セザンヌの名残を求めて、エクス・アン・プロヴァンスへ。
エクス・アン・プロヴァンスの町にはいたるところに噴水があるが、一番大きいロトンドの噴水のあるド・ゴール広場。
傍らには、杖をつき、画材を背負ったセザンヌの像がある。
1409年創立というエクス・アン・プロヴァンス大学法学部の校舎。
セザンヌが銀行経営の父親の意向で通った大学で、友人のエミール・ゾラも通っていた。
向かい側が、サン・ソヴール大聖堂。
晩年のセザンヌは、市街地にあった自宅と、この大聖堂、600mほど離れたこれから訪れるアトリエを往復する毎日だったという。気難しいセザンヌも敬虔なクリスチャンだったようだ。
セザンヌ、ゆかりの道に点々とこのマークがある。
エクス・アン・プロヴァンスの町は、プラタナス並木のミラボー通りを中心に、法科大学の学生など知的で上品な町だが、一歩横道に入れば、古い静かな田舎町だ。
マルシェをのぞくと、日本にはない果物、野菜が並んでいた。
セザンヌが有名なサント・ヴィクトワール山を描いたレ・ローヴの丘へ。
遠くに、何度も見かけたような気がするサント・ヴィクトワール山が。
例によって数点の模写が置いてある。
そして坂を下ってセザンヌの晩年のアトリエへ。
途中で、列の後ろから悲鳴が聞こえた。危うくひったくられそうになったらしい。若い男が崖を登って逃げていく。
どこにも職がなく荒れた若者がいるようだ。
エクス・アン・プロヴァンスの町にはいたるところに噴水があるが、一番大きいロトンドの噴水のあるド・ゴール広場。
傍らには、杖をつき、画材を背負ったセザンヌの像がある。
1409年創立というエクス・アン・プロヴァンス大学法学部の校舎。
セザンヌが銀行経営の父親の意向で通った大学で、友人のエミール・ゾラも通っていた。
向かい側が、サン・ソヴール大聖堂。
晩年のセザンヌは、市街地にあった自宅と、この大聖堂、600mほど離れたこれから訪れるアトリエを往復する毎日だったという。気難しいセザンヌも敬虔なクリスチャンだったようだ。
セザンヌ、ゆかりの道に点々とこのマークがある。
エクス・アン・プロヴァンスの町は、プラタナス並木のミラボー通りを中心に、法科大学の学生など知的で上品な町だが、一歩横道に入れば、古い静かな田舎町だ。
マルシェをのぞくと、日本にはない果物、野菜が並んでいた。
セザンヌが有名なサント・ヴィクトワール山を描いたレ・ローヴの丘へ。
遠くに、何度も見かけたような気がするサント・ヴィクトワール山が。
例によって数点の模写が置いてある。
そして坂を下ってセザンヌの晩年のアトリエへ。
途中で、列の後ろから悲鳴が聞こえた。危うくひったくられそうになったらしい。若い男が崖を登って逃げていく。
どこにも職がなく荒れた若者がいるようだ。