ちにさせられました。いずれにせよ映像のエッセンスが詰まっています。ハイライトと言っても差し支えありません。*ロビーの「ストリート・オブ・クロコダイル」のみ撮影が可能でした。
ラストは映像です。とはいえ、諸々と制約のある美術館のことです。いずれも抜粋での上映でした。全部で9本、時間にして20分程度です。「ブラザーズ・クエイ短編作品集」(角川より発売)の映像を引用していました。
素描や映像のほかにもコンサートのポスターやリーフレット、さらには若きクエイ兄弟が影響を受けたポーランドのポスターなども出ていました。実のところ私自身、クエイ兄弟の作品に接したのは初めてでしたが、思いがけないほど惹かれました。「カルト的人気」(解説より)があるというのにも頷かされます。
アジア初の本格的なクエイ兄弟の回顧展です。既に神奈川県立近代美術館葉山と三菱地所アルティアム(福岡)の会期を終え、ここ渋谷区立松濤美術館へと巡回してきました。以降の巡回はありません。
7月には同じく渋谷のイメージフォーラムにてクエイ兄弟の記念上映会が行われます。
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「ブラザーズ・クエイの世界」@イメージフォーラム
7月8日(土)〜7月28日(金)
計7プログラム、全30作品の上映です。クエイ兄弟展のチケットを持参すると、上映一般料金から200円引きになります。(上映会の半券を提示すると松濤美術館の観覧料が2割引。)展覧会と相互に楽しむのも良さそうです。
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心なしかいつもよりもより照明が落とされていたかもしれません。クエイ兄弟の時に陰鬱な世界は、どこか内省的で重厚な松濤のスペースにも良く似合っていました。
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7月23日まで開催されています。おすすめします。
「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」 渋谷区立松濤美術館
会期:6月6日(火)~7月23日(日)
休館:6月12日(月)、19日(月)、26日(月)、7月3日(月)、10日(月)、18日(火)。
時間:10:00~18:00
*毎週金曜日は19時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1000(800)円、大学生800(640)円、高校生・65歳以上500(400)円、小中学生100(80)円。
*( )内は10名以上の団体、及び渋谷区民の入館料。
*渋谷区民は毎週金曜日が無料。
*土・日曜、休日は小中学生が無料。
場所:渋谷区松濤2-14-14
交通:京王井の頭線神泉駅から徒歩5分。JR線・東急東横線・東京メトロ銀座線、半蔵門線渋谷駅より徒歩15分。
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