「ルドンー秘密の花園」 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「ルドンー秘密の花園」 
2/8~5/20



三菱一号館美術館で開催中の「ルドンー秘密の花園」のプレスプレビューに参加してきました。

一号館美術館のコレクションの中核でもあるオディロン・ルドンの大作、「グラン・ブーケ」には、いわば連作となりうる15点の作品がありました。

それがフランス・ブルゴーニュ地方に居を構えたロベール・ド・ドムシー男爵が、城館の大食堂を飾るためにルドンへ注文した壁画で、ルドンは当初、空間を18分割して描くことを考えました。現在では、16点の装飾画が残されています。


オディロン・ルドン「グラン・ブーケ(大きな花束)」 1901年 三菱一号館美術館

うち1枚が「グラン・ブーケ」で、1901年、残りの15枚の装飾画とともに、ドムシー男爵の城館に設置されました。そしてしばらく大食堂を飾り、おそらく住人を楽しませたものの、いつしか忘れ去られ、人目に触れることもありませんでした。


オディロン・ルドン「15点のドムシー城の食堂壁画(黄色い背景の樹)」 1900〜1901年 オルセー美術館 ほか

それが世に初めて公開されたのは、意外に日本で、1980年に全国6会場を巡回した「ルドン展」(但し、会場毎に展覧会名が異なります。)でした。しかし「グラン・ブーケ」だけは来日せず、ほかの15点の装飾画よりも長い間、ドムシー男爵の城館に留まり続けました。


右:オディロン・ルドン「15点のドムシー城の食堂壁画(黄色い花咲く枝)」 1900〜1901年 オルセー美術館

「グラン・ブーケ」を除く、一連の15点の装飾画は、1988年、相続税の美術品の物納制度により、フランス政府に取得され、のちにオルセー美術館に収蔵されました。結果的に「グラン・ブーケ」が広く公開されたのは、設置から110年近く経った2011年、パリで行われた「ルドン展」のことでした。また、それに先立つ2010年に、三菱一号館美術館が「グラン・ブーケ」を取得しました。

そして2012年に三菱一号館美術館で開催された「ルドンとその周辺ー夢見る世紀末」でも展示され、以降、同館のコレクションとして、約1年から2年のペースで公開されてきました。さらに今年、オルセー所蔵の装飾画の15点が再来日し、「グラン・ブーケ」との邂逅を果たしました。かつてドムシー男爵の城館を飾った装飾画の全てが揃うのは、もちろん日本で初めての機会でもあります。

ルドンが手紙で「巨大なパステル」と別扱いで記述した「グラン・ブーケ」は、瓶に活けられた花をモチーフとしていて、青を基調とし、まさに溢れんばかりの花々を、縦2メートル50センチ弱、横1メートル60センチ超の大画面に描きました。


右:オディロン・ルドン「15点のドムシー城の食堂壁画(花とナナカマドの実)」 1900〜1901年 オルセー美術館
 
一方で残りの15点は、おおむね暖色をベースとしていて、草花などのモチーフを、薄く伸ばした油絵具の上に、膠を用いたデトランプと呼ばれる技法で表しました。いずれも植物は、鮮やかというよりも、朧げに浮かび上がっていて、どことなく幻想的とも言えるのではないでしょうか。また作品を超えて樹木が連続していたり、遠いモチーフを大きく表す、いわば逆遠近法的な構図をとっているなど、ルドンが食堂空間を全体で捉えて制作している様子も分りました。なおデトランプ技法は、ルドンが影響を与えたナビ派の画家が好んで用いました。


左:オディロン・ルドン「15点のドムシー城の食堂壁画(花の装飾パネル)」 1900〜1901年 オルセー美術館

大食堂の空間の形状に合わせるため、「グラン・ブーケ」を含む、装飾画の大きさは大小様々で、厳密に同じサイズの作品は1つとしてありません。また植物や花をモチーフにしながら、15点の作品は、いずれも装飾性が高く、むしろ花瓶の花を描いた「グラン・ブーケ」が、極めて異質であることも見て取れました。


オディロン・ルドン「15点のドムシー城の食堂壁画」展示室風景 *「グラン・ブーケ」はパネル展示

スペースの都合もあり、一連の装飾画は同じ展示室に並んでいません。「グラン・ブーケ」は備え付けの単独の展示室にあり、ほかは10点と5点に分けて展示されていました。それでも作品を通し、ルドンが長年に渡って抱いてきた植物へ関心の在り方、ないし「装飾」への表現の志向も伺い知れるのではないでしょうか。かつて同じ城館にあったことを鑑みると、やはり感慨深いものがありました。


右:オディロン・ルドン「夢のなかで(表紙=扉絵)」 1879年 三菱一号館美術館

さて「ルドンー秘密の花園」展の見どころは、何もドムシー男爵の装飾画だけではありません。というのも、ルドンの花と植物に焦点を当て、いかに壁画を描くのに至ったのかに触れている上、そもそもドムシー男爵とは何者かを検証しているほか、コロー、ブレスダン、クラヴォーらを参照して、ルドンとの影響関係についても俯瞰しているからです。構成は綿密でした。


左:オディロン・ルドン「ペイルルバードの小道」 制作年不詳 オルセー美術館

はじまりはルドン初期の風景画でした。しかし初期といえども、デビューは遅く、版画集「夢のなかで」を刊行した時は、既に39歳を迎えていました。ルドンの画業は、主に木炭による「黒」の時代と、華やかな「色彩」の時代に分けられますが、前半の「黒」においても、油彩画がなかったわけでなく、彩色による風景の小品を描きました。ルドンは一連の商品を、「作者のための習作」として、手元に保管していました。

初期のルドンに影響を与えたのが、コローやブレスダンでした。版画家ブレスダンからはエッチングの指導を受け、ルドンも木炭ほか、リトグラフなどで樹木のモチーフを描きました。


オディロン・ルドン「夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)」 1891年 三菱一号館美術館

若かりしきルドンに「目に見えない世界」(解説より)へを誘ったのは、植物学者のアルマン・クラヴォーでした。クラヴォーは顕微鏡によって明らかとなった、植物の微細な世界をルドンに教えるだけでなく、ポーやボードレールなどの文学を紹介しました。またクラヴォーに導かれ、ルドンは異文化や異教に対しての関心を抱きました。のちにクラヴォーが自殺すると、版画集の「夢想」において、「わが友アルマン・クラヴォーの思い出に」と記し、師の死を悼みました。


右:オディロン・ルドン「ドムシー男爵夫人の肖像」 1900年 オルセー美術館

ドムシー男爵がルドンと面識を得たのは、かの装飾画の完成に先立つこと、約8年前、1893年のことでした。「黒」の作品だけでなく、パステル、油彩も購入し、夫人の肖像画を制作を依頼しました。このところの書簡や出納帳による調査により、ルドンが装飾画に着手したのは、1900年の6月であり、同年の12月には城館を訪ねて、数枚のパネルの取り付けに立ち会ったことが分かりました。また装飾画の制作前後、ドムシー男爵は何度かルドンと旅していて、ミラノへ渡った際は、レオナルドの「最後の晩餐」に感動したとも伝えられています。2人は思いの外に親密であったようです。


「ドムシー男爵から自治体への手紙(1892年11月24日)写し」 *参考出品 ほか

ドムシー男爵は、地域の議会選挙に出馬し、トップ当選を果たしたほか、自治体へ寄付をし、水利利用に当てるように求めるなどの記録も残されています。城館はかつて本人が建てたとされていましたが、最近の研究により、父が建てたことも判明しました。ただしドムシー男爵の社会的状況については、必ずしも詳しくは分かっていません。


右:オディロン・ルドン「ステンドグラス」 1907年頃 ニューヨーク近代美術館

さらに展示は装飾画の連作を超え、「黒」の世界に表現した動植物、また「色彩」における蝶や植物と夢の関係、さらに花の作品から、ルドンの手がけた装飾プロジェクトについても触れていました。


右:オディロン・ルドン「神秘」 フィリップス・コレクション

岐阜県美術館をはじめ、オルセー美術館、ニューヨーク近代美術館、ボルドー美術館などのコレクションも少なくなく、「黒」に「色彩」を問わず、想像以上に充実していました。不足はありません。


撮影可のパネルコーナー(食堂壁画の位置関係が分かるように工夫されていました。)

既に会期も2ヶ月近くほど経過しました。土日の昼過ぎを中心に、やや混み合う時間もありますが、今のところ、特に入場待ちの行列は発生していません。


左:オディロン・ルドン「預言者」 1885年 シカゴ美術館

ただし一号館美術館は、何かと会期後半に混雑が集中する傾向があります。当面は、毎週金曜日の夜間開館(21時まで)が有用となりそうです。


5月20日まで開催されています。ご紹介が遅れましたが、おすすめします。

「ルドンー秘密の花園」 三菱一号館美術館@ichigokan_PR
会期:2月8日(木)~5月20日(日)
休館:月曜日。
 *但し、祝日の場合と、5月14日と「トークフリーデー」の2月26日、3月26日は開館。
時間:10:00~18:00。
 *祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週の平日は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:大人1700円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
 *東京都美術館の「ブリューゲル展」のチケットを提示すると100円引き。
 *アフター5女子割:毎月第2水曜日17時以降/当日券一般(女性のみ)1000円。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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