「リアル(写実)のゆくえ」 足利市立美術館

足利市立美術館
「リアル(写実)のゆくえ 高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの」 
6/17~7/30



明治以降、現代へと至る日本の絵画の「写実」表現に着目します。足利市立美術館で開催中の「リアル(写実)のゆくえ 高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの」を見てきました。

チラシ表紙が冒頭の展開を物語ります。右は幕末明治の洋画家、高橋由一の「鮭」です。縦長の画面に半身の切り取った鮭を描いています。ちょうど吊るした状態を表しているのでしょう。由一の鮭は何点か存在していますが、山形美術館の寄託作品でした。確かに迫真的です。これほど知られた鮭の絵画はほかにないかもしれません。

それでは左の鮭は誰が描いたのでしょうか。磯江毅でした。1954年に大阪に生まれ、10歳でスペインに留学し、その後も同地で制作を続けたマドリード・リアリズムの画家です。本作のタイトルは「鮭ー高橋由一へのオマージュ」です。由一画を参照したのは言うまでもありません。

さすがに隣り合わせにあるだけに、否応なしに比較せざるを得ません。(実際の会場では左右が逆に展示されています。)由一はキャンバスへ鮭を描いたのに対し、磯江は板の上に描いています。背景も由一画のように黒、闇ではなく、板そのものです。さらに鮭を吊るした上に紐で両側から縛っています。

ともかく精緻です。板の上の木目にも色彩を加えています。そして紐の一部には実際の紐が使われていました。しかしそれゆえか、板も紐も描かれているのか、実際の事物なのか、俄かに判然としません。何やらだまし絵を前にしたかのようでした。

鮭の半身が際立つのは磯江です。骨は白く鮮やかでした。一方で由一作は黒ずんでいる箇所もあります。筆触は重々しく、まるで鮭の放つ生臭さが伝わるかのようでした。磯江作が洗練されているとすれば、由一作の方がより生々しいと言えるかもしれません。

明治と現代の2つの写実表現。画家の個性はあるとはいえ、約150年を経て、どのように変化したのでしょうか。モチーフしかり、確かに似ていますが、むしろ違いが際立って見えました。


加地為也「静物」 1880年 宮城県美術館

2点の鮭を参照したあとは明治時代に遡ります。高橋由一と同様に写実に取り組んだ五姓田義松らの作品が並んでいました。五姓田として思い出すのが神奈川県立歴史博物館での回顧展です。その時にも印象に深かった「老母図」が出ていました。亡くなる間際の母を描いた一枚です。仰向けで横たわる老母の姿は痛々しい。骨ばった手や顎の表現には鬼気迫るものを感じました。


原田直次郎「神父」 1885年 信越放送

加地為也の「静物」を見て連想したのは17世紀のオランダの風俗画でした。魚や海老がカゴに入っています。魚はなにやらグロテスクな一方、カゴは極めて精緻に描いています。また原田直次郎の「神父」も目を引きました。神父の横顔です。ちょうど頭から白いひげの部分に光が当たっています。深い慈愛が滲み出るかのようでした。


河野通勢「風景」 1916年 調布市武者小路実篤記念館

明治の写実は大正に入って岸田劉生らに受け継がれました。劉生画は計7点です。さらに劉生の結成した草土社の椿貞雄と河野通勢も出ています。河野の「裾花川の河柳」のうねるような筆触が鮮烈です。やはり劉生に倣ったのでしょうか。北方ルネサンス絵画を思わせました。

清水敦次郎の「老人と髑髏」に驚かされました。修道服を着た老人が、テーブルの上の髑髏を両手で押さえています。後方にはアラベスク模様のカーテンがあり、窓からは戸外の風景も見えました。老人の顔も手も土色で皺だらけで、相当に年季が入っています。確かに細部を克明に表しているものの、もはや現実を超えた、いわばデロリとも呼べるような表現ではないでしょうか。一目で脳裏に焼きつくかのようなインパクトがありました。

昭和で目立つのが、高島野十郎、長谷川りん二郎、そして牧島如鳩です。いずれも「異端」(解説より)、ないし「孤高」とも称されるような個性的な画家ばかりでした。


牧島如鳩「魚藍観音像」 1952年 足利市民文化財団

長谷川ではやはり「猫」が挙げられるのではないでしょうか。画家の愛猫、タローを描いた有名な作品です。眠りこける猫の姿を緻密に写し取っています。とはいえ、不思議と置物のように見えるのも興味深いところです。一方の高島は「割れた皿」で写実を極めます。牧島の画風は特異です。ハリストス正教会の伝道者でもあった彼は、日本の土着的なモチーフを取り込みつつも、キリスト教と仏教的世界観を融合させたような宗教画を生み出しました。確かにリアルです。しかし景色はまるで現実ではありません。


水野暁「The Volcanoー大地と距離について/浅間山」 2012-2016年 個人蔵

ラストは現代でした。タイトルにも「現代につなぐもの」とありましたが、想像以上に現代の作品が多く展示されています。実際、出展中2割弱が、1970年代から近年に描かれた現代の写実絵画で占められていました。

半ば写真と見間違うかのような作品が並ぶ中で、一際、異彩を放っているのが安藤正子でした。1976年に愛知で生まれ、2012年に原美術館でも個展を行った画家でもあります。

作品は2点、赤ん坊をモチーフとした「Light」でした。黄金色にも染まる毛糸の下で赤ん坊が寝ています。毛の編み目も精緻です。質感が独特でした。うっすらと画面が光を帯びているかのようです。滑かな感触が見て取れました。


岸田劉生「壺の上に林檎が載って在る」 1916年 東京国立近代美術館

個々のキャプションに、いわゆる解説ではなく、画家本人、ないしほかの画家らの評した言葉を記載されているのも面白いところです。カタログが一般書籍として発売中です。論考も充実しています。そちらを参照するのも良いかもしれません。


展示は先行した平塚市美術館からの巡回展です。足利展以降、以下の予定で各美術館でも行われます。

[リアル(写実)のゆくえ 巡回スケジュール]
碧南市藤井達吉現代美術館:8月8日(火)~9月18日(月・祝)
姫路市立美術館:9月23日(土)~11月5日(日)

「リアル(写実)のゆくえ/生活の友社」

出展は100点超。全国各地の国公立美術館から作品がやって来ています。平塚での評判は耳にしていましたが、確かに見応えがありました。



7月30日まで開催されています。

「リアル(写実)のゆくえー高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの」 足利市立美術館
会期:6月17日(土)~7月30日(日)
休館:月曜日(7月17日は開館)、7月18日(火)。
時間:10:00~18:00 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般700(560)円、大学・高校生500(400)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
場所:栃木県足利市通2-14-7
交通:JR線足利駅下車徒歩10分、東武伊勢崎線足利市駅下車徒歩10分。北関東自動車道足利インターチェンより車で15分。美術館前、周辺に無料駐車場あり。
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