hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

香山リカ『だましだまし生きるのも悪くない』を読む

2011年03月31日 | インポート
香山リカ、取材・構成 鈴木利宗『だましだまし生きるのも悪くない』光文社新書、2011年2月発行、を読んだ。

プライベートを公開しない香山リカへインタビューし構成した半生記。
カバーには「恋愛/仕事・別れetc 初めて語った知られざる素顔」とある。生い立ち、東大受験失敗、仕事、過去の恋愛、現在のパートナーとの関係、父の看とり、毎日電話でしゃべる弟との仲など。
エッセイ、TV、大学、医師として活躍しながら、脱力系と自称する香山さんの過去、現在が語られる。途中、いつもの人生指南になるのだが、過去の恋愛相手や、これまでネットでは噂されていたが、事実上のパートナーや弟の実名が明らかにされる。
過去の人は、メディア系のアーティストで、好みのトカゲみたいなな爬虫類系の顔の人だったこと、パートナーはプロレスファンのカリスマ的存在のスポーツライターの斎藤文彦で、5歳下の弟は、「ミスター80年代」と自称し音楽活動を行っている歯科医の中塚圭骸であることなどのぞき見趣味を満たしてくれる。

弟は「姉ちゃんはね、本当はすごく「熱い人間」なんです。」と語る。宮崎勤事件でビデオやロリータ本であふれる彼の部屋を見て、「お前の部屋と同じだ! 一体、お前と宮崎はどう違うっていうんだ!」って叫んで号泣したり、YMOが出場した夢の島でのフェスに、姉とふたりで行ったとき、興奮しきった香山は、「ど~も~、ありがとう~ッ」って絶叫したという。
40過ぎて弟と二人でフェスにいくのも変だが、毎日子どももいる弟に電話するというのも異常だ。



鈴木利宗(すずきとしむね)
1972年静岡市生まれ。早稲田大学在学中に応援部主将(応援団長)を務める。
卒業後、スポーツクラブのトレーナー、警備員など様々な職種を経て、
2000年よりルポライターに。
「女性自身」の人物ドキュメンタリー《シリーズ人間》をはじめ、
各週刊誌やスポーツ誌などで執筆している。



香山リカは、1960年北海道生まれ。東京医科大学卒。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。学生時代から雑誌などに寄稿。その後も、臨床経験を生かして、新聞、雑誌などの各メディアで、社会批評、文化批評、書評など幅広く活躍。



私が読んで、感想を書いた著書は、以下9冊だ。
おとなの男の心理学』 
<雅子さま>はあなたと一緒に泣いている
雅子さまと新型うつ
女はみんな『うつ』になる
精神科医ですがわりと人間が苦手です
親子という病
弱い自分を好きになる本
いまどきの常識
しがみつかない生き方






目次
はじめに
第 1 章 原風景 ---- 父と母からの影響
第 2 章 受験失敗 ---- 入口と出口はちがう
第 3 章 就 職 ---- パンのために働く大切さ
第 4 章 仕 事 ---- 替えのきく存在でいい
第 5 章 恋愛・結婚 ---- 自分を見失うほどハマらない
第 6 章 老い・別れ ---- 死とどう向き合うか
おわりに



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伊坂幸太郎『マリアビートル』を読む

2011年03月29日 | 読書2

伊坂幸太郎著『マリアビートル』2010年9月角川書店発行、を読んだ。
webKADOKAWAの宣伝は、

酒浸りの元殺し屋「木村」は、幼い息子に重傷を負わせた悪魔のような中学生「王子」に復讐するため、東京発盛岡行きの東北新幹線〈はやて〉に乗り込む。
取り返した人質と身代金を盛岡まで護送する二人組の殺し屋「蜜柑」と「檸檬」は、車中で人質を何者かに殺され、また身代金の入ったトランクも紛失してしまう。
そして、その身代金強奪を指示された、ことごとくツキのない殺し屋「七尾」は、奪った身代金を手に上野駅で新幹線を降りるはずだったのだが……。



海千山千の個性派殺し屋が総登場する。東京発盛岡行きの東北新幹線〈はやて〉に乗り込んだ殺し屋は、
やることなすことツキに見放されている首折り得意の七尾
機関車トーマス好きと、冷静で小説好きの二人組、檸檬(レモン)と蜜柑(ミカン)
見るからに優等生で大人を愚弄する残酷な中学生、王子慧(さとし)
息子を王子に人質に取られたアル中になった元殺し屋、木村雄一
その他、4、5人の殺し屋が入り乱れ、新幹線の中は死体がゴロゴロ。

『グラスホッパー』の続編になっていて共通の殺し屋も登場するが、前作をとくに読んでいなくても支障はない。

本作は伊坂幸太郎、3年ぶりの書下ろし。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

名著ではなく、傑作とも言えないが、エンタメ(エンターテイメント小説)はこうでなくちゃと、おふざけ系ハードボイルド好きには自信を持ってお薦めできる。10名は居るだろう殺し屋が狭い新幹線の中で殺し合い、嘆きあう。相変わらずのふざけた会話は快調だ。
といっても、

「・・・(ヤドカリは)どうして家ごと移動しているわけ」
「固定資産税を払いたくないからじゃないかな」


「・・・最近はもう、チョッキじゃなくて、ベストって言うんですよ」・・・
「でも、ベストテンのことをチョッキテンと言ったりしたら面白いですよね」


とこの程度なのだが。

しかし、何かと言うと機関車トーマスを引用する檸檬が最後の方はウザクなるし、人生バカにした中学生の王子にはマジ腹が立ってくる。ちょっとくどいかなとも思う。さらに舞台が狭い新幹線に限られるから爽快感はない。

直木賞狙いで文学に走った道尾秀介に比べ、あくまでエンタメを突っ走る伊坂幸太郎に拍手だ。



伊坂幸太郎&既読本リスト




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三遊亭小圓朝落語会を聴く

2011年03月27日 | 日記
今年は武蔵野市の桜まつりは大震災の影響で中止された。いくつかの催し物が中止されるなか、三遊亭小圓朝落語会だけが3コミセンネットワーク事業としてチャリティーで行われた。



集まったのはやはりお年寄りばかりだったが、若いお母さんが2人の子どもと参加していた。下の子は乳飲み子で、上の子は、和服を着て扇子をもって角刈り風の粋な格好だ。



皆に囲まれ歳を聞かれ、恥ずかしそうに黙りこむ。
お母さんが「2歳です」と言うと、こどもはお母さんを見上げて、「お母さんは?」と聞いた。お母さんはあわてて、「秘密なの」。


三遊亭小圓朝は円楽一門で40歳ほどの人。
まずは、こんなときなので、どんな噺をしようかと、数ある持ちネタから探してみたが、どれも不謹慎なものばかりで困ったと笑わせる。
ケチな主人の真似をして失敗する小僧の噺と、禁酒令の出たお城に酒を届けようとする噺の2席を1時間半ほどで語り、たっぷり笑わせてもらった。その後、いくつかのお題をいただいて参加者と共に謎掛けをしてお開きになった。

木戸銭はすべて、小圓朝さんから武蔵野市経由で寄付される。


話の枕の小話が考えオチで、一瞬置いて笑った。

居酒屋に子犬を連れた女性が入ってきた。中にいた酔っぱらいが叫ぶ。
「おい! こんなところにブタを連れてくるんじゃない!」」
女性が言う。「何よ、酔っ払い!ブタじゃなくて、可愛いワンちゃんよ」
酔っぱらいが言う。
「俺は、犬に言ってるんだ!」

「第22回 武蔵野小圓朝の会」が武蔵野芸能劇場で行われる(4月19日18時半開場、木戸銭2千円)。



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大井玄『「痴呆老人」は何を見ているか』を読んだ

2011年03月25日 | 読書2
大井玄著『「痴呆老人」は何を見ているか』新潮新書248、2008年1月、新潮社発行、を読んだ。現在「痴呆」の代わりに「認知症」の語が使われるが、著者はあえて「痴呆」の言葉を残している。

著者の調査結果によると、
「ぼけ老人」の約20%は正常か軽度の知力低下があるだけで、大部分の方は「うつ状態」と思われました。逆に「正常老人」の10%近くで、中程度から重度の知力低下が見られた。

そこで、著者は、
「ぼけ老人」は老人自身の問題というより、周囲との関係による場合が多いようです。意地悪な人間関係の下では「ぼけ老人」は早々に発生するが、温かく寛容な人間関係では、知力が相当低下しても「ぼけ」とは認知されにくくなる。


「ぼけ」は知力低下ではなく、周囲の人々とうまく「つながり」を保つことができない不安やストレスによって引き起こる「うつ状態」が表面化したものだと述べる。

痴呆は老化による記憶障害に始まる。
なにしろ直前の記憶が失われる、あるはずの物がない、ないはずの物がある、やったことをやってないと言われ、やってないことをやったと責められるのです。そこでまず生ずる情動は不安といらだちの混じったもので、すぐ怒りや悲しいにも転じます。

「外界で見るもの、聞くもの、触れるものが現実を構成している、とヒトは考えている。だが、脳は、その知覚することを過去の経験に基づいて組み立てている」

言葉と記憶の機能が衰えることにより、世界とのつながりが失われて行く。それによる不安が「情報」よりも「情動」の優位を招き、見た目の痴呆を起こす。つながりを求めて、過去の幸福な時代の記憶に逃げることで安心する。それが、はためからは、とんでもなくボケてしまったようにみえる。

偽会話は論理的に意味がなくとも、情動的には有意義だ。
「主人なんてやっかいなもんです。でもいないと困るし・・・」
「そうそう、うちの息子が公認会計士になりましたんで忙しくてね」
「あら、いいじゃないとっても。浴衣を着ればステキにみえるよ」
「〇〇さん辛かったろうに。いつも△△さんって言ってましたよ」
話は快調に進んでいるようでも論理のつながりはなく、・・・。

「偽会話」だが、楽しい情動の共有は心理的効果が大きいという。確かに、コミュニケーションとは何かということを考えさせられる。「コンニチハ」は意味ないが、効果は大きい。「理解する」は必ずしも大切ではない、むしろ積極的に理解せず、やさしい声音でうなずく方が良い。

後半に入ってくると、哲学的になり、仏教の「唯識」、「アーラヤ識」「マナ識」などで深層意識を説明する。(私には理解不能)
さらに、アメリカ型自立個人主義に転換しつつある日本は、地域や家族のつながりが絶たれた高齢者には辛い社会になってきているなどの指摘がある。



大井玄(おおい・げん)
1935年生まれ。東京大学名誉教授。東大医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。
東大医学部教授などを経て国立環境研究所所長を務めた。
近著に本書のほか、『環境世界と自己の系譜』など。
現在も臨床医として終末期医療全般に取り組む。
エッセイ:医療法人「和楽会」の大井玄先生のコーナー



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

冷静に、そして十二分の愛情を持って、ケアの立場から認知症の人の考え方、原因を追求している。
認知能力の衰えていない人(一応、正常な人とする、私はもはや自信がないが)から見た世界が正確で正しくので、認知症の人に、あなたは間違っていると指摘してはならないという。確かに、正常な人でも、個人個人でとらえる世界は異なっており、どれが正しい世界だと決め付けることはできない。程度こそ違え、その意味では認知症の人も同じで、多くの人の認識とずれがあり生活上の不便があるだけなのだから、人格を否定するようなことを言ってはならない。かえって混乱を深めてしまう。

著者の大井玄氏は東大医学部卒・ハーバード大学大学院修了のエリート医師で、帰国後、アルバイトで長野県佐久市の「ぼけ老人・寝たきり老人」の宅診に関わるようになる。悲惨な痴呆老人たちと出会い、決して治せない無力感に襲われ、自信を失い、急性の抑うつ反応を起こしている自分を見い出す。8年間のアメリカ留学で確立した競争主義的な自己アイデンティティや能力主義的な世界観が激しく揺さぶられる。
しかし、「先生にきてもらって調子がよくなった」という患者の存在によって救われ、医療のあり方に目覚めて自ら癒された。



目次

はじめに

第一章 わたしと認知症
なぜ怖がられるのか/ぼけと「痴呆」/佐久平での宅診/急性抑うつ反応/「申し訳なさ」と癒し/精神症状と人間関係

第二章 「痴呆」と文化差
異質なものへのラベル/沖縄の「純粋痴呆」/世間的イメージの誤解/「一水四見」という文化差/「生かされる」と「生かされている」だけ/アメリカ人にとっての自立性喪失

第三章 コミュニケーションという方法論
ゲラダヒヒの平和社会/偽会話となじみの仲間/「理解する」は大事ではない/笑顔はなぜ大切か/ブッシュ大統領の「痴呆老人」的反応/個人史をたずねる/体の位置と敬語/相手の世界へのパスワード

第四章 環境と認識をめぐって
彼らの原則/環境と環境世界/見ているもの、ではなく、見たいもの/コトバで世界を形成している/最小苦痛の原則/「思いこみ」を支える深層意識/思いが生む虚構現実/現実を構成する経験/現実は「事物」でなく「意味」/外向きの世界仮構

第五章 「私」とは何か
二つの「私」/《Me》と「Mine」/《私》と目先の利益/がん患者と無常の自覚/「私」を統合する/自己とは記憶である/「つながり」への情動/『蜘蛛の糸』の不安/ほどけていく「私」

第六章 「私」の人格
相手の数だけ人格がある/『24人のビリー・ミリガン』/社会病理を映す多重人格/生きるための言語ゲーム/若返り現象/住みやすい過去へ/暴流のようなエネルギー/「いのちが私をしている」/実体的自我は存在しない

第七章 現代の社会と生存戦略
生命と年齢の関数/長く伸びたグレイゾーン/上手なつながり/「病気」の増殖/苦痛を病気化してしまう/自由と不安/言語習得の心理ステップ/日本特有のひきこもり/失神するほどの無力感/自分vs.世界/自立とつながりの自己/甘える理由/生存戦略の大転換のなかで/キレる理由/自立社会の呻き声

最終章 日本人の「私」
つながりの心性/班田収授の精神/江戸の循環型社会/強権と個人的自由/心と私心/「自己卑下」と先祖の智恵

参考文献・註記

おわりに




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リチャード・ムラー『今この世界を生きているあなたのためのサイエンスⅠ』を読む

2011年03月23日 | 読書2
リチャード・ムラー Richard A. Muller著、二階堂行彦訳『今この世界を生きているあなたのためのサイエンスⅠ』2010年9月、楽工社発行、を読んだ。

カリフォルニア大学バークレー校の「学生が選んだベスト講義」(文化系学生対象)に選ばれた物理学教授の講義をベースにしている。
別冊のⅡ巻は、宇宙空間の利用と地球温暖化。(ゴアの『不都合な真実』は、プロパガンダであり、科学ではない)

原著のタイトルは、"Physics for Future Presidents: The Science Behind the Headlines"で、「未来の指導者のための物理:見出しの裏にある科学」といった意味だろう。
まえがきに
もしあなたが世界の指導者だったら、・・・テロリストが・・・放射能汚染爆弾を仕掛けた、という報告を聞いてから、あわてて科学顧問に電話をかけ、事態の重大さを知るために質問するようでは、あまりにも遅すぎます。


とあるように、原子力に関する基本的知識がなく、問題の重要度、ポイントに感が働かないような政治指導者、マスコミでは困る。例えば、放射性物質が飛び散り体に付いたりすると大変だが、放射線自体は距離を置けば大きな問題にはならない、ということも分からなければ、放射能というだけで、やたら怖がってしまう。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

この本は、センセイショナルなマスコミなどに惑わされないために知っておくべき最低限の科学的知識を講義したもので、現代では必須の知識と言える。

例として、3点を示す。(太字のタイトルは私の捏造)

原子力は知識がないと得体がしれないため、怖がらせるのが簡単
「この本も、あなたの体も放射線を出しています」、「原子炉はダイナマイトのように爆発することはあっても、原子爆弾のように爆発することはありません」これは本当。

スリーマイル島事故では燃料の冷却水がコンクリートの建家に流れだし、水に溶け込んだ放射性ガスが建家内部に満ちて圧力が上がったので、意図的に一部を外気に放出した。しかし、この結果発生したがん患者は計算上1名に過ぎない。住民が測定した放射能は全国平均より30%高かったが、これは現地の土にもともと含まれているウランのためだった。
(私は多分本当だと思うが?)

チェルノブイリ原発事故で、事故の15分後には放射能は最初の値の1/4に、一日後には1/15、3ヶ月後には1%以下に減少した。付近の住民3万人の被爆量は一人当たり平均45レムで、放射線症を誘発するには低く、ガンになる確率が1.8%増えものだった。通常でもガンで死ぬ確率は20%あり、それが21.8%に上昇することになる。つまり、3万人のうち、自然の原因で6000人がガンになり、さらに約500人が放射線のためにガンになることは科学に示せても、住民にストレス、金銭的犠牲を被る避難を強制するか否かは、科学の問題ではない。
(この部分を読むと、福島原発の事故などたいした問題ではないように思えてしまう)

太陽電池実用化の道は遠い
太陽光のエネルギーは1平米当たり1キロワット(約1馬力)で、普通の車を動かすことは未来永劫できない。また、太陽電池の発電効率は約15%で、家庭の電力をまかなうには20平米必要で、コスト的に電池寿命が20年以上必要となる。

エネルギー危機にはCO2を排出するが石炭が有望
石油価格が1バレル50ドル以上に上がれば、石炭から石油を作るフィッシャー・トロプシュ法が現実的となる。アメリカ、中国、インド、ロシアには石炭が豊富に埋蔵されている。



リチャード・A・ムラー(Richard A. Muller)
カリフォルニア大学バークレー校の物理学教授。マッカーサー・フェロー賞(別名「天才賞」)の受賞者。政府の筆頭顧問を長年務める。米国や英国の多くの特別番組やドキュメンタリーに専門家として出演している。

二階堂行彦(にかいどう・ゆきひこ)
翻訳家。主な訳書に『最新ロボット工学概論』、キティ・ファーガソン『光の牢獄――ブラックホール』など。





以下、私のメモとしての目次

第一講 テロリズム 
1 9・11事件──何が起きたのか? 
*ビル崩壊の主原因は飛行機衝突ではなかった 
*崩壊の主原因はジェット燃料から放出された高エネルギーと高熱 
*大爆発は起こらなかった。起きたのは、高熱による物体の不安定化と鉄骨の湾曲 

2 テロリストと核兵器 
*テロリストが小型核兵器を一から設計・製造できるとは考えられない 
*高純度のウランかプルトニウムを入手しても、優秀な技術者がいなければ製造は不可能 
*北朝鮮の原爆実験は失敗だった。設計の20分の1以下の不完全爆発 
*小型核兵器によるテロが行われても、9・11事件を大きく上回る被害にはならない 
*大型核兵器の製造はテロリストレベルでは不可能 
*核兵器が盗まれ密売された場合の危険性 
*放射能汚染爆弾によるテロは比較的容易。大きな被害にはなりにくい 
*放射能汚染爆弾については、過剰反応が危険 
*真の脅威──ならず者国家による核兵器開発
 
3 バイオ・テロ 
*天然痘テロ──きわめて危険。実行されれば最大の犠牲者は発展途上国の人々に 
*炭疽菌テロ──手紙一通に推定2000万人分の致死量の菌が入っていた 
*炭疽菌テロ──数億人分の致死量の菌がまかれたが、死者は5人だった。なぜか? 
*炭疽菌テロの真相──いくつかのシナリオ 
*バイオ兵器は核兵器より入手・製造しやすく使い方も容易
 
第二講 エネルギー問題

4 エネルギー問題の知られざる真実(1) 
*石油の最大のメリットは、エネルギー量の大きさ 
*ガソリンと食物のエネルギー量比較 
*ガソリンと代替エネルギーのエネルギー量比較。もっとも有望なのはブタノール 
*ガソリンとその他エネルギーとのエネルギー量比較。アメリカの石炭のコストはガソリンの1/20。

 
5 エネルギー問題の知られざる真実(2) 
*エネルギーの「量」と並ぶ重要ポイントは、それが一定時間内にこなせる仕事量(仕事率) 
*馬一頭の仕事率=一馬力=一キロワット(1000ワット) 
*アメリカの総発電量は4500億ワット。10億ワットの大型発電所が450基必要 
*石油に代わるエネルギーを考えるなら、まず現状のエネルギー「用途」とエネルギー「源」を知る必要がある 
*「脱石油」実現の最大の課題は、代替エネルギーのコストを石炭以下に抑えること 

6 太陽エネルギー 
*誤解の多い太陽エネルギーに関する基本的事実 
*ソーラーカーの実用化は未来永劫ありえない 
*家庭用太陽電池普及のカギは、コスト低減と電池の長寿命化 
*太陽電池利用型発電所の成否のカギは、電池のコスト減と特殊材料の確保 
*太陽熱利用型発電所の成否のカギも、やはりコスト減
 
7 石油の終焉? 
*「もうじき石油が枯渇する」は本当か? 
*石炭から石油をつくる「フィッシャー・トロプシュ法」を使えば、石油は数百~1000年以上もつ
 
第三講 原子力
 
8 放射線の基礎知識 
*放射線量200レムの被爆で病気に。300レムなら死亡確率50% 
*ふまえておくべき「閾値効果」 
*放射線を不必要に恐れるべきではない。低レベルの放射線は自然環境の一部 
*放射線とガン──ガンと放射線にはどの程度関連があるのか? 
*チェルノブイリ原発事故──住民三万人が平均45レムを被爆。事故による住民のガン死は約500人 
*住民を避難させたのは正しい選択だったのか? 
*事故によるガン死は推定総計4000人。住民にとってより深刻な、ストレス・喫煙・飲酒によるガンと心臓病死
 
9 放射性物質の基礎知識 
*原子核の爆発により放射線が放出され、放射性物質の「放射性」が「崩壊」していく 
*放射性物質が元のレベルの半分になるまでの時間を「半減期」という 
*半減期が一回過ぎれば放射性物質の危険性は1/2に、10回過ぎれば1000分の1になる 
*原発事故の際にもっとも危険なのは、半減期が中間の長さの放射性物質 
*さまざまな放射性物質と半減期の長短に由来する危険性/利便性 
*放射線で人間が突然変異するとか、チェルノブイリでは先天性欠損症が多く見られるという説は、本当なのか?
 
10 核兵器を知る(1)
*核兵器の三タイプ──ウラン爆弾、プルトニウム爆弾、水素爆弾 
*爆発のカギは「核連鎖反応」──高エネルギーを出す核分裂の連鎖──を起こせるかどうか 
*原子爆弾の誕生──第二次大戦とマンハッタン計画 
*アメリカの原爆製造成功のカギは「臨界質量」を少なくする方法を考案できたこと 
*ウラン型(広島型)核爆弾──構造は単純。比較的簡単につくれる 
*ウラン型(広島型)核爆弾──難しいのは高純度のウラン235の精製・入手 
*ウラン濃縮の二つの方法 
*最新のウラン濃縮法「遠心分離法」。パキスタンから北朝鮮などに供与された 
11 核兵器を知る(2)
*プルトニウム型(長崎型)核爆弾──プルトニウムの抽出・入手は比較的簡単 
*プルトニウム型(長崎型)核爆弾──設計は困難。北朝鮮の実験失敗も不純物による「早すぎる爆発」 
*「早すぎる爆発」の解決策「爆縮」には、著しく高度な技術が必要 
*「爆縮」を成功させられるのは国家レベルの組織。テログループでは無理 
*水素爆弾──「二段階の爆発」で核融合を起こす爆弾 
*水素爆弾の設計を可能にした二つの機密技術 
*水素爆弾の放射性降下物と爆風はきわめて危険 
*史上最大の爆弾──ソ連の水爆 
*実は爆弾は小さいほうが破壊力が大きい 

12 原子力(1) 
*感情論に陥らないために事実の理解が必要 
*核爆弾は核連鎖反応を「一気に」起こす。原子炉は核連鎖反応を「持続的に」起こす 
*核爆弾には高純度(核兵器級)の核燃料が必要。原子炉は低純度(原子炉級)の核燃料でよい 
*多くの人が原子炉は「原爆のように爆発しうる」と考えているが、それはありえない 
*原子炉が「ダイナマイトのように爆発する」ことはありうる。チェルノブイリで起きたのがそれである 
*原子炉内では、ウラン→ネプツニウム→プルトニウムという変換が行われつづける 
*「再処理」とは、廃棄物からプルトニウムを抽出すること。北朝鮮が事前同意に違反して行っているのがこれ 
*高速増殖炉──「原爆のように爆発しうる」タイプの原子炉
 
13 原子力(2) 
*「チャイナ・シンドローム」という仮説──冷却材流出事故による最悪の事態の想定 
*スリーマイル島事故の現実──冷却材流出事故によって実際に起きたこと 
*チェルノブイリ──設計上の欠陥による「反応度事故」(核連鎖反応の暴走) 
*「冷却材流出事故」も「反応度事故」も心配不要。安全なペブルベッド型原子炉 

14 核廃棄物 
*核廃棄物について、反核の立場から考えてみる 
*核廃棄物に関するわたしの見解──地下貯蔵計画を進めるべき 
*プルトニウムの毒性は過大評価されがち。胃から吸収されるという俗説も間違い 
*劣化ウランに関する事実と議論
 
15 核融合制御 
*核融合制御実現のための三つの方法 
*A トカマク核融合炉 
*B レーザー核融合 
*C 常温核融合 


Ⅱ巻 目次
第四講 宇宙空間の利用
16 衛星の基礎知識1
17 衛星の基礎知識2
18 重力を応用したテクノロジー
19 人類の宇宙進出
20 不可視光線による監視
第五講 地球温暖化
21 温室効果
22 証拠1
23 証拠2
24 役に立たない解決策
25 誰にでも実行可能な解決法1
26 誰にでも実行可能な解決法2
27 新しいテクノロジー





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道尾秀介『月と蟹』を読む

2011年03月21日 | 読書2

道尾秀介著『月と蟹』2010年9月文藝春秋発行、を読んだ。

父をガンで亡くし、鎌倉の海辺の町へ転校してきた小学五年生の慎一は仲間はずれになっている。同じ転校生で両親の愛情を失った春也が唯一の友達で、「ヤドカミ様」と呼ぶ残酷な願い事遊びを考え出す。100円欲しい、いじめっ子をこらしめる、他愛ない儀式が子供たちの切実な願いへと変わり、周りの大人に、やがて彼ら自身にも襲いかかる。
過失で息子と自分の足を失った慎一の祖父と、彼のために母を亡くした少女がからみ、夫を亡くした慎一の母は恋人を作り、気になる少女は親友に笑いかける。
祖父は「お前、あんまし腹ん中で、妙なもん育てんなよ」と言うが、心の闇は次第に大きくなり・・・。

道尾さんは5回目の候補作の本書で第144回直木賞を受賞。

初出:「別冊文藝春秋」2009年11月号~2010年7月号



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

道尾さんが直木賞ねらいで、丁寧な情景描写で雰囲気を出して子どもの世界を描いている。特に何が起こるわけではなく、淡々と進む。子供の頃の哀しい出来事を描いてから、大人になってからトラウマゆえの悲惨な話が始まるいつもの展開かと思ったのだが、そのまま子どもの世界だけで描ききる。

比較的淡々とした小説なのだが、大人の事情に振り回され、いじめや虐待にあって、ヤドカリの気味の悪い遊びの世界へ逃げこんでいく。しかし、だんだんと狂気を強めていく少年達。暗い海辺の町、山の上の秘密の隠れ家、ゆったりと進む事の成り行きが、狂気の世界へ徐々に落ち込んで行く。
少年を心配し、理解しようとする酒好きの義足の祖父が良い味を出している。



道尾秀介の略歴と既読本リスト

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川上弘美『東京日記3 ナマズの幸運。』を読む

2011年03月19日 | 読書2

川上弘美著『東京日記3 ナマズの幸運。』2011年1月平凡社発行、を読んだ。

脱力系のずれた行動、飛んだ発想、シュールなカワカミ・ワールド満載の日常日記。もちろん実際の川上さんの生活とはまったく違うのだろうと思うのだが、あとがきには、

「この日記に書いてあることのうち、以前は五分の四くらいがほんとうのことだったのですが、ほんとうのこと率は年々上がっているようで、この巻では十分の九くらいに上昇しました。」
とある。



『東京日記 卵一個ぶんのお祝い』、『東京日記2 ほかに踊りをしらない。』に続く日記シリーズ第3弾。今回は、2008~2010年までの3年分を収録。
そこかしこに門馬則雄さんの童話風のイラストがとぼけた味を出している。


この東京日記は、「WEB平凡」に現在も連載中。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

特に何があるわけでもなくウソだろうというという話がつづく。

実際の川上さんとは違うのだろうが、川上さんの小説のように不思議がいっぱいで、大分ズレた話を読んでいるうちに、のんびりした気持ちになれる。もっとも私の場合、これ以上気楽にしようがないのだが。

あとがきの最後には、「2010年師走 武蔵野にて」とあり、杉並区の図書館で借りた本には川上とある印鑑が押してあった。前作にも「2007年晩秋 武蔵野にて」とあり、武蔵野市の図書館で借りた本には、川上の印が。多分寄贈本だろう。



川上弘美の略歴と既読本リスト









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よしもとばなな『もしもし下北沢』を読む

2011年03月17日 | 読書2
よしもとばなな著『もしもし下北沢』2010年9月毎日新聞社発行、を読んだ。

父親が知らない女と心中し、主人公の女性は人生をやり直すため、下北沢に部屋を借り、近所の小さなビストロで働き始める。ようやく日常生活を取り戻しつつあった時、突然母親が自宅を離れ部屋に転がり込んでくる。喪失感、孤独を抱える母娘と、下北沢の街の物語。

下北沢での彼女の生活は、ただひたすらにお店を中心に回っていた。そんなとき、父を知っていたライブハウスの店長の新谷くんに出会う。そして、・・・

なんで生きていると、体だけは勝手に立ち直っていくのだろう。
いや、だからこそすばらしいのだ。体が助けてくれるから。


下北沢近辺で暮らして10年になるというよしもとばななさんは、作中に、実在する店舗も多数登場させた(「もしもし下北沢特設サイト」に簡単な地図がある)。かって実在した主人公の働く「レ・リアン」というビストロも、2008年12月末に、本書中と同じく取り壊しになってしまった。今はメニューもそのまま幡ヶ谷にあるという。

初出:毎日新聞2009年10月~2010年9月

毎日新聞社は本書のiPhoneおよびiPad向けの電子書籍版をApp Storeで配信で発売した。通常の書籍版(単行本)1575円に対し、電子版は1200円。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

よしもとばななさんの小説を最後まで読んだのは初めてだ。とくに何が起こるわけでもなく、薄ぼんやりと、ほんわかと話は進んでいく。心地良いといえばいえるのだが、驚きの事実もなく、深く掘り込むこともない。

転がり込んできた母は言う。
「違うわよ。なんか、人生をきちんと生きなくちゃだめになる、っていう嘘の教えに負けそうなのよ。だって、きちんと生きないと大変なことになると思って必死でやったきたのに、考えうる大変なことのかなり上のほうのことが起きちゃったじゃない。・・・」




なぜこの本を読んだかというと、子供の頃から代々木上原に住んでいて、良く下北沢へ行ったので懐かしかったためだ。よしもとさんは、ここ数年下北沢があまりにも変わってしまったので、残しておきたくてこの本を書いたと言っていた。
60年ほど前の話だが、洋画好きだった私の母が良く幼い私を連れて下北沢の映画館へ行った。私は騒ぎもせず、たいてい母の膝に頭を乗せて眠っていたらしい。長じてからは自転車で下北沢へ行ったが、とくにどうということはないゴタゴタした町だった。いつの頃からか、演劇関係の人が集まり、流行の町になっていて、縁のない私は足が遠のいていた。



よしもとばなな
1964年7月24日、東京都生まれ。A型。日本大学芸術学部文藝学科卒業。
小説「キッチン」は1987(昭和62)年に第6回海燕新人文学賞を受賞するなど、その後の作品も数多くの賞を受賞している。諸作品は海外30数カ国で翻訳、出版されている。





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お見舞いメール

2011年03月15日 | 日記
地震に関し、パソコンに複数のお見舞いメールをいただいた。
複数といっても、世捨て人の私には、国内1,海外1の2通で、一日100通の携帯メールがないと不安という女子高生には考えられない数でしょう。

海外はオーストラリアからで、あちらでもTVでさかんに災害の映像がながされているらしい。さっそく、辞書ひきひき返信しメールをやりとりしたが、"devastate" (圧倒する、呆然とさせる)という単語と、”shame"に「ひどく残念なこと」という意味があることがわかりました。
そして、その夜(昨晩)、夢に初めて外人さんが登場しました。さいわいにも全員日本語が達者だったのですが。

あらためて、単純で分かりやすい人だと自分に感心しました。


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小川洋子『妄想気分』を読む

2011年03月14日 | 読書2

小川洋子著『妄想気分』2011年1月集英社発行、を読んだ。

新聞、雑誌などに掲載された38のエッセイ(1991年~2005年)に、10の書き下ろしを加えたエッセイ集。

著者のつつましく、謙虚で素朴な人柄を映す思い出、日常が語られている。地方から上京し、大学の女子寮での倹約の日々、子育ての中、小説を書ける喜びに夢中な日々、見上げる先輩作家、父のように育ててくれた編集者の思い出など心に滲みる話が多い。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

小説家でありながら、謙虚で素朴なまま小川さんの人柄が滲み出て、ほっとする温かい気持ちで楽しく読めた。題名の「妄想気分」はシュールな話という意味ではなく、のんびり、ぼんやり考えることぐらいの意味だと思う。 



小川洋子は、1962年岡山県生れ。
早稲田大学第一文学部卒。1984年倉敷市の川崎医大秘書室勤務、1986年結婚、退社。
1988年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞
『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、2006年に映画化
2004年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞
2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞
その他、『カラーひよことコーヒー豆』、『原稿零枚日記』など。
海外で翻訳された作品も多く、『薬指の標本』はフランスで映画化。
2009年現在、芥川賞、太宰治賞、三島由紀夫賞選考委員。


以下、メモ

第一章 思い出の地から
「武蔵小金井女子学生寮」
木造モルタルのごく普通の一軒家に、定員五人の女子大生がお互いに話し合ってルールを決めながら暮らすというスタイルで、門限もなく、食事も自炊だった。
・・・
五人の共通点は、生活の質素さにあった。二十二年前(1980年)とはいえ、寮費は一か月たったの千円、・・・。

そして、いかにもつつましい料理のメニューが並ぶ。貧しくも楽しい昭和の青春がここにある。

第二章 創作の小部屋
「恐る恐る書く」
正直に告白すれば、今でもやはり、小説を書くのが怖い。・・・自分が作り上げようとしている世界がどんなものになるのか、少しも分かっていなかった。・・・ただ、一行を書き、次の一行を書き、また次の一行を書く、その繰り返しだった。


「本はいつでも寄り添ってくれる」
生まれて初めて私がお話を書いたのは、たぶん八歳か九歳の頃で、「迷子のボタンちゃん」というタイトルだった。・・・失敗しないよう用心しながら画用紙にお話を清書し、表紙の絵を描き、最後、ホチキスで留めた時の、パチンという心地よい音の響きを、今でも覚えている。


第三章 出会いの人、出会いの先に
「相手を思う気持ちを、形のない気配に変えて」
夫は今、何を考えているのだろう。そんなこと、恐ろしくてとても真剣に考える気になれない。・・・
うまくいっている夫婦は、相手が今、何を考えているのか、などと言って悩んだりしない。相手のすべてが分かっているのだ、と高をくくったりもしない。分かり得ないところがある事実を受け入れ、それでもあなたの心の内を、いつでも思いやっているという証拠を、形のない気配に変えて、日常生活の中に漂わせている。しかもほとんど無意識のうちに。
夫が何を考えているか、理想の夫婦について原稿を書いていると、夫から電話がかかってくる。ホステスさんの嬌声も聞こえる中、「おい、今日が結婚記念日だって、知ってるか?」。

第四章 日々のなかで

第五章 自署へのつぶやき 書かれてもの、書かれなかったもの

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皆さまご無事ですか?

2011年03月11日 | 日記
皆さま、今日の地震、大事に至りませんでしたか?

自宅は食器棚から若干の食器と、仏壇の位牌がが飛び出したくらい(?)で大したことにはなりませんでした。ガスが止まりメーターの場所が分からず苦労しましたが、電気が使えたので大きな問題にはなりませんでした。直下型で電気も止まったら往生しますね。少しは真面目に災害対策を考える気になりました。

私は地震のときは、赤坂にいたのですが、かなりの揺れで、棚から本が落ちて、後始末が大変でした。しっかりと防振のつっかえ棒をしてあった所は無事でしたから、やはり充分な備えは必要ですね。

5時を過ぎても電車が動かないので、歩いて自宅ま歩いて帰りました。精一杯の早足で2時間55分でした。きっと明後日以降も筋肉痛でしょう。グーグルマップのルート検索、徒歩で見ると、渋谷駅に行かない近道ですが、14km、2時間53分と出ました。私は青山通りで渋谷駅に出て、井の頭通りを進みました。約50年ぶりの徒歩コースでところどころ懐かしかったのですが、歩道が人でいっぱいでおまけに携帯をいじっている人が多いので、早く歩けなくて往生しました。
親戚の女性は、勤め先で一番安い自転車を買って乗って帰ったそうです。タクシーも捕まらず、渋滞でしたから、機転が効きますね。

ヘルメットを邪魔そうに持っている人や、かぶっている人もいました。よっぽどオオゴトのときには命に関わる大切なものかもしれませんが、はっきり言って邪魔ですね。安全のためという錦の御旗には勝てませんが、前の職場でも普段狭い机の下に押し込めるのに苦労しました。

携帯も、電話も使えなかったので、家族との緊急時の連絡方法をきっちり確認しておく必要があると思いました。
喉元が過ぎないうちに、直下型に備えて、やれることから始める気になりました。



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ブライアン・グルーリー『湖は餓えて煙る』を読む

2011年03月11日 | 読書2
ブライアン・グルーリー著、青木千鶴訳『湖は餓えて煙る(Starvation Lake)』ハヤカワ・ポケット・ミステリー・ブックNo.1839、2010年9月早川書房発行、を読んだ。

裏表紙にはこうある。
ある冬の夜、湖に打ちあげられたスノーモビル。それは十年前別の湖で事故死した伝説的アイスホッケー・コーチが乗っていたはずのものだった。彼を失い衰退した町にかつての英雄の死への疑念が膨らむ。取材にあたるコーチの元教え子、地方紙記者のガスは、誰にも望まれぬまま町の歴史と最愛のチームの暗部に切り込んでいくことになるが――。アイスホッケー選手としても第一線の記者としても挫折したガスが、過去との対峙の末に見出すものとは? 迫真の筆致と不屈のジャーナリスト魂が深く胸を打つ感動のミステリ。

2010年アンソニー賞最優秀ペイパーバック賞、バリー賞最優秀ペイパーバック賞の2冠を達成。


主人公のガスは、少年時代にアイスホッケーの州大会決勝でおかした致命的なミスと、デトロイトでの記者として成功寸前での大失敗という苦い思い出を抱えている。今はうらぶれた故郷に戻った彼は地元の記者となり、少年のころからの仲間とアイスホッケーを楽しむ。



ブライアン・グルーリー Bryan Gruley 
ウォール・ストリート・ジャーナルのシカゴ支局長。ウォール・ストリート・ジャーナルが9.11事件報道により2002年にピュリッツァー賞を受賞した際の一員。小説デビュー作の本書はアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補となった。

青木千鶴
白百合女子大文学部卒。英米文学翻訳家。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

過去の事件追求を望まない周囲の中で、今でも引きずる二つのトラウマに悩まされながらあくまでも追求をつづける新聞記者魂。アイスホッケーの試合の描写は臨場感迫るものがあり、著者のホッケーに対する愛情がにじみ出ている。そして、そのなかから登場人物の人柄、過去が徐々に浮かび上がる。ほとんど進展しない事件追求も、後半になると一気に急展開していく。

それにしても、主な登場人物だけで24名。それが姓名のほかに愛称で表記されるのだがら巻頭の人物説明表を参照しきりとなる。




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『日本人の知らない日本語2』を読む

2011年03月08日 | 読書2
蛇蔵&海野凪子著『日本人の知らない日本語2』2010年2月メディアファクトリー発行、を読んだ。内容をよく調べずにインターネットで図書館から借りたら、マンガだった。

外国人からのとんでもない質問に驚き、勉強させられる日本語教師の日常を描いている。我々日本人には言い方の正解がわかってもなぜそんな言い方をするのかという説明に苦労する例が多い。また外人の無垢な頭で考えたことを聞かれると、平気で使っていても、なぜなのか、歴史的経緯などに無知であったことに気づくことも多い。
何かで、本書は1と2があるが、2の方が面白いとの記憶があったので、2のみ読んだ。


「こんにちは」と「こんにちわ」はどちらが正しいですか?
「今日(こんにち)はいい日ですね」の後半が省略された形だから「は」が正解。

「スッパ抜く」のスッパってなんですか?
スッパとは「透破」または「素破」で戦国大名が抱えていた忍者のこと。忍者が素早く情報を入れるさまから「スッパ抜く」と言われるようになった。

日本では太陽は赤く描くが、外国は黄色が多い。

アニメファンなので日本語を学びたいという外国人が多くなっている。日常的にルパンのコスプレのスティーブは、意味もわからずセリフを丸暗記している。
「コノ番組ハゴ覧ノスポンサーノ提供デオ送りシマス」から覚えていた。

フィンランドには日本人には変に聞こえる名前が多い。アホネン、パーヤネン、ミンナ・アホ、ヘンナ・パンツさんもいる。
(オランダにスケベニンゲンのいう地名があったはず)

平安時代、ひらがなが工夫されたとき、濁音と清音区別せず、文脈で読み取っていた。仏典でアクセントの違いを、漢字の右上か左上に点をうち、区別する「声点(しょうてん)」という方法をまねて、平仮名に濁点を加えるのが主流になった。そういえば、終戦の詔書にも濁点がなかったと思う。
「ぱぴぷぺぽ」の半濁音につける○はポルトガル宣教師が工夫したものだ。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

文化ギャップや思わぬ行き違いが笑える。日本語教師は楽しそうだが、文法、歴史など、私には聞かれても答えられないことばかりだ。
私は、漫画は読まないのだが、こう言った内容はたしかに漫画で表現した方が面白いだろう。



海野凪子(うみの・なぎこ)原案
日本語教師
ブログ「まめじゃない日本語教師がまじめに日本語を考える」
uminonagiko.blog73.fc2.com

蛇蔵(へびぞう)構成・漫画
雑誌やゲームで幅広く活躍中
ブログ「未確認蛇行物体」
hebizou.blog56.fc2.com



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sometime 吉祥寺

2011年03月05日 | 日記
「あるとき、吉祥寺へ」ということではなく、「SOMTIME」はお店、ジャズクラブの名前だ。

夜行って、ライブを聴くのが普通なのだが、今回は、昼飯を食べようとして3箇所ほど満員だったり、休みだったりしてうろついたあげく、ここに流れ着き、昼飯にありついた。
吉祥寺でジャズライブ

店の入口にはランチメニューが置いてある。





ちょっと怪しげな階段を降りると、



レンガ壁とアンティークな内装。宣伝文句は、「アーリーアメリカンの酒場の雰囲気、JAZZの音が染み込んだ空間」



ガラガラの店内の中央のピアノやドラムが寂しそう。



屋根裏部屋のようないつもの2階席に潜り込む。



頼んだのは鶏挽肉季節野菜のカレー850円と



煮込みハンバーグ 850円。



けっこう美味しかったので、テーブルにドル札のチップを置く。じゃなかった、レシートが置かれた。




確か、日曜日には昼もライブをやっていて、チャージも1600円からと比較的安かったと思う。人ゴミがいっぱいの土日の吉祥寺には近づかないようにしているので、入ったことはないのだが。


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森於菟『父親としての森鴎外』を読む

2011年03月03日 | 読書2
森於菟(もり・おと)著『父親としての森鴎外』ちくま文庫、1993年9月、筑摩書房発行を読んだ。

鴎外の長男でありながら、先妻の子であった森於菟は、後妻の茂子からうとまれ、祖母によって育てられる。寂しい育ち方をし、厳しい祖母に、中学を2年早く卒業するなど鴎外と同じように英才教育を強いられた。しかし、後に日本の解剖学の権威となるなど能力も高かったのだろうが、温厚な人柄で、偉大な鴎外に比べ常に自己を卑下して書いている。
その於菟が折に触れて書いた人間としての鴎外と、嫁姑をはじめ鴎外一家の争いの記録だ。鴎外は、家族を子供扱いしながらも、時に都合よく避けたり、思いやりを持ったりして接している。

100年以上前の時代なので、家長の立場は現代とはまったく違っているが、ヒステリックな後妻を愛しながら、なんとかやり手の母や、先妻の子、於菟と生活を共にするのに苦労する鴎外の日常が浮かび上がる。そのなかで、軍医として最高位に上り詰め、その上、数多くの偉大な文学上の実績を残し、徹底的論争にも参加した鴎外はまさに偉人だ。

鴎外の住む観潮楼に集まる人々が凄い。佐々木信綱、上田敏、小山内薫、与謝野寛、晶子、北原白秋、吉井勇、石川啄木、木下杢太郎、伊藤左千夫、斎藤茂吉、永井荷風などの名前がある。鴎外が傑出していて、しかもこのときまさに文学が興隆する時代だったためだろうか。現在、どこかの誰かのところに、100年後にこれほど世に知られた人々が集まっていたと驚嘆されることがあるとは思えない。

一方では、この本にも書かれているが、ドイツ留学中の彼女が日本まで追いかけて来た話や、先妻と離婚後に人に知られることなく愛人とも言える女性を持っていたことや、さらにこの本には出てこないが、小倉時代にも女性がいて、いずれの女性とも、東京へ帰るとき、あるいは後妻、茂子との結婚の際に、見事に人知れず面倒も起こさず別れていることなどから、時代が違うとはいえ、鴎外の人柄に反感を持つ人もいるだろう。著者は、「あの時代に生きた知性も教養も低く、まず一通り善良で相当に美しい気の毒な人なのである」と言っているが、ウーマンリブの時代を超えた我々には、違和感があり、遠い世界の話のように感じる。



森於菟(もり・おと)
1889年東京生まれ。母は鴎外の先妻・赤松登志子。
1913年東大医学部卒業。1918年東大理学部卒業。
台湾・台北大学医学部長を経て、1967年死去

初出:1969年12月筑摩叢書159として刊行



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

特に鴎外に興味のある人にはおすすめだが、なにしろ100年ほど前の家庭の人間関係を、70年近く前に思い出して書いたものなので、時代感覚についていけない人も多いだろう。色々な機会に少しずつ思い出して書いたものを集めているので、同じ話が何回も出てきたりして、全体としてもまとまりに欠ける。

しかし、あの偉大な鴎外が、家族問題で悩み、苦労しているのを具体的事例で実感できるのは面白い。嫁姑のいずれの悪口もけして口にせず、したがって、どちらからもよく思われず、最後には敷地内別居を図るなど苦労がにじみ出ている。成人した於菟とも勤め先で会うようにしていたのが、後妻にバレて、しばらくおとなしくしていると於菟になげくなど、これが鴎外かと思ってしまう。一方では、そんな境遇を本当はなんとも思わず、楽しんでいるようにも見えるのだが。



私個人としては、鴎外ファンであるうえ、「観潮楼」に思い出があり部分的に楽しく読んだ。私が生まれたのは本書中に散見される谷中三崎町あたりのようであるが、3歳になるかならぬかで引っ越してしまい、記憶にはない。小学生になってから観潮楼のある団子坂上の知人の家に良く行った。なにやら話し込んでいる家人を置いて、近くをぶらつき、道路の向こう側の偉い文学者の家だったという観潮楼をよく覗き込んだことを覚えている。数年前、約60年ぶりに、谷中や団子坂上を訪ねてみたが、様変わりしていることもあり、記憶と結びつかなかった。ただ、あんなに急で上からみると怖いと思った団子坂がそれほどの坂ではないことが解った。ただし、登ると息は切れた。



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