鶴我裕子著『バイオリニストは目が赤い』(新潮文庫つ-25-1、2009年12月1日発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
N響入団当日、あまりの緊張感に耐えられなくなり、「一週間と保たないな」と感じた――。それから三十年以上、第一バイオリン奏者として楽団をささえた著者が、オーケストラの舞台裏から、マエストロたちの素顔、愛する曲・演奏家までを語り尽くす。クラシックを愛する人もそれほど詳しくない人も、とにかく楽しめる、各界絶賛の極上エッセイ。『バイオリニストは肩が凝る』改題。
プレリュード(まえがき)で著者は語る。
我ながら「いいお仕事」だと思うが、これはソーメンの束に二、三本混じっている、色つきのソーメンにあたる部分にすぎない。あとに大部分の日々、それはもう・・・「登校拒否」の日々だったし、今もそうだ。
・・・ この本の中味は、そんな日々の中の「色つきソーメン」を集めたものです。
オーケストラの仕組み、裏話(楽員のシフト、奏者から見た指揮者、本番中に弦が切れたときの処置、リハーサルの内輪話、楽員オーディションの実例など)がぶっちゃけトークで生き生きと語られる。
感動的な話を一つだけ。
お父さんが入院していて意識もあやしくなった日、著者は許しを得て病室で演奏すると、娘が来たことさえわからなかったお父さんがうれしそうに聴き入り、「うまくなったなあ、味が出てきた」とほめた。ふと見ると、ほとんど植物状態かと思われた同室の人が顔を真っ赤にしてベッドのヘリにつかまって「ウーウー」と歌っていた。
「もしかしたら、一番聴き入ってくれる聴衆は、しあわせな人たちではなく、このような人たちかもしれない。」
エッセイの後には、「マイ・フェイヴァリット」として、著者が惚れこむ、演奏者、指揮者7名と9曲が紹介されている。
さらに、「裕子の音楽用語事典」で、28語がユーモア付きで解説される。
初出:2005年6月アルク出版企画より刊行された『バイオリニストは肩が凝る』を改題
鶴我裕子(つるが・ひろこ)
福岡県生れ。東京芸術大学卒。
1975(昭和50)年にNHK交響楽団に入団する。第一バイオリン奏者(バイオリンはファーストとセカンドの2集団に分かれている)を32年間務めた。現在は人前ではバイオリンをまったく弾いていないという。
著書、本書、『バイオリニストに花束を』、『バイオリニストは弾いてない』。
調べても年齢不詳だったが、本書に「ギドン・クレーメル」と生まれた年月日がまったく同じと嬉しそうに書いていて、年齢がばれてしまった。1947年2月27日生まれで今年古希。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
子供の頃からバイオリン一筋。習い事を始めるほとんどの人が挫折し、なんとか音大までたどり着いた人も、多くは学校や習い事の先生でやっと。芸大出ても楽団員になれるのは稀少。貧乏な家庭に生まれたが、音楽好きな家庭であった。駒場高校、芸大だから優秀でもあり、奨学金にも助けられ、N響楽員の座を奪い取り、定年まで演奏一筋の著者は、巨匠ではないが、間違いなく勝組だ。
天職をつかみ取ったしあわせ、憧れて、賞賛を惜しまない天才指揮者・ソリストたちと共に音楽を作り上げる喜び、「生きてて良かった」と呟く感動。
多少えげつないと思えるほど直截的な語りも、著者のカラッとした気質で、たのしく読める。
かなり個性的で気が強いと思われる著者・オツルも外人指揮者にはびっくり。
三十年近く、ガイジン(指揮者)をつぶさに観察していると、彼らの法則が見えてくる。彼らがあいさつの次にすることは、パワー全開の自己主張だ。まず、自分を知ってもらうこと。たとえ反撃があっても、ひるむどころか、ますます元気になる。ケンカもコミュニケーションの一種ととらえているフシがあるのだ。ただし、自分に不利なポイントを突かれると、しらばっくれてサッサと先に行ってしまう。まことに調子いい。
・・・
第二にガイジンは、そこで相手が静かな場合は「自分を受け入れた」と解釈する。日本人の多くは、相手に拒否反応を持つと静かになるものだが、そうすると彼らは「あ、これでいいのね、それじゃ」と、ますます自分を押しつけてくる。
豆知識
プログラム
一般向けの定食:序曲・協奏曲・交響曲で構成。わかりやすく、バランス良い。アンコール付き。
マニアックな演奏会:「ミュージック・トゥモロー」など。新作。空席多く、アンコールなし。
定期演奏会:スケジュールの大半を占める。名曲ころび・うるさ型向き・土曜日のマチネーも含む楽しい楽曲。
出番・おり番
管は各パート二人ずつ、弦は3,4人増しで確保されているので、演奏毎に休める人が出てくる(おり番)。
編成は、フルが「16型」、協奏曲「14型」か「12型」というように、ファースト・バイオリンの数で表現。
譜読み
知らない曲や新作を、リハーサル前に家でおさらいすること。オーケストラ人生の大部分はこれでつぶれる。
大曲になると5,60ページもある。それを、手探りで弾けるようにしていく。おもしろくもナーンともない。
リハーサル
定期公演のリハーサルは、もっとも長くて3日間。「定食」演奏会は1日だけ。
ゲネプロ
会場での練習。著者は協奏曲が「曲おり」になると、ムヒヒとばかり客席(ロイヤルシートなど)に移る。