小黒一正著『財政危機の深層 増税・年金・赤字国債を問う』(NHK出版新書449、2014年12月10日発行)を読んだ。
日本政府の債務は、国と地方で累計約1000兆円、対GDP比200%。財政破綻は起こっていないが、高齢化が進むこの先にはより破綻の確率が増す。
国債償還費用などと、社会保障関連費で、一般会計と特別会計の純計237兆円の72%を占め、今後ますます増加する。公共事業や防衛費などの割合は小さく、しかも削減できる額が少ない。
「経済成長さえすれば……」「インフレにさえなれば……」「行政がムダを省けば……」といった「甘言に惑わされてはいけない」と著者は主張する。「先送りすればするほど、痛みはより大きくなって私たちに襲いかかってくる」からだ。
いずれ、国債の利回りが急激に上がり、破綻がやってくる。しかし、現在時点では、日銀が猛烈に国債を買っているため、国債の利回りは今異様な低下を見せている。この政策は、先行き過度なインフレになる時限爆弾だと本書は警告する。
消費税を大幅増税し、社会保障費や年金を削減せざるを得ないのが現実だ。
引退世代が自分たちのことだけ考えて政治選択をするなら、国債をどんどん発行し、負担を将来世代に先送りすることになるだろう。近年の政府債務残高の膨張や、財政改革・世代間格差の是正が進まないのはこのためだ。
現政府は財政の長期推計を明らかにしていない。本当の財政の姿を公式に示して、そこから、本格的議論、本当の改革が始まる。
政治的に中立で学術的に信頼性の高い公的機関を設立し、財政の長期推計等の試算をさせるべきだ。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
内容としてはおおよそわかっていることが多いが、分かりやすい説明、実感できる図で説得力がある。
どんなに頑張って政府支出を削減しても、社会保障費や年金を削減しない限り、日本国の債務が減少しないで破綻する。この厳しい現実をはっきり示してくれる「ありがたい」本だ。無駄遣いが多い、議員報酬を削減しろなどと、マスコミが騒ぐのは、基本的問題から目をそらすことになるだけだ。
確かに、どう見ても平均的には年寄りが豊かで若者には希望がない。
なお、消費税の逆進性を否定し、生活必需品への軽減税率は利より害が多いと主張する著者の論には疑問がある。(詳しくはメモの第4章)
小黒一正 (おぐろかずまさ)
1974年東京都生まれ。法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学。
1997年京都大学理学部卒後、一橋大学経済学研究科博士課程修了。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官などを経て、2013年4月から現職。
<主な著書>『2020年、日本が破綻する日』、『アベノミクスでも消費税は25%を超える』など。
共著に『Matlabによるマクロ経済モデル入門』、『日本破綻を防ぐ2つのプラン』
以下、私のメモ
序 章 迫り来る「財政破綻」
第一章 財政の現状はどうなっているのか(2014年度予算)
一般会計予算は96兆円(税収等55兆円、公債金収入(借金)41兆円、他)
歳出は、一般歳出(社会保障関係費・文教費等)57兆円、地方交付税交付金16兆円、国債元利払い金23兆円
国債残高は780兆円に、借入金などを加えた国の債務残高は、1144兆円。
つまり、年収55兆円で、約20倍の借金がある。
特別会計予算は400兆円だが、重複分を除くと、220兆円~240兆円。(国債償還が200兆円、年金が80兆円)
第二章 経済成長だけで財政再建はムリ
日本の一人当たり実質GDP成長率は、2003年~2012年の平均で0.82%。先進主要7か国の中で豪・独・米に次ぎ、遜色ない。しかし、少子高齢化・人口減少が進み、実質GDP成長率は低下しやすい。
第三章 歳出削減はなぜ進まないのか
一般会計と特別会計の重複を除いた純計は、237兆円。
国債費91兆円39%と、社会保障79兆円33%で170兆円72%。いずれも削減どころか増える可能性が高い。
地方交付金19兆円8%は、3兆円ほど削減できても大幅は無理。
財政投融資(各種公共プロジェクトの資金)17兆円7%は、独立勘定なので削減しても税財源の節約にはならない。
公共事業7.1兆円。老朽インフラの維持・更新は必要。
防衛費4.9兆円は対GDP 1%を維持しており、中国の1/4であり、削減は難しい。
日本は「低福祉・超低負担」の国
第四章 このままだと「消費税30%」も避けられない
社会保障費を抑制しない場合、たとえインフレ率2%が達成できたとしても、消費税率は25%でも不十分。
消費税の逆進性を否定する著者に論には疑問がある。著者は、年収ベースで見て逆進性が生じても、生涯賃金ベースが同じなら、逆進性が消え、比例税率という意味では公平だと主張する。しかし、消費税は生涯賃金が低い人により重くのしかかってはいないという説明にはなっていない。
また、生活必需品への軽減税率は利より害が多いと主張する。「どこまでが必需品でどこからがぜいたく品か決めるのが難しい。軽減すると税収が減少し、税率を上げざるを得なくなる」というのが著者の言う害だが、ようするに貧乏人には配慮しなくていいというだけだ。軽減税率は、高所得者への恩恵はその支出のごくわずかな割合しかないのに、貧乏人には大きな割合で恩恵があり、逆進性の緩和策に一つなのに、著者は「高所得者もその恩恵を受けてしまう」のが問題だという。このあたりが、著者が財務省の手先と言われる由縁だろう。
第五章 「異次元緩和」の巨大リスク
量的緩和の止め方(出口戦略)も大爆発を起こさない方策を探らなくてはならず、難しくなってきた。
第六章 「国債安全論」を撃つ
金融資産保有高は、60歳代で平均1535万円、中央値670万円、ない世帯が30%、70歳以上で平均1581万円、中央値552万円、ない世帯28%
第七章 年金は「100年安心」ではない
第八章 「世代間格差」を解消せよ
道路・ダムといった社会資本や、治安・国防、医療・介護といった公共サービスから得られる「受益」と、そのサービス供給に必要な税金、保険料といった「負担」を生涯分計算する。60歳以上の世代は約4000万円の受益超過、50歳代は約990万円の受益超過だが、それ以降の世代は純負担となる。とくに将来世代は、約8300万円もの支払超過だ。
財政の役割の一つは豊かな人から貧しい人へ富を再分配することだが、現行制度では、年金も、国債発行も、将来世代や若い世代から上の世代へ富の移転が行われている。将来世代への過剰な負担を「財政的幼児虐待」と呼ぶ人もいる。
現役世代が納めた保険料などを同時代の老齢世代の給付金に充てる「賦課方式」が世代間格差を生んでいる。解決には「事前積立方式」の導入と、「完全積立方式」への移行がある。
年金積立金は現在130兆円だが、750兆円不足している。
終 章 「民主主義」の困難を乗り越えるために
若い有権者が多いと、将来のことを考えた政治的意思決定がなされるが、老齢者が多くなると政治的意思決定の時間視野は短くなる可能性がある。
20代や30代の投票率は50代以上より下回っていて、勤労世代より引退世代の政治的影響力が強く働いている。