hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

Public Kitchen cafeへ

2015年01月20日 | 食べ物

 

井の頭通り沿い、吉祥寺南病院駐車場向いにある
PUBLIC KITCHEN cafe 吉祥寺店。

兵庫県丹波の有機農園が直営するお店で、大阪にも一店舗あるらしい。

吉祥寺店のfacebookは、こちら

昨年5月29日にオープンし、そのうち行こうと思っていたら、、
災害で農場が被害を受け、8月から長期に休み、1月から
の再開予定と張り紙があった。
昨年末28日に通りかかったら、12月20日に再開していた。
さっそく入る。

古い民家を改装した作りで、テーブルや家具も丹波の廃材利用の
手作り。インテリアも私好み。

メニューはこれ、といっても縮小してしまって読めない。

注文したのは、

知らない野菜があったり、いかにも農場直営店。

いかにも美味しそうでしょう。

コーヒー、カフェラテの容器、スプーンも手作り感あり、砂糖も有機。

また、是非来たい店だ。

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宮地尚子『傷を愛せるか』を読む

2015年01月15日 | 読書2

 

宮地尚子著『傷を愛せるか』(2010年1月20日大月書店発行)を読んだ。

 

精神科医で、トラウマの研究者として、傷ついた人と向き合うなかで生み出されたエッセイ23編。

 

「なにもできなくても」(最初のエッセイ)

子どもが階段で転げ落ちるのを少し離れたところでただ見ていた。そのときは医師としての自分になっていて、どのように落ちていったかをきちんと見ておくことが、その後の対処に役立つと思ったからだろう。

医師になっても、医療が進歩しても、ただ、見守るしかないことも多い。

傷ついた心を癒す特効薬はないし、回復が促されるよう周囲の環境を整えるにも、時間と精神的なエネルギーがおそろしくかかる。目の前で状況が悪化しつつあっても、本人や家族がいったん「底つき」をするまで、待つしかないこともある。

何もできなくても、目を凝らして、一部始終を見届けなければいけない。「なにもできなくても、見ているだけでいい。なにもできなくても、そこにいるだけでいい」

  

「内なる海」

精神科医の書き物や臨床のテキストブックには、自殺を止めるための言葉がいろいろ挙げられている。当のクライアントにとっては、なにをいわれようと気休めにしかならない。死なないでほしいといってその場をやり過ごす自分、自殺を防ぎつづけることでいつか生きる喜びを取り戻してもらおうと思いつつ、それがあきらめて生きていってもらうことと紙一重であるのに気づいている自分に、わたしは嫌気がさす。

 

病院を出て子どもたちを預けている保育園に向かう。門を開けると、元気いっぱいの子どもたちがこちらに向けて駆けてくる。クライアントの苦しみを置き去りにする罪悪感を押し流し、自分の内なる海を取り戻す。

 

 

「弱さを抱えたままの強さ」

日本にも強く波及しつつある米国のネオリベラリズム(新自由主義)が危険なのは、弱みにつけ込むことがビジネスの秘訣として称賛されることで、弱さをそのまま尊重する文化を壊してしまうからだとわたしは思う。そして医療をビジネスモデルで捉えるのが危険なのは、病いや傷を負った人の弱みにつけ込むことほど簡単なことはないからである。

 

 

「傷を愛せるか」(最後のエッセイの最後の部分)

傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕(はんこん)を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。

傷を愛せないわたしを、あなたを、愛してみたい。

傷を愛せないあなたを、わたしを、愛してみたい。

 

 

 

宮地 尚子(みやじ・なおこ)

1961年生まれ。日本の精神科医、一橋大学教授。

1986年京都府立医科大学卒。93年同大学院修了、医学博士。89-92年ハーバード大学医学部研究員。

2001年一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻教授。

専門は文化精神医学、医療人類学、ジェンダーとセクシュアリティ。

『異文化を生きる』、『トラウマの医療人類学』、『環状島=トラウマの地政学』、『傷を愛せるか』、『震災トラウマと復興ストレス』、『トラウマ』

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

精神科医として病に絶望する人を受け止め、トラウマなど厳しい状況を探る精神医学の国際的研究を進め、異国の進んだ、あるいは遅れた医療環境を良く知る、二人(?)の子の母、それが著者だ。そして、その著者が受け止めたものをしっかりかみしめてから、もう一度、味わい、慈しむように見つめて、そして静かに筆を進めたエッセイだ。

 

傷ついた人の重みに喘ぎ、掛ける言葉に詰まり、少なくともただ見つめることだけでもと決意する、心痛む人に寄り添うなかで生みだされたエッセイだ。

   

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Far East Bazaar

2015年01月13日 | 日記

アトレ吉祥寺 本館1階にある Far East Bazaar で
お勧めのグリーンレーズンを買った。
99gで562円を高くなく、美味しい。

世界各地からのドライフルーツ、ドライベジタブルなどを売る
この店(会社)は、なかなかユニークだ。

企業理念は、おっちょこちょいの私好みのコンセプトだ。


Cultural   ―文化的であること―
Natural, Organic, Safe, Fair ―ナチュラル・オーガニック・安全・公平であること―
Sustainable―持続可能であること―
Valuable  ―価値を保つこと―
Satisfactory―満たされること―


東京の他の店は以下。
渋谷ヒカリエ ShinQs 地下2階
二子玉川店 → 世田谷区玉川2-21-1 RISE. S.C. 地下1階

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吉祥寺でランチ リンデ

2015年01月11日 | 食べ物

昨年12月27日、買物後、吉祥寺でランチした。

サンロードのドイルパンの店「Linde」だ。

このブログで検索すると、2013年12月21日が
吉祥寺のパン屋さん「リンデ」でランチ」 になっている。

ほぼ一年ぶりということになる。

一階でパンを買って、2階で飲み物を受け取って食べる。

我々二人のランチはこれだけ。

昨年のも、ブログで見るとほぼ同じようなもので笑える。

お食事メニューもあり、

次回はこれにしようと思ったが、一年後に覚えているかどうか。

おやつにフォルコンシュトーレンを買って帰る。



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木原音瀬『箱の中』を読む

2015年01月09日 | 読書2

 

木原音瀬(このはら・なりせ)著『箱の中』(講談社文庫2012年9月14日発行)を読んだ。

 

ノベルス版『箱の中』とノベルス版『檻の外』をまとめて文庫化。

 

「箱の中」

堂野崇文は電車内で痴漢と間違われて逮捕されるが、冤罪を訴え最高裁まで争ったため、実刑判決を受け刑務所に入れられる。

殺人犯、詐欺犯など癖の強い男たちと一緒で、ふさぎ込んでしまった堂野は、「自分も冤罪だ」という三橋に心を開くが、あっけなく裏切られる。あまりにも厳しい雑居房での生活の中で精神的に追い詰められてしまった草野は、同室の寡黙な男・喜多川圭の献身的な世話に心を許し始める。だが、子供のように純真な喜多川と距離を置くことができず、そのあからさまで強すぎる好意に堂野はとまどう。

喜多川に数か月先んじて、連絡先を伝えないまま、堂野は先に出所する。

 

 

「脆弱な詐欺師」(書き下ろし)


「箱の中」から出た喜多川は、探偵事務所に勤めるさえない探偵大江に、手掛かりがほとんどない人探しの依頼をする。大江は成果が出ないだろう依頼を一度は断るのだが、喜多川は決して諦めず、ただひたすら探してくれと縋ってくる。喜多川は大江に払う費用を捻出するため、食うや食わずの生活をしていた。

事務所を通さず直接金だけ受け取って、いい加減な調査をしていた大江は、痴漢冤罪を扱ったHPを見て糸口を発見する。

 

「檻の外」

堂野と喜多川は6年ぶりに再会する。しかしすでに堂野には妻・麻理子も、娘・穂花(ほのか)もいた。堂野は、時間が止まったままの喜多川にも真っ当な人生を歩んでほしいと願うが、喜多川の執着は相変わらずだった。すぐ近所に越してきた喜多川を放っておくことができず堂野は自宅に誘う。

喜多川は度々家を訪れるようになり、娘の穂花と仲良くなる。そこで事件が起こる。

 

 

本書は、2006年3月刊行のノベルス版『箱の中』と同年5月刊行のノベルス版『檻の外』をまとめた。

 

 

木原音瀬(このはら・なりせ)

不器用でもどかしい恋愛心情を生々しく鮮やかに描き、BL(ボーイズラブ)の世界で不動の人気を持つ。

高知県の海沿い出身。

1995年『眠る兎』でデビュー。

代表作『美しいこと』

 

 

私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

 

BLファンで知られる「三浦しをん」の解説によれば、「BL」とは「主に女性作者が、主に女性の読者に向けて書いた、男性同士の恋愛物語」だそうだ。

木原さんは、本作品が一般文庫への初めての登場となるようだが、私も本作品がBL初体験だ

 

体験前、私は、「何で、ゲイの話を女性が書いて、一部とはいえ女性が喜んで読むのか」違和感があった。

体験後、やはり理解できない。

無理に考えてみれば、いまや、恋愛をより純粋な形で読めるのがBLということになるのだろうか。

 

BLの世界は幅広いそうだから、一作品だけで結論づけてはいけないが、昔は恋愛の超えるべきバリアーが、家柄、親の反対などいろいろあったが、今は同性愛しか強烈な世間の壁はないから、より純粋に見えるという面はあるのだろう。

 

それにしても、同じく世間の壁が高いレズについての小説は、女性に人気とは聞かない。アナロジーで言えば、「男性作者が男性読者に向けて書いた、女性同士の恋愛物語」は男性に人気となるかのように思うが、無理! そもそも、男性は純粋恋愛に興味を持たない。

 

 

小説としての感想を言えば、今一つ。

 

文章は読みやすいものの、登場人物のキャラクターも特に興味深く描かれていないし、分厚い割にはドラマチックな展開もない。喜多川の、その育ちからくる純粋、無知な性格も、珍しい設定ではあるが、私にとって興味ある存在ではない。

 

確かに、普通の(?)人が無償の純粋の愛を受けて、BLに陥る(目覚める)所は自然で良く書けているのだが、小説としての幅も深味もない。やはり、「BL小説」なのだ。

 

罪、あるいは冤罪については、主テーマではないものの、触れることが少なく、そんなものなのかと疑問が残る。特に、堂野は冤罪であり、その恨みは一生を支配しかねないと思うのだが。前科を持ったものに対する世間の冷たい目も全く感じられない。

また、最後の事件に対する心への打撃もするりと抜けてしまっているように見える。

 

BLがすべての小説なのだろう。

(禁断の領域、BLに踏み込んで、年甲斐もなく熱くなってしまった。なにかおかしい!!??)

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柚木麻子『終点のあの子』を読む

2015年01月06日 | 読書2

 

柚木麻子著『終点のあの子』(文集文庫2012年4月10日文藝春秋発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

プロテスタント系女子高の入学式。内部進学の希代子は、高校から入学した奥沢朱里に声をかけられた。海外暮らしが長い彼女の父は有名なカメラマン。風変わりな彼女が気になって仕方がないが、一緒にお昼を食べる仲になった矢先、希代子にある変化が。繊細な描写が各紙誌で絶賛されたオール讀物新人賞受賞作含む四篇。解説・瀧井朝世

 

 

「フォーゲットミー、ノットブルー」

中等部から高校に上がった内部生の立花希代子の新しいクラスには、奥沢朱里(あかり)がいた。彼女は、気まぐれで学校をさぼって江の島に行ったり、その奔放さに希代子は憧れを持つ。しかし、朱里が、自分以外の人間は皆、平凡だと思わないと気が済まないことを知り、さらに希代子の憧れの院生・瑠璃子さんとあっという間に親しくなったことで希代子は朱里を妬むようになる。学年で一二を争う美人で、大学生の恋人を持ち、いつも何人かの取り巻きに囲まれている恭子も、朱里が恭子の彼の車に乗ったことで憎むようになる。

 

「甘夏」

朱里に親友希代子を奪われた森奈津子は、変身しようと、学校にバレたら停学になるバイトをこっそり始める。両親にも、親友の希代子のも明かさない秘密を持ってクラクラする。バイト先の大学生にデートに誘われるが、・・・。

電車の向かい合う座席に腰掛けたOL風の二人組を見て奈津子は思う。

あんな風になれるまで、一体どれくらいかかるのだろうか。自分の力で可愛いものや高いケーキが買える綺麗なおとなの女性。ああなったら、友達をねたんだり、見下したりしなくてよくなるのだろうか。

 

「ふたりでいるのに無言で読書」

美人で派手好きな菊池恭子は、彼氏を別れて夏休みの予定がなくなり、家にも居づらく、図書館へ行く。そこには、読書好きで地味でオタクな保田早智子がいた。何から何まで違う二人がべったりと付き合うが、それもひと夏の交流に終わる。
 

「オイスター・ベイビー」
高校を卒業してそろそろ4年になろうとしている奥沢朱里。美大ではのめりこめるものを探し続け、父と同じカメラにたどり着いたかにみえる。朱里は田島淳之介と付き合っているのだが、油絵捨てて就活に焦りまくっている彼に失望している。朱里の人を見下す態度は相変わらずだ。しかし、それは・・・。

 

 

単行本:2010年5月文藝春秋刊。

 

 

私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

女子高生同士の些細で陰湿な感情のやりとりが、おじいさんの私にはめんどくさい。他人と何とか違うことをしたいと思う平凡な私は、群がろうとする人の気持ちには納得がいかない。

 

最後の「オイスター・ベイビー」を読むと、朱里は単なるわがまま娘だったという結論に読めるが、それでは前半の何か特別で、何かありそうな朱里という話は何だったのか、あんまりな展開だ。

 

 

柚木麻子の略歴と既読本リスト

 

 

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西加奈子『白いしるし』を読む

2015年01月02日 | 読書2

 

西加奈子著『白いしるし』(新潮文庫430、2013年7月1日新潮社発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

女32歳、独身。誰かにのめりこんで傷つくことを恐れ、恋を遠ざけていた夏目。間島の絵を一目見た瞬間、心は波立ち、持っていかれてしまう。走り出した恋に夢中の夏目と裏腹に、けして彼女だけのものにならない間島。触れるたび、募る想いに痛みは増して、夏目は笑えなくなった――。恋の終わりを知ることは、人を強くしてくれるのだろうか? ひりつく記憶が身体を貫く、超全身恋愛小説。

 

夏目:32歳独身で恋人なし。アルバイトしながら金にならない個性の強い絵を描いている。18歳で彼と同じ青い髪にして刺青をした。失恋して美術短大をやめて、大阪から東京へ来た。その後の2年間もカメラマン、ミュージシャン、劇団員と失恋し、完全に「あかん人」になった。

 

瀬田:女性誌などで活躍する写真家。明朗なわかではないが、話が面白く信頼できるので友達が多い。瀬田は夏目に間島を紹介して言う。「絵もすきやろうけどな。夏目、まじま本人のことも、絶対好きになるで。」「まあ、色々へたくそなところもあるんやけどな、信頼できる、ええ奴。」「恋人も、信頼できる人やねん。

 

間島昭史:白い紙に白い絵の具で描く画家。

 

初出:2012年12月新潮社より刊行

 

 

私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

 

変な女性が変な男性に、狂信的に恋をする。何よりのめり込むのを恐れていて、そうなってしまうことに確信があるのに、喜んで会ってしまう。わて、付いて行かれへん!

 

最後の方には透明な人と思われた瀬田まで変人と明らかにされる。

 

しかし、解説の作家・栗田有起さんは書いている。

男修行が一生つづくのは、吉報ではないかもしれない。しかしそれはけっして不幸なことではないと思う。

夏目の凛々しい姿を目の当たりにしたら、こわいものなんてないではないか。

最後の最後まで、だれも恨まず、妬まず、いたずらに卑下もせず、それこそ真白な心根で、恋した男と、自分自身にぶつかっていった彼女に、心からの拍手を送りたい。

たしかにその通りだと私も思うのだが、小説としては、私にとっては、ただ、おもろうない。

 

 

西加奈子の略歴と既読本リスト

 

 

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