保坂さんが異常なほど愛する猫に関する話、大学を出るまで住んでいた鎌倉の思い出、カフカや小島信夫など小説に関して率直に語る。
私などは、保坂さんといえばめんどくさいことをいう作家との印象があったが、あとがきでこう語っている。
猫嫌いの(実は犬もちょっと怖い)私には、保坂さんの猫好きは異常に思える。保坂家にいた4匹の猫の話、野良猫に餌を与えたり、雨が降っているからと子猫を生んだ近所の野良猫を心配して探し、一喜一憂する。
(私に言わせれば迷惑行為そのもので、あきれはてる)
「無灯自転車は特に猫に危険で致命傷になる。ついでにいうと、人間の死亡事故も毎年けっこうな数になるらしい。」と、人間は“ついで”らしい。
「今は東京に住んでいるけれど、幼稚園から大学まで住んでいた「鎌倉」が「自分」だという気持ちに変わりはない。」という保坂さん。
川端康成が、近所の本屋で雑誌などを立ち読みするついでに店番の人の目を盗んで自分の本を目立つところに置き換えていたという。つまり目を盗めていなかったのだ。
(人の芯まで見通すようなあのぎょろっとした目で、そんなことしていたと考えるとおかしい)
保坂さんお勧めの作家は、かねて私淑する小島信夫で、池部良や中井久夫の書く物も絶賛している。また、カフカは難解ではなく、軽快で明るく読むべきと主張する。
初出は、日経新聞夕刊「プロムナード」、朝日新聞夕刊「猫の散歩道」など。後者は460字足らずの分量なので、ただ一つのことを述べるだけで、波がなくエッセイとしては物足りない。起承転結とは言わないが、やはりエッセイには、800字程度は必要なのではないだろうか。
私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)
保坂和志(ほさか かずし)
1956年、山梨県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。
1990年『プレーンソング』でデビュー。
1993年、『草の上の朝食』で野間文芸新人賞
1995年、『この人の閾』で芥川賞
1997年、『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞と平林たい子賞を受賞。
他に『猫に時間の流れる』『残響』『もうひとつの季節』『生きる歓び』『明け方の猫』『カンバセイション・ピース』『書きあぐねている人のための小説入門』『小説の自由』『小説の誕生』『小説、世界の奏でる音楽』『途方に暮れて、人生論』『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』、小島信夫との共著『小説修業』など。
目次
猫にお正月はあるのか?/茫漠たるものの重要性/風景の力/小さな悲劇のための提案/片づける能力/"反戦"のうそ/春先の風/カフカの読み方/この世界の果てしなさ/中井久夫の文章/荒々しく濃厚な昭和の臭い/物事の基準/「死なないこと」とはどういうことか /読書しない子ども/ただ黙ってそこにいる/母の中の山梨/近所の川端先生/人生の岐路/新入社員の困惑/住む人去った家の中には/風切るライダー犬/雨上がりの世界/海辺育ちの怖い夢/猫に車を止めてもらって/「魂」に触れたとき/季節に触れる驚きが原点/ノスタルジーでない過去/夏はいつも従兄姉がいた【目次より】