アンソニー・ホロヴィッツ著、山田蘭訳『殺しへのライン』(創元推理文庫Mホ15-7、2022年9月9日東京創元社発行)を読んだ。
創元社の内容紹介&裏表紙
『メインテーマは殺人』の刊行まであと3ヵ月。プロモーションとして、探偵ダニエル・ホーソーンとわたし、作家のアンソニー・ホロヴィッツは、初めて開催される文芸フェスに参加するため、チャンネル諸島のオルダニー島を訪れた。どことなく不穏な雰囲気が漂っていたところ、文芸フェスの関係者のひとりが死体で発見される。椅子に手足をテープで固定されていたが、なぜか右手だけは自由なままで……。年末ミステリランキングを完全制覇した『メインテーマは殺人』『その裁きは死』に並ぶ、〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズ最新刊!
この作品に限らず、「ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ」全般が、巧緻を尽くした複雑な謎解き小説だ。加えて、探偵役のホーソーンが過去の自身の闇を明かそうとせず、この不愛想・無礼な探偵役と、反発する助手役のホロヴィッツの間に信頼関係がなく、コミュニケーションが不全で、読者のイラつきを誘う。
さらに、助手役が本作品の作家役でもあるという訳のわからなさが加わる。この経緯はこうだ。
警察が手こずる難事件を顧問の立場で解決してきた元刑事のホーソーンは、第1作『メインテーマは殺人』で、語り手の“私”ことアンソニー・ホロヴィッツに自分の捜査を取材して本を書いてみないかと誘い、葛藤に興味が打ち勝ってホロヴィッツはこれを受け、彼に同行し記録することとなった。
したがって、作者と同姓同名の登場人物が事件の記録者、語り手として物語内に存在することになった。
特に本作品では、犯人候補となる登場人物が10人以上と複雑だ。次々といかにも訳ありの彼、彼女の疑惑が深まっては解けるのを繰り返し、絞り込まれて、ついに……、と思ったらどんでん返し。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
真剣に読むには記憶力が必要とされるが、おおざっぱに読みながらでも十分に楽しみを味わうこともできる。
怪しげな人物たちが、次々と思わせぶりな、疑惑を呼ぶ態度をとり、そして疑惑が晴れたかに見えることを繰り返す。複雑で重畳的な謎と解明は十分楽しめる。
ただし、最後に明らかになる真犯人の動機には、それだけでそこまでやるのかという疑問が私には残った。
探偵役のホーソーンは、助手・記録係のホロヴィッツ以外の人物にはけっこう外面よく接することもあるのに、ホロヴィッツに対してはツレナイ態度で、推理が冴えないことを馬鹿にしたような嫌味な態度を示す。この二人の関係も直線的でなく、物語に深みを与えている。
最後の方では、ホーソーンのデレク・アボットに対する容赦しない態度もなんとなくその原因を想像できるようになり、ホロヴィッツに対する取っつきにくい態度も自己防衛のためとの推測もでき、ホーソーンの過去の闇が一枚一枚剥がれていく予感がする。次作が楽しみだ。
架空の人物を名乗るために、自分でウィキペディアの記事をでっちあげてから登場するという手段を弄した人物がいた。なるほど、短期間なら可能なように思える。
アンソニー・ホロヴィッツ Anthony Horowitz
イギリスを代表する作家。ヤングアダルト作品〈女王陛下の少年スパイ! アレックス〉シリーズがベストセラーに。また、人気テレビドラマ『刑事フォイル』の脚本などを手掛ける。
アガサ・クリスティのオマージュ作品『カササギ殺人事件』では史上初の7冠を達成。
ホーソーン&ホロヴィッツシリーズ『メインテーマは殺人』、『その裁きは死』、『殺しへのライン』。
コナン・ドイル財団公認のシャーロック・ホームズ・シリーズ『シャーロック・ホームズ 絹の家』、『モリアーティ』
他、『ヨルガオ殺人事件』、『007 逆襲のトリガー』
山田蘭(やまだ・らん)
英米文学翻訳家。
訳書に、ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』、『メインテーマは殺人』、『その裁きは死』、『殺しへのライン』、ギャリコ『トマシーナ』、ベイヤード『陸軍士官学校の死』、キップリング『ジャングル・ブック』など。