「環」の下ははねない? 「比」の画数は? 「口腔」「輸入」「憧憬」本来の読みは?
こう書くと、やたら細かな知識を問うTVのクイズのような本と思われるかもしれない。しかし、著者の立場は、印刷体と手書き文字では違いがあり、他の字との違いがわかれば書く字の細かな点にこだわることないし、筆順にもこだわらない。本来の読みと異なっても既に慣用化していれば、その読みもよしとしようとする。
「漢字を読む」「漢字を書く」「漢字を作る」の三章構成で、漢字の蘊蓄(うんちく)を楽しみながら学べる。
答:「比」の画数は、手書き優先で4。本来の読みは「こうこう」「しゅにゅう」「しょうけい」(これら慣用の読み方「こうくう」「ゆにゅう」「どうけい」は、つくりに釣られた百姓読みと言われる)
「漢字を読む」
漢字の読みは、主に漢音で読まれるが、その他、呉音や唐音がある。
呉音は、南北朝時代の六朝(りくちょう)の南方の発音を基礎とするもので5~6世紀ごろから日本に取り入れられた。現在では主として仏教用語に使われる。
漢音は、8世紀ごろ遣唐使などによって伝わった漢王朝の首都長安の発音を基礎とした読み。儒学関連と、西洋から流入した言葉、学問に主に用いられる。
もうひとつ、平安・鎌倉時代から江戸時代までの長い日中交流のなかで入ってきた漢字の音読みが唐音で、禅宗に用いられる。座禅の修業で肩を叩く棒を「竹篦」(シッペイ)と書き、「竹」を唐音でシツと読む。この「シッペイ」が「しっぺ」の語源だ。
漢字の7割は、象形文字ではなくて意味を表す要素と発音を表す要素を組み合わせた形声文字だ。例えば「譜」の「普」は意味を表さず、単にフという音を表している。
「漢字を書く」
「大」と「犬」、「干」と「千」など区別すべき漢字は厳密に区別しなければならないが、木ヘンをハネるなど漢字識別に支障のない微細な違いで正誤を判定するのは教師のイジメだと主張する。そんな教師は漢字に関する正確な知識、自信がなく、手書き文字との差を考慮せず教科書の印刷字形をそのまま基準としているだけなのだ。
小学校の教科書には、手書き文字に近い教科書体が用いられているが、それとて手書きとは異なる点がある。さらに、中学校の教科書には、一般に使われることが多い明朝体が採用されていて混乱を招く。
例えば、シンニョウは点一つと、二点「辶」がある。当用漢字ではシンニョウは点一つと定められたが、「辻」のようなその他の字では一点でも二点「辶」でも自由なので、著者名の「辻」の字はどちらでも良いという。
筆順については、文部省の「筆順指導の手びき」が基準とされるが、前書きに「ここに取りあげなかった筆順についても、これを誤りとするものでもなく」と書かれている。
「漢字を作る」
仙台近郊に閖上市があるが、この「閖」という字も、仙台藩主伊達綱村が門の内側から水が見えるからと作った文字だという。権勢を誇った則天武后が作った文字が則天文字で、例えば、水戸光圀の「圀」がある。
JR各社(四国以外)のロゴは、「鉄」という字のツクリの「失」が「矢」になっている。これは金を失うでは縁起が悪いと「矢」に変えている。この漢字も漢字の規範とされる康煕字典には載っている字だ。
金ヘンに少と書いて貧乏、体の下に心と書いてリラックスと読ませるなどのアイデア漢字についてもみんなが使えば漢字になると、著者は肯定的に捉える。
阿辻 哲次(あつじ てつじ、1951年 - )
日本の中国文学者・言語学者(中国語)、中国文字文化史研究者。 京都大学大学院人間・環境学研究科教授。
著書に、『漢字道楽』、『漢字の相談室』、『漢字文化の源流』 [京大人気講義シリーズ]など。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
「え! そうなの?」と思うような例を連ねる中で、漢字の読み書きに関する基礎、歴史を自然に学べる。漢字に関する歴史的な話も出てくるが、詳細にとらわれることなく大きな流れだけが説明される。細かな規則や例外の羅列でなく、基本的な話であるのが良い。
また、最低限のルールは守るべきだが、細部の詳細な点にこだわらず、漢字をもっと自由に楽しむべきであるとする著者のおおらかな考えが嬉しい。
私は、小学校で真面目に勉強しなかったので筆順がでたらめだ。そもそもパターンで漢字を覚えているので、そのときどきで書き順が違う。著者は言う。
確かに、書き順がでたらめな私の字は汚いが、読めないことはない。自分では個性の一つと思っている。
この本にも「川」という字を下から書くコンピュータ関連の学者の話が出てくるが、考えて見れば、例えば一番左は下から書き、真ん中を上から、右を下から書くのが合理的かもしれない。まあ、順序は勝手にすれば良いのだ。結果がすべてなのだから。