「ビュールレ・コレクション」 国立新美術館

国立新美術館
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」
2/14~5/7


国立新美術館で開催中の「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」を見てきました。

ドイツに生まれ、実業家として財をなしたエミール=ゲオルク・ビュールレ(1890~1956)は、主に印象派を中心とした絵画をコレクションしました。

それは当初、ビュールレの自邸を飾っていましたが、没後、遺族により財団が設立され、多くのコレクションが移管されました。そして1960年、保管場所でもあった邸宅の別棟が美術館として開放され、一般に公開されました。

しかし2008年、セザンヌの「赤いチョッキの少年」をはじめとする4点が、武装した強盗団により盗まれました。結果的に全ての作品は発見され、強奪事件は解決しましたが、その影響によりコレクションの公開は制限され、2020年にはチューリッヒ美術館へと移管することが決まりました。

プライベートコレクションとしては、最後の「ビュールレ・コレクション」展と言えるかもしれません。来日作品は全64点で、印象派と後期印象派が大半を占めるものの、一部にオランダ絵画、ないし20世紀モダンアートも含まれます。まとまって日本で紹介されるのは、1990年から開催された世界巡回展以来、2度目のことでもあります。


ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル「アングル夫人の肖像」 1814年頃

はじまりは肖像画で、中でもジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルの「アングル夫人の肖像」に魅せられました。アングルの妻であるマドレーヌがモデルで、結婚した翌年に描かれました。丸みを帯びた顔は穏やかで、笑みもたたえ、画家とモデルとの親密な関係を伺わせるものがありました。実際、夫妻はマドレーヌが死去するまで、仲睦まじい夫婦として知られていました。この優美な顔立ちこそ、アングルの作風を思わせますが、衣服が荒い筆触で描かれていて、中には太い線も残っていることから、未完だと指摘されているそうです。


ピエール=オーギュスト・ルノワール「アルフレッド・シスレーの肖像」 1864年

ルノワールの描いた「アルフレッド・シスレーの肖像」も、興味深い一枚ではないでしょうか。左手をポケットに入れ、いかにもブルジョワ風に着飾り、ソファに深く腰掛けのが若きシスレーで、「リラックスした姿」(解説より)とあるように、確かに腰掛けた姿こそ寛いではいるものの、表情はやや硬く、どこか緊張しているようにも見えなくありません。シスレーは作品が評価されず、のちに経済的に困窮しますが、ルノワールとは後年に至るまで親交を深めました。


アントーニオ・カナール(カナレット)「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア」 1738〜42年

カナレットの2点が充実していました。うち1つが「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア」で、手前左に聖堂を見据えた、ヴェネツィアの景観を緻密な表現で描いていました。水色に染まる空は広く、水辺には建物がひしめき合っていて、ゴンドラも多く浮かぶ水面には、白い細かな波が立っていました。澄み切った大気はいかにもカナレット風で、建物や人物の細部までがクリアに際立って見えました。

同じくヴェネツィアを舞台にした、シニャックの「ジュデッカ運河、ヴェネツィア、朝」も魅惑的で、ゴンドラの浮かぶ水辺の先に、同じくサルーテ聖堂を望む景色を表していました。さざ波は全てモザイクで示され、遠方へ向かえば向かうほど白に染まり、建物は平面的な装飾パネルのように見えました。ガラスのような色彩の透明感も、また魅力の1つかもしれません。


エドゥアール・マネ「オリエンタル風の衣装をまとった若い女」 1871年頃

マネは計4点出展されていましたが、うち気にとまったのが「オリエンタル風の衣装をまとった若い女」でした。いわゆる東洋趣味に基づく作品で、中東風の装飾を伴い、白いシースルーのロングドレスを身にまとった女性を描いていました。しかし表情は虚ろで、やや疲れているようでもあり、そもそも何故に立っているかも明らかではありません。ドレスはとても薄く、乳房や下半身も透けていて、どことなく官能的な様相も見られました。


アルフレッド・シスレー「ハンプトン・コートのレガッタ」 1874年

シスレーの2点が優品でした。中でも「ハンプトン・コートのレガッタ」は、シスレーが4ヶ月間ほどロンドンに滞在した時に描いたもので、テムズ川で行われたレガッタ競技の光景が、画家ならではの素早い筆触で表されていました。夏の頃であるからか、川の向こうの木々は深い緑に染まっていて、空も明るく、レガッタの浮かぶ水面にも、燦々と光が降り注いでいるように見えました。またギャラリーを含むのか、大勢の人もいて、競技に特有な熱気も伝わってくるかもしれません。日本初公開の作品でもあります。


カミーユ・ピサロ「ルーヴシエンヌの雪道」 1870年頃

同じく日本初公開のピサロの「ルーヴシエンヌの雪道」にも心惹かれました。家族と暮らしていたパリ郊外のルーヴシエンヌの雪景を描いた作品で、まっすぐにのびる並木道のある通りを、ほぼ正面から捉えていました。道路には雪が降り積もるものの、天気が回復したのか、空は晴れていて、明かりが差し込んでいる様子も見て取れました。うっすらとサーモンピンクに染まった、雪の表現も美しいのではないでしょうか。平穏な日常の一コマを切り取っていました。


ピエール=オーギュスト・ルノワール「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」 1880年

チラシ表紙も飾ったルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」は、やはりハイライトに相応しい一枚と言えるかもしれません。モデルは裕福な銀行家の長女、イレーヌで、まだ8歳ながらも、そっと前においた両手や背筋を伸ばして座る姿は、あどけないというよりも、むしろ上品で、やや大人びているようにも思えました。ブロンドの髪が殊更に豊かで美しく、青く透明感のあるドレスも、彼女の白く、ややピンク色に染まった顔を引き立てていました。


ポール・セザンヌ「赤いチョッキの少年」 1888/90年頃

無事に発見されたセザンヌの「赤いチョッキの少年」もやって来ました。左肘をつき、やや口を引き締め、どこか厳しげな表情で物思いに耽る少年を表していて、ともかくは長く引き伸ばされた右腕に目が向きました。セザンヌの描いた、最も有名な肖像画としても知られています。

セザンヌ(6点)と同じく、一定数まとめて展示されていたのが、ゴッホでした。全部で6点あり、おおよそ6年あまりの間に描かれた作品であるものの、意図してのことか、画家の作風の変遷を辿るようなセレクションとなっていました。


フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲くマロニエの枝」 1890年

やはり目を引くのは、有名な「種をまく人」で、ゴッホがミレーの同名作の影響を受け、繰り返し描いた作品のうちの一枚でした。また「花咲くマロニエの枝」にも魅せられました。サン=レミ病院を退院したのち、ガシェ医師とともに過ごした頃のもので、画面から溢れんばかりに咲き誇るマロニエの花を捉えていました。うねるような筆触こそ独特ながらも、生気に満ちた草花や、水色に染まる空など、ゴッホの色彩の魅力を味わえる作品ではないでしょうか。

そのゴッホと一時、共同生活を送り、画家の死後、タヒチへと渡ったゴーギャンの「肘掛け椅子のひまわり」も、よく知られた作品かもしれません。椅子の上には、ゴッホにとって特別な花であったひまわりが載せられていて、ゴーギャンが亡き画家に向き合うべく描いたとも言われています。


アンドレ・ドランの「室内の情景(テーブル)」が、大変な力作でした。テーブルや椅子の雑然と置かれた一室を斜め上から描いていて、テーブルの脚の朱色、椅子の黄色、さらにテーブル上の白い布のほか、背後で黒い線によって分割されたような色の面が、いずれも強く主張するように表されていました。なんと迫力のある静物画なのでしょうか。


クロード・モネ「睡蓮の池、緑の反映」 1920/26年頃

ラストはモネの「睡蓮の池、緑の反映」が控えていました。高さ2メートル、横幅4メートルにも及ぶ大作で、ジヴェルニーにモネの築いた睡蓮の池を捉えた一枚として知られています。


クロード・モネ「睡蓮の池、緑の反映」(部分) 1920/26年頃

ビュールレが実際にジヴェルニーへ出向き、自分の目で見てから購入を決めた作品でもあり、これまでスイスの国外に一度も出たことがありませんでした。なおこの「睡蓮の池、緑の反映」のみ、自由に撮影も出来ました。


クロード・モネ「睡蓮の池、緑の反映」 展示室風景

ビュールレは、レンブラントやゴッホの贋作を購入し、収集した一部の作品がナチスの略奪品として裁判を受けたほか、先にも触れたように作品が盗難にあうなど、時に苦難な経験もしました。また第二次世界大戦中の武器商人としての経歴も知られています。

ただしいずれにせよ、コレクションは粒ぞろいであることは間違いありません。また日本初公開も少なくなく、新たな気持ちで印象派絵画に見入ることが出来ました。

3月18日の日曜日の午後に出かけてきました。事前に「空いている」と耳にしていましたが、館内は思いの外に賑わっていました。ただしも国立新美術館の展示室は広い上、作品数も70点に満たないからか、絵と絵の間隔は大きく開いていて、スペースには余裕がありました。

【至上の印象派展 ビュールレ・コレクション 巡回スケジュール】
九州国立博物館:5月19日(土)~7月16日(月・祝)
名古屋市美術館:7月28日(土)~9月24日(月・祝)



今のところ、入場に際しての行列などは発生していません。何かと人気の印象派を中心とする展覧会ではありますが、おそらく最終盤のGW期間中を除けば、さほど混雑することはなさそうです。

5月7日まで開催されています。

「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」@buehrle2018) 国立新美術館@NACT_PR
会期:2月14日(水)~5月7日(月)
休館:火曜日。但し5月1日(火)は開館。
時間:10:00~18:00
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *4月28日(土)~5月6日(日)は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
 * ( )内は20名以上の団体料金。
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
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