宮島桟橋前広場から厳島神社方面に向かって商店街の手前で宮尾城跡への石段脇にある皇太子殿下行啓記念碑で良く見ないと自然石と見間違える。この場所は元連絡船乗場の正面であった。
皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)は、大正15年(1926)5月岡山、広島、山口三県を行啓、27日午後2時14分に呉軍港から御召艦の軍艦長門で宮島沖に着き厳島神社を参詣された。参詣後に帰艦して軽装にて弥山に登山し御山神社に参詣され、山頂から展望後午後6時48分に帰艦された。分単位の行啓日程表には弥山登山は記されていないのである。当日は御召艦長門に宿泊され翌日宮島駅から御召列車で岩国駅に向かわれた。