hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

有川浩『県庁おもてなし課』を読む

2012年10月30日 | 読書2

有川浩著『県庁おもてなし課』2011年3月角川書店発行、を読んだ。

「とある県庁に突如生まれた新部署“おもてなし課”。
観光立県を目指すべく、若手職員の掛水史貴は、振興企画の一環として、地元出身の人気作家・吉門喬介に観光特使就任を打診するが…。
「バカか、あんたらは」吉門にいきなり浴びせかけられる言葉に、掛水は凍りつく――
いったい何がダメなんだ!? 」・・・
「“お役所仕事”と“民間感覚”の狭間で揺れ動く、掛水とおもてなし課の地方活性化にかける苦しくも輝かしい日々が始まった。」


などとある「本書の公式サイト」をご覧ください。
なお、本書の印税は、すべて東北地方太平洋沖地震の被災地に寄付するそうです。


巻末に「物語が地方を元気にする・・・」と題する座談会記録が載っている。高知県庁おもてなし課の2名の職員、有川浩などとの対談だ。小説に出てくる観光特使への対応などのもたつきは事実そのものだったらしい。2年間で改善され、小説通りになった斬新なパンフレットの写真もある。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

著者は「大人向けライトノベル作家」と自称しているそうだが、まさにそのとおりだと思う。この本は、先の展開が予想通りで、安心して軽く楽しくスイスイと読める本だ(1/3だけバカにした言い方)。

前半に多く出てくる「お役所仕事」を「民間感覚」から叱りつける部分は、遅いだの、悪平等だのどこにでもころがっている話ばかりで、しつこい。
二組の恋愛も、古めかしくて微笑ましいが、じれったい。また、会話と会話の間に、いちいちその心を解説するあいの手が入り、普通に読み取れることを、ダメ押しされている感じがする。



本書は、高知新聞などの地方紙に掲載されたものを改稿した。



有川浩(ありかわ・ひろ)の略歴と既読本リスト






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ローレンツ『ソロモンの指輪』を読む

2012年10月27日 | 読書2

コンラート・ローレンツ著、日高敏隆訳『ソロモンの指輪 ―動物行動学入門― 』2006年6月早川書房発行、を読んだ。

「刷り込み」理論を提唱し、動物行動学をうちたて、ノーベル賞を受賞したローレンツが、けものや鳥、魚たちの生態を、共感をもってユーモアあふれる筆致で描いた永遠の名作。

小さな綿毛のような生まれたばかりのハイイロガンのヒナは、大きな黒い目でこちらをじっとみつめていた。著者がちょっと動いて話しかけたとたん、ヒナも挨拶のひと鳴きを返した。この瞬間から、著者は母親と認知された。このヒナはよちよち歩きで必死についてくるようになる。昼間は2分ごとに、夜は1時間毎に気分感情声「私はここよ、あなたはどこ?」と問いかけ、返事を要求する。途方も無い義務を負わされたが、それはなんと素晴らしく、愉しい義務だったことか。

著者は、高等動物を自由な状態にするために、鳥や動物を家の中で放し飼いにする。ネズミは家中を齧りまわり、オウムは洗濯物のボタンをすべて食いちぎり、小鳥がカーテンや家具に落ちない青いシミをつける。
長女が幼い頃、放し飼いの動物に怪我をさせられないよう、妻は長女を檻に閉じ込めてしまったという。

宝石魚という魚は、日暮れ時になると、親が子魚を口の中に入れて巣穴に戻す。子魚が巣穴に戻ったとき、父親が餌であるミミズを見つけて、口をいっぱいにしてモグモグ噛んでいた。そのとき、一匹の迷子の子魚を見かけた彼は慌ててその子を口に入れた。親魚は噛むことも飲み込むこともせずに葛藤し、しばらくじっとしていた。やがて彼は口の中のものを全部吐き出した。眠ると浮き袋がしぼむ子魚は水底に沈んだ。父親は片目で絶えず子魚を見つめながら、ミミズを食べ始めた。食べ終わると父親は子魚を口に吸い込み巣穴へ届けた。

旧約聖書のソロモン王が「ソロモンの指環」をはめて、けものたちと話したことから題名は「ソロモンの指環」となっている。著者は、親しい動物となら指環なしでソロモン以上に話せるという。ドイツ版の題名は「彼、けものども、鳥ども、魚どもと語りき」。

本書は、1963年12月に早川書房から単行本で刊行、1998年に文庫化されたものを、2006年に再度、単行本の新装版で刊行されたもの。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

はるか昔に読んだはずだが、十分楽しく再読できた。ボケもまた良し。
なにしろ、ノーベル賞受賞者が書き、あの日高さんが訳した本だ。まったく難しいところはない。
しかし、家中めちゃくちゃにされ、動物の世話にあけくれる毎日を過ごし、しかも学者として優れた業績を残すなど考えられない。たしかに、犬のようにひたむきに著者を頼ってくる動物には応えざるを得ないだろうし、幸せを感じるだろうとは思うのだが。

カラスにメスと思い込まれ、唾でどろどろになった餌のイモムシを耳の奥に詰めこまれるなど私にはとても耐え切れない。



コンラート・ローレンツ Konrad Zachrrias Lorenz
1903年オーストラリアのウィーンに生まれ。
ウィーン大学医学部卒、医学博士、その後、動物学博士。
ケーニヒスベルク大学教授、オーストリア科学アカデミーの動物社会科学研究所長等を歴任。比較行動学の創始者、刷り込みの研究者として、1973年にノーベル賞(医学・生理学)受賞。1989年死去。
著書に、『ヒト、イヌに会う』『攻撃』『文明化した人間の八つの大罪』『鏡の背面』など。

日高敏隆(ひだか としたか)
1930年東京生れ。東京大学理学部動物学科卒。
東京農工大学、京都大学教授などを歴任。2009年11月死亡。
著書に『人間は遺伝か環境か?遺伝的プログラム論』『生きものの流儀』など。
訳書に『裸のサル 動物学的人間像』『利己的な遺伝子』など。



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岩貞るみこ『青い鳥文庫ができるまで』を読む

2012年10月22日 | 読書2

岩貞るみこ著『青い鳥文庫ができるまで』2012年7月講談社発行、を読んだ。

架空の『白浜夢一座がいく!』という青い鳥文庫人気シリーズの第14巻を12月発売に間に合わせるための編集者の奮闘を描いたお話ししたてのノンフィクション。

作家先生の原稿は遅れに遅れ、編集者は後工程に無理をお願いしまくる。原稿を受取ってから通常3ヶ月のところ、今回は発売まで2ヶ月しかない。イラストレーター、校閲や販売、印刷所、取次、書店など、本が書店に並ぶまでのプロセスを描く。本は実在のものではないが、内容はほぼ実際の話になっているという。
児童向けの本で、すべての漢字がルビ付き。

校閲
講談社にはセント・ワーズという原稿校閲システムがあり、例えば、アタマを頭に、数字は漢数字になど機械的にできる校閲は自動的にやってくれる。例えば「シュミレーション」は「シミュレーション」なので赤字となり、登録されていない言葉、例えば「おめえさんには、わかるめえ」などは黄色字として出力される。
校閲者は、国語辞典、漢字辞典、送り仮名辞典、既刊シリーズ本、日本地図、江戸歴史事典などを揃え、ゲラを読むのではなく、一文字ずつ「見る」。したがって、内容は頭に入ってこない。

下版
本は大きな紙の両面に印刷してそれをたたんで32頁や16頁、8頁の「折り」作る。この「折り」を束ねて本を作る。また、印刷機は、何万部も印刷するときは輪転機、数千部なら平台(ひらだい)を使う。輪転機で印刷するときはひと折り=32頁、平台はひと折り=16頁か8頁であり、折りたたんだときにちょうど頁が続くように複雑だが決まった順序で印刷する。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

私は、本を作る過程をほとんど知らなかったので、面白く読めた。原稿を仕上げるまでの細かな過程、本として仕上げる様々な工程。多くの人の多くの創意、作業で本が出来上がるのがわかる。感謝だ。
子供向けなので分かりやすいのもありがたい。もちろん、まどろっこしいところはあるし、話の展開は予想通りで進む。



岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
1962年横浜市生れ。ノンフィクション作家、モータージャーナリスト
『しっぽをなくしたイルカ』『ハチ公物語』、青い鳥文庫の『ドクターヘリ物語』『フライトナース ハナ』など。


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酒井順子『ズルい言葉』を読む

2012年10月18日 | 読書2


酒井順子著『ズルい言葉』2010年7月角川春樹事務所発行、を読んだ。

私達が生活の中でよく使う言葉を挙げて、それを使う私達の気持ちが、実は意味をぼかす、逃げ道を作るなどのズルい目的のためであることをユーモアにくるんで語る45編のエッセイ集。

関東の言葉の野蛮に関する話
「“おバカ”の“お”は“バカ”という言葉の語感のキツさを薄めるためにある・・・逃げの“お”でもあります。」・・・
「しかし、・・・いくらあずま人は野蛮だから言葉もキツいと思われようと、物事をオブラートに包まずにポンと言い切るのが江戸の人々の特徴。バカだのブスだの言っても、そもそもはその言葉の中に、江戸の人々は愛嬌とか愛情を内包させていたのではないか。・・・落語の中の人々のことを“おバカな熊さん”“おバカな八つぁん”では気持ちが悪いではありませんか。」(おバカ)

へりくだっている言葉に関する話
料理番組で、「じゃがいもはね、熱いうちに皮をむいてあげてくださいね。むき終わったら、マッシャーで軽くつぶしてあげます」という。食材は“物”なのに生き物扱いすることに気持ちの悪さを感じる。犬を鎖でつないでいるのに“ワンちゃん”というのに似ている。(してあげる)

芸能人が「この度、女優の◯◯さんと結婚させていただきます・・・」と言う。また、絶対に断られないのに、店の人に「グラスワインをもう一杯いただいてもいいですか?」と言ったりする。謙譲語というのは、相手を立てているようでいながら、実は相手の攻撃から身を守るための、防御の言葉なのかもしれません。(していいですか?)

決まりきった言葉の良し悪しに関する話
何人かで蟹を食べている時、誰かが「蟹食べてる時って、みんな無口になるよね」とつい言ってしまう。その台詞は、皆、何回も聞いて「もういいい加減、そのことを言うのはやめようや」と思う。(蟹食べてると・・・)

白濁したスープに入った鶏の水炊きなどが出てくると、店の人は必ず「コラーゲン、たっぷりですから」という。
女性客は「うわぁ、嬉しい!」「じゃあ、明日の朝は、起きたらお肌がプリップリですね~」と定型文まで言うのが礼儀になっている。そうやって、女性たちは自己暗示をかける。(コラーゲン、たっぷり)

文章を書く仕事をする身としては、赤子の頬はマシュマロのようであり、下町の商店のコロッケは食べる前から人情の味がするというような紋切り型の表現はどうかと思い、他の言い回しに苦労する。
著者の友人は、温泉に入れば必ず「身体が芯から温まった」、お酒を飲むと「飲みやすい!」、食事を大勢で食べる時は「みんなで食べるとおいしいね!」と言い、極めて健康的な言語生活を送っている。著者は、彼女の紋切り型通りの幸せな人生がどうも恥ずかしいながらもちょっと羨ましい。(みんなで食べるとおいしいね)

恋人同士での私のこと、好き?」との質問は、絶対に、「イエス」としか相手に言わせない命令形だ。男性は「そんなこと、いちいち言わなくてもわかっているだろう」と思うのですが、女性は「そんなことは見ればわかる」的なことを、いちいち口に出していうことによって、満足を得る生きものなのでした。(私のこと、好き?)



「広告」「料理通信」「ランティエ」に2005年から2010年にかけて書いた「言葉」に関するエッセイを集めた。

酒井順子の略歴と既読本リスト

1つだけおまけ
昔、喫茶店に入ると、女性が男性に「お砂糖、いくつ?」と聞いて入れてあげていた。この光景は20年以上前に消えていた。(お砂糖、いくつ?)


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マイクル・クライトン『マイクロワールド』を読む

2012年10月14日 | 読書2
マイクル・クライトン&リチャード・プレストン著、酒井昭伸訳『マイクロワールド 上下』早川書房発行、を読んだ。

ピーター・ジャンセンは生物学を専攻する大学院生。マサチューセッツ州ケンブリッジの大学で、個性的な院生達と先端研究に邁進していた。その若き科学者7人が、新薬開発のベンチャー企業Nanigen(ナニジェン)マイクロテクノロジーズ社のハワイの研究所に招待される。
Nanigenの犯罪を知ってしまった7人は、強磁界で次元変換を可能とする装置「テンソル・ジェネレーター」によって百分の一の身体にされ、ハワイの密林に放り込まれる。48時間以内にもとの身体に戻らないと死に至るという。

超小型な身体にとっては昆虫でさえ大怪物だ。若き科学者たちは、植物から毒を抽出し、ヤスデから青酸をかき集め、専門知識のみを武器にどう猛なジャングルでのサバイバル、そして脱出を図る。

クライトンの死後パソコンから発見された未完の遺稿(全体の4分の1ほど)を、練達のサイエンス・ライターが書き継いだ。原書名は“MICRO”。

さまざまの昆虫、植物や、毒に関する知識がひけらかされる。
17mmになった人間には、肉食の昆虫、甲虫、狩りバチ、アリ、クモ、ムカデ、カなどは危険で、雨粒さえも危険。空気抵抗が相対的に大きいので高いところから飛び降りることができる。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

次々といろんなことが起きるので飽きることはないのだが、なにしろ長すぎる。上下で600頁を超える。600頁読んでもブログ1回にしかならないので効率が悪い??
話が昆虫に偏るので、クライトンの博識ぶりにびっくりしにくい。



マイクル・クライトン Michael Crichton
1942年、イリノイ州シカゴ生まれ。ハーバード大学で人類学を専攻後、ハーバード・メディカル・スクールを卒業。
1968年『緊急の場合は』でアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞を受賞
1969年『アンドロメダ病原体』が世界的なベストセラー
その後、『ジュラシック・パーク』『タイムライン』など次々と話題作を創りだす。
また、人気TVドラマシリーズ『ER』の製作者。
2008年死去。

リチャード・プレストン Richard Preston
1954年、マサチューセッツ州生まれ。プリンストン大学で英文学を専攻。
ジャーナリストとして活躍。
1994年エボラ・ウイルスの脅威を描いたノンフィクション『ホット・ゾーン』は世界的なベストセラー。その他『コブラの眼』『夢のボート』『世界一高い木』など。

酒井昭伸(さかい・あきのぶ)
1956年生れ。1980年早稲田大学政治経済学部卒。英米文学翻訳家。
訳書に、『ジュラシック・パーク』以降のマイクル・クライトン作品、他。



登場人物

7人の院生
ピーター・ジャンセン コブラ毒の研究者、リーダーで主人公だが、・・・
リック・ハター    民族植物学専攻、決して意見を曲げない
カレン・キング    クモ学専攻、武術愛好家、女性
エリカ・モル     昆虫学、ドイツからの留学生、男好き
アマール・シン    植物ホルモン研究、インド系移民
ジェニー・リン    動植物のフェロモン・コミュニケーション研究、アジア系
ダニー・マイノット  心理学・社会学の博士課程、意気地なし

Nanigen社(ナノスケールのノボットを開発)
ヴィン・ドレイク   CEO最高経営責任者
エリック・ジャンセン CTO最高技術責任者、ピーターの兄
アリスン・ベンダ   CFO最高財務責任者
ジャレル・キンスキー テンソル・ジェネレーターの操作員
ドン・マケレ     セキュリティ・チーフ
ジョンストン     セキュリティ要員
ティリアス      セキュリティ要員
ベン・ローク     テンソル・ジェネレーターの開発者
エドワード・カテル  出資団体からのアドバイザー

ホノルル市警
ダン・ワタナベ警部補 本事件を捜査
マーティ・カラマ   ワタナベの上司
ドロシー・ガート   科学捜査研究所の主任検視官


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H.F.セイント『透明人間の告白』を読む

2012年10月11日 | 読書2

H.F.セイント著、高見浩訳『透明人間の告白 上、下』河出文庫セ3-1&3-2、2011年12月河出書房新社発行、を読んだ。

ウォール街の証券マン、ニック・ハロウェイはある研究施設を訪れ、偶然事故に巻き込まれる。事故で施設全体がすべて透明になり、彼自身も透明人間になってしまう。その事実を覆い隠そうとする情報機関に、彼はしつこく追い回される。逃亡に加え、透明人間であるからこそ、食事、買物、生活費の確保に苦労する。透明であるが故のリアルな生活上の悩みとサバイバル術、彼を追う情報機関との駆け引きが展開される。

「本の雑誌」が選ぶ30年間のベスト1に選ばれた。

原題は“Memoirs of an Invisible Man(1987)
新潮社から1988年6月に単行本で刊行、その後、新潮文庫となり、絶版。30年間のベスト1になり、新潮文庫と、河出文庫で復刊された。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

透明となった主人公の日常生活の悩みが変にリアルに描かれていて、想像力を刺激される。しかし、30年間のベスト1とは思えない。なにしろ、上下で800頁を超える長さだ。1/3で丁度良いと思える。例えば、情報機関の大佐と交渉する会話だけで24頁も費やす。

あとがきで訳者も言っているが、自分が透明になってしまったことに気がつくシーンは秀逸。足がないことに気が付き、足を失った人が、その後もあるような感覚を持つものだということを思い出す。そして、顔を触ると、顔はあることがわかるのに、指がない。そして、自分が死んだと思う。・・・

男性ならだれでも期待する女性の入浴シーンなどの盗み見も(私ではなく、上巻の解説の椎名誠による)、ちゃんと期待に応えているが、十分ではない(誰が?)。

ともかく全体に絵空事をリアルに描いている点は面白い。大部分を占める情報機関のしつこい追求をなんとか自分の才覚で逃れていく過程は、まあまあ。



H.F.セイント(H.F. Saint)
ドイツのミュンヘン大学で哲学を学んだという異色のニューヨーカー。長い間実業界で活躍し、アスレティック・クラブやコンピューター会社などを経営したのち、若い頃からの夢だった小説に挑戦。ほぼ四年かけて書きあげた処女長編の『透明人間の告白』は、刊行前から出版界の注目を集め、デビューと同時に一躍ベストセラー作家となり、映画化もされた。

高見/浩
1941年、東京生れ。東京外国語大学卒。出版社勤務を経て翻訳家に。訳書に『ヘミングウェイ全短編』『武器よさらば』『透明人間の告白』『ハンニバル』他多数。著書に『ヘミングウェイの源流を求めて』。



透明人間の日常の苦労を、あなたがなったときのために、以下羅列する。

透明人間が透明であるためには、熱帯ならともかく、いつも裸でいるわけにもいかないので、透明なものを身に付ける必要がある。町を普通に(?)歩きたいのならちょっと目立つが、仮面などで仮装する方法がある。寒い冬だったら、完全武装のスキーの格好をすることがお勧めだ。

郵便物、鍵などを持つときは、気付かれぬように床に置いて蹴っ飛ばすなど工夫が必要。

エスカレータを駆け登ってくる若者などに気をつけなくてはならない。なにしろ相手はこちらが見えないのだから。狭い道で突然うしろからくる自転車も危険だが、歩道が狭く自転車の多い吉祥寺の住人なら、この点だけは、普段どおりに気をつけていれば済む。

食物が口で細かくなり、食道から胃に落ちていくのを見られてはならない。消化するまで隠れていること。

歯間、爪の掃除も大切だ。汚れだけが浮かんで動いて行くことになるのだから。


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西澤保彦『七回死んだ男』を読む

2012年10月09日 | 読書2
西澤保彦著『七回死んだ男』講談社ノベルズY757、1995年10月講談社発行、を読んだ。

高校生久太郎が、遺産相続をめぐる争いで祖父渕上零治郎が殺されることを食い止めようとするSF的推理小説。
ある日を9回繰り返す事が突然起こる。しかもその日に祖父は殺されたのだ。繰り返しを唯一人認識できる久太郎は、祖父を救うためにあらゆる手を尽くすが、どうしても新たな一日が始まるたびに祖父はまた殺されてしまう。

「あとがき」
同じ日が何度も何度も繰り返されているのに周囲の者たちは誰ひとりその状況を認識しておらず主人公だけがその反復現象に翻弄されてしまう、という・・・米映画『恋はデジャブ』
に印象付けられた著者が、本格ミステリにこの現象を使った。

例えば、1月1日の23時に眠ったが、そこで事象が起こると、目が覚めた時はまた1月1日に戻っていて、繰り返していることがわかるのは彼だけという現象だ。
必ず9回繰返すので、途中の繰り返しは試行、練習に当てて、最後だけ目的を達成すれば良いことになる。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

同じ日を9回繰り返し、それぞれ違う犯人を想定して状況を変えて検証するという筋道は面白い。あれこれ、何度も失敗を重ねてこじれた事件を一つ一つ紐解いていく過程も分かりやすい。しかし、あまりにもまどろっこしい。

一回目は久太郎が祖父と飲み明かしていた。2回目以降は祖父が殺される。それならば、単に祖父の酒盛りに付き合えば祖父は殺されないのに、あれこれ画策するのが解せない。



西澤 保彦(にしざわ・やすひこ)
1960年12月25日、高知県生まれ。
米国私立エカード大学創作法専修卒業。高知大学助手などを経て投稿生活に。
1990年『聯殺』で鮎川哲也賞候補。
1996年『七回死んだ男』で日本推理作家協会賞(長編部門)候補。
2002年『両性具有迷宮』でセンス・オブ・ジェンダー賞(国内部門)特別賞受賞。
2003年『聯愁殺』で本格ミステリ大賞(小説部門)候補。



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冲方丁『もらい泣き』を読む

2012年10月07日 | 読書2

冲方丁(うぶかた・とう)著『もらい泣き』2012年8月集英社発行、を読んだ。

天地明察』で名を上げた冲方丁が、出会った人々から集めた実話を元に創作した33話の「泣ける」ショートストーリー&エッセイ集。

「金庫と花丸」
“お涙ちょうだいモノ“を扱うことが多いテレビ局の女性が言う。

「本当に同じような話がうじゃうじゃ集まるのよ。しかも、私のデスクの引き出しの数だけで間に合うくらいのパターンしかなくてさ。・・・人間みんな同じこと考えるのねって、そっちの方に感心しちゃう」

笑っちゃうのよという彼女の話は、一族みんなに恐れられていた厳格な祖母が亡くなり、遺品の金庫の中に入っていた意外なものの話だ。
「あとがき」で冲方さんは言う。
もちろん、一つ一つの話は、決してただのバリエーションではない。話してくれた一人一人にとって、ゆいいつ無二の、人生の物語である。


「ぬいぐるみ」
念願の生まれた子供が視力薄弱だった。その上、会社が危なくなり父親は参ってしまう。その彼を生き返らせた3歳の子供からの感動のプレゼントは・・・。

「女王猫」
死ぬ時は死ぬ。そういう覚悟で生きてきたんだ。

「爆弾発言」
KYのレベルを超えた空気そのものを吹き飛ばすような発言をする女性がいる。その人は・・・。

「教師とTシャツ」
パジャマにアイロンをかける厳格な父親と反抗する娘。そしてどこにでもある話なのだが。

「あとがき」
とにかく大勢から話を聞いて書いたにもかかわらず、あたかも、たった一人から、長い長い話を聞き続けた、という不思議な感覚もある。・・・その一人こそ、誰の心にも共通して存在する、「良心」なのかもしれない。そんなふうに思うだけで、私はなんだか、希望を得られたような気がするのだ。


巻末に、一般読者から募集した「泣ける話」が5編載っている。「お菓子と募金箱」が嬉しくなる。

初出:「小説すばる」2009年6月号~2011年10月号、12月号~2012年2月号



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

大変な事が起き、腹立つことも多い世の中だが、日常のささいな出来事の中で、人の温かみを知ると、世の中、捨てたもんじゃないとも思うことができる。そんな本だ。
しかし、個々の話は文字通り良い話なのだが、ベタな感動物語が、一つ二つならともかく、33連発では感動も、くたびれる。

「ぬいぐるみ」の話で思い出した。
放送作家で直木賞受賞の景山民夫は、おふざけが過ぎるし、幸福の科学に入信するなど私にはあまり良い印象はない。しかし、彼には生まれつき寝たきりで何の反応もない子供がいた。いつものように、その子の握った拳の中に指を入れて話しかけていたら、ある時、ちょっと指を握り締めて来たという。彼にはそれが嬉しくて、嬉しくてと、熱っぽく話していたことがあった。この話を聞いて、やはり人の親とは、と嬉しく、また哀しくなった。



冲方丁(うぶかた・とう)
1977年岐阜県生まれ。14歳まで、シンガポール、ネパールに在住。埼玉県立川越高校卒。
1996年早稲田大学在学中に『黒い季節』で第1回スニーカー大賞 金賞を受賞しデビュー
1997年ゲーム制作者としてデビュー。先鋭的なゲーム開発に多数関わる。
2003年小説『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞受賞
2010年『 天地明察』で本屋大賞1位、吉川英治文学新人賞受賞、直木賞候補


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篠田節子『美神解体』を読む

2012年10月05日 | 読書2


篠田節子著『美神解体』角川文庫し31-6、2012年5月角川書店発行、を読んだ。

裏表紙にはこうある。

目を上げると鏡の中の見知らぬ女が、自分を見つめている――。美容整形で、彫刻的美貌を手に入れた麗子。しかし葬り去ったはずの容貌は、心まで飼い馴らすことはできなかった。愛されることを渇望し、満たされない日々を生きる女の心に、ある日ともった恋心。想いを募らせ追いかけていった先の山荘で目にした衝撃の情景とは!? ともに一つになって闇の底に転落していこうとする男と女の倒錯した愛の形を描く、異色の恋愛小説。



麗子の誕生が原因で母が心臓病となり、彼女は施設に預けられ、父からも疎まれるようになった。麗子に残されたものは中古のピアノだけになり、バーなどでピアノを弾いて暮らしを立てていた。30代を目前にして整形によりあまりに美しい顔を手に入れたが、待っていたのは、以前にもまして哀しみと虚しさに満たされた日々だった。そんなある日、人気商業デザイナー・平田一向に出合う。

本書は、1995年8月に角川ホラー文庫より刊行された作品に、大幅な修正を加えた。



私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

あまりにも極端で現実離れしているのに、話の流れは想定する通りに進んでいく。意図的なのだろうが、文章は生硬で彼女の哀しみ、彼の苦しみが絵空事に思え、怖くない。



篠田節子の略歴と既読本リスト


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酒井順子『先達の御意見』を読む

2012年10月02日 | 読書2

酒井順子著『先達の御意見』文春文庫さ29 2、2007年4月文藝春秋発行、を読んだ。

一昨日アップした2003年発行の『 負け犬の遠吠え』論争を巻き起こした著者が、阿川佐和子、内田春菊、小倉千加子、鹿島茂、上坂冬子、瀬戸内寂聴、田辺聖子、林真理子、坂東眞砂子、香山リカの人生の先達との対談集、“負け犬他流試合十番勝負”だ。

「30代の負け犬は生きものなだけマシ。40すぎたらゴミだから!」(坂東眞砂子)
50代になれば、もうゴミ以下になるから墓場なんだ(酒井、阿川佐和子)
70歳を過ぎたら日本晴れ。ここまでくれば、迷いも期待も、ついでの可愛げも愛想もなくなって晴れ晴れします。(上坂冬子)

単行本は、2005年4月文藝春秋発行。



私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

先輩、その多くは負け犬、と酒井さんがうまくかみ合っている。中には強烈な話し方をする人もいるが、酒井さんが巧みに対応し、持ち上げている。
話の多くは、『負け犬の遠吠え』のくり返しになっている。

下世話な話を2つ。
冒頭の阿川さん(50歳のアンモナイト負け犬)との対談で、酒井さんの過去も出てくる。20代後半から30代前半まで7年間将来性あり性格も良い「安定君」とお付き合いしていたが、キレ夫だった「冒険君」に手を出して別れてしまった。
本人が「今、32万部」と言っている(2004年)。1400円の1割として4480万円。負け犬が勝ち組になった。



酒井順子の略歴と既読本リスト

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