都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」 国立西洋美術館
「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」
2/24~5/27
国立西洋美術館で開催中の「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」を見てきました。
スペイン王室のコレクションを中核としたマドリードのプラド美術館には、特に17世紀スペインの王、フェルぺ4世の収集した絵画が数多く収められました。
プラド美術館のコレクションが3年ぶりに日本へとやって来ました。作品点数は61点と、必ずしも多いとは言えませんが、2メートルを超えるような絵画も目立ち、会場に余った箇所はありませんでした。
特筆すべきはベラスケスで、国内では過去最多の7点の絵画が展示されていました。振り返れば、2006年のプラド美術館展では5点でした。その数をもってすれば、「これは事件」と銘打つのも、あながち誇張ではないかもしれません。
ディエゴ・ベラスケス「王太子バルタサール・カルロス騎馬像」 1635年頃 マドリード、プラド美術館
チラシ表紙を飾るのも、ベラスケスの1枚、「王太子バルタサール・カルロス騎馬像」でした。フェリペ4世の長男として生まれた、幼きバルタサール・カルロスが、両前脚を振り上げた馬に跨っては、堂々と前を見据える姿を描いていました。王位の継承者として、さぞかし期待されていたのでしょう。フェリペ4世が造営した宮殿の核心部である「諸王国の間」にて、国王夫妻の騎馬像の間に飾られていたそうです。
王子はまだ5歳ながらも、馬の動きに振り回されることなく、さも未来を指し示すべく、指揮棒を高らかに掲げていました。おおよそ2メートルほどの作品でしたが、もっと大きく感じられたのは、下から見上げられることを意識したのか、馬の身体が膨らんでいたからかもしれません。背後には、幾分、素早い筆触により、マドリード郊外のグアダラマ山脈が描かれていました。まさしく前途に輝かしい王子を祝福するかのような一枚でもありますが、実際に王位を継ぐことなく、僅か16歳の若さで亡くなりました。
父、フェルぺ4世を描いた絵画もありました。それがベラスケスの「狩猟服姿のフェリペ4世」で、向かって左に猟犬を従え、右手で長い猟銃を持ち、左手で腰へ手を当てては、やや斜めを向いて立つ王の姿を捉えていました。狩猟は戦いに備えるための鍛錬として重要でもあり、王の統治者としての力量を示すものでもありました。
ここで興味深いのは、一切の華美な装身具などを付けず、それこそ王と言われなければ、王と分からないことでした。もちろん実際は「王のギャラリー」に飾られていたため、当時は、誰が見てもフェリペ4世だと知っていたのかもしれませんが、ここに王も、一人の威厳を持った人物として描いた、ベラスケスの「近代性」(解説より)が指摘されるのかもしれません。
ディエゴ・ベラスケス「マルス」 1638年頃 マドリード、プラド美術館
ベラスケスの「マルス」も、モデルの地位を超えた、人の内面を見据えた作品と言えるかもしれません。兜こそかぶっているものの、脱いだ甲冑を足元に置き、頰杖をした男は、おおよそ戦いの神には見えません。いわゆるマルスの休憩の場面で、作品に対して、いくつかの解釈もなされているそうですが、ぼんやりと遠目を見据え、戦いに疲れ果てた男の心情が滲み出しているかのようでした。
ディエゴ・ベラスケス「東方三博士の礼拝」 1619年 マドリード、プラド美術館
ベラスケスのキャリア初期、まだ宮廷画家になる前の珍しい宗教絵画もやって来ていました。それが20歳の時の「東方三博士の礼拝」で、「泥臭いリアリズム」(解説より)ながらも、人物の着衣の際立った質感や、陰影のはっきりした表現など、キリスト誕生の有名な場面を、巧みに描いていました。なお登場人物にはモデルがいて、マリアは妻であり、手前にひざまずくメルキオールは画家本人だとされているそうです。
フランシスコ・デ・スルバラン「磔刑のキリストと画家」 マドリード、プラド美術館
さてプラド美術館展は、何もベラスケス展ではありません。ベラスケス以外にも見るべき作品がたくさんありました。うち私が最も惹かれたのが、フランシスコ・デ・スルバランで、「磔刑のキリストと画家」では、グレーの暗がりを背景に磔刑に処せられたキリストと、その右でパレットを持って立つ画家の姿を描いていました。画面は静謐ながらも、画家がキリストを見上げながら、祈りの文句を唱える姿は劇的でもあり、一瞬の動きを捉えたようにも見えなくありません。この画家はスルバラン本人とも、守護聖人の聖ルカとも言われています。
なた同じくスルバランの「祝福する救世主」も魅惑的な作品で、世界を表す球体を左手で触れたキリストの姿を示していました。ここでは衣服の質感、そして何よりも手の指先の肉感的な表現が秀でていて、やや虚ろな眼差しを見せるキリストの表情自体からは、何やらアンニュイで、独特な雰囲気も感じられるのではないでしょうか。
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ「小鳥のいる聖家族」 1650年頃 マドリード、プラド美術館
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの「小鳥のいる聖家族」における、微笑ましい情景にも魅せられました。右にヨセフ、左にマリアの見つめる中、小鳥を右手で持って、白い子犬と触れ合うのが幼きキリストで、確かに聖家族を主題としながらも、その長閑な光景は、一般的な家庭の日常を描いたように思えるほどでした。ただしヨセフを壮年の姿にして描くのは、17世紀のスペインに特有の図像で、ヨセフ信仰の高まりを示すとされています。
マリアさまの像が起こした奇跡に、みんなびっくりなのである!カトリック教会の力が強かった、スペインならではの宗教画である。 pic.twitter.com/DU0OZrQW9z
— カルロスくん@プラド美術館展【公式】 (@prado_2018) 2018年1月30日
アロンソ・カーノの「聖ベルナルドゥスと聖母」には驚きました。中央で白い衣服に身を包むのが、12世紀の神学者とされる聖ベルナルドゥスで、ちょうど聖堂の祭壇のマリアの彫像を前に、両手を開いて祈りを捧げていました。手前にももう一人、手を合わせて祈る男の姿もありました。
何に驚いたのかと言えば、マリアの手が自らの乳房を右手で摘み、乳を出しては、かの聖人の口に向けていわば飛ばしていることでした。聖人は上目遣いで、この奇跡に恍惚としているのか、もはや茫洋としているようにさえ見えました。この神秘の授乳の神話も、当時のスペインで好まれ、幾つもの作品が描かれたそうです。実に劇的な場面であり、多くの人々の心を捉えたに違いありません。
もう1点、デニス・ファン・アルスロートの「ブリュッセルのオメガング もしくは鸚鵡の祝祭:職業組合の行列」も、強い印象を与えられる作品でした。縦1メートル30センチ、横幅は3メートル80センチにも及ぶ横長のキャンバスには、ブリュッセルで今も行われているオメガングと呼ばれる祭りの光景が描かれています。これは14世紀に、ザブロン教会に祀られたマリア像の周囲を行列したことを起源とする祭りで、タイトルの「行列」が表すように、ともかく右へ左へと、幾重にも折れながら、ひたすらに歩く人々の姿を見ることが出来ました。また、観客なのか、行列の向こう側の建物の窓も多くの人で埋め尽くされ、そもそも画面全体が人で溢れかえっていました。ここには一体、何名の人物が描かれているのでしょうか。
クロード·ロラン「聖セラピアの埋葬のある風景」 1639年頃 マドリード、プラド美術館
はじめにも触れましたが、国内でのプラド美術館の開催は、何も今年に始まったわけではありません。近年では、「プラド美術館展ースペイン宮廷 美への情熱」(三菱一号館美術館、2015年)、「プラド美術館所蔵 ゴヤー光と影展」(国立西洋美術館、2011年)、さらには「プラド美術館展ースペインの誇り 巨匠たちの殿堂」(東京都美術館、2006年)などが行われてきました。実に5度目の開催でもあります。
ペーテル・パウル・ルーベンス「聖アンナのいる聖家族」 1630年頃 マドリード、プラド美術館
今回はベラスケスを中心とした、17世紀のスペイン宮廷に関する絵画を、「知識」や「神話」、「宮廷」、「風景」など、8つのテーマに沿いながら紹介していました。西洋美術館ニュースの「ゼフュロス」で、川瀬学芸員が断っていたように、ベラスケスの画業の展開を、美術史的解釈のもとに提示するものではありません。
しかしそれでも、例えばスペインでは、対抗宗教改革の観点から、宗教的主題が重要視され、特に聖人、聖女や、信仰心の現れとされた幻視を描いた作品が尊ばれたことを指摘するなど、単に名品を揃えるだけでなく、作品の生まれた背景について踏み込んでいたのも、特徴の1つと言えるのではないでしょうか。実際、キャプションも緻密で、かなり読ませる展覧会でもありました。カタログの解説も、一点一点、充実していました。
会期当初、2週目の日曜日に観覧してきました。お昼過ぎに西洋美術館に着きましたが、入場待ちの待機列もなく、場内も特に混雑せず、どの作品も一番前で鑑賞出来ました。
だだし、何かと高い知名度を誇るプラド美術館のことです。桜の咲く頃、もしくはGW以降は混み合うかもしれません。毎週、金曜と土曜日の夜間開館も狙い目となりそうです。
「もっと知りたいベラスケス/東京美術」
4月23日(月)は「キヤノン・ミュージアム・キャンパス」として、大学生のために「プラド美術館展」が特別に開館します。学生の方は学生証を提示すると無料で入場出来ます。(10時から17時まで)
[プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光 巡回予定]
兵庫県立美術館:2018年6月13日(水)~10月14日(日)
明日開幕。国立西洋美術館『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』。スペイン王室の収集品を核に1819年に開設された、世界屈指の美の殿堂プラド美術館。本展では、同美術館の誇りディエゴ・ベラスケス作品7点を軸に、17世紀絵画の傑作など61点を含む70点を紹介!幅広いコレクションの魅力たっぷり。 pic.twitter.com/0bb32ZfBqW
— ミュージアムカフェ【公式】 (@museumcafe) 2018年2月23日
5月27日まで開催されています。
「日本スペイン外交関係樹立150周年記念 プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」(@prado_2018) 国立西洋美術館
会期:2月24日(土)~5月27日(日)
休館:月曜日。但し3月26日(月)と4月30日(月)は開館。
時間:9:30~17:30
*毎週金・土曜日は20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園7-7
交通:JR線上野駅公園口より徒歩1分。京成線京成上野駅下車徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅より徒歩8分。
「千葉のデザインの本と展示あります」 渋谷ヒカリエ d47 MUSEUM
「千葉のデザインの本と展示あります d design travel CHIBA EXHIBITION」
2/16~4/1
ロングライフデザイン研究家のナガオカケンメイが編集長を務め、全国47都道府県の個性をデザインの観点から選び出し、ガイド本にまとめた「d design travel」は、第23号の「千葉号」が発行されました。
その「千葉号」の発売を記念して行われているのが、「d design travel CHIBA EXHIBITION」で、同号に取り上げられた食品や道具、日用品のほか、デザインにも関した様々な品物を一堂に紹介していました。
まずは「千葉号」の装丁を手がけた、南房総市出身のイラストレーター、安西水丸の表紙からはじまりました。それにおそらく編集部がガイド制作に際した使用した、書籍やバインダーなども並んでいました。また取材中に味わったのでしょうか。千葉県を代表する名産品である落花生が、ジップロックに詰められていました。
「千葉号」の対象領域は、安房、上総、下総の千葉県全域に及んでいました。「d design trave」において千葉県は、移住者によって開拓された歴史を有し、自然や人を寛大に受け入れ、見守る多様性があると定義していました。率直なところ、広大な千葉県を一括りにするのは困難ですが、おおらかさなどは、確かに一つの気質として挙げられるかもしれません。
千葉県には幾つかの美術館も存在します。うち特に知られるのが、佐倉市のDIC川村記念美術館で、ポスターのほか、かつて開催されたロスコ展などのカタログが展示されていました。私も好きな美術館の1つで、ここ数年は、殆どの展覧会を追いかけているような気もします。またお馴染みの広大な庭園も見どころの1つで、四季で愛でる草花も同美術館の魅力と言えるかもしれません。
かつて「いちはらアート×ミックス」の舞台となった、小湊鐵道のブースもありました。市原市の五井駅より、中房総の丘陵地帯を走り、養老渓谷を超え、大多喜町の上総中野駅までの約40キロを結ぶ鉄道で、沿線は過疎化が進むものの、最近では観光客を呼び込むため、一部区間において里山トロッコ列車も運行されています。
レストランやショップ、カフェだけでなく、当地の人に着目して千葉県を紹介しているのも特徴です。その1例が銚子市の外川にある鮨処、「治ろうや」で、店主の鈴木宏昌さんが、銚子ならではの新鮮なネタの寿司や、同地にしかない伊達巻ずしを提供していました。
また千葉県は、各地に酒蔵の点在する酒どころでもあります。その中で興味深いのは、神崎町の寺田本家でした。寺田本家を営むを寺田優さんは、関東随一の自然酒醸造元の24代当主で、近年は味噌や醤油などの多い街の特性を生かし、地域で発酵をテーマとしたイベントも積極的に行ってきました。特にこの3月にも行われる「発酵の里こうざき酒蔵まつり」は人気を集め、今や日本最大級の「酒蔵版クラフトマーケット」として成長しました。
ほかにも鴨川市の老舗旅館、「三水」や、大多喜町にある築200年の古民家宿、「まるがやつ」など、宿泊施設に関するブースもありました。ここでは農業体験などを通し、地域の人々を巻き込んだ取り組みも行っているそうです。
安房、上総地域の展示が目立つ中、都市部で目を引いたのは、松戸市でした。うち1つが「PARADISE AIR」で、市中心部の松戸駅周辺のアーティストレジデンスの取り組みでした。どれほど市民に認知されているかは定かではありませんが、かつての宿場町であり、現在はベットタウンとして知られる松戸を、アートの視点で再活性化させようという試みなのかもしれません。実際、「d design travel」でも、「千葉号」の制作拠点として、編集部が「PARADISE AIR」に滞在していたそうです。
松戸市の創業で、大手ドラックチェーンの1つであるマツモトキヨシについての展示もありました。店内用のカゴや、PB商品のパッケージ、それにポイントカード類などが並んでいて、馴染みの深い地元の方も多いかもしれません。ちなみに同社の創業者である松本清氏は、かつて松戸市長を務めた、地元の有力な政治家でもありました。
白樺派についての展示も目を引きました。手賀沼に面した風光明媚な我孫子市には、柳宗悦らの文人も集まり、一時は民芸運動の拠点とも化しました。今も宗悦居宅跡などが残されている上、白樺文学館が建つなど、往時の様子を偲ぶことも出来ます。私も一昨年、散歩した記憶が蘇りました。(*白樺派ゆかりの我孫子を歩く)
銚子市に創業したヒゲタ醤油の樽の造形美にも見入りました。デザインは何も新しいものばかりではなく、むしろ古い道具類にこそ価値を見出せるのかもしれません。
会場内には、「d design travel」の発売に際し、編集部の取材した物産品を扱うストアもオープンしていました。実は千葉県は、都内に常設のアンテナショップを持っていません。その意味では、都内で、千葉ならではのデザインや土産品に触れる良い機会と言えそうです。
私も一度は長く離れたものの、生まれは千葉県で、成人してからもずっと県内に住み続けて来ました。常に千葉県民という自覚は持っていて、それなりに千葉県に愛着もあります。
ただし、千葉県に深く根ざしているかと問われると、心許ないのも事実でした。実際、生活の半分近くは東京にあると言ってもよく、毎週末となれば、都内へ出かけ、それこそ美術館で展示を見たり、商業施設などに繰り出しています。そもそも県内の移動や生活の範囲も、京葉、東葛飾、せいぜい佐倉、成田程度で、それ以外の地域に出かけることもありません。近年、佐原や銚子に観光へ行きましたが、外房となると、一体、何年前に旅行したのか覚えていないほどです。
「d design travel CHIBA/D&DEARTMENT PROJECT」
この展示に接した上、改めて購入した「千葉号」こと「d design travel CHIBA」を読んでいると、自分自身が千葉県を良く知らないことに気がつきました。
「d design travel CHIBA」の観点を通し、より千葉に関心を持ち、魅力を見出した上で、実際に旅する、一つの切っ掛けとなりそうです。
【千葉号】d編集部の千葉ぐるぐる開催中!スタンプを集めながら、千葉号各所を巡りましょう!https://t.co/Il2Cd9j5Ht
— d design travel (@d_design_travel) 2018年2月27日
入場は無料です。4月1日まで開催されています。
「千葉のデザインの本と展示あります d design travel CHIBA EXHIBITION」(@d_design_travel)渋谷ヒカリエ 8F d47 MUSEUM(@hikarie8)
会期:2月16日(金)~4月1日(日)
時間:11:00~20:00
*最終入館は19:30まで。
料金:無料
住所:渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ8階
交通:東急田園都市線、東京メトロ副都心線渋谷駅15番出口直結。東急東横線、JR線、東京メトロ銀座線、京王井の頭線渋谷駅と2F連絡通路で直結。
東京駅周辺美術館「学生無料ウィーク2018」が開催中です
「学生無料ウィーク」の対象となるのは、出光美術館、三井記念美術館、三菱一号館美術館、東京ステーションギャラリーです。この4館の入館料が、学生に限り、下記期間中、無料となります。
[学生無料ウィーク イベント詳細]
・期間:3月3日(土)~3月18日(日)
*休館日、展示替え休館期間は除きます。
・対象:学生
*各館で学生割引の対象としている方。美術館によって「学生」の定義は異なります。
*詳しくはそれぞれの館にお問い合わせ下さい。
開催期間は3月3日(土)から3月18日(日)までの2週間です。その間、東京駅周辺の4美術館の以下の展覧会が、全て無料で観覧出来ます。
「色絵 Japan CUTE!」 出光美術館
http://idemitsu-museum.or.jp
会期:1月12日(金)~3月25日(日)
時間:10:00~17:00 *毎週金曜日は19時まで。入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日 *但し月曜日が祝日および振替休日の場合は開館。
住所:千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階
「三井家のおひなさま 特集展示:三井家と能」 三井記念美術館
http://www.mitsui-museum.jp
会期:2月10日(土)~4月8日(日)
時間:10:00~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日
住所:中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
「ルドンー秘密の花園」 三菱一号館美術館
http://mimt.jp
会期:2月8日(木)~5月20日(日)
時間:10:00~18:00 *但し祝日・振替休日を除く金曜は21時まで。入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日 *但し祝日・振替休日の場合は開館。
住所:千代田区丸の内2-6-2
「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」 東京ステーションギャラリー
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/
会期:3月3日(土)~5月6日(日)
時間:10:00~18:00 *金曜日は20時まで開館。入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日 *但し祝日の場合は火曜日。
住所:千代田区丸の内1-9-1
4館の学生の通常入館料を合わせると3100円です。(出光美術館700円、三井記念美術館500円、三菱一号館美術館1000円、ステーションギャラリー900円。)これが全て無料です。しかも何度観覧しても観覧料は一切かかりません。
【ルドン―秘密の花園】東京駅周辺美術館連携の学生無料ウィークがはじまりました!3月18日まで、是非ご利用ください。https://t.co/YUdkU3NNAx対象:各館で学生割引の対象となる方。※美術館によって「学生」の定義は異なります。当館はこちらのページをご覧ください→https://t.co/4oQ83psIeC
— 三菱一号館美術館 (@ichigokan_PR) 2018年3月6日
事前登録や申し込みも不要です。受付で学生証を提示すると、特典が受けられます。なおそれぞれの美術館により、無料の対象となる学生の定義が異なります。詳しくは各館までお問い合わせ下さい。
なお「学生無料ウィーク」の会期とは異なりますが、国立西洋美術館で開催中の「プラド美術館展」においても、4月23日(月)は「キヤノン・ミュージアム・キャンパス」として、大学生のために特別に無料で開館します。(10時から17時まで)
「キヤノン・ミュージアム・キャンパス」開催
http://canon.jp/event/art/prado2018/index.html
概要:4月23日(月)は大学生のための「プラド美術館展」無料観覧日。学生証をご提示いただければ、無料で展覧会をご覧いただけるほか、会場内では美術検定1級を取得したアートナビゲーターが作品の魅力をお伝えします。
既に春休みの学生の方も多いのではないでしょうか。これを機に東京駅周辺の美術館にお出かけされることをおすすめします。
[東京駅周辺美術館 学生無料ウィーク]
期間:3月3日(土)~3月18日(日)
*各館開館日のみ開催。休館日は除きます。
参加美術館:出光美術館、三井記念美術館、三菱一号館美術館、東京ステーションギャラリー
対象:学生
*各館で学生割引の対象としている方。美術館によって「学生」の定義は異なります。
*詳しくはそれぞれの館にお問い合わせ下さい。
「寛永の雅」 サントリー美術館
「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」
2/14~4/8
サントリー美術館で開催中の「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」を見てきました。
江戸幕府が確立し、戦乱の世が終わった寛永年間(1624〜44)には、茶人、小堀遠州の茶の湯に代表される、「きれい寂び」と称された文化が花開きました。
そうした寛永文化に着目したが、「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」展で、「みやび」を担った宮廷文化と、新たな美意識を持ち込んだ、遠州、仁清、探幽に関する文物を紹介していました。
\白釉円孔透鉢 その1/側面全体に穴のあいた不思議な鉢、白釉円孔透鉢。モダンな造形がひときわ目を引く、野々村仁清の名品です。穴は工具であけられたようですが、中には貫通せずに丸い跡だけが残るものも。近づいてよーく見てみてください!https://t.co/k1dOJkI884 pic.twitter.com/zL1BCsYqG1
— サントリー美術館 (@sun_SMA) 2018年2月19日
仁清の驚くべきモダンな器が待ち構えていました。それが「白釉円孔透鉢」で、一面のミルク色の小ぶりの鉢の表面には、丸い穴がいくつも空いていました。鉢は円というよりも、僅かに角が立っていて、多面体にも思えなくはありません。また効果的なライティングもあってか、穴の生み出す影も極めて美しく、まさに「現代作品に引けを取らない」(解説より)造形を見て取れました。仁清の見事なセンスが発揮されているのではないでしょうか。
「桐鳳凰図屏風」 狩野探幽 江戸時代・17世紀 サントリー美術館
*全期間展示。「おもしろびじゅつワンダーランド2017」開催時撮影。今回の展覧会では撮影は出来ません。
その向こうに開けたのが、サントリー美術館のコレクションで良く知られた、狩野探幽の「桐鳳凰図屏風」でした。鳳凰が左右に2羽ずつ、互いに視線を合わせるかのように配された作品で、その様子から、夫婦を表していると言われています。鳳凰の姿は軽やかで、水辺に広い空間をとった構図にも、余裕が感じられました。一言で表せば、瀟洒と呼べるかもしれません。
「朝儀図屏風」(部分) 土佐光起 江戸時代・17世紀 茶道資料館
*展示期間:2/14〜3/12
寛永文化の中心は京都にありました。特に文化に造詣の深かった後水尾天皇が、絶えていた儀礼や古典の復興に尽力しました。一方で幕府も、秀忠の娘の東福門院の入内などの政策で、朝廷への関与を深め、経済的な援助を与えました。それが結果的に寛永文化をさらに盛んにさせ、いわゆる文化人たちもサロンを結成し、時に身分を超えた交流をしました。
「東福門院入内図屏風」も見どころの1つかもしれません。右下の二条城から左上の御所へと至る行列の様子を描いていて、人物や調度品の細かな描写のほか、群衆らの生き生きした表現など、どの場面を切り取っても弛緩がありませんでした。一体、何名の人物が描かれているのでしょうか。
「源氏物語絵巻」(部分) 住吉具慶 江戸時代・17世紀 MIHO MUSEUM
*展示期間:3/14~4/8
宮廷で特に重要視されたのは和歌で、後水尾天皇も、積極的に和歌をはじめとした古典文学の研究を進めました。当時の歌壇は平明な趣向が求められ、和歌そのものだけでなく、歌仙絵や物語絵にも反映されました。その穏和な作風は、住吉派による伊勢や源氏物語絵巻に見られるかもしれません。
遠州関連にも見逃せない作品が少なくありません。ここで印象に深いのは、光悦の「膳所光悦茶碗」や「ひずみ高麗茶碗」、それに「小井戸茶碗 銘 六地蔵」などで、特にやや小振りで、枇杷色に染まる「小井戸茶碗」は、実に渋みがあり、まさに寛永を象徴し得るような「侘び」を感じることが出来ました。
「色絵花輪違文茶碗」 野々村仁清 江戸時代・17世紀 サントリー美術館
*全期間展示
仁清も右へ左へと優品揃いでした。中でも代表的なのが、「色絵花輪違文茶碗」で、花輪の文様を金彩で包み込み、まさに色絵の仁清ともいうべき優美な意匠を見せていました。
一方で初期の仁清は、かなり落ち着いた作風を見せていて、遠州的な「きれい寂び」を思わせる茶碗も少なくありません。その理由に挙げられるのが、飛騨に生まれ、京都に活動した茶人、金森宗和の存在でした。宗和は仁清が御室窯を開いた際、指導的な立場にあり、おそらく寛文期の京都で好まれた作風を仁清に教えたと考えられています。それゆえの「きれい寂び」なのでしょうか。実のところ、仁清で知られる煌びやかな色絵は、宗和の指導を離れ、江戸や地方の大名の好みによって制作されたものが多いそうです。仁清の作風の変化を知ることも出来ました。
重要文化財「名古屋城上洛殿上段之間襖絵 帝鑑図『高士渡橋』」 狩野探幽 寛永11(1634)年 名古屋城総合事務所
*展示期間:2/14〜3/12
ラストは探幽でした。「三十六詩仙額」(部分)や「瀟湘八景絵巻」、そして「若衆観楓図」のほか、「富士山図」、「源氏物語 賢木・澪標図屏風」など、一定数、まとまって作品が展示されていました。端的に「余白と淡彩を特徴」(解説より)される探幽ですが、特に中国絵画や大和絵風の描法を取り入れるなど、必ずしも一言で作風を括れません。注文主の要請にも応じたのか、幅広い作品を生み出した、探幽の器用な技に見入るものがありました。
「きれい」、「みやび」とも呼ばれる寛永文化に、もう1つ言葉を付け加えるとしたら、「しぶい」かもしれません。一見、目立たない作品であっても、しばらく眺めていると、まさに滋味のある深い味わいが滲み出してきました。お気に入りの作品を見つけるのに、さほど時間はかかりませんでした。
「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」(展示替リスト)
桃山文化と元禄文化の間に挟まれた寛永文化の魅力を、いくつかの視点を交えながら、丹念に掘り起こした展覧会ではなかったでしょうか。計3度の展示替えこそあるものの、作品も粒ぞろいで、見応えも十分でした。
4月8日まで開催されています。おすすめします。
「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」 サントリー美術館(@sun_SMA)
会期:2月14日(水)~4月8日(日)
休館:火曜日。
*4月13日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1300円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
*アクセスクーポン、及び携帯割(携帯/スマホサイトの割引券提示)あり。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分。
「en[縁]:アート・オブ・ネクサスー第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展」 TOTOギャラリー・間
「en[縁]:アート・オブ・ネクサスー第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展」
1/24~3/18
2016年の第15回「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」の日本館を再構成した展示が、乃木坂のTOTOギャラリー・間で開催されています。
同ビエンナーレの日本館では、「モダニズムを通して失ってきた社会の様々な結びつき」(解説より)を、いわば日本的な「縁」という概念で再検討し、価値観を捉え直す試みが行われました。そして「人の縁」、「モノの縁」、「地域の縁」といった3つのテーマの元、12名の建築家が紹介されました。結果的に、現代の空き家や高齢化といった課題に対しての解答を提示したことが評価され、特別表彰を受賞しました。
帰国展に際しては、日本館で表現された日本の都市の「散らかった状況」や「密度感」(ともに解説より)のある展示物を残しながら、各建築家が、ビエンナーレを経験し、今後、いかに活動へ結びつけていくかについても見ていく工夫がなされたそうです。
「散らかった状況」は、実際に足を踏み入れた際に感じられるかもしれません。会場内へ所狭しと並ぶのは、主に住宅建築の模型で、中には多くの家具が並び、本も積まれ、たくさんの衣服や日用品が雑然と置かれる姿を再現しているなど、生活感の滲み出したものも少なくありませんでした。
「専用住宅は個人の生活を分割し、プライバシーを偏重した」(キャプションより)とする仲建築設計スタジオは、「食堂付きアパート」において、5つの住宅、食堂、それにシェアオフィスを立体路地でつなげることで、人々に内発的な関わりが生まれるように志向しました。住まいと働くことが繋がることを意識したそうです。
成瀬・猪熊建築設計事務所による「LT城西」は、新築によるシェアハウスで、2間のグリッドに13の個室を配し、建物自体の高さも2.5層にすることで、凹凸のある立体的な空間を作り出しました。
大人数で集まるのに適した部分と、一人でも過ごすことの出来るスペースが混在し、住人たちは、気軽に共用部を利用出来るように工夫されています。人同士の距離感にも一定の配慮がなされているかもしれません。
西田司+中川エリカの「ヨコハマアパートメント」は、地上階をリビング、ないし共用空間とした共同住宅でした。1階部分に広い共用空間があり、2階には4つのワンルームが繋がっていて、全て別々の階段でつながっていました。共用部分は外にも開けた半ラウンジ広場と化していて、近所の人々が遊びに来たり、イベントを開催することもあるそうです。
オープンスペースを住宅へ取り込んだ形に近いのでしょうか。確かに通常の住宅ではあり得ない、新たな「縁」を生み出す建築と言えるかもしれません。
常山未央の「不動前ハウス」は、核家族用の住宅と倉庫を、7人の共同生活のためにリノベーションしたシェアハウスでした。倉庫だった1階をリビングにし、扉を開放した上で、路地と地続きにしました。さらに個室のある2階は、周囲の廊下が縁側のようになっていることから、採光が確保出来る上、生活が外へと滲み出す効果をもたらしているそうです。こうした内と外との曖昧な関係も、人の「縁」を築く上において、重要な要素かもしれません。
素材を変えては、既存の建築に新たな感覚をもたらそうとする試みも見られました。その1つが増田信吾+大坪克亘による「躯体の窓」で、元々あった企業の研究所を、週末住宅兼ハウススタジオにコンバージョンした建物でした。その際、躯体だけを残し、ファサードと壁もバルコニーも撤去し、代わりに巨大なサッシを建物にはめ込みました。いわば全面が窓と化していました。
「マテリアルの流動」を建築に位置付けようとするのが、403architecture [dajiba]でした。一例が「渥美の床」で、天井の野縁、すなわち天井板を張るために、小屋梁などからつるした細長い横木を、カットして床に敷き詰めました。また「富塚の天井」では、農業用ネットを天井材に転用しました。素材の本来的な用途にとらわれない試みが目を引くのではないでしょうか。これぞモノと建築の新たな「縁」と言えるのかもしれません。
ほか瀬戸内海の小豆島を舞台に、地域の人々と交流するためのハードとソフトを同時に提案した、ドットアーキテクツの取り組みも興味深いものがありました。人、モノを超えて、「縁」は地域へと広がっていました。
ポスト「成長の世紀」探る建築、日本の若手ら国際賞:NIKKEI STYLE https://t.co/hiurfB0Jc4 2016年の記事ですが、今、ギャラリー・間で開催中の展示を見る際の参考になりそう。
— はろるど (@harold_1234) 2018年3月5日
ビエンナーレでキュレーターを務めた東京理科大学の山名善之氏は、上記リンク先のインタビューにて「壁と壁の間に住むという、コルビュジエによる集合住宅の代表作『ユニテ・ダビタシオン』のような生活は、そろそろ止めたほうがいいのだと思います。」と語っています。
色々と議論はあるかもしれませんが、建築の試みを通して、日常の生活を見直す一つの契機となり得る展覧会と言えるかもしれません。
3月18日まで開催されています。
「en[縁]:アート・オブ・ネクサスー第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展」 TOTOギャラリー・間
会期:1月24日(水)~ 3月18日(日)
休館:月曜日。祝日 ただし2月11日(日・祝)は開館。
時間:11:00~18:00
料金:無料。
住所:港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅3番出口徒歩1分。都営大江戸線・東京メトロ日比谷線六本木駅7番出口徒歩6分。
「木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険」 泉屋博古館分館
「生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険」
2/24~4/8
泉屋博古館分館で開催中の「生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険」のブロガー内覧会に参加して来ました。
明治から昭和にかけての京都で活動し、「狸の櫻谷」と呼ばれるほど、動物画でも人気のあった、木島櫻谷の展覧会が、泉屋博古館分館ではじまりました。
会期はPart1とPart2の2期に分かれていて、各会期毎に全ての作品が入れ替わり、1つとして同じ作品は展示されません。現在は、前期に当たるPart1が行われていて、主に櫻谷の描いた動物画が展示されていました。
1877年、木島櫻谷は、狩野派の絵師の弟子にも汲む、木島周吉の次男に生まれました。木島家周辺には多くの画家が出入りし、櫻谷にも幼い頃から絵が好きで、早くも10代の頃には画家を志しました。そして16歳の時に、京都画壇の重鎮でもあった今尾景年の元に弟子入りしました。
20代の櫻谷は、写生に勤しむ中、大作も描き、京都で一目を置かれる存在となりました。動物画においても、一に写生を重視し、円山・四条派の技を駆使しながら、次々と作品を生み出しました。
木島櫻谷「野猪図」 明治33(1900)年
冒頭を飾るのが、24歳の時の「野猪図」で、右から枯野を横切らんとばかりに進む猪を描きました。よく見ると、猪の後脚の近くには、小さな鳥が舞っていて、まるで猪の勢いに驚いたように慌てて飛び立っていました。枯野の草木や蔦の描写は流麗で、猪の毛並みも細かく、早くも櫻谷の高い画力を伺い知れるものがありました。実際、当時の第6回新古美術品展で、二等を獲得したそうです。
木島櫻谷「猛鷲図」 明治36(1903)年 株式会社千總
「猛鷲図」も力作ではないでしょうか。内国勧業博覧会のために描いたタペストリーの原画で、右上から光の差し込む空間の中、木の上で飛び立とうとする大きな鷲の姿を捉えていました。背後から覗き込むような構図も劇的で、羽毛にも質感に秀でていて、強い風が吹いているのか、木の葉も舞い、鷲を取り巻く空気の存在を感じることも出来ました。タペストリーも金賞を受賞し、天皇のお買い上げの栄誉を受けたそうです。若き櫻谷の出世作と言えるかもしれません。
木島櫻谷「初夏・晩秋」 明治36(1903)年 京都府(京都文化博物館管理)
獰猛な鷲とは一転して、可愛らしい鹿の群れを表したのが、「初夏・晩秋」と題した屏風絵でした。右隻が初夏で、鹿は夏毛に短い角の姿をしていて、中には座り込み、足を休めているものもいました。一方の左隻が「晩秋」で、角も伸び、冬毛に変わった鹿を描いていました。右隻、左隻とも、鹿は皆、別々の方を向いていて、その視線が空間に広がりを与えていました。鹿の毛は、思いの外に素早い筆触であり、絵具の濃淡にて身体の量感を表していました。白い菊や桔梗の花も、画面のアクセントとなっていました。
木島櫻谷「熊鷲図屏風」 明治時代
若き櫻谷の1つの到達点とも呼ばれているのが、左右で熊と鷲の対峙した「熊鷲図屏風」でした。熊は雪原の上に、遠くを見やるかのように立ち、僅かに潤んだ瞳などからは、知性を宿しているように見えなくはありません。鷲も熊と同様に、前を見据えていて、鋭い爪を松の枝に立て、羽を休めていました。一見、放埓にも映る筆触も、一部は繊細で、特に熊の頭部などは、かなり細い筆で毛並みを表していました。どことなく動物から気品を感じられるのも、櫻谷画の特徴の1つかもしれません。
30代に入ると、櫻谷は東京画壇の影響も受け、色彩を取り込むなど、一部で装飾性を帯びた作品も描きました。中でも今回、特に重要なのが「かりくら」で、薄野の中を上下に馬を走らせる3名の武者を描きました。武者の着衣など、色彩に溢れていて、なおかつ馬の駆ける姿には、躍動感もありました。
木島櫻谷「かりくら」 明治43(1910)年 櫻谷文庫
この「かりくら」が、意外にも東京で新出の作品でした。とするのも、制作当時、第4回文展の発表の翌年から、行方不明となり、100年以上、足跡が途絶えていたからです。今から4年前、櫻谷の旧居に当たる櫻谷文庫の片隅から発見されました。
しかし状態は劣悪で、表装もなく、シミや虫による損傷、さらに絵具などが剥落していたそうです。そのため、約2年をかけて補修し、昨年の京都の櫻谷展で公開されました。東京へ来るのは初めてのことです。
あくまでも主人公は武者であるかもしれませんが、ともかく目立つのは、美しく、軽やかに靡いた鬣を見せる馬の姿で、その意味では動物画の範疇に入るかもしれません。
櫻谷で最も有名な「寒月」も東京へやって来ました。36歳の時の作品で、下弦の月がかかる雪夜の竹林の中、一頭の狐が足跡を雪の上に残しながら、とぼとぼと歩いて来る様子を表しています。一見、モノクロームに見えながら、実は竹や木の幹には青や茶色も混じっていて、白い雪の効果もあってか、仄かな月明かりが全体に満ちているように思えなくもありません。また構図も優れていて、竹林は左右のみならず、奥へと向かい、実に深淵なる空間が広がっていました。
木島櫻谷「寒月」 大正元(1912)年 京都市美術館
櫻谷は「寒い悲しい雪の夜の淋しみを狐によって表したい。」と語っていたそうですが、上目遣いで、やや警戒しながら進む狐の姿からは、確かに一抹の寂寞感も感じられるかもしれません。
第6回文展出品の際、当時、批評活動を展開していた夏目漱石が、「不愉快」と評したエピソードでも知られていますが、結果的に櫻谷は、本作で3度目の日本画最高賞を受賞しました。
40代後半を過ぎると、櫻谷は画壇より離れ距、京都市北西部の衣笠の自邸で、書画の制作に時間を費やしました。ほぼ隠棲に近い生活だったそうです。動物画においても、主に身近な小動物を見据え、より情感に豊かな作品を生み出しました。
右:木島櫻谷「菜園に猫」 大正〜昭和時代・20世紀
左:木島櫻谷「獅子」 昭和時代・20世紀 櫻谷文庫
その一例が「菜園に猫」で、糸瓜の実のなる菜園にて、伏してくつろぐ、ぶち猫の姿を描きました。この白地のぶち猫は、大正期以降、繰り返し登場するため、櫻谷邸の飼い猫とも指摘されています。
左:木島櫻谷「葡萄栗鼠」 大正時代・20世紀
「葡萄栗鼠」も可愛らしい作品でした。たわわに緑色の実をつけた葡萄棚の中、ただ1匹の栗鼠のみが、何やら目を細め、満足げな表情で爪の手入れをしていました。葡萄、栗鼠ともに子孫繁栄の象徴であり、いわゆる吉祥の主題を意味していますが、櫻谷の手にかかると、とても日常的でかつ牧歌的な風景を表したようにしか見えません。
木島櫻谷「月下遊狸」 大正7(1918)年 泉屋博古館分館
得意の狸では「月下遊狸」が魅惑的でした。上空には大きな上弦の月が浮かび、その下に残菊の交じる秋の野を、一頭の狸が歩んでいました。狸のふさふさとした毛の質感が絶品で、夜霧に霞むような秋草は、もはや幻想的ですらありました。櫻谷の住んだ衣笠界隈は、狸がしばしば出没したと言われています。とすれば、よく目にした光景を、小品へ落とし込んだのかもしれません。
木島櫻谷「鹿の母子」 大正〜昭和時代・20世紀 櫻谷文庫
「鹿の母子」ほど微笑ましい動物画はないかもしれません。秋の野原で寛ぐ鹿の親子は、目を細め、もはや笑うような仕草を見せていました。櫻谷の描く動物には生気があり、何より時に人懐っこいほどに表情があります。ほかにも「獅子」における、ライオンの哀愁を帯びた目線などは、櫻谷画の真骨頂かもしれません。
木島櫻谷「写生帖・縮模帖」 明治時代・19〜20世紀 櫻谷文庫
櫻谷は写生に明け暮れた画家でもありました。実際に10代から30代の間、おおよそ600冊もの写生帳類が残され、その多くに動物が登場していました。それは写生会であり、動物園であり、はたまた自邸の暮らしの中で描かれたものでした。
「京都市立紀念動物園優待券」 大正11(1928)年 櫻谷文庫
中でも動物園に熱心に通ったのか、大正11年の京都市動物園の優待券、すなわちパスポートも残されています。櫻谷は動物を見据え、描き、さらに絵画へ生命を注ぎ込んだ画家でもありました。
最後に改めて展覧会の情報です。会期は2期制、主に櫻谷の動物画を紹介するPart1「近代動物画の冒険」は、4月8日まで開催されます。その後、Part2として、櫻谷が注文を受けて制作した「四季連作屏風」のほか、同時代の花鳥画の屏風を公開する「四季連作屏風+近代花鳥図屏風尽し」が、4月14日からはじまります。展示作品は全て異なります。
【生誕140年記念特別展 木島櫻谷】泉屋博古館分館
「PartⅠ 近代動物画の冒険」:2月24日(土)~4月8日(日)
「PartⅡ 「四季連作屏風+近代花鳥図屏風尽し:4月14日(土)~5月6日(日)
またPart1でも、会期途中、3月20日に一部の作品が入れ替わります。全てを見るには足繁く通う必要がありそうです。
「木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険」会場風景
4年前の泉屋博古館分館、そして昨年の京都の泉屋博古館、さらに巡回である今回の東京展と、ここ数年、櫻谷に関する展覧会が続いて来ました。その都度、注目を集めてきました。いよいよ櫻谷ブーム到来となるのでしょうか。
【NHK Eテレ日曜美術館再放送のご案内 3月11日朝9時です】
— 櫻谷文庫 (@oukokubunko) 2018年3月3日
3月11日朝9時から「漱石先生 この絵はお嫌いですか ~孤高の画家 木島櫻谷」... https://t.co/CQkhntsQNY
4月8日まで開催されています。まずはおすすめします。
「生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険」 泉屋博古館分館
会期:2月24日(土)~4月8日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
料金:一般800(640)円、学生600(480)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体。
住所:港区六本木1-5-1
交通:東京メトロ南北線六本木一丁目駅北改札1-2出口より直通エスカレーターにて徒歩5分。
注)写真はブロガー内覧会の際に主催者の許可を得て撮影しました。
2018年3月に見たい展覧会
2月に見た展覧会では、まず川越市立美術館の「生誕130年 小村雪岱展」が一番印象に残りました。得意のモノクロームの挿絵を表紙にしたカタログの出来も良く、今も時折見返しては、展覧会の記憶を反芻することも少なくありません。
短い会期でしたが、大林財団による都市をテーマとした「会田誠『GROUND NO PLAN』展」も、刺激の多い展覧会でした。また5月13日までの会期延長も決まった東京国立博物館の「アラビアの道」も、なかなか身近とは言い難いサウジアラビアの歴史を、貴重な文物で辿ることが出来ました。さらにまだ感想にまとめられていませんが、三菱一号館美術館の「ルドンー秘密の花園」も、内容、構成ともに充実していたと思います。単に「グラン・ブーケ」に連なる作品を集めただけでなく、そもそもルドンは何故に連作を描いたのかについて、細かく検証していました。
葛井寺の国宝、「千手観音菩薩坐像」の公開がはじまった、東京国立博物館の「仁和寺と御室派のみほとけ」展が混雑しています。平日、休日を問わず、昼間の時間を中心に30〜40分程度の入場待ちの列が発生しています。そのためか、金曜、土曜に加え、3月4日(日)、3月6日(火)、3月7日(水)の3日間も、21時までの夜間開館が決まりました。狙い目となりそうです。
泉屋博古館分館の「木島櫻谷展」も、スペースに制約こそあるものの、新出の作品もあり、期待通りの良い展覧会でした。近々、感想をまとめるつもりです。
それでは3月中に見たい展覧会をリストアップしてみました。
展覧会
・「ヘレンド展ー皇妃エリザベートが愛したハンガリーの名窯」 パナソニック汐留ミュージアム(~3/21)
・「谷川俊太郎展」 東京オペラシティ アートギャラリー(~3/25)
・「FACE展2018 損保ジャパン日本興亜美術賞展」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館(~3/30)
・「VOCA展2018 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち」 上野の森美術館(3/15~3/30)
・「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」 練馬区立美術館(~4/15)
・「東京⇆沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村」 板橋区立美術館(~4/15)
・「猪熊弦一郎展 猫たち」 Bunkamura ザ・ミュージアム(3/20~4/18)
・「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」 東京ステーションギャラリー(3/3~5/6)
・「『光画』と新興写真 モダニズムの日本」 東京都写真美術館(3/6~5/6)
・「桜 さくら SAKURA 2018ー美術館でお花見!」 山種美術館(3/10〜5/6)
・「春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜」 府中市美術館(3/10~5/6)
・「東西美人画の名作『序の舞』への系譜」 東京藝術大学大学美術館(3/31~5/6)
・「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 国立新美術館(~5/7)
・「いわさきちひろ生誕100年『Life展』 まなざしのゆくえ 大巻伸嗣」 ちひろ美術館・東京(~5/12)
・「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」 国立西洋美術館(~5/27)
・「写真都市展ーウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち」 21_21 DESIGN SIGHT(~6/10)
・「人体ー神秘への挑戦」 国立科学博物館(3/13~6/17)
・「ヌード NUDE 英国テート・コレクションより」 横浜美術館(3/24~6/24)
ギャラリー
・「鏡と穴ー彫刻と写真の界面 vol.7 野村在」 ギャラリーαM(~3/24)
・「クサナギシンペイ どこへでもこの世の外なら」 タカ・イシイギャラリー東京(~3/17)
・「ポーラ ミュージアム アネックス展2018」 ポーラ・ミュージアム・アネックス(~3/18)
・「若松光一郎展ー大地の歌」 加島美術(3/20〜4/8)
・「ボスコ・ソディ展」 SCAI THE BATHHOUSE(3/9〜4/21)
・「BRIDGEー大野美代子の人と人、街と町を繋ぐデザイン」 ギャラリーA4(3/9〜4/25)
・「ニッポン貝人列伝ー時代をつくった貝コレクション」 リクシルギャラリー(3/8~5/26)
まず今月に注目したいのは横浜美術館です。「ヌード NUDE 英国テート・コレクションより」がはじまります。
「ヌード NUDE 英国テート・コレクションより」@横浜美術館(3/24~6/24)
【作品紹介】ホームページの作品紹介はご覧になりましたか?8つの章と、主な作品を紹介しています。 #nude2018https://t.co/jBLPVAc8Km
— 「ヌード」展2018@横美 (@nude2018) 2018年1月28日
西洋美術におけるヌード表現の歴史を、主に近現代に焦点を当て、紐解こうとする展覧会で、ロンドンのテートギャラリーよりコレクションがやって来ます。出展はヴィクトリア朝の神話、歴史画より、現代の身体表現までの約130点で、ジャンルも絵画、彫刻、版画、写真と多様です。日本初公開のロダンの「接吻」など、貴重な作品も見られるのではないでしょうか。2016年のオーストラリアにはじまり、韓国、ニュージーランドを経る、国際巡回展でもあります。
山種美術館の人気企画が、2012年以来、実に6年ぶりに帰ってきました。
「桜 さくら SAKURA 2018ー美術館でお花見!」@山種美術館(3/10〜5/6)
【休館のお知らせ】山種美術館は2/26(月)~3/9(金)まで館内メンテナンスと展示替えのため休館とさせていただきます。次回は3/10(土)から桜さくらSAKURA2018―美術館でお花見!―です。お楽しみに!https://t.co/95fHkrIB15 pic.twitter.com/Q4t6oqQXUy
— 山種美術館 (@yamatanemuseum) 2018年2月26日
「桜・さくら・SAKURA」展は、お花見の時期に因み、桜を描いた日本画を紹介する展覧会で、山種コレクションより約60点の作品が出展されます。まさに日本画で楽しむお花見です。館内は桜一色に染まるかもしれません。
春の恒例の江戸絵画まつりです。府中市美術館で「春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜」が開催されます。
「春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜」@府中市美術館(3/10~5/6)
今年のテーマは「リアル」。しかしながら一見、相反するような「最大の奇抜」ともあります。展示では、何かと近代の先駆けとみなされることも多い「江戸のリアル」を、あえて疑いつつ、作品に向き合おうとうするそうです。どのような内容になるのでしょうか。
【イベント情報】 春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜 https://t.co/sSKAQ9yrxp pic.twitter.com/3NfIyhIbId
— JDN (@JDN_info) 2018年2月21日
同展は毎年、知られざるマニアックな絵師の作品が出展されたり、個人所蔵の珍しい作品が出ることも少なくありません。また4月初旬には、大規模な展示替えも予定されています。まずは早々に出かけたいと思います。
昨年に引き続き、学生のみなさんに嬉しいお知らせです。東京駅周辺の4美術館に無料で入館できる「学生無料ウィーク」がはじまりました。
【東京駅周辺美術館学生無料ウィーク】
期間:2018年3月3日(土)〜3月18日(日) *休館日は除きます。
対象:学生 *各館で学生割引の対象としている方。
参加館および期間中の展覧会:
・出光美術館「色絵 Japan CUTE!」
・三井記念美術館「三井家のおひなさま 特集展示三井家と能」
・三菱一号館美術館「ルドンー秘密の花園」
・東京ステーションギャラリー「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」
3/3(土)-18(日)東京駅周辺の4つの美術館で「学生無料ウィーク」開催。学生なら無料で何度でも入館OK。幻想的な内面世界に着目したルドン、江戸時代に花開いた色鮮やかなやきもの、隈研吾氏の建築などが楽しめます→https://t.co/rNG2iXqaJ1 pic.twitter.com/i9ofRSmzcN
— イベントチェッカー製作委員会 (@event_checker) 2018年2月21日
開催期間は3月3日(土)から3月18日(日)の2週間です。学生であれば、会期中、東京駅周辺の出光美術館、三井記念美術館、三菱一号館美術館、東京ステーションギャラリーの4美術館の展覧会を、何度でも無料で入場できます。
とてもお得なイベントです。学生の皆さん、これを機会に美術館へと足を運んでみては如何でしょうか。
それでは今月も宜しくお願いします。
「早春の川越を歩く」 後編:山崎美術館・旧山崎家別邸
「早春の川越を歩く」 前編:川越城本丸御殿・一番街(はろるど)
蔵の街の大変な賑わいの中、右へ左へと店を渡り歩いていると、殆ど偶然に「美術館」と記された古びた看板を見つけました。間口は、蔵造りの建物を囲む塀の間にぽっかり開いていて、まるで人気がありません。あまりにもひっそりとしていたため、思わず通り過ぎてしまいそうになるほどでした。
それが山崎美術館で、川越の老舗和菓子店の亀屋の4代目であり、明治以降は第八十五国立銀行を設立するなど、経済界でも幅広く活動した、山崎豊の日本画コレクションを公開する施設でした。美術館自体は、山崎豊の生誕150年を記念し、昭和57年に開館しました。
門を潜ると、薄暗く、ひんやりとして、右手には蔵の扉が開いていました。受付は無人でしたが、ベルを鳴らすと、係の方が出て来て下さいました。中は静まり返っていて、実際にほかの観覧客は一人もいませんでした。
展示は基本的に二本立てで、1つは菓子を作る際の型であり、もう1つは近代日本画でした。一部は、土蔵自体が展示室と化していて、内部を見学することも出来ました。一方で日本画は、ガラスケース越しでの鑑賞でした。スペースは一室で、正面に橋本雅邦の大作屏風が広がり、ほかは10点ほどの掛け軸の作品が並んでいました。さほど量の多い展示ではありません。
この橋本雅邦と関わりがあるのが山崎豊でした。というのも、そもそも雅邦は川越藩のお抱え絵師として生まれた郷里の画家で、実際に若い頃は川越に住み、多くの作品を描いていました。その後、雅邦は東京美術学校の日本画の主任教授となり、日本美術院の創立に参加しては、後進の指導に当たるなど、日本画の発展に尽力しました。
こうした雅邦の活動に対し、川越では、川越画宝会なる組織が結成され、愛好家らが参集しては、雅邦作品の頒布を請けました。のちに会は東京へと場を移し、さらに拡大していきますが、山口豊も同会の幹事として積極的に参加しました。結果的に山口豊は、雅邦から譲り受けた作品を大切に保管し、子孫へと伝承させました。そののち、コレクションは美術館へと移管され、一般に公開されるに至りました。
一通り、作品を鑑賞すると、係の方が和菓子を勧めて下さいました。実は山崎美術館では入館者に和菓子のサービスがあり、お茶とともにいただくことが出来ます。追加の料金は一切ありません。半屋外のスペースのため、一番街の喧騒が、時折、耳に飛び込んで来ましたが、一転して静まり返った館内で味わう和菓子は、また格別のものがありました。川越の隠れた休憩スポットと言えるかもしれません。
美術館を出たのちは、同じく山崎家の5代目に当たる、山崎嘉七が隠居所として建てた旧山崎家別邸へと向かいました。美術館からも歩いて数分と、さほど距離はありません。
旧山崎家別邸は、和洋折衷の住宅で、大正14年、建築家の保岡勝也によって建てられました。管理棟を抜けると、車待ち、母屋、庭園、茶室があり、うち母屋の一階を見学することが出来ました。また庭園も中に入ることは叶いませんが、外周路から望むことが可能でした。敷地面積は2270平方メートルと広大です。洋館と和館で構成された母屋の木造は2階建てで、川越を訪れた皇族も宿泊するなど、同地の迎賓館的施設としても利用されてきました。
玄関は洋館に位置していましたが、通常は閉ざされているため、和館の内玄関より中へと入りました。
純和風の数寄屋造りで、廊下の正面に客間と居間が並び、その向こうに広縁があり、庭を望めました。客間の柱は吉野杉で、床の間の床柱に北山杉を用いるなど、建材にもこだわりが感じられました。壁紙は、当時のものがそのまま残されていました。
客間へは障子越しに、明るい日差しが降り注いでいました。窓の外が主庭で、左手に茶室を望めました。
和館で特に印象に深いのは、建物東南にあるサンルームでした。格子のガラス張りのため、戸外の景色が際立って見えました。この日はかなり冷えていましたが、日差しの効果なのか、心なしか暖かく感じました。
洋館には玄関と客室、食堂、それに蔵があり、蔵以外は見学出来ました。また2階には寝室や書斎があるそうですが、非公開のため、見ることは叶いません。
玄関横には2階へ続く階段があり、踊り場付近に、大きなステンドグラスがはめ込まれていました。これは小川三知の「泰山木とブルージェ」なる作品で、鳥や草花を、アール・ヌーヴォー風にデザインしていました。
ソファの並ぶ洋館の客室は、建物内部で最も重厚感があり、窓には階段と同じく、ステンドグラスの装飾が施されていました。窓は上下窓で、天井は格子を組んだ形となっていて、和風的なデザインも盛り込まれていました。実際にも洋館の中で特に重要な部屋で、当時は応接室として使われていたと考えられています。
客室に続くのが食堂で、6人がけのダイニングテーブルが置かれていました。テーブルの大きさからすると、やや手狭なスペースにも思えますが、ここで食事を楽しんだのかもしれません。
庭園は枯山水の方式で、築山もあり、灯篭や手水鉢、そして茶室も備えていました。建物と庭を設計した保岡勝也は、自ら「茶室と茶庭」を出版するほど、茶の湯に深い造詣がありました。また当初の庭は、芝生や温室、また児童遊戯場もあり、家族本位の実用性も兼ね備えていました。現在は、国の登録記念物名勝地に指定されています。
旧山崎家別邸を見終えたのちは、再び一番街から、大正浪漫通りを歩き、川越熊野神社へとお詣りしました。石畳の通りの脇に小石を敷き詰めた「足踏み健康ロード」でも知られていて、開運や縁結びの神さまとして信仰を集めています。そして本川越駅より西武線に乗り、自宅へと帰りました。
話は前後しますが、散策の途中、急な雨に見舞われたため、たまたま居合わせた札の辻の近くの「Banon」で、雨宿りをしました。古い民家を改装したカフェで、アンティーク家具や雑貨、玩具類が所狭しと並ぶ空間は、妙に居心地も良く、一番街付近の賑わいとも無縁で、静かな時間を過ごせました。写真を取り損ねましたが、コーヒーや手作りのケーキも美味でした。
半日弱の行程のため、廻りきれない部分はありましたが、小村雪岱を切っ掛けにした、早春の川越を楽しむことが出来ました。
「山崎美術館」
休館:木曜日(但し祝祭日の場合は開館)。年末年始(12月27日~1月2日)。展示替期間。
時間:9:00~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般500(400)円、大学・高校生350(250)円、中学・小学生200(150)円。
*( )内は10名以上の団体料金。
住所:埼玉県川越市仲町4-13
交通:JR線・東武東上線川越駅下車徒歩20分。または市内バス仲町下車。
「旧山崎家別邸」
休館:第1、3水曜日(但し休日の場合、翌日が休館。)。年末年始(12月29日から1月1日)。臨時休館日。
時間:9:30~18:30(4月~9月)、9:30~17:30(10月~3月
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般100(80)円、大学・高校生50(40)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:埼玉県川越市仲町4-13
交通:西武新宿線本川越駅より徒歩15分。JR線・東武東上線川越駅より徒歩25分。本川越駅、川越駅から東武バス「蔵のまち経由」に乗車し「仲町」下車。徒歩5分。
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