「ジャコメッティ展」 国立新美術館

国立新美術館
「国立新美術館開館10周年  ジャコメッティ展」 
6/14~9/4



国立新美術館で開催中の「ジャコメッティ展」のプレスプレビューに参加してきました。

国内では11年ぶりとなるジャコメッティの回顧展が、国立新美術館ではじまりました。

出品は彫刻が約50点です。さらに5点の絵画、80点の素描と版画が加わります。大半は世界3大ジャコメッティ・コレクションの1つとして知られる、南フランスのマーグ財団美術館のコレクションでした。

1901年、スイスのイタリア国境に近いボルゴノーヴォに生まれたアルベルト・ジャコメッテイは、印象派画家であった父の元で絵画の制作に励みますが、のちに彫刻を志し、彫刻家のアントワーヌ・ブールデルのアトリエで人体デッサンなどに取り組みました。


「キュビスム的コンポジションー男」 1926年 大原美術館

比較的早い1920年代の彫刻はジャコメッテイと分からないかもしれません。一例が「キュビスム的コンポジションー男」です。量感のある石膏を組み合わせて人物像を構築しています。のちの細く引き伸ばされた彫像の片鱗すら伺えません。


「女=スプーン」 1926/1927年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

初めてのモミュメンタルな彫像が「女=スプーン」でした。モチーフはパリの博覧会で目にした西アフリカのダン族の擬人化されたスプーンです。ここに女性の姿を重ねています。プリミティブとも言えるのではないでしょうか。丸みを帯びた造形は可愛らしくもありました。


「キューブ」 1934/1935年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

量感といえば「キューブ」も同様でした。切り出した巨石をそのまま立てたかのようなブロンズ像は、もはや何ら人体の形をとっていません。ジャコメッティは1926年から27年にかけて、矩形の塊を組み合わせた「コンポジション」を制作します。古代エジプトやエトリルア美術のほか、アフリカやオセアニアの彫刻も参照したそうです。さらにダリやブルトンらと交流。キュビズム、ないしシュルレアリスムの影響を受けました。

1933年の父の死後、ジャコメッティは頭部の制作を行うようになります。翌年には早くもシュルレアリスムと決別し、モデルに基づく人物の彫刻の制作をはじめました。


「小像(男)」 1946年 メナード美術館 ほか

ジャコメッティは変革を試みる芸術家です。その一端が小像への展開でした。「空間と人体との関係を探り始める」(解説より)と、像は収縮し、反面に台座が大きく広がっていきます。結果的に像は僅か2、3センチの高さにまで縮小しました。まるでマッチ棒のようです。これほど小さな人物の彫刻をつくる芸術家をほかに探すのは難しいかもしれません。

「見たものを記憶によって作ろうとすると、怖ろしいことに、彫刻は次第に小さくなった。それらは小さくなければ現実に似ないのだった。それでいて私はこの小ささに反抗した。倦むことなく私は何度も新たに始めたが、数ヶ月後にはいつも同じ地点に達するのだった。」 アルベルト・ジャコメッティ

一方でジャコメッティは「彫像の縮小現象に抵抗」(解説より)し、今度は1メートルという高さを自らに課して制作するようになります。それに伴って彫像はどんどん細くなり、いつしか削ぎ落とした量感を持つジャコメッティならではのスタイルを生み出しました。


「大きな像(女:レオーニ)」 1947年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

「大きな像(女:レオーニ)」のモデルは恋人のイザベルです。1947年に制作に着手するも、予定の展示に出展されることなく、アトリエに残され、おおよそに10年後に再び手が加えられました。腰の部分が僅かにくびれ、両手を真っ直ぐ腰のあたりに降ろしています。まさしくジャコメッティです。これらの一連の女性立像は、最終的に晩年に至るまで多様なバリエーションを経て展開していきました。

戦後のジャコメッティが取り組んだのは群像でした。1940年代後半にパリの街をスケッチし、立ち歩く女性や男性を、一つの台座に置いた、群像形式の彫像を作り上げました。


「3人の男のグループⅠ」 1948/1949年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

この頃のジャコメッティの群像に個々の特性はほぼ見られません。例えば「3人の男のグループ」です。互いに別の方向へ歩く男の姿を表現していますが、皆、当然のように細く、同じように足を踏み出していて、特定の人物を連想することは叶いません。ただ個性を剥ぐことで、彫像そのものよりも、各々の配置や運動、いわば空間との関係を強く意識させています。男たちのどこへ行こうとしているのでしょうか。彫刻は台座を超えて空間へと拡張していました。

ジャコメッティは制作のためには労力を惜しまない芸術家でした。よほど人の本質を表現したかったのでしょう。モデルには長時間不動のポーズを要請します。よって応えられるのは、家族や恋人に友人といった身近な人物だけでした。


「ディエゴの胸像」 1954年 豊田市美術館

1歳年下の弟をモデルとしたのが「ディエゴの胸像」です。ディエゴは兄と共同でアトリエも構え、何度もモデルを務めた、制作のパートナーでした。ジャコメッティは1950年代にディエゴをモデルとした7点の胸像を制作しました。小さな頭部を支えるのは台座のように大きな胸部です。頬や顔には細かな線が刻まれ、表情を伺うことも出来ます。それにしても時に激しく抉られ、また波打つような表面の質感が凄まじい。細部だけをとってみれば、もはや雄弁なまでの表現でモデルを象っています。


「女性立像」 1952年頃 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

ただジャコメッティはあくまでも「写実的に再現するのではなく、自分の目に見えるままに形づくろうと試みた。」と述べているそうです。のちに「実存を探求」(解説より)する制作の姿勢は、サルトルらの哲学者にも評価されました。


「猫」 1951年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

人間をひたすら表現したジャコメッティの中に、一種、異質とも呼べる作品がありました。それが動物です。1951年に何体かの動物の石膏像を制作、うち1点が「猫」でした。モデルは弟ディエゴのもとに住み着いていた猫です。胴体はほぼ骨で、頭の部分のみが丸く肉付けされています。朝、ベッドに近づいてくる猫の姿の記憶をもとに作られたそうです。


「ヴェネツィアの女Ⅰ-Ⅸ」 1956年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

一つのハイライトとも呼べるのが「ヴェネツィアの女」でした。出展は全9点です。1956年、ジャコメッティはヴェネツィア・ビエンナーレと、ベルン美術館での個展のために、女性立像の制作に没頭。結果15点が石膏像として制作されます。うち9点がのちにブロンズに鋳造され、「ヴェネツィアの女」として発表されました。

一連の連作ではあるものの、「ヴェネツィアの女」には、個々に思いの外に違いがありました。例えば手前の1では前にせり出してくるような動きがあるのに対し、真後ろの3は直立不動です。手もピタリと体につけ、さも天を仰ぐように静止しています。「完成されることもあり得ず、完全でもあり得ない。」とはジャコメッティの言葉です。ここに常に「前進」(解説)しようとした芸術家の活動が現れているのかもしれません。

1958年、ジャコメッティはニューヨークのチェース・マンハッタン銀行の広場のためのモニュメントの制作を依頼されます。彼は「女性立像」、「頭部」、「歩く男」の3つのモチーフを採用し、制作に着手しました。それまでの粘土ではなく、針金の骨組に石膏をつけて削りとるという、新たな方法で行いました。

しかし制作は難航を極めます。数十ヴァージョンを試みるも、プランに満足せず、完成を諦めてしまいました。よって広場にも設置されませんでした。


手前:「大きな頭部」 1960年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

ただ改めて1960年に「大きな女性立像」と「大きな頭部」、「歩く男」がブロンズとして起こされ、展覧会で評価されます。出展の3作は、所蔵先のマーグ財団美術館が開館する際に新たに鋳造されたものでした。


「歩く男Ⅰ」 1960年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

大きく足を開いて前に踏み出しているのが「歩く男Ⅰ」です。先を急ぐのがやや前のめりになっています。表情はやや険しいものの、しっかりと前を見据えています。解説には「瞬間の軽やかさ」とありますが、私には男の確かな一歩、言い換えれば力強いまでの前へと進む姿勢、ないし意思を感じました。


「大きな女性立像Ⅱ」 1960年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

私が最も惹かれたのは「大きな女性立像Ⅱ」です。モデルは直立の女性で、両手を伸ばしては腰につけています。体は細く、乳房と臀部の量感がやや際立っていました。口は閉じ、目はかすかに上を向いているようにも見えます。しばらく眺めていると不思議と百済観音の姿を思い起こしました。何たる幽玄な姿なのでしょうか。寡黙であり、幾分とはかなくも、確かに「崇高」(解説より)です。これほど美しき女性像とは思いもよりませんでした。


「真向かいの家」 1959年 マーグ・コレクション

構成は全16章立てです。ジャコメッティの業績を時間軸で追いつつ、彼との交流で有名な日本人哲学者の矢内原伊作の交流や、同時代の詩人らへの影響、さらにマーグ財団美術館を設立したエメ=マーグとの関係についても検証しています。かなり網羅的です。質量ともに充実していました。


「ジャコメッティ展」会場風景 *撮影可能エリア

「大きな女性立像」、「大きな頭部」、「歩く男」の3点のみ撮影が可能です。ただし三脚、フラッシュ、自撮り棒などの使用は出来ません。ご注意下さい。

[ジャコメッティ展 巡回予定]
豊田市美術館:2017年10月14日(土)~12月24日(日)



「Final Portrait」
http://finalportrait.jp

なお展覧会終了後ではありますが、来年1月よりジャコメッティを描いた映画、「Final Portrait」(原題)が公開されます。そちらとあわせて鑑賞するのも良いかもしれません。


*7/3追記
改めてジャコメッティ展に行ってきました。美術館に着いたのは7月2日(日)の午後2時頃。チケット購入、ないし入場待ちのための行列はいずれもありませんでした。場内も至ってスムーズです。不思議と作品が静寂を呼ぶのか、展示室内が静まり返っていたのも印象的でした。



作品保護の観点もあり、会場内の温度がかなり低く設定されているようです。半袖では少し寒く感じるほどでした。何か一枚羽織るものがあると良いかもしれません。

9月4日まで開催されています。

「国立新美術館開館10周年  ジャコメッティ展」@giacometti2017) 国立新美術館@NACT_PR
会期:6月14日(水)~9月4日(月)
休館:火曜日。
時間:10:00~18:00
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
 * ( )内は20名以上の団体料金。
 *8月2日(水)~7日(月)は高校生無料観覧日。(要学生証)
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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