中川恵一、養老孟司、和田秀樹著「命と向き合う - 老いと日本人とがんの壁 - 」2007年1月小学館発行を読んだ。
中川氏は放射線によるがんの緩和医療の専門家、和田氏は精神科医、養老氏は解剖学者。
内容は、3者各々の文(中川氏:日本人とがんの壁、養老氏:日本人の死生観、和田氏:日本人と老い)と、中川氏*養老氏の対談(現代ニッポン人論)と、中川氏*和田氏の対談(がんでもボケても)の5部構成。
中川氏「日本人とがんの壁」
簡潔で、説得力ある話だ。
・日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人が死ぬ。10年後には2人に1人ががんで死ぬ。
・ がんの原因は老化なので、高齢化により急増している。
・ 日本人は死を生活からも意識からも排除して、永遠の生きるつもりでいる。身体に対する潔癖性が過剰で悪いところはきれいさっぱり切り取って永遠に生きたいと思っている。高齢になれば、身体はほうぼうボロボロになっている。がんだけ、なくしたいというのは矛盾だ。
・ 永遠に生きるつもりではがんとの賢い付き合い方はできない。症状緩和を拒否し完治をめざし激しい痛みの中に亡くなる人が多い。
・ 日本のモルヒネ使用量は米国の1/20.痛みを我慢するより、適切に使ったほうが長生きできる。
・ 緩和ケアでは人生の豊かさは、時間の長さとは別であると考える。豊かな人生は豊かな瞬間の積み重ねで、一瞬、一瞬を大事に生きるしか、人生を豊かにする方法はない。がんの痛みに耐えている時間などない。命には限りがある。超高齢化社会では治癒をめざす治療と緩和ケアの境はあいまいとなる。
養老氏「日本人の死生観」
言わんとすることはわかるが、散漫なので無視して、主題とは外れた話題をひとつだけ。
・ 犬も猫もサルも絶対音感の持ち主。サルに曲を聴かせて訓練してから、一音をずらして聴かせると反応しない。人間の耳自体は絶対音感だが、多くの人にその能力はなく、音が変化していく状況をパターンとして把握して同じ曲と判断する。人間は「同じ」と判断する能力が高い。色々形の違うリンゴをリンゴとして認識できる。
和田、中川対談
・ 認知症とがんは、告知が難しい点と、急激に進行する人と穏やかな人がいる点が似ている。前立腺がんは5年生存率が80%くらいで、すい臓がんは5%くらい。
・ がんも認知症も老化現象なので、根治できなくても即、死を迎えるわけではない。あくまで老化の1プロセスだ。
・ 長く元気でいて、ある日突然ぽっくり逝きたい(PPK)と思う人が多い。ただ、実際は、塩分を控えたり、飲みたいもの食べたいものをがまんしたりして、脳卒中や心筋梗塞を予防し、老化によるがんや認知症の確率を増やすという逆のことをしている。
・ 現在日本では、いつまでも元気で若々しくいることが素晴らしいというアメリカ的な過剰なアンチエイジングへ傾倒してしまっている。老いを受け入れることができず、70歳、80歳になっても自分が死なない感覚がある。どんな犠牲を払っても一生がんと戦うという考えが強い。
和田「日本人と老い」
・ 今の老年医学は「老人でない状態」にしてあげることを目指す医学。寝たきり、介護状態の人へのアプローチがない。
・ がまんしていると何か良いことをしているような錯覚がある。高齢者こそがまんしないほうが良いのかもしれない。老いと闘うことだけでなく、「老いてから後」を考える必要がある。
・ マンガのサザエさんの磯野波平さんは52歳だ。今の高齢者は昔に比べ確かに若く見える。しかし、生きている以上、老化は防げない。
私の評価 ★★★★★(五つ星:是非読みたい)
年寄りだけでなく、いずれ年をとる人、つまり若い人にも読んでおいてもらいたい本だ。
老人は「がんと闘うな」と言われても、私なぞ簡単に「そうですね」とはまだ言えない。しかし、80歳、90歳になれば、「痛みがないようにして、もうそのままで良い」と言うと今は思う。
昔昔のように、老人の知恵が生きる世の中であれば、老人も若くありたいとは思わないのだろうが。時間だけはたっぷりある老人にしかできないことは何だろうか。
良く勉強し、東大に入り、優秀な医師になり、必死に老化に伴う病を闘ったこの3人の著者だからこそ、医術の限界を知って、老いは受け入れるものとの考えになったのだろう。もともといいかげんで70%の力で生きてきた私は、真っ先にあきらめることはせず、もう少し老いと闘うべきなのだろう。