角田光代著『タラント』(2022年2月25日中央公論新社発行)を読んだ。
中央公論新社の特設ページにはこうある。
片足の祖父、不登校に陥る甥、〝正義感〟で過ちを犯したみのり。心に深傷を負い、あきらめた人生に使命―タラント―が宿る。著者五年ぶり、慟哭の長篇小説
周囲の人々が意義ある仕事に邁進する中、心に深傷を負い、無気力な中年になったみのり。
実家に届く不審な手紙、不登校になった甥の手で祖父の過去がひもとかれるとき、
みのりの心は、予想外の道へと走りはじめるー
あきらめた人生のその先へ
小さな手にも使命(タラント)が灯る慟哭の長編小説
みのりの話(東京のケーキ屋「山下亭」で働き、「麦の会」でボランティアし、実家に戻り等)の合間に、祖父・清美の軍隊時代の話が少しだけ挟まりながら進展する。
多田(山辺)みのり:主人公。実家は香川のうどん屋。東京の大学へ進学し、女子学生会館からアパート住まいへ。卒業後、小さな出版社へ勤務し、退職して実家を手伝い、また東京へ戻る。
山辺寿士(ひさし):みのりの夫。映画配給会社の宣伝部勤務。7年前に結婚。
「ほうらい屋」:香川のうどん屋。克宏が厨房、嘉樹が補佐役、容子と珠美がサブメニュー作り。
多田珠美:みのりの母。
多田清美:みのりの祖父。90歳過ぎ。左足がない。妻(祖母)は笛子。
多田啓輔:みのりの兄。妻は由利。息子は中二で不登校の陸。
多田克宏:みのりの伯父。妻は容子。長男は嘉樹。次男は大晴。
持丸涼花:清美と手紙のやりとりをする東京に住む謎の女性。1992年生。パラスポーツ選手。
「麦の会」:複数大学から集まる学生ボランティア団体。
宮下玲:ジャーナリスト志望。
遠藤翔太:みのりと同い年。報道カメラマン志望。
ムーミン:甲斐睦美。みのりの1歳下の女子大生。天然。
澤和彦:会の代表
真鍋市子:みのりの2歳年上。海外で2年過ごして食品会社勤務後、フェアートレード会社を立ち上げ。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)
前半部は、進行が遅く、謎の解明も進まず、すっきりしないままゆっくり進む。
みのりが世界の貧しい地域にボランティアツアーで行った話が主であるが、現地の本当の実生活を見ることができているのか、心良き善人と思われていないか、などぐじゃぐじゃ悩み、正直に言ってだれている。みのりが考えすぎで、消極的で、内面の心理描写ばかりで、エンタメ的な面白い展開がない。
祖父・清美の過去の謎も、太平洋戦争で片足を失う話が少々でてくるだけで、謎解明は少ししか進展しない。
後半部は、とくに終わりに近づくほどダイナミックに展開する。みのりも自分なりの形で前に進んでいくようになる。最終章で、老人が高く飛ぶシーンは、夢のようで、感動的だ。
巻末の13冊の参考資料の内、8冊がパラリンピック関連資料だった。小説書くのも大変だ。
私は、パラリンピックの歴史についてはまったく知らず、多くのページを使っていないが、興味深く読んだ。そもそもの始まりが戦争で傷ついた兵士のためのものだったのだ。そういえばピラティスもそうだった。
角田光代の略歴と既読本リスト
以下、私のメモ
みのりは、「私の“ふつう”の日々と、私とはぜんぜん違うだれかの“ふつう”の日々を通じ合わせる方法を見つけたい」と思っているが、具体的に何をすればいいのかはやっぱりわからない。
この子たちは困難な立場にいるというだけで、私と隔たった異世界にいるのではない。かっこもつけたいし、写真にはきれいに写りたい。学校にいきたのは勉強したいからではなくてサッカーをしたいからだし、…。顔も知らずに嫁いだ結婚相手はキモいし、すてきな人となら恋愛をしてみたい。「起きるのもいやんなる」と、という男の子の言葉に、「わかるよ」とみのりは応えそうになった。
迷う玲はムーミンに言われた気がした。「玲さん、そんなことより、「自称」ってのを、まずなんとかしてくださいよ、自称って言われないくらいいっぱしになれば……、まずそうなってから堂々と迷ってくださいよ」
かって、ぼくらは神さまにすべてを返さなくてはならないのだと教わった。そう信じていた。……だけどこうして返さずにここまできてしまって、今、思うんだ。もし、神さまがいるとするなら、その神さまに返すためにぼくらは生きているんじゃない。ぼくらが生きるために神さまはいるんだ。少しでも遠く、少しでも高く、ぼくらをいかせるために神さまはいるんだ。