hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

香山リカ『精神科医はへき地医療で”使いもの”になるのか?』

2025年01月21日 | 読書2

 

香山リカ著『精神科医はへき地医療で”使いもの”になるのか?』(2024年7月17日星和書店発行)を読んだ。

 

星和書店の内容紹介

ベテラン精神科医が、総合診療医に転身!
一念発起して北海道にある穂別町で「へき地医療」を始めた著者が、日常診療で思うところをつづったエッセイ。苦労も喜びも多い日々で考える、「こころを診る・からだを診る」こと――。プライマリ・ケア医として日々格闘しながらどんな診療をしているのか、何を思うのか、つぶさに語った。

 

『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地」のお医者さんはじめました』 の続編にもなっている。

 

精神科医になって35年、大学教員になってからも20年以上で、一般診療の経験がほとんどない香山さんがへき地診療所で、ベテランの所長と共に、総合診療医として働くことになった。

 

・マダニの取り方を学ぶ(マダニをピンセットでうまくはさんでクルクルッと回して刺し口ごとスポット取る)

・患者の前で、「内科外科マニュアル」を見ながら診察する

・しばらくは、「へき地診療医の薄い皮をかぶった精神科医」くらいの気持ちでのんびりやることにした。

 

・これはメンタル科の対象だなと思うと、つい総合診療科のワクを超えて対処しそうになる。ところが、そうやった元のなわばりの精神科のフィールドに呼び込むと、今度は総合診察科医としての見方ができなくなってしまうことがある。

 

 

本書は、星和書店のメールマガジン「こころのマガジン」で2022年9月から2024年5月まで掲載された連載コラム「精神科医はへき地医療で“使いもの”になるか?」をもとに加筆・修正されたものです。

 

参考:以下で、へき地勤務になるまでの経緯を香山さんが詳しく語っている。

香山リカ・むかわ町国民健康保険穂別診療所副所長に聞く

 

 

私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)

 

率直な香山さんが、恥も外聞もなく、患者さんを前に診断がつかず、ああでもない、こうでもないと、迷ったり、措置をためらったりする様がありていに語られる。本人が言うよりはるかに優秀で、勉強家の香山さんだけが、診断に迷っているわけではないだろう。多くの医者が、大小はあっても、おそらく迷い、悩むことが多いのだろう。

それにしても、外科と内科などの差とくらべても、精神科と一般診療の差は大きいのではないかと推測できる。

 

頑張れ、香山さん!

 

香山リカの略歴と既読本リスト

 

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伊与原新『藍を継ぐ海』を読む

2025年01月16日 | 読書2

 

伊与原新著『藍を継ぐ海』(2024年9月25日新潮社発行)を読んだ。

 

今、書いていて、直木賞受賞の報が! やはり、思った通りだ、

 

新潮社の内容紹介

なんとかウミガメの卵を孵化させ、自力で育てようとする徳島の中学生の女の子。老いた父親のために隕石を拾った場所を偽る北海道の身重の女性。山口の島で、萩焼に絶妙な色味を出すという伝説の土を探す元カメラマンの男――。人間の生をはるかに超える時の流れを見据えた、科学だけが気づかせてくれる大切な未来。きらめく全五篇

 

地球惑星科学の博士でもある伊与原さんは「孤島で千二百万年を思う」でこう語っている。

『藍を継ぐ海』では、見島での他に、奈良の東吉野村、長崎の長与町、北海道の遠軽町、徳島の海辺の町を舞台にしたが、この五編に通奏低音として響かせようと試みたのは、それぞれの土地に固有の「継承」である。

……

 科学が世界を味気ないものにしているのではない。科学の知識が積み上がるにつれ、世界の時空はむしろ拡大し、その細部も豊かなものになっているのだ。列島の各地で営まれてきた「継承」を科学の光で照らしたとき、その像はよりくっきりと浮かび上がり、また新たな輝きを放ち始める。

 

「夢化けの島」 

舞台は山口県萩市の北西、約45㎞、日本海の孤島・見島。久保歩美は山口県内の国立大学の助教で専門は火成岩岩石学。学部卒論で見島を訪れて以来、年2回は通い続けて10年になる。任期付き研究者なので、研究費を稼げる目立つ研究をしなくてはいけないのだが、融通がきかず、笑顔を作るのが下手だ。
歩美は、元カメラマンだという三浦光平と知り合い、萩焼に使う見島土の採掘現場を探すことになる。

 

「狼犬ダイアリー」

午前二時、瞬時に目が覚めてしまった。遠吠えを、オオカミのそれを聞いたような気がして玄関を出ると、紀州犬のギンタも興奮している。数日前、大家の盛田家の息子、小3の拓己君が神社の前でオオカミを見かけたと騒いだのだ。私・まひろは、30歳を節目に奈良の山奥に移住してフリ―ランスのWebデザイナーになったが、貯金を切り崩すだけで、拓己にだけは「わたし、負け犬やねん」と呟く。

近隣でも何かに襲われて飼っている柴犬が怪我をした。ギンタを連れた拓己に引っ張られて、私もオオカミ探しに出かけ、神社の前にやっていたとき、一頭の獣が姿を現す。……

動物病院の先生は、かって吉野には狼混(ロウコン、近い世代でニホンオオカミと交配し、その血を受け継いでいる犬)が居たという伝承があるという。

 

「祈りの破片」 

原爆で被爆しながら大混乱の長崎で黙々と岩石を収集し、その溶けた様子、方向などから、爆心地を推定し、被害の凄まじさを調査していた男がいた(ここまでは史実)。彼は被爆後1年で亡くなったが、膨大な収集物・資料をそのまま残していたボロ屋が発見された。

 

「星隕(お)つ駅逓」 

アマチュアの団体「日本流星ネットワーク」の掲示板が北海道内で大火球と衝撃波を確認したと騒がしい。生まれも育ちも遠軽町の信吾は白滝郵便局長で配達員でもある。妻の涼子は10年目で初めての妊娠中であるが、父を心配している。父・公雄はまだ65歳なのに、妻が亡くなり、局長だった野知内(やちない)郵便局(かっての野知内駅逓)の名消えたので、元気がない。涼子は落下した隕石を発見したのだが、……。

 

「藍を継ぐ海」 

両端を岬ではさまれた500mほどの姫ケ浦海岸はアカウミガメの産卵地として知られていたが、巨大な堤防の影響もあって、近年は亀がやってきていない。沙月は1歳半のときに母が亡くなり、姉妹ともに祖父・義雄に育てられた。
久しぶりに産卵のあった浜に、中二の沙月は深夜に忍び込み、卵を5個盗み出した。納屋で孵化させるつもりなのだ。ウミガメ監視員の70歳になる佐和は、沙月の仕業と気づいていたが、町役場の職員には黙っていた。4,5年前、東京へ出ていき、連絡もない8歳上の姉・未月に置いて行かれた沙月が、浜に1匹だけ残って弱っていた子亀を見つけた。「この子亀だけ置いて行かれたと」泣いて佐和に訴え、二人で育ててタグを付けて海にかえしたことがあったのだ。その……

 

 

初出:「小説新潮」「週刊新潮」2021年11月号~2023年1月号

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)

 

第172回直木三十五賞候補作であるが、私としては是非受賞して欲しい。

 

どれも驚きで、感動の話だ。そしてその感動はあくまで静かにさわやかなのだ。

 

地球物理学者の伊与原さんだけあって、いつものように地球物理をネタにした話が興味をそそる。私はもともと物理的な話が好きなのだが、物理の中のロマンを、ギクシャクせずに巧みに物語の中に取り入れて、さわやかな話の中に溶け込ませている。

 

出会う人物も魅力的で、透明感ある文章に魅了される。派手さ、迫力、執念はないが、爽やかに引き込まれてしまう話しぶりが私の好みだ。

 

巻末には60以上の参考文献が並ぶ。各話は、物理現象の丹念な調べ、学びの結果として、自然に生活の中に取り込まれているのだろう。

 

伊与原新(いよはら・しん)の略歴と既読本リスト

 

 

メモ

萩焼の歴史:萩焼の開祖・李勺光(しゃくこう)は、弟・李敬と共に朝鮮出兵で日本に連れてこられ、納得がいく粘土が見つかるまで何カ月も毛利輝元の領内を探し回ったという。

毛利藩の御用窯は、李の流れをくむ坂家と、三輪家、林家。林家6代目の林泥平は名工だが素行が悪く、早々に引退した。(以下は創作)家督を譲った7代目の良平も不品行で出奔、窯は断絶。泥平は萩沖合数キロの大島へ、さらに見島に流され、焼物作りを命ぜられた。計画は頓挫したが、泥平は見島の土を本土に持ち帰った。一説には、萩焼に見島土が広く用いられるようになったにはそれがきっかけだと言う。

三浦光平はこの林家13代になるという。

 

萩の七化け:貫入という釉薬のひびから茶が器に沁み込み、長く使いこむうちに様々に風情が化けて味わいが増す。ガスや電気の窯でなく、登り窯で低温でゆっくり焼け上げるので焼き締めが弱く、吸水性に富む萩焼の特徴。

 

隕石:百万個以上の小惑星が回っている小惑星帯が火星と木星の間にある。互いに衝突しバラバラになって小惑星帯から飛び出た破片の一部が、太陽の周りを巡りながらやがて地球にぶつかる、それがほとんどの隕石。見た目はその辺の石とほとんで変わらない。

 

ビーチコーミング:海岸や浜辺に打ち上げられた漂着物を収集したり観察したりする遊び(Beach combing(櫛けずる)

 

黒潮:沖に出ると、潮の境目がはっきりわかって、向こう側が濃い藍色だった。黒潮だった。親潮は栄養分が多く、プランクトンが繁殖して、緑とか茶色がかった色だが、黒潮は栄養分が少なく、透明度が高く、青黒く見える。深い深い藍色だ。

 

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篠田節子『四つの白昼夢』を読む

2025年01月15日 | 読書2

 

篠田節子著『四つの白昼夢』(2024年7月30日朝日新聞出版発行)を読んだ。

 

朝日新聞出版の紹介

コロナ禍がはじまり、終息に向かった。
これは目眩? 日常の隣にある別世界。
分別盛りの人々の抱えた困惑と不安を
ユーモアと活力あふれる文章で描く四つの日常奇譚集。

妻は売れっ子イラストレーター、夫は音楽家。30代の夫婦が不動産屋の仲介で移り住んだ理想の家。しかし夫が出張中のある夜、天井から異様な物音が……。気のせい? 事故物件? それとも……。
そしてある日、夫婦は隣家の秘密を知ることになる。
(「屋根裏の散歩者」)

酔い潰れ、夜更けの電車内でヴァイオリンを抱いて眠る老人。慌てて下りていった彼の忘れ物は、なんと遺骨。「才女好き」と噂された男の、四十年に及ぶ家庭生活に、秘められたものはいったい何だったのか。
(「妻をめとらば才たけて」)

亡き父の後を継いだレストラン経営がコロナ禍で破綻に瀕している。家庭がきしみ始め、しっかり者の母が倒れ、妻は子供を連れて出て行く。負の連鎖の中でどん底の男が、はまったのは、因縁付きの謎の植物。完璧なフォルム、葉の緑のグラデーション。マニアの世界は地獄より深かった。
(「多肉」)

認知症の義母が亡くなった。ようやく見つけた葬儀用の遺影。しかしその肩先には人の手が写っている。そして切り取られた半分には見知らぬ男が。
背景からすると、近くの動物園で撮影されたようだ。
慎ましく物静かで、実の娘息子にも本音を語ることのなかった人の心の内にあったものは?
(「遺影」)

現実と非現実の裂け目から見えた、普通の人々の暮らしと日常の裏側。
『鏡の背面』(集英社文庫、吉川英治文学賞受賞作)や『冬の光』(文春文庫)
の流れにつながる、人の心の不思議と腑に落ちる人生のリアリティにあふれる力作。

 

「妻をめとらば才たけて」

浅羽:役所の同期のむっちゃんと結婚。アマチュアだがヴァイオリンの名手で、司書と学芸員の資格を持ち、資料室を希望して異動。40歳目前で離婚し、日野と同居し再婚。

日野禮子:一般人に知名度はないが、世界的ピアニスト。

荻上、森下:浅羽の役所勤務時代の同僚で、浅羽と違いそれなりに出世し、退職後、浅羽と飲み友達

 

 

初出:「小説トリッパ―」2021年夏季号~2023年春季号

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

柔らかな穏やかな文章で語られる日常をのんびり読み進めていくと、最初は少しズレ、やがて日常のすぐ隣にあるぼんやりした別世界に入り込んでしまう、ちょっと不思議な感覚になる奇妙な味わいの4編。

 

「屋根裏の…」屋根裏から聞こえる不気味な引きずるような音の正体は、隣家の甘やかされ男が原因だった。

「妻をめとれば…」置き去りにされた骨壺の謎は、友人たち厳しい想像と、全く異なる本人の考え。

「多肉」多肉植物の謎のアガペに魅せられ主人公が、生活の落ち込みと呼応して、徐々に正気を失っていく姿が恐ろしい。

「遺影」遺影の中で、見たことがないほどの明るい笑顔を見せる義母。寄り添っている人は誰なのか? 息子は嫌がって写真を切り取って捨ててしまうが、介護した嫁の調べた結果は奇妙なものとなった。

 

 

篠田節子の略歴と既読本リスト

 

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東野圭吾『架空犯』を読む

2025年01月13日 | 読書2

 

東野圭吾著『架空犯(かくうはん)』(2024年11月1日幻冬舎発行)を読んだ。

 

特設サイトの内容紹介(主な登場人物、少々の動画、物語の舞台などの紹介も)

誰にでも/ 青春があった/ 被害者にも/ 犯人にも、/ そして/ 刑事にも。

都内の高級住宅地で起こった火災。
焼け跡からは都議会議員と元女優の夫婦の遺体が発見された。
当初無理心中と思われていたが一転、殺人事件に様変わりした。
警視庁捜査一課の五代は所轄の刑事、山尾と捜査を始めることになるが———。
華やかな人生を歩んできた二人に一体何があったのか。

 

白鳥とコウモリ』とは全く別の物語だが、同じ主役・五代刑事が活躍する457頁の長編。

 

あらすじ

都内の高級住宅地の放火事件の現場から、ソファーで首に布を巻き付けた藤堂康幸の遺体が発見された。康幸は政治家一族で65歳の都議会議員だった。さらにバスルームで首を吊った姿の藤堂江利子の遺体が発見された。江利子は双葉江利子という名で知られた元女優だった。

 

捜査会議が開催され、夫妻は窒息死で、妻は背後から絞殺された後、ロープを首にかけて吊るされたと推定され、無理心中に見せかけた第三者による犯行であることが決定的になった。

 

五代は事件の被害者の人間関係を捜査する鑑取り(かんどり)捜査班で、57歳の所轄署・生活安全課の警部補・山尾と組むことになった。

 

捜査が進む中、「藤堂夫妻の非人道的行為に対し制裁を加えた」との犯行声明と、その証拠品を3億円で買い取れとの脅迫状が届く。やがて、犯人から、「藤堂康幸のタブレットを持っていて、その中の写真をメールに添付したから、3千万円でタブレットを買い取れ」との要求が出される。

 

五代は、藤堂(旧姓深水)江利子の高校時代を探り、薄紙をはぐように徐々に……。

たどり着いた犯人は実質的に自供するのだが、裁判で勝てる決定的証拠がない。このままでは検察は起訴しないし、五代たちは拘留期限が迫ってくるという立場に追い込まれる。

 

 

主な登場人物

五代務:警視庁捜査一課巡査部長。数々の実績を上げて、上司の信頼あつい。上司は筒井でその上が桜川

山尾陽介:所轄署生活安全課警部補。位は五代より上。観察眼は鋭く、表情は乏しい。

 

藤堂康幸:死亡。都議会議員。元社会科高校教師。第一秘書は望月。後援会会長は幼馴染の垣内

藤堂江利子:死亡。康幸の妻。元女優。旧姓深水。康幸の元生徒。事故で両親を亡くし、叔父夫婦に預けられる。

榎並香織:藤堂夫妻の娘。妊娠中。30歳。次回選挙で立候補予定。

榎並健人:榎並グループの御曹司で榎並総合病院副院長。

本庄雅美:江利子の女優時代からの友人。

今西美咲:東都百貨店外商員。本庄雅美や江利子が主な客。

平塚園長:「春の実学園」園長。

 

 

本作品は、『小説幻冬』2023年3月号~2024年9月号までの連載に加筆・修正し、書下ろしを追加。

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

最初からすんなりと読み始めて、そのままスイスイ読んでしまう。相変わらずの読みやすい東野さん。魂を揺さぶるような感動はないが、「ええ、意外、意外!」「う~ん、どうなるの?」など呟きながら、457頁、読まされてしまった。

 

五代は、頭脳明晰な刑事というよりは、相手のちょっとした仕草を感良く捉えて見逃さず、かつ地道な捜査を積み重ねて、小さな手がかりをつなげて、一つ一つ壁を突破していく。着実に犯人に近づいていくので、一緒に捜査している気分になってしまう。五代と不審な相棒との駆け引きも、スリルがあって面白い。

 

都議会議員の行動など多少、はてなと思う点、小さな破綻??はあっても、いいじゃないと思えてしまう。

 

 

東野圭吾の略歴と既読本リスト

東野圭吾作品は約90以上あるが、電子書籍化されているのは8作品。

 

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辻堂ゆめ『二人目の私が夜歩く』を読む

2025年01月03日 | 読書2

 

辻堂ゆめ著『二人目の私が夜歩く』(2024年4月25日中央公論新社発行)を読んだ。

 

中央公論新社の紹介

昼と夜で、一つの身体を共有する茜と咲子。しかし「昼」が終わりを告げたとき、予想だにしなかった「夜」の真相が明かされる。この物語には、二人の「私」と、二つの「真実」がある――。

 

「昼のはなし」と「夜のはなし」の二部構成。
昼のはなしで少しずつ積上げた伏線を、夜のはなしで引き継いで、全く違う世界を描いてみせる。

 

 

鈴木:高校3年生。小学1年の時に交通事故で両親を失い、祖父母(初瀬)と暮らす。事故のトラウマでなかなか眠れず、一度眠ると夢も見ないで、朝なかなか起きられない。

厚浦咲子:30歳。高校生の時に交通事故で首から下が麻痺し、自発呼吸もできない。

厚浦多恵子:咲子の母。72歳。

 

は、寝たきりの患者を訪ねる「おはなしボランティア」で咲子の家へ行き、咲子が歌詞を書き、茜がパソコンで作曲する約束をする。

――今、空を見上げているこの瞬間だけでも、入れ替わってあげられたらいいのに。
そんなことを考えながら、……

おとなしく、受け身な茜は、やさしく爽やかな咲子と話すこと安らぎを覚え、咲子のために何かしたいと思う。

その後、夜、茜は自分では覚えてないのに、外に出かけていると祖母から聞かされる。さらに、前の晩に予習したノートを見ると、『わたしは、サキ』と書いてあった。自分の筆跡ではなかった。日中、強い睡魔に襲われるようになったり、……。

茜は、全く身体を動かせない咲子に、夜だけでも自分の身体を使って好きなことをしてほしいと願っていた。

 

第一部は、昼の話で、茜の視点での人間のやさしさが描かれる。

第二部は、咲子と夜活動するサキの話で、すべての人について、明るい昼には見えない面が、夜には浮かび上がってくる。

 

鎌田朋哉:咲子の高校の先輩で、元恋人。事故当日に逢う約束をしていたが、事故後、見舞いにも来ない。

保谷奈々恵:咲子の親友。事故の当日、会って、喧嘩になってしまう。その後、見舞いにも来ない。

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

第一部ではやさしさが描かれ、第二部は一転して、反面にある醜さが目立つという構成が見事。

 

第二部は、解離性同一性障害・多重人格者(主人格、交代人格)の話なので、ややこしく、しっかり読まないと混乱する。

 

あえて、あら捜しをすれば、第二部の咲子とサキの会話あたりからテンポが遅くなり中だるみ。また、事故の生々しい話を思い出したくないとの理由で避けたり、謎隠しに多少の無理が感じられる。

 

 

辻堂ゆめの略歴と既読本リスト

 

 

 

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角田光代『あなたを待ついくつもの部屋』を読む

2024年12月29日 | 読書2

 

角田光代著『あなたを待ついくつもの部屋』(2024年7月30日文藝春秋発行)を読んだ

 

文藝春秋BOOKS

舞台は帝国ホテル。じんわり心が温まる、42編のショートストーリー

母に教わった「バーの味」、夫婦で訪れた憧れの上高地……。
全国3か所の帝国ホテルを舞台に織りなす、めくるめく部屋の物語。

帝国ホテル発行の会報誌「IMPERIAL」で11年間にわたって連載した、42編のショートショートを一冊にまとめました。
幻想的な夢の世界を描くものもあれば、現実の夫婦を描いたものもあり、また過去と現在を行き来して語るものも。42編すべて趣向の違う、角田光代さんの幅の広さを思い知る短編集です。
1話5ページで読める短い文章量ながら、じんわりと心が温まり、時には泣け、時には笑えるストーリーが詰まっています。

(収録作)
クロークに預けたままの、亡夫の荷物。夫の秘密がそこにあるのか――開いた鍵の先に、妻が見たものは(秘密を解く鍵)
半年に一度しか会えない小学校6年生の娘。連れだってブフェに行くも、娘はなかなかマスクを外さない(父と娘の小旅行)
窓から射しこむ朝の光、錆びた流し台にしたたる水滴の音――ホテルで眠る夜、どこかで出会った部屋たちの夢をみる(表題作・あなたを待ついくつもの部屋) 
他、全42編

 

 

帝国ホテルは、もっとも歴史があるのが内幸町にある「帝国ホテル東京」で、他に「帝国ホテル大阪」、「上高地帝国ホテル」の3か所がある。したがって小説の舞台もこの3か所に限定される。

217頁で42篇だから、一遍平均5頁のショートショートだ。

 

「月明りの下」

結婚15年目の記念で上高地帝国ホテルに予約したのに喧嘩して一人だけで来てしまった芳恵は……。

 

「父の秘密」

退職した父が週三日必ず高級ホテルへ出かける。母に頼まれて娘が尾行すると、……。

 

「だれかのために」

結婚式を控えた結子はプランナーの本城さんから聞かされた。「祖母が昭和の初めにこのホテルで結婚式を挙げたというのが自慢だったが、……」

 

「家族の元旦」

始めて娘なしの年越しを迎える夫婦は、ホテルの新春プランに参加するが、つい娘がいればと思ってしまう。レジで出会った白髪の婦人が唐突に「娘がね、はじめて呼んでくれたんです」と、……。

 

光り輝くその場所

楓子は姉の結婚式でそのホテルに初めて入った。その時、文学賞の贈呈式を垣間見て、小説家になることは、夢ではなく目標になった。そしてそこに今、楓子は立っている。(角田さんの話?)

 

 

初出:「IMPERIAL」80号~122号

 

 

私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)

 

さすが角田さん、一応面白く読まされてしまう。

平均5頁の掌編で、舞台は帝国ホテルに限定され、42篇も続くのに、最後まで読んでしまった。毎回、異なる人物、場面紹介に字数を取られたうえで、各話に一つだけポイントを作り上げるのは大変だ。

 

どうしても話しになりやすい上高地ホテルの話が多い。

 

 

角田光代の略歴と既読本リスト

 

 

作中で紹介される老舗ホテル自慢(真偽を私は保証しません)

・柿ピーを最初に出したバーがある

・北欧にテーブルに色々な料理を並べるスモーガスボードをヒントにして日本で最初にバンキングを始めた。

・関東大震災で多くの神社が焼けた。ホテル内に神社を作って結婚式を始めた先駆け。

 

 

 

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浅田次郎『アジフライの正しい食べ方』を読む

2024年12月23日 | 読書2

 

浅田次郎『アジフライの正しい食べ方』(2024年9月30日小学館発行)を読んだ。

 

小学館の内容紹介

旅と食と笑いの人気エッセイシリーズ最新刊
大物作家が遭遇した海外、国内での抱腹絶倒の出来事から身辺に起こるドラマチックな出来事を絶妙の筆致で描く。
ソースなのか醤油なのかタルタルなのかそれとも……。表題作の『アジフライの正しい食べ方』など読み応えたっぷりの全40篇。

旅先の出来事は悲喜こもごも、あらまし宝石に変わる

 

JAL機内誌に連載しているエッセイから38編を選定。

 

2020年のコロナ渦中の執筆だ。コロナ前は一年のうちの2か月か3カ月が旅先だったという著者は、旅に渇望し「旅ごっこ」を仕掛けて家族に背かれ、自己嫌悪を覚え、「旅欲」まみれの自分を悟ったのだった。

 

「ロス空港の大捕物」

年一度の休暇をラスベガス(のギャンブル)で過ごす浅田さん。税関で問題となったのは、制限限界の1万ドルの現金と大量の処方薬と市販常備薬。別室へと指示されたとき、隣のレーンの男の荷物から麻薬が発見され、浅田さんは突然無罪放免された。しかし結局、帰路の浅田さんは何故か無一文だった。

 

「吾輩はゲコである」

律令制の収税区分で、年貢の多い順に「上戸」「中戸」「下戸」としたことにあるらしい。つまり「下戸」とは「貧しくて酒も飲めない」という意味だった。浅田さんはビールのグラスに口を近づけたとたん、匂いだけでもダメになる。

定年になった人が昼下がりに酒を味わったり、海外旅行であれこれ講釈を聞いたあとにうまそうにワインを飲んだりを見て、浅田さんが、「かけがえのない人生の悦楽を、私は知らないのだ!」と嘆く。

 

「アジフライの正しい食べ方」

浅田さんは醤油をかける。男性編集者はソース。女性編集者はタルタルソース。名人の女性マッサージ師は、塩でもなく、素材の味を大切に、何もつけない。

 

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)

 

とくに男性には、「ホントかよ?」と面白く読める。

浅田さんのエッセイの面白さは、語り口の上手さもあるが、その多くはご本人の極めて個性的な性格から生じている。本書の中から拾うと、以下のようになる。

 

浅田さんは、偏執的な性格だ。常日頃から洗車の仕上げには綿棒を用いる。

浅田さんは、十数年前心臓を病んで引退する前は「サウナ―」(ランナー、信者)ではなく、「サウニスト」(アスリート、求道者)だった。年間300日サウナに通っていて、小説の半分くらいはサウナルームで考えた。

浅田さんは、62㎝の巨頭である。

浅田さんは、朝食後、夕食後、就寝時、食前と、12種、27錠の薬を飲む。

浅田さんは、陸上自衛隊奉職以来、自分のことはほとんど自分でする。…亭主にするなら手のかかる東大出よりも、始末のよい自衛隊出のほうがいいに決まっている。

 

 

浅田次郎の略歴と既読本リスト

 

 

「旅欲」、「読書のすすめ」、「オリーブのめざめ」、「マスクの福音」、「旅と薬と」、「ロス空港の大捕物」、「ごちそうさま」、「昭和十一年の忘年会」、「昭和三十年の温泉旅行」、「命のパン」、「サナトリウムの記憶」、「続・スパ・ミステリー」、「輩はゲコである」、「昭和四十年のスキー旅行」、「」、「短パン考」、「コロナごえ」、「勘ちがい」、「事件の顛末」、「サウナの考察」、「続・サウナの考察」、「靴を履いた猿」、「続・靴を履いた猿」、「アジフライの正しい食べ方」、「クスリのリスク」、……、「鞄の中身」、「煙花三月揚州に下る」、……、「東京の緑」、「旅のゆくえ」

 

 

「子供の気持ちは大人ならわかるが、ジジイの気持ちはジジイにしかわからんのである。当たり前である。誰だってもとは子供だったが、かってジジイだったというやつはいない。」

 

 

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青山美智子の略歴と既読本リスト

2024年12月18日 | 読書2

 

青山美智子(あおやま・みちこ)

1970年生まれ、愛知県出身。中京大学社会学部社会学科卒業後、オーストラリアでのワーキング・ホリデーで1年間過ごす。シドニーの日系新聞社で記者として2年間勤務。25歳で帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。横浜市で夫・息子と3人暮らし。

2003年、「ママにハンド・クラップ!」が第28回パレットノベル大賞佳作。
2017年、『木曜日にはココアを』で小説家デビュー。2020年同作で第1回宮崎本大賞を受賞。
2021年、『猫のお告げは樹の下で』で第13回天竜文学賞受賞
2021年、『お探し物は図書館まで』で第18回本屋大賞2位、
2022年、『赤と青のエスキース』で第19回本屋大賞2位
2023年、『月の立つ林で』が本屋大賞第5位
2024年、『リカバリー・カバヒコ』が第7回未来屋小説大賞2位。

他に、『鎌倉うずまき案内所』、『ただいま神様当番』、『月曜日の抹茶カフェ』、『いつもの木曜日』

 

 

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青山美智子『赤と青のエスキース』を読み

2024年12月17日 | 読書2

 

青山美智子著『赤と青のエスキース』(2021年11月23日PHP研究所)を読んだ。

 

PHP研究所の解説

2021年本屋大賞2位『お探し物は図書室まで』の著者、新境地にして勝負作!
 メルボルンの若手画家が描いた1枚の「絵画(エスキース)」。
 日本へ渡って30数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく――。
 2度読み必至! 仕掛けに満ちた傑作連作短篇。

プロローグ
一章 金魚とカワセミ メルボルンに留学中の女子大生・レイは、現地に住む日系人・ブーと恋に落ちる。彼らは「期間限定の恋人」として付き合い始めるが……。
二章 東京タワーとアーツ・センター 30歳の額職人・空知は、淡々と仕事をこなす毎日に迷いを感じていた。そんなとき、「エスキース」というタイトルの絵画に出会い……。
三章 トマトジュースとバタフライピー 漫画家タカシマの、かつてのアシスタント・砂川が、「ウルトラ・マンガ大賞」を受賞した。雑誌の対談企画のため、二人は久しぶりに顔を合わせるが……。
四章 赤鬼と青鬼 パニック障害が発症し休暇をとることになった51歳の茜。そんなとき、元恋人の蒼から連絡がきて……。
エピローグ 水彩画の大家であるジャック・ジャクソンの元に、20代の頃に描き、手放したある絵画が戻ってきて……。

 

「エスキース」とは、絵画制作において、着想や構想、構図を描きとめた下絵や素案。

 

登場人物

一章

レイ:21歳。「エスキース」のモデル。メルボルンでの1年間の交換留学生。委縮しがち。

ブー:“I’m ブー”と名乗り、「ブー」と呼ばれる。レイと期間限定で付合う。21歳。お調子者で屈託なく笑うが…。両親は日本人だが、生まれも育ちもメルボルン。

ジャック・ジャクソン:20歳。ブーの友人。アルバイトしながら独学で水彩画を描く。小柄。

ユリ:29歳の女性。ワーキングホリデーでレイと共に免税店で働く。

 

二章

村崎:額縁工房の職人・経営者。42歳。

空知(そらち)額縁工房大出の職人。30歳。ツアーで行ったメルボルンでジャックに出会う。円城寺画廊持ち込みの「エスキース」の額縁の制作をかってでる。

円城寺:画廊経営。立花さんは社員でパートナー。

 

三章

タカシマ剣:48歳の一応知られた漫画家

砂川凌:26歳。モデル並み。タカシマのかつてのアシスタント。「ウルトラ・マンガ大賞」を受賞。     

乃木:対談を企画した男性向け情報誌DAP編集部員。

レトロな喫茶店「カドル」店主:豊かな顎鬚。ウエイトレスは愛想が悪い。対談者の間には「エスキース」が。

 

四章

茜(?):1年前に(?)との生活から飛び出して独り住まい。50歳で海外の食器、インテリアを輸入販売するオーナーと二人だけの会社に転職。やりがいを感じ始めたとき、パスポートを引き取りに元恋人・蒼の所へ行く途中でパニック障害が発症し休暇をとることになった。少し落ち着いたころ蒼から猫を預かることになり…。

 

五章  

謎解き

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

章が変わり、時代が進むと、同一人物が異なる表記で登場するのは、ルール違反ではないのか? まあ面白かったので、ルールはどうでも良いのだけれども。

 

カモフラージュするためもあるのだろうが、二人があまりにも二転三転するので、混乱する。まあ、誰でもが、自分に自信がなくて、確固とした決断・実行ができないことはあるので、許そう。

 

 

青山美智子の略歴と既読本リスト(明日UPします)

青山美智子さんは、中京大学を卒業後、オーストラリア渡り、シドニーの日経新聞社で記者をしていた。

 

以下、ネタバレなので白字とする。(マウスで選択すると読めます

 

日本人には、ネイティブの発音するRedはレイと聞こえ、BlueはBoo(ブウ)と聞こえる。

つまり、レイ=Red=茜と、ブウ=Blue=蒼は、赤と青(のエスキュース)だというわけ。

なお、「カドル」はフランス語で額縁。

 

 

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江国香織の略歴と既読本リスト

2024年12月16日 | 読書2

江國香織(えくに・かおり)

1964年東京生まれ。父はエッセイストの江國滋。小説家、児童文学作家、翻訳家、詩人。
目白学園女子短大卒。アテネ・フランセを経て、米国のデラウェア大学に留学。

1987年「草之丞の話」で小さな童話大賞
1989年「409ラドクリフ」でフェミナ賞受賞。
1992年「こうばしい日々」で産経児童出版文化賞、坪田譲治文学賞、「きらきらひかる」で紫式部文学賞
1999年「ぼくの小鳥ちゃん」で路傍の石文学賞
2002年「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」で山本周五郎賞
2004年「号泣する準備はできていた」で直木賞
2007年「がらくた」で島清(しませ)恋愛文学賞
2010年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞
2012年『犬とハモニカ』で川端康成文学賞
2015年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞 を受賞。

その他、『ウエハースの椅子』、『金平糖の降るところ』、『抱擁、あるいはライスには塩を』、『神様のボート』、『川のある街

共著『チーズと塩と豆と

訳書、トレヴェニアン著『パールストリートのクレイジー女たち

約25冊の長編小説、10冊のエッセイ本、12冊の短編集、12冊の絵本、4冊の詩集、約75冊の童話を翻訳

 

 

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江国香織『川のある街』を読む

2024年12月15日 | 読書2

 

江国香織著『川のある街』(2024年2月28日朝日新聞出版発行)を読んだ。

 

朝日新聞出版の内容紹介

はかなく移りゆく濃密な生の営み。

人生の三つの〈時間〉を川の流れる三つの〈場所〉から描く、
生きとし生けるものを温かく包みこむ慈愛の物語。

  * * *

ひとが暮らすところには、いつも川が流れている。

両親の離婚によって母親の実家近くに暮らしはじめた望子。そのマンションの部屋からは郊外を流れる大きな川が見える。父親との面会、新しくできた友達。望子の目に映る景色と彼女の成長を活写した「川のある街」。

河口近くの市街地を根城とするカラスたち、結婚相手の家族に会うため北陸の地方都市にやってきた麻美、出産を控える三人の妊婦……。閑散とした街に住まうひとびとの地縁と鳥たちの生態を同じ地平で描く「川のある街 Ⅱ」。

四十年以上も前に運河の張りめぐらされたヨーロッパの街に移住した芙美子。認知症が進行するなか鮮やかに思い出されるのは、今は亡き愛する希子との生活だ。水の都を舞台に、薄れ、霞み、消えゆく記憶のありようをとらえた「川のある街 Ⅲ」。

〈場所〉と〈時間〉と〈生〉を描いた三編を収録。

 

「川のある街」

両親の離婚によって母親・多々良和佳の実家近くに暮らしはじめた小3の望子(もちこ)。そのマンションの部屋からは郊外を流れる大きな川が見える。
父親(近藤さん)との面会。新しくできた友達・美津喜ちゃんとの幼い会話、大人たちの話から望子が感じる大人の思い。子供の目に映る世界の姿、その成長と変化。

 

「川のある街 Ⅱ」

河口近くの民家と田んぼとお地蔵さんばかりの市街地の話。街に住まう複数のカラスの生態、生活が具体的に描かれる。出産のため病室で一緒の3人の妊婦、安静が必要な魚住夏子、弟・晴彦の元カノを応援する菊村さつき、19歳の翔子。集団下校の赤松健吾は、夏子の娘・真凛を気遣いながら帰る。健吾は伯父のやっちゃんが大好きだ。結婚する晴彦の家族に会うため北陸の地方都市にやってきた麻美は街を迷いながらさまよう。
田舎の街に住む地縁でつながる人々と、複数のカラスたちの生態をわずかに絡ませて描く。

 

「川のある街 Ⅲ」

40年以上も前に運河の張りめぐらされたヨーロッパの街(オランダ)に移住した芙美子。認知症が進行するなかで鮮やかに思い出すのは亡き希子(のぞみこ)との愛の生活だ。芙美子は大学教師の職を捨て、若い事務員だった希子と日本を飛び出した勇気と決断の人だった。高齢で一人暮らしとなり、様子がおかしくなり、はるばるやってきた姪の澪(みお)が、父から頼まれて日本へ帰国を勧めようとするが……。
時の流れにより、無残に容姿は変わって、記憶は薄れて途切れ途切れになっていくが、積み重ねた愛は根こそぎ消されることはない。

 

 

初出:「小説トリッパ―」2021年秋季号、2022年夏季号、2023年秋季号

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

幼い女の子の視点、カラスの視点、認知症の人の視点と見事に書き分けている。繊細な心理の揺らぎを見事に描写。

 

時代に先立って、完全に自立し、女性同士で日本を飛び出したカッコ良い芙美子の、年取った姿が痛ましい。しかし、それでも自立し、戦おうとする姿に敬意を表したい。

 

江國さんは会話の描写が上手い。会話でその人の性格が浮き彫りになるし、子供の会話も自然で、かつ子供なりに考えていることを表現できている。カラスの独り言には感心するばかりだが、実際に的確なのかは不明。まあ小説なので、読む人にいかにもと思われれば成功なのだろう。

 

江國香織が何かに以下のようなことを書いていた。(2006年5月25日の私のブログより)

――――
最近の若い人がどんなことを話しているのか知るため、電車に乗って話している女子高校生の傍にじっと立って聞いていることがある。たまには男子もと、二人の男子高校生の傍で話を聞こうと立った。しかし、何もしゃべらない。数十分互いに何も話さずそのままで、下りてゆく間際に一人が、「腹減ったな」と言い、もう一人が「ウン」と言ったきりだった。
――――

 

江國香織の略歴と既読本リスト

 

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東野圭吾『クスノキの女神』

2024年12月11日 | 読書2

 

東野圭吾著『クスノキの女神』(2024年6月5日実業之日本社発行)を読んだ。

 

実業之日本社の紹介

少女と少年には秘密があった——。
不思議な力を持つクスノキと、その番人の元を訪れる人々が織りなす物語。
累計100万部突破! 待望のシリーズ第2弾!

神社に詩集を置かせてくれと頼んできた女子高生の佑紀奈には、玲斗だけが知る重大な秘密があった。
一方、認知症カフェで玲斗が出会った記憶障害のある少年・元哉は、佑紀奈の詩集を見てインスピレーションを感じる。
玲斗が二人を出会わせたところ瞬く間に意気投合し、思いがけないプランが立ち上がる。
不思議な力を持つクスノキと、その番人の元を訪れる人々が織りなす物語。
待望のシリーズ第二弾!

 

第一弾の『クスノキの番人

本編と同じ主人公・直井玲人(れいと)は、20代前半で、犯罪を犯してしまった。その彼の前に、突然現れた日本を代表する企業・柳澤グループの最高顧問で、70代の柳澤千舟(ちふね)は「あなたの亡き母親の、歳の離れた姉です」と名乗り、「神社の木の番人」という職業に就くことになり、その後「クスノキ」の謎が次々と描かれていった。

クスノキの祈念には予念と受念がある。予念は、自分が伝えたいことを念じると、その念がクスノキに刻み込まれる。それを受取るのが受念だ。

 

 

本書では、参拝客はほぼ無く、お守りやお札も売っていないこの月郷(つきさと)神社の管理人・玲斗の前に、「神社に詩集を置いてほしい」と女子高校生が弟と妹を連れて現れるところから話が始まる。

玲斗は断ろうとするが、美少女・早川佑紀奈に頭を下げられ承知してしまう。

 

約一か月後、町で地元の実業家・森部が頭を殴られ、100万円が奪われる事件が起こる。金を払わず詩集を持ち逃げした中年の久米田康作が、監視カメラに写っていたとして警察に呼ばれた。

そんな折、MCI(軽度認知障害)を患っている千舟の付き添いで訪れた認知症カフェで、玲斗は眠るとその日の記憶を失くしてしまう中学2年の針生(はにゅう)元哉と出会う。彼には優れた絵の才能があり、月郷神社にある佑紀奈の詩集にインスピレーションを受け、文才のある佑紀奈と絵本を作ろうということになる。

 

 

本書は以下の作品をもとに加筆し、長編としてまとめたもの。

「おーい、クスノキ」前後編 THE FORWARD Vol.1,2

「今日の僕から明日の僕へ」第1回~第四回 THE FORWARD Vol.3~6

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

いつも理詰めで、冷静な文体の、単純理工系と思える東野さんだが、この作品では心温まる話をどんどん出してきて、「大丈夫? 東野さん」と思ってしまう。もっとも、出す本、出す本ヒットしているのに、常に何らかの新しい試みに挑戦してきた東野さんなので、驚きはしなかったが。

 

心の揺らぎを描こうと丁寧に書かれているので、いつものスピード感がないが、わかりやすい文章なのでスイスイ読める。

 

大した話じゃないが、表紙の絵がゴタゴタしていて、美しいと思えず、訴えるものもない。

また、どうでもいいけど、意外や意外、東野さん、スターウォーズ詳しい!

 

 

東野圭吾の略歴と既読本リスト

 

 

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麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』を読む

2024年11月16日 | 読書2

 

麻布競馬場著『令和元年の人生ゲーム』(2024年2月25日文藝春秋発行)を読んだ。

 

文藝春秋BOOBSの紹介

「まだ人生に、本気になってるんですか?」
この新人、平成の落ちこぼれか、令和の革命家か――。

「クビにならない最低限の仕事をして、毎日定時で上がって、そうですね、皇居ランでもしたいと思ってます」

慶應の意識高いビジコンサークルで、
働き方改革中のキラキラメガベンチャーで、
「正義」に満ちたZ世代シェアハウスで、
クラフトビールが売りのコミュニティ型銭湯で……

”意識の高い”若者たちのなかにいて、ひとり「何もしない」沼田くん。
彼はなぜ、22歳にして窓際族を決め込んでいるのか?


2021年にTwitterに小説の投稿を始めて以降、瞬く間に「タワマン文学」旋風を巻き起こした麻布競馬場。
デビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』のスマッシュヒットを受けて、
麻布競馬場が第2作のテーマに選んだものは「Z世代の生き方」。

新社会人になるころには自分の可能性を知りすぎてしまった令和日本の「賢すぎる」若者たち。
そんな「Z世代のリアル」を、麻布競馬場は驚異の解像度で詳らかに。
20代からは「共感しすぎて悶絶した」の声があがる一方で、
部下への接し方に持ち悩みの尽きない方々からは「最強のZ世代の取扱説明書だ!」とも。
「あまりにリアル! あまりに面白い!」と、熱狂者続出中の問題作。

 

平成の終わりから令和の初めに早稲田、慶応などに進学した「Z世代」の若者が、学生、就活、社会人となっていく姿、その本音を描く群像劇。

 

語り手が違う4話すべてに、ひとりだけ何もしないで窓際族を決め込む沼田を登場させ、周りの意識の高い”若者たちの変化していく生き様を浮き彫りにしていく。

 

第一話 平成28年 ⦅2016年⦆

慶応の日吉キャンパスの1,2年生が主体で活動する「イグナイト」は、企業から協賛金を集め、大学生が持ち寄ったビジネスプランを競わせるビジネスコンテスト(ビジコン)を運営するサークル。

代表の吉原は真面目で熱く、イケメンの2年生。高校生で起業し有名になり、失敗したが、人気がある。

同じ2年生の沼田は吉原を不真面目な奴と言い、慶大生の僕もやがて、吉原は根は善人だが、借りた言葉で語るだけの人とわかってしまう。

 

第二話 平成31年 ⦅2019年⦆

ベンチャー企業立ち上げ成功者の宇治田社長の人材系最大手の「パーソンズエージェント」へ、2019年早稲田を出て入社したはバイト営業部でお客廻りに精を出す。

営業部配属のエネルギー溢れる栗林、美人で可愛い由衣夏、総務部の沼田などが皇居ラングループに参加する。

入社式で総務部に配属されて最低限の仕事をして定時で帰りたいと宣言した沼田はエレベーターを効率化するプロジェクトで要領よく成功し、名を上げる。

 

第三話 令和4年 ⦅2022年⦆

僕は鉄道会社7年目で池尻大橋の大学生向け大型シェアハウス「クロスポイント」のチューターになった。沼田は「パーソンズ」から出向し、チューターになっていたが、何もしない。入居者は地域猫保護活動に精を出すが……。

 

第四話 令和5年 ⦅2023年⦆

高円寺の老舗銭湯「杉乃湯」は、乃木寛人4代目オーナーがクラフトビールを売ったりして、カルチャー感度の高い若者たちに評価されていた。寛人の隣には、パーソンズを辞めたので「クロスポイント」を出た沼田が居た。

 

 

私の評価としては、★★☆☆☆(二つ星:読むの?  最大は五つ星)

 

Z世代の中で、学歴が高く意識高い系の若者が、自分の可能性を早く悟りすぎて、白けながら、競争世代なので本能的になんとか頑張っていると、私には見える。

 

何がZ世代だ! 新人類と呼ばれたかつての若者だって、今はただの中年になってしまっていると、昔昔、革命必至と思っていたお爺さんは思うのだ。

 

小説としては未熟だ。

人物造形が単純すぎ、面倒くさい男同士の腹の探り合いばかりで、うんざり。文章が論文のように硬すぎる。心の動きをいちいち語らないで、読者に思わせるようにしろ!

 

 

麻布競馬場(あざぶ・けいばじょう)

1991年生まれ。慶應義塾大学卒。会社員の傍らの覆面作家。

2021年からTwitterに投稿していた小説が「タワマン文学」として話題になる。
2022年9月、これまで発表した小説の中から20作品を収録した短編集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』を刊行し、デビュー。

2024年、本書『令和元年の人生ゲーム』で第171回直木賞候補

 

 

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安壇美緒『ラブカは静かに弓を持つ』を読む

2024年11月09日 | 読書2

 

安壇美緒著『ラブカは静かに弓を持つ』(2022年5月10日集英社発行)を読んだ。

 

集英社による内容紹介

少年時代、チェロ教室の帰りにある事件に遭遇し、以来、深海の悪夢に苛まれながら生きてきた橘。
ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への潜入調査を命じられる。
目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠をつかむこと。
橘は身分を偽り、チェロ講師・浅葉のもとに通い始める。
師と仲間との出会いが、奏でる歓びが、橘の凍っていた心を溶かしだすが、法廷に立つ時間が迫り……

想像を超えた感動へ読者を誘う、心震える“スパイ×音楽”小説!
【第6回未来屋小説大賞受賞】
【第25回大藪春彦賞受賞】
【第20回本屋大賞第2位】

 

タイトルにある「ラブカ」は、妊娠期間が3年半あるという深海ザメの一種。滞在先で長期間息をひそめるスパイのイメージからタイトルに採用。

 

 

全日本音楽著作権連盟、通称・全著連の職員である25歳の橘樹(たちばな・いつき)は真面目で孤独、子供の頃の事件のせいで、不眠に悩まされ、心療内科へ通っている。資料部へ異動した彼は、新しい上司・塩坪から地下の資料室に呼び出され、「君、チェロが弾けるんだってね?」と聞かれる。塩坪は、5歳から13歳までチェロを習っていた樹に「君にミカサ音楽教室への潜入調査をお願いしたい」。2年間、素性を隠して業界最大手の音楽教室でレッスンを受け、著作権が及ぶ楽曲が教室で演奏されている証拠を集めてほしい、と……。

 

そこで、樹は東京・世田谷区二子玉川にあるミカサ音楽教室に、身分を偽って週一で通い、ハンガリー国立リスト音楽院卒業のチェロ講師・浅葉に学ぶことになる。ボールペン型の録音機を胸に挿した樹が緊張しながら教室の中に入ると、卓越した技術を持ちながら、気楽な調子で話す浅葉がいた。

 

こんな風に、スパイ×音楽の小説が始まり、他人と関りを避け傾向にある橘は、問題なく潜入踏査できると当初は考えていたが、思いもかけず音楽に、チェロに入れ込んでしまい、潜入先の先生の浅葉や他の生徒たちとの交流も心地よく、トラウマから解放されようとすると共に、スパイであることに心が重くなっていく。

そして、……。

 

著者は、「集英社文芸ステーション」のインタビューで本作についてこう答えている。

音楽の著作権を管理する団体の職員が、音楽教室の演奏実態の調査のために一般客を装って覆面調査した。そして、その職員が裁判で調査内容を証言したという、実際にあった事件です。*1

 

注*1:音楽教室のレッスンでの演奏に対する音楽著作権使用料の支払いを巡り、ヤマハ音楽振興会など音楽教室側と日本音楽著作権協会(JASRAC)が争っていた訴訟で、最高裁判所…は2022年10月24日、JASRACの上告を退ける判決を言い渡した。これにより…教師による演奏のみが…音楽教室側に音楽著作権使用料の支払い義務が生じ、生徒の演奏については生じないとする判断が確定した。

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

幼い時の事件によるトラウマで音楽を遠ざけていて、コミュ障でもある橘が、浅葉の演奏や音楽に対する心に、抑えていたチェロへの愛が溶け出てくる。さらに、音楽を通じての仲間との触れ合いに心和んでいく。しかし一方では、仲間を裏切るスパイであることの重さが増して行くことで心が引き裂かれる。
なかなかの設定で、よく書けており、どんどん読み進めていける。

 

ただ、全体として、文、表現、内容に重みがなく、深みはない。一概に悪いとは言えないのだが、このような軽い小説が今後流行っていくのだろうか? お爺さんには、高校生向けのヤングアダルトではないかと思えてしまう。

 

安壇美緒 (あだん・みお)

1986年北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。

2017年『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

2022年『ラブカは静かに弓を持つ』で第6回未来屋小説大賞、2023年同作で第25回大藪春彦賞、第20回本屋大賞第2位を受賞。

他に、北海道の女子校を舞台に思春期の焦燥と成長を描いた『金木犀とメテオラ』がある。

 

 

おまけ

p90に「夜のブダペストは息を呑むほどに美しい、…」とある。

2015年10月のドナウ川クルーズでの、ペスト側(東側)の絢爛な国会議事堂の夜景を思い出した。

 

 

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山崎ナオコーラの略歴と既読本リスト

2024年11月01日 | 読書2

 

山崎ナオコーラ

1978年9月15日福岡県北九州市生まれ、埼玉県育ち、東京都在住。本名山崎直子。
國學院大學文学部日本文学科卒業後、会社員。

2004年「人のセックスを笑うな」でデビューし、文藝賞を受賞、芥川賞候補。
2006年『浮世でランチ』で野間文芸新人賞候補
2008年『カツラ美容室別室』で芥川賞候補、『論理と感性は相反しない』で野間文芸新人賞候補
2009年「手」で芥川賞候補、『男と点と線』で野間文芸新人賞候補
2010年『この世は二人組ではできあがらない』で三島由紀夫賞候補

2011年『ニキの屈辱』で芥川賞候補

2013年『昼田とハッコウ』で野間文芸新人賞候補

2016年『美しい距離』で芥川賞候補、2017年島清恋愛文学賞受賞

他の著書に、『美しい距離』『母でなくて、親になる』『ニセ姉妹』『ミライの源氏物語』『あきらめる』など。

その他、、対談集『男友達を作ろう』、エッセイ集『指先からソーダ』『かわいい夫』

2012年に一歳年上の書店員男性と結婚し、2016年に37才で第一子を出産。

 

目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。

 

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