もう10年近く前の話だ。
オーストラリア西海岸のパースで知り合ったオージーの女性が、パートナーと日本に観光旅行に来たことがあった。ツアーのあい間に一日だけだったが原宿を案内した。
新宿のホテルに迎えに行き、わざと人ごみを歩き、駅で切符を買い、改札を通り、山手線に乗った。この時既にパースでも交通系非接触カードが利用されていたのだが、すべての券売機で紙幣も使えることや、多くの人がICカードなどで改札をスムーズに通り抜けていき、自然に全体の統制がとれていくことなどを自慢げに説明した(つもりだ)。
原宿で下りて、明治神宮に参拝した。全国から樹木を集めて出来た人口の森であることを始め、鳥居、手水、絵馬、神道式お参りの仕方などの説明に電子辞書大活躍したが、半分も通じただろうか。それにしても、私は日本の昔のことを知っているつもりになっているが、きちんと説明できないことが多いと実感した。ましてや、英語でとなると、ついぶっきらぼうになってしまう。
玉砂利をGravelと説明し、「パースでも家に敷くことがある」と言われると、「ちょっと違うんだな、玉砂利は身を清めるもので」などとはとても説明しきれない。
彼女が「先日浅草寺を見物したが、あのアサヒビールの金色のオブジェは一体なんなの?」と非難がましく追及された。あれは金色の炎をイメージしたデザインで、フランス人有名なデザイナーの作品だと説明したが、なんであんな形なのかと不満顔だった。
パースでは洋服が高い。低価格・高品質の店だと紹介しユニクロに案内した。現在ではユニクロもパースにも進出しているようだが。
あちらでは「S」の彼女も「L」しか着られずびっくりしていた。大柄の彼氏は「XXL」だった。ちなみにわが奥様は日本では「S」、パースでは子供売り場である。
表参道ヒルズの説明を頭の中で組み立てて、「同潤会青山アパートが……」と途中でこれは無理だと、あきらめ、中をとおり抜け、竹下通りの百円ショップへ寄った。ここは外国人が多く、彼らもそれなりに見える箸や、茶碗などばら撒き用だろうおみやげを買っていた。今では同様な店がパースにもあるようだ。
そして、昼飯の時に、彼等からなによりの話があった。今回、京都の満開のしだれ桜の下でついに彼氏からプロポーズされたという。「彼ってロマンチックなのよ」と、意外でしょう?と言わんばかりにうれしそうに話してくれた。
以前、彼女に彼とはどのくらいの期間付き合っているのかと聞いた時、彼女は、もうだいぶ前になるのだと寂しそうな顔をしていて、我々二人も心配していたのだ。彼女は美人だし、心優しい女性だ。二人で本当に仲よくしているのに、一体どうなっているのかと我々夫婦はひそかに心配していたので、本当に嬉しかった。
彼氏はシドニーで育ち、西へ徐々に移動し、かっての金鉱の町カルグーリーを経てパースへ来たと言っていた。そして、「何年もかけてパースへ来て、そして一週間で彼女に出会ったんだ」と、さも奇跡だと言いたげに嬉しそうに話していた。「じゃあ、カルグーリーで金を見つけられなかったが、パースに着いたとたんに見つけたんだね」とはもちろん言わなかったし、言えなかった。
英語の説明で何度も冷や汗をかいてあせった日だったが、思わぬおみやげをいただいた。
大柄で武骨な彼氏が、しだれ桜の下で彼女にプロポーズする絵が今でも思い浮かぶ。彼らが二人の子供とともに楽しんでいる写真をFacebookでときどき眺めては、昔を思い出している。